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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

とある純血の後悔2

蒼矢視点。

「既視感」~「泣き虫幽霊」を再読推奨。
 森に入りいくらかした時だった。
 ポツリと水の気配がしたかと、思うとすぐに叩きつけるような雨に変わった。

 蒼矢は舌打ちしたくなる。
 ついていない。
 突然のことで傘など用意していないし、制服のままで来てしまった。
 だが雨具を取りにもどる暇などない。
 雨に濡れるのに構わず、進むと前方に何か人工物が見えた。

 よく見れば朽ち果てかけた井戸のようなものだ。
 風雨にさらされ一部の石が崩れ今は機能していないのが見えた。
 そのそばに何者かの気配を感じて思わず立ち止まった。
 誰かが井戸端で蹲っている。
 蒼矢は嫌な予感に背筋が凍りつくのを感じた。

 蒼矢はふと、思い出したのだ。
 あの校舎裏の幽霊を調べる過程で知った昔学園に設置されていた井戸に身を投げたという女子生徒の話を。
 女子生徒は没落貴族でそのことでいじめを受けており、それを苦に自殺したらしい。
 それ以来その井戸のあったあたりには自分をいじめた相手を井戸に引きずり込もうとする女の幽霊が夜な夜な目撃されるようになったのだという。
 その話を知った日は正直怖くて眠れなかったのは自分でも本当に恥ずかしい。

(しかし、あれは学園の中の話だ)

 そう自分自身を叱咤し井戸に近づく。

「…そこに誰かいるのか?」

 恐る恐る近づくと、うずくまる影が動いた。
 その姿は驚くべきことに裏戸学園のものによく似ていた。
 井戸の女子生徒の怪談話が頭の中に一気に流れて、蒼矢は背筋が凍りつくのを感じた。

(ま、まさか…!)

 凍って動けない蒼矢にその井戸端の女子生徒はその濡れそぼった青白い手を伸ばしてきた。
 それはまるでこちらを引きずり込むように見えた。

「っ!!!!!!!!!!」

 蒼矢は悲鳴を上げることもできずに昏倒した。


****


「…と!…て…ください!」

 声が聞こえた。
 どこかで聞いた声だと思って目を開けると、髪を振り乱した女子生徒のアップの顔が。
 あまりの恐怖に再び意識を失いかけるが、再度かけられた声と頬を張る痛みに蒼矢はようやく意識を取り戻し、目の前の存在を確認した。

「お、お前は…!校舎裏の幽霊じゃないか!なんでこんなところにいる!」

 目の前で蒼矢の体を跨いで胸ぐらを掴んでいたのは、先日の校舎裏の幽霊だった。
 なぜ、お前がこんな学外の森の中に出る?
 そんな疑問を口にする前に、校舎裏の幽霊は口早に用件を切り出した。

 幽霊が求めたのは先日の約束の履行だった。
 正直、最初にその話を聞いたとき、なぜか落胆した。
 やはり、この幽霊も蒼矢の力が目当てなのかと思った。
 正直落胆した自分に驚いた。
 自分の言葉に初めて願いを言わなかった、この存在にいつの間にか期待してしまっていたらしい。

 蒼矢には同世代で対等の存在がいなかった。
 若い世代では唯一の純血であり、人としても吸血鬼としても家柄も能力も権力も人よりはるかに抜きん出いていた。
 それが蒼矢の誇りではあるが、同時に同等の存在の不在につまらなさも感じていた。
 今現在いる同世代の吸血鬼たちは蒼矢の能力を恐るか、媚びるかだ。
 親戚筋の紅原は蒼矢と仲が良いが、彼の能力は低すぎて蒼矢とはとても同等とは言い難かった。
 蒼矢の理想は両親のような対等な関係を誰かと築くことだ。
 蒼矢の両親は、父親が純血で、母親は混血だったが、決して二人の立場に優劣はなかった。
 父は常に母を立てたし、母は父を恐ることなく意見し互いに信頼を得ていた。
 もともと親同士が決めた政略結婚だったため二人にさほど甘い空気はない。
 だが、お互いを戦友のように認め合った深い絆が見えた。
 蒼矢にとってそれは理想であり、彼らのような存在を得ることを夢見た。
 だが、現実に蒼矢に与えられた許嫁は決して蒼矢を満足させなかった。
 蒼矢を明らかに上とし、立てるか媚びるか。決して、同じ土俵にあがろうともしない。
 そうする意識もないことに蒼矢もかつてはイラついていたが、現在では半ば、諦めていた。

 両親が特別なのだ。
 もちろん、蒼矢とて自身が最強などとは決して思っていない。
 紅原の父は桁違いの力を持っていて、蒼矢は彼の前では虎の前の子猫のようなものだと思っている。
 だが彼は上の存在であって、蒼矢と同等の存在ではない。
 蒼矢は同じ高さに立ち、同じものを見る同士が欲しかった。
 だが、人間にも吸血鬼にもそんな存在はいない。諦めかけたときあの幽霊と出会った。

 幽霊は初めて会った蒼矢を昏倒させ、その上願いを叶えてやると言っても一顧だにしなかった。しかも自分を『馬鹿』にし、お前なんかに何ができる、と去っていったのだ。
 正直そんな存在初めてだった。蒼矢にとって青天の霹靂とも言える存在だった。
 あの場では取り逃がしたあの幽霊をその後、仕事を放り出してまで待ち続けていたのは、確かに蒼矢の名にかけて誓った願いを叶えるためのものだ。しかしもう一つもう一度確かめたかったからでもある。
 あの濡れた髪から覗く透明の瞳が自分と同じ目線でものを語れるのか。人間に吸血鬼にいなかったが、幽霊ならば。

 幽霊を待つ間、そんな期待がいつの間にか膨れていたらしい。
 もちろん身勝手な思い込みなのは承知の上だ。
 だが、再び現れた幽霊は、願いを叶えろという。裏切られたと思う気持ちは蒼矢の幽霊への興味を失わせた。
 だが、次に幽霊が語った願いに蒼矢は目を見開いた。

「…裏戸学園の生徒がこの先の建物に捕まっているの。
 あたしじゃ何もできない。…ねえ、貴方は月下騎士会の会長でしょ?三人を助けてよ」

 その願いを聞いたとき、驚きと同時になぜか胸にあった落胆の気持ちが霧散し、同時に胸が熱くなるのを感じた。
 この幽霊は学園の生徒の心配をして、蒼矢に助力を求めている。
 今まで蒼矢に他人が望んだ願いは全て自分本位のものだった。
 最初から努力もせずに、蒼矢が与えてくれるものを当然のように要求してくる。
 しかし、この幽霊は違う。
 自分の力不足をキチンと理解した上で、助力を求めている。
 最初から諦めるのではなく、自身のできることを見極め、それを素直に認め、助力を乞うている。
 なかなかできることではない、とプライドの高い相手ばかりを相手にしてきた蒼矢は心の中でうなった。
 もちろん、幽霊の願いはもともとそのつもりで来た蒼矢に否やはなかった。

「生徒たちを助けたい、それがお前の願いなんだな?」

 確認のために口を開いた蒼矢に幽霊が不安そうに頷いた。
 どこか緊張した面持ちの幽霊がまっすぐ蒼矢を見つめた。
 あの時の透明な視線になぜか、この場が神聖な誓の場になった気がした。

「助けてくれますか?…蒼矢の名にかけて」
「…ああ、蒼矢に二言はない」

 約束の履行を約束したとき、その変化は起こった。
 不意に幽霊の顔がほころんだ。
 それまでの無表情が一変し、青白かった顔に赤みが少しだけさし、まるで花が咲くような微笑みに蒼矢は瞬間見蕩れた。

 蒼矢はこの幽霊は決して不細工とは思わないが、美しいとも思っていなかった。
 彼の周りには美形と呼ばれる人種が多く、彼らを見慣れた蒼矢にとって世間で美しいと言われている芸能人でも見惚れるようなものはほとんどいない。
 だが、なぜか目の前の幽霊の表情には心が揺れた。
 それほど、鮮やかな変化だった。
 だから、すぐに幽霊がその表情を消してしまったことがひどく残念に思った。
 だがそんな蒼矢を歯牙にもかけず幽霊はふわりと体重を感じさせないゆっくりとした動作で蒼矢を導いた。
 そうだ、今はそんなことを考える場合ではない、と無理矢理気持ちを前に戻した。

 ついてこい、という幽霊の言葉に再び驚きつつ従う。
 蒼矢に「ついてこい」などというのはほとんど目上の存在だけだ。
 ほとんどの同世代以下は、蒼矢の半歩以上後ろに下がろうとする。
 畏怖と畏敬からだろう。誰しも自分より強いものが背後にいることに恐怖し避けたがる。蒼矢は誰しも そんなものだったので受け入れていたし、自身の立場であれば、仕方のないことだと割り切っていた。
 しかし、幽霊は蒼矢を立てることも、恐ることもなく蒼矢の前を歩く。
 ふわふわとした足取りは何の気取りも気負いもない。まして蒼矢にこの幽霊が自分より強い力を持っているなど思えなかった。
 その細い体は蒼矢が少し力を加えればすぐさま粉々になりそうだ。幽霊相手にどれだけのことができるのか疑問だが。

 しばらく無言でついていくとやや朽ち果てかけた洋館が突然木々の間から現れた。
 流石に警戒するように幽霊は建物の周りを探る。
 正直、蒼矢にはこの建物ではなくとなりのホールに双子の気配があるのはわかっていたが、何やら幽霊にも考えがあるのだろうと黙っていた。

 緊張しながら建物の中に入っていく幽霊の姿を追いながら、いろいろな質問をぶつけるが、どれにも反応しなかった。
 最初こそその姿が恐ろしく離れていたが、あまりに反応がないので、本当にこの幽霊は存在しているのだろうか、と不安になった。そっと手を伸ばし、一番手近なその頬に触れる。
 すり抜けることも考え、恐る恐るだったが、結果幽霊に触れることができた。

 予想に反して、幽霊は暖かかった。
 雨のせいで少し冷えている手に熱いくらいだった。
 頬に触れる蒼矢の手に幽霊は反応しなかった。
 ただ触れるに任せている。

 蒼矢はその反応のなさに少しだけ不満を感じた。
 蒼矢は決して自分が女性に好かれない容姿をしているとは思っていない。
 むしろ放っておいても勝手に面倒と思うほど寄ってくる。
 蒼矢の容姿に惹かれるもの、蒼矢の権力に惹かれるもの様々だが、不自由した覚えはない。

 蒼矢自身も女性が嫌いではない。
 許嫁がいるといえど、操を立てるような性格ではないので、後腐れのない相手を選んで適当に遊んでいた。
 その誰もが蒼矢が触れて反応を返さない者はいなかった。
 時には恥じらい、時には妖艶に微笑んで。そして恐怖を表した女も少なくない。
 だが、目の前の幽霊はそのどれでもなかった。
 ただ、透明な感情のこもらない視線だけをじっと返してくる。
 拒否も反応もない。なぜか蒼矢こそ落ち着かない気分になってくる。

(…なんなんだ?幽霊だからか?)

 思わず幽霊のせいにしてしまうが、落ち着かない。
 そんな蒼矢に最後までなんの反応も示さず、幽霊はそのふわりとした足取りで逃れた。
 指先から離れる暖かさに一抹の寂しさを感じていた蒼矢にしばらくなにか探すように室内をキョロキョロとしていた幽霊が突然驚くべき行動をした。

「…どうしよう。取り返しがつかないことをしちゃった?」

 突然、大粒の涙を流し出した。
 呆然とした青白い顔でどこか焦点の合わない目でボロボロと涙を流す幽霊に蒼矢は慌てた。

「ど、どうした?いきなり!」
「いないんです。いないの?三人とも、見つからない。」

 支離滅裂なことを呟いているが、三人の安否を心配してのことだということはわかる。
 間に合わなかった、とはどういうことか?
 この幽霊の生前の無念に何か今回のことが関係があるのか。
 わからないが、幽霊の涙はなぜか蒼矢の心を先程以上に落ち着けなくする。

「いないって、双子たちが?」
「うー、聖さんも…。
どうしていないの?間に合わなかったの?
あたし、間に合わなかった?」
「うー、三人に何かあったらあたしは…」

 人を思って、涙する幽霊の姿を蒼矢は初めて綺麗だと思った。
 同時に彼女への恐怖が薄れ、何か別の感情が胸を満たした。
 感じたことのない感情の動きだったが、不快ではなかった。

 だが綺麗だとは思うが、見たくないと思った。
 幽霊の姿はとても美しいが、同時に蒼矢を切なくもさせる。
 蒼矢はどうして良いかわからず、思わず幽霊を抱きしめた。

 どうしてそうしたのかわからない。
 だが予想以上に柔らかな幽霊の体に蒼矢は驚いた。
 よく見れば、乱れて張り付いた黒髪から覗く顔立ちは蒼矢が知る美しい少女たちほどではないが、それなりに整っており、なによりその流す涙がとても清らかなものに見えた。

 幽霊は蒼矢の行為に何も言わなかった。
 良いとも悪いとも言わない彼女にむしろ蒼矢こそ不安になった。
 泣き続けて、そのまま涙が流れ切ったら、まるで消えてしまいそうな彼女の姿に不安になって、懇願した。

「…泣くな、泣かないでくれ」
「かいちょ…?」
「なぜだか、わからんがお前に泣かれるとどうしたらいいかわからなくなる」

 幽霊の不思議そうな瞳が蒼矢を見上げる。
 自分でも何を言っているのかよく、わからなかった。
 ただ彼女の涙が蒼矢に痛かった。
 ただ、彼女の涙を止めたかった。
 だから三人が無事である情報を与えた時に幽霊が怒ったが、涙が引っ込んだことがなんだか嬉しかった。

会長の裏側。
絶賛勘違い炸裂中。
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[拍手してやる]

7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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