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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

吸血

15禁の底力?

暴力、流血表現あります。
苦手な方バック。
「ちょ!会長、待っ…あ、いっ!」

 首筋の柔らかい部分の皮膚に鋭い牙が突き刺さり食い破られた。
 一歩間違えば、頚動脈をやられて死ぬ場所なのであたしは動けない。
 正直痛いなんてものじゃない。痛覚が全てそこの集中してしまうような感覚にあたしは歯を食いしばるしかない。
 そんなあたしの様子など気に求めず、会長の唇が傷つき血を流すそこに吸い付いた。

「うぅ…」

 無遠慮に吸いつかれ、傷つけられた皮膚が引き攣れ、痛みに涙が滲んだ。
 だが、会長の唇は、容赦なく首に吸い付き、血を吸い上げ、舐めとっていく。
 唇が触れるたび、首筋に他人の吐息を感じる痛みとは別に、背筋にゾクゾクとした悪寒に似た何かが這い上がる。
 首筋が痛みのためかなんなのか、どうしようもなく熱かった。

 血を奪われているせいか、頭が呆としてきた。
 だんだん傷みがなくなり、ふわふわした気持ちになる。
 ああ、そう言えば吸血鬼の牙には催眠効果があるとか設定であったけ。
 これがそうなのかね?
 ああ、それにしても眠い。このまま眠りたい。
 もういいか、あたし頑張ったし。かなり頑張ったし、もう知るものか。
 誘惑に身を任せ、目を閉じようとした時だった。

 首筋に吸い付いていた唇が突然離れた。
 温かい感触が離れたことに不思議に思えば、ふらりと会長の体が傾いだ。
 会長を支えにようやく立っている状態だったあたしは会長ともどもその場を崩れ落ちた。

「ぐふっ…重い、…痛い」

 全身を圧迫する痛みに失いかけた意識を強制的に浮上させられた。
 なんか今日は痛い思いばっかりしている。
 全身傷だらけだ。満身創痍とはこういう状態なのか。
 一ヶ月前のあたしの地味で安心で堅実な生活を返せ、と誰にともなく叫びたい気分だ。

 会長の下敷きになる形で倒れたのだが、もはや会長をどける気力すらない。
 首筋に顔を埋めるように、倒れている会長の顔を確かめる。
 穏やかそうに眠る彼の姿になんとかこれなら起きた時には正気に戻っているだろう。
 視線だけ動かして周囲を伺う。
 聖さんたちは未だに起きる気配はないし、会長に吹き飛ばされたバレットは相変わらず動かない。
 いつの間にかブルーローズの姿は消えていた。
 逃げたのだろうか。だが、こちらも動けないので、彼女の姿がないのは安心材料だ。
 危害を加える存在がいないことにほっとした。
 安心したら、再び意識に帳が降りてくる。
 あたしは今度こそ心置きなく意識を飛ばそうとした。

「…ねえ、助けて欲しい?」

 突然上から降ってきた男の声にぎくりとする。
 聞いたことのない男の声だ。
 バレットでも吸血鬼ハンターのアウェイの彼でもない。
 あ、もしかして、会長か天城さんが呼んだ応援とかが来たのだろうか?
 会長はともかく慎重派で双子の保護者である天城さんが、誰に連絡をいれずに単独突入などという無謀なことをするわけがない。
 あたしはそっと閉じかけていた瞳を無理やり開いた。

 開いた瞬間、見えた光景にあたしは後悔した。
 声をかけてきた男は薄笑いを浮かべた細身の男で、その身を黒いダウンコートに身を包んでいた。
 毛皮付きのフードを深くかぶっており、薄暗く逆光に近い形のあたしに彼の顔立ちは見えない。
 明らかに怪しい男だ。
 どう考えても会長や天城さんが呼んだ応援とは考えにくいその姿に、あたしは絶望した。

 犯人グループは他にもいたのだ。
 そいつが現れたとしたら、状況は最悪だ。
 あたし以外のみんなは意識を失っている。
 あたしだって意識はかろうじてあるが、動ける状態にない。
 絶望感に涙が出そうになった時だった。
 混乱しているあたしをまるで観察するような瞳で見ていた男がふっと溜息を吐いた。

「……一応言っておくけど。僕、犯人一味じゃないからね?」

 言われて、一瞬耳を疑った。
 なんだって?

「犯人…じゃない?じゃあ…学園側の?」

 黄土か蒼矢か、あるいは学園側の人間が助けに来てくれたのかと思ったのだが、それにも首を振られた。

「ううん、それも外れだよ。
 でも僕は君の味方だ。…君だけのね?」
「あたしの、味方…?」

 なんだそれ?どういうことだ?
 あたしだけの味方というのはどう言う意味だろう?
 相手をまじまじと見返すが、仰向けに倒れたあたしを見下ろす形の男の顔は逆光で見えない。
 だがその姿形に全く見覚えはない。知り合いである可能性はない。
 なのになぜこの男はこんなことを言うのか。
 警戒心に心がこわばるのを感じる。そんなあたしの様子に気づいたのか、男が笑った気がした。
 皮肉めいた、あまり好きになれない感じの笑いだ。

「ふふ、混乱してるね。まあ、仕方ないけど、あまり油断していると、すぐに食い殺されちゃうよ?
 この世界は君にとっては優しくないからね」
「な、なにを?」
「生き残りたいんだろう?この理不尽なゲームの世界から」

 あたしは彼の言葉に目を見開いた。
 どうして。

「…どうして知っているの?」

 この世界がゲームの世界であることをどうしてこの男は知っている?
 あたしは呆然とした。
 この世界をゲームの世界だと知るのはあたし一人のはずだ。
 否、それとも限らない?あたしが知らないだけでもっと他にもいるというのだろうか。

「もう少しネタバレするけど、僕と君以外に今この世界にこの情報を持っている人間はいないよ」
「っ!」

 心を読まれているとでもいうように、あたしの疑問に先回りされてしまった。
 同じ心を読まれるでも人外連中とは違う。
 なんだか全てを裸にされて暴かれるような不安感にあたしは怯えた。
 そんなはずもないのに、そんな風に思わせるほど男の視線は底知れない。
 先ほどの女も不気味だったが、目の前にいる男のほうがよほど危険な気がした。

「…貴方は一体」

 だが、男はそんなあたしの驚愕など意に介さず、つまらなさそうに口を尖らせた。

「僕の素性なんてどうでもいいじゃない。
 …便宜上名前が必要とするなら『神様』とでも呼んでくれればいいよ」
「『神様』…」

 ふざけた名前だ。
 漫画かフィクションの読みすぎじゃないか?
 こいつ、さては厨二か?

「…今、すっごい失礼なこと考えているね?」
「…別に」

 やばい、どうやら相手にあたしの思考は筒抜けなんだった。
 心を読まれないよう、無意味に胸を隠すように動く方の手で胸を隠す。
 その様子を見て、小馬鹿にしたような目で自称神様はやれやれと首を振りため息を吐いた。

「君って、本当にわかりやすいね。
 僕じゃなくても君の考えてることなんて一目瞭然だと思うけど。

 まあ、いいや。それより、どうなの?
 そろそろ天城ちゃんに連絡を受けた連中がここに来るよ?
 そうなったら内緒で脱出は無理になるんだけど?」

 一瞬何を言われたかわからなかった。

「脱出って、どうして?」
「ええ?まさかこのままここに居る気なの?
 このままここにいたら、問答無用で吸血鬼側の根城に連れて行かれるのに?
 色々尋問されるかもね?なんでペンダントの秘密知ってるんだ、とかね」
「そ、それは黙っていたら大丈夫…」
「吸血鬼を甘く見ないほうがいいよ?
 君が喋りたくなくても喋らせる能力持っているやつもいるから。でも力強すぎて廃人になるかも?
 それこそ死亡フラグだよね」

 確かに吸血鬼の能力者が精神に働きかけて、相手から自白させるというシーンがゲームの中であったように思う。相手を廃人にさせる強い力である描写を思い出して、あたしは気分が悪くなった。
 顔を青ざめさせるこちらに、何が楽しいのか、歌うように男がくるくるとその場を回る。

「ねえ、今逃げちゃおうよ?
 今なら、君がこの件に関わったこと色々僕が誤魔化せるよ。

 このままでも今回は助かるけど、保護される先が吸血鬼側だと色々面倒じゃない?
 誘拐事件の事情聴取で吸血鬼の家に行ってまた他の死亡フラグに巻き込まれるかも?
 少なくとも、今まで以上に月下騎士たちと距離を縮めることになる。
 華々しく学園デビューを果たしてしまうかもね」

 なにが楽しいのかくるくるとステップを踏みながら笑う男に対し、あたしは想像しただけで血の気が引いた。
 嫌だ、それは絶対嫌だ。死亡フラグも勘弁だが、これ以上目立つのが嫌。
 これ以上いじめが激しくなったら学校にいられないかもしれない。それは避けたかった。

 だが、見上げる男の存在は怪しい。怪しすぎる。
 こんな男の言葉に乗ってもいいものだろうか。

「僕が信用できないのは結構だけど、考えている暇はあまりないよ?」

 相変わらずこちらの思考を読んでくる男に顔をしかめる。
 耳をすませば、確かに複数人の足音らしきものが聞こえてきた。
 時間がないのは本当らしい。
 男を見上げると、相変わらず顔が見えない黒い影だけで姿は知れない。
 確かに得体のしれない男だが、言うことも最もで、不可抗力で巻き込まれる形になったが、この件とは無関係でいられるのならそれに越したことはない。

(…それに)

 未だあたしを下敷きに眠る会長の顔を見る。
 これまでは必死だったし、なんというか体調のせいで気にならなかったというか。
 なんかあたし、この人に随分恥ずかしいところ見られてないか。
 泣き顔見られて、慰めてもらって抱きしめられて、しかも不可抗力とは言え血まで取られて。
 …思い出しただけでも恥ずかしさで憤死しそうだ。なにこの羞恥プレイ。

 できれば、このままここから誰にも知られずに脱出して、無関係な顔して学園生活に戻りたい。幸い未だに会長はあたしを幽霊と思っているだろうし、普段のあたしは地味で会長の目に留まる存在ではない。
 このまま消えれば会長には願いを叶えて幽霊は成仏した、と思ってくれるだろう。
 うん、幽霊嫌いの会長的にもあたし的にも大団円じゃないか。
 お礼もお別れも言えないのは少し不義理とは思ったが、血をあげたのだからそれで貸し借りなしだ。
 ……なんか忘れている気もするが、この際この羞恥プレイから逃れられるのであればなんでもいい。

「……どうするの?こんなことは一度きりの特別措置だからね。お答えプリーズ」

 怪しげな微笑みをたたえる自称神様にあたしの答えは。
ちょっと急展開?
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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