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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

本能

がち暴力表現あります。
苦手な方はプラウザでバック、バック。
 しかしいくら待っても痛みも衝撃も襲ってこない。
 正直殴られたあたりとか痛いから意識飛ばしたいのだが、逆に痛みに意識がはっきりしてしまう。
 仕方なく、状況を確かめるためそっと目を開いたあたしが見たものは、背後からブルーローズの持つ特殊警棒を掴んだ会長だった。
 薄暗くて表情まではわからないが、しっかりとした足取りで立つその姿は力が漲っているように見えた。
 罠にかけられ怒っているのだろうか。すさまじい威圧に本能的な恐怖が心を支配する。
 普段抑えているであろうその圧力こそ純血の証なのだろう。
 風もないのに空気が動く。
 渦を巻くように会長を中心として動いていく。
 これに比べれば紅原に感じるものなどまったく人間と同じだな。
 すこし彼にひどい扱いをしてしまったな、と見当違いなことを考える。

「っな…離せ!」

 掴まれたまま動かない警棒をなんとか引き抜こうとするブルーローズに会長は微動だにしない。ただ立っているとしか思えないほど自然な立ち姿に、横合いからの銀の光を目にして、あたしは思わず声を上げた。

「っ!か、会長、後ろ!」
「遅いんだよ!」

 いつの間にか女性の二の腕ほどもある大きなナイフを取り出していたバレットが、会長の背後からナイフを突き立てた。
 あたしは真っ青になった。しかし。

「ぎゃああっ!」

 響いた悲鳴は会長のものでなくバレットのものだ。
 がちゃんとナイフが落ちた。取り落としたバレットの指や腕が本来ではありえない方向に曲がっているのが見えて、あたしは思わず目を反らした。
 落ちたナイフをみれば、ほぼ根元で折れていた。

 一体何が起こった?
 おそらく会長が何らかバレットにしたとは思うのだが、あたしには何をしたのか全くわからなかった。

 ただ時間差を置いて落ちた何かを見れば、ぐにゃぐにゃに曲がったナイフの刃先がだった。
 その光景にそう言えば副会長も同じことしていたのを思い出す。
 吸血鬼って金属グニャグニャにするの好きなのか、とどうでもいい感想が頭の中で漏れたのはすでにあたしの思考が状況に追いついていないからだろう。
 もちろんナイフは鋼鉄製でおそらく普通の力で折れるような軟な作りをしていたわけではない。
 ただ、単に会長の腕力が異常なのだ。人外ですからね。

「ひ、ひぃいい!」

 その光景を見ていたブルーローズの悲鳴が聞こえた。
 会長に握られたままの特殊警棒から手を離し、会長から距離を取る。
 だがその逃げ方は無様だ。
 腰が抜けたかのように座り込んだまま後退りしている。
 会長はその手に持っていた彼女の特殊警棒をくるりと持ち替えた。
 え?まさか、あれでブルーローズを殴ろうとでも言うのか。
 いやいや、それはまずいだろ!人外の力だぞ。
 スプラッタ確実ではないか。

「っ…か、かいちょ、ストッ!」
「殺らせるか!」

 横合いからバレットが会長めがけて再び襲いかかる。
 しかし、明らかに見切っていたらしい会長が、自然な動作で警棒を横に振るう。

「っぐあ!」

 あたしが見ていた限りでは、さほど力の入った動作ではなかった。
 しかし、会長からの一撃を受けたバレットは優に数メートル飛ばされた。
 壁に激突し、動かなくなる。
 あたしは死んだのかと思って青くなったが、僅かにその身が動いているのが見えてほっとした。
 流石に殺されかけたとは言え、会長が殺人を犯すところなど見たくない。

 そうしている間も会長はブルーローズとの間隔をゆっくり詰めていく。
 ブルーローズはバレットが飛ばされた辺りからその動きを止めていた。その仮面の下から覗く瞳は怯え切っており、もはや蛇に睨まれた蛙のようだ。
 ゆっくりと進む会長がその様子を睥睨する。その姿に、あたしは違和感を覚えた。

 普段なら割と饒舌な会長が未だ一言も発していなかった。
 あたしは嫌な予感を覚えて、激痛を発して動かない片腕を庇いながらなんとか起き上がった。
 なんとか顔が見える場所まで移動したそこで見たのは、表情が抜け落ち、焦点の合っていない瞳が不気味に赤く光らせた会長の姿だった。
 再びの死亡フラグに血の気が引いた。

 …やばい。
 完全に理性なくして力に飲まれてる。
 おそらくあたしのした行為が原因だろう。
 実は聖さんの持つロザリオはかつて副会長より送られた緑水に代々伝わる吸血鬼の秘宝だった。
 例の錠剤の入ってたあれですが、実はただの入れ物ではない。
 ロザリオはすべての力を無効化するというチートアイテムなのです。
 本来であれば、ゲームの終盤のラスボス戦で使われるアイテムなのだが、前借で使わせてもらったのだ。
 先程言った言葉は力を発現させるキーのようなもの。
 聖さんからすれば、男の子との秘密の思い出の品でしかないロザリオにそんな力が秘められているなど知りもしないだろう。
 ちなみにあげた副会長自身も気づいていない。
 本来あのロザリオは緑水の家で大切に厳重に保管されるものだったのだが、副会長のお母さんが子供の頃軽い気持ちで持ち出して、それを副会長のお父さんに渡してしまった。
 その時から緑水家ではロザリオは入った泥棒に取られたままの秘宝になった。
 結局父親の手から副会長へ、そして聖さんに受け継がれたそれを緑水の本家はまったく気付いていないという、なんとも残念な状況なのだ。

 そんなチートロザリオであたしは会長たちを縛る吸血鬼用のトラップの効果を打ち消すことはできないだろうか、と考えた。
 そして、それはうまくいったようだ。会長が立っているのがその証拠だろう。
 ロザリオの効果は半径五メートルほどだ。
 この部屋全体に効果は展開され、すべての術式が解除になったはずだ。
 会長の拘束を解いて、犯人を捕らえてもらうというのがあたしのシナリオだったのだが、どうやら、あたしはミスを犯したらしい。
 ロザリオのどういう効果か、今の会長に理性はない。
 抜け落ちた表情に赤く光る瞳がそれを物語っている。
 今の会長はただ本能のまま動いている獣と同じだ。

 このままではブルーローズは間違いなく殺される。
 だが、そのあとはおそらくあたしたちだ。
 理性なく力を暴走させた吸血鬼は血を求める。
 目に見える範囲すべてを血祭りにするのだ。
 もともと、吸血鬼は人間の天敵であり、捕食者だ。
 凶暴な衝動は理性で押さえ込んでいても彼らの底には常にそれがある。
 ゲームの死亡系バットの何割かはこの暴走に巻き込まれてだ。

 ああもう、ダークすぎるし、ファンタジーすぎるよ!この世界は!
 地団駄を踏んでこんな設定をしたゲームの製作者を詰りたいが、今はそんなことを言っても無意味だ。
 現在双子も聖さんも天城さんも意識はない。
 唯一意識のあるあたしは自分自身の引き起こした事態に呆然としている訳にはいかなかった。
 このままだとみんな死んでしまう。
 幸いというかなんというか、熱のせいかなんなのか痛みが麻痺しだしていた。
 相変わらずブルーローズに打たれた腕は動かないが、フラフラとしながらもあたしは立ち上がった。
 あたしは必死で脚を動かし、会長とブルーローズとの間に立ちふさがった。 

「会、長っ!しっかりしてください!」

 流石に目の前に立ったため、会長の歩みが止まった。
 だが、その瞳は相変わらず濁ったままだ。
 その恐ろしさにあたしは逃げたくなったが、今逃げても結果は変わらない、と必死に睨み返した。

「…あんた、なんで…」

 背後から、驚いたような声が聞こえたが、それどころではない。
 やはりあたしの声など届かない会長は再び歩みを進め始めた。
 ううう、やっぱりあたしじゃ無理だよ。
 聖さん!なんでヒロインが寝てんだよ!
 起きろよ!会長止めるのなんてあなたの仕事だろ!

「…ぅん」

 八つ当たり気味の思考が届いたのか、なんなのか、不意に小さなうめき声が聞こえた。
 思わずそちらの方向を見れば、聖さんが小さく身じろぎした。
 もしやあたしの思いが通じたのかと思ったが、動いだだけで起きる気配はない。
 おいこら!気をそらしただけか!
 だが、その声は予想外の会長の反応をもたらした。

 会長の視線があたしとブルーローズからそれた。
 いや、それだけではない。
 ただ一点だけを見つめて、さらにはそちらに向かおうとしている。
 会長の視線の先には聖さんがいた。

 その意味を考え、あたしはさらに青くなった。
 多分会長は嗅ぎ取ったんだ。
 <古き日の花嫁(ラ・マリエ・ダンタン)>の血の匂いを。
 おそらく、ハンターの罠で力を失った彼にとって、<古き日の花嫁(ラ・マリエ・ダンタン)>である 彼女の血は今の彼にとって極上の美酒よりなお甘い甘露だろう。

 だが、それを許すわけにはいかなかった。
 思わずヒロインに助けを求めてしまったが、彼女に会長が近づく方がよほど大変なことになる。
 血は吸血鬼にとって活力の源だが、吸血鬼の花嫁の血は媚薬の力を含み、その力を増幅させてくれる。 <古き日の花嫁(ラ・マリエ・ダンタン)>はそんな吸血鬼の花嫁の強化版だ。もちろんその増幅値は比べ物にならない。
 ルートによってはゲーム中、聖さんの血を飲んだ吸血鬼がそれまで触れることすらできなかったラスボスを一撃で倒してしまうほどだと言えば、少しはその力のすごさはわかってもらえると思う。

 ではそんな効果がある<古き日の花嫁>の血を理性のない状態で飲めば、どうなるか。
 力が暴発(バースト)する。
 今の状態でだって会長はこの辺一体のものを粉々にしてしまいかねない状態だ。
 それにさらに力を獲れば、自身の身の安全さえも引換にここら一帯一瞬にしてクレーターしてしまう。
 遺体も残らない悲惨な様子を想像して、あたしは慌てて今度は聖さんに近づこうとする会長を止めるため立ちふさがる。

「だめ!聖さんに行っちゃダメ!」

 我ながら勝手な言い分だが、死にたくないから仕方がない。
 だが今度は前に立ちふさがっても会長の歩みは止まらない。
 それどころかあたしを押しのけて進もうと、動かない腕を掴まれた。

「いっ、ああああああああああ!」

 あたしの悲鳴に驚いたのか会長の手がすぐに外れるが、あたしはそれどころではない。
 あまりの激痛に頭の奥がちかちかする。
 涙腺が崩壊して涙まで出た。でも気を失えない。
 ふらりと崩れ落ちそうになったあたしの体がなぜか会長の腕に救われた。
 痛みに思考を奪われながらも正気に戻ったのかと期待したあたしが目にしたのは変わらない凶暴な瞳だった。
 だがその瞳はある一点を凝視して止まっている。それは聖さんではなく、あたしの額だった。
 ちょうど身長差から視界に一番入る位置だったのだが、何を思ったのか腕に抱き込んだ形のあたしの額に会長が唇を寄せてきた。
 正気でない彼のその行為に、あまりに突然のことにあたしは呆然と受け入れた。
 唇が触れた部分にピリッと痛みが走った。
 そのことで、あたしはいつの間にか額に怪我をしていたことに気が付いた。

 おそらく先ほど引き倒された時だ。
 何かに引っかけて切れたのだろう。
 その傷口を癒すようにやさしく血をなめとる吸血鬼の凶暴とは違う姿に思わずホッとする。

 おそらく血に反応したから止まったんだな、と傷口に触れる舌と唇の動きのくすぐったさ感じながら、これで正気に戻ってくれないかな、などと考えていた時だった。
 突然、会長の腕があたしの頭と背中に回り、抱きしめられる。動かない腕には触らない気遣いがあるものの、その力は抱きしめるなんてものじゃない。がっちりとホールドするように回された腕はまさに拘束する力を持っていた。

「なっ!…会、ちょ?」

 突然のことに混乱するあたしに額に寄せていた会長の顔がいつの間にか首筋に移っていることに気が付いた。
 いつの間にか寛げられた襟元からは、柔らかい肌が覗いていることだろう。
 急所に近い場所にあたしは恐怖した瞬間、それは襲ってきた。
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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