挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

泣き虫幽霊

環が壊れてます。
支離滅裂。
 蒼矢会長と戻ってきた建物は不気味なくらい静まり返っていた。
 念のため、すぐには建物には入らず外から様子をうかがう。
 だが、別に戦闘のエキスパートでもなんでもないあたしじゃなにもわからない。
 仕方なく玄関から入り、先ほど犯人たちが会話をしていた部屋へ近づく。
 そっと中を伺ったが、案の定蛻の殻で犯人どころか双子も聖さんもいない。
 ため息をつくしかなかった。
 一体どこに行ったのか。

「なあ」

 部屋の中に手掛かりがないか探していると、会長に声をかけられる。
 未だにあたしを幽霊と思っているのか一定以上近づいてこない。
 ありがたいのと情けないのとで、何とも言えないが、彼ほど心強い援軍はいない。
 なにせ、あたしの知る吸血鬼の中で文句なく一番の実力を誇るのは彼だ。
 …普段は色物キャラだけどなっ。

「お前、双子と聖利音を助けろって言ってたがあいつらとどういう関係なんだ?」

 ふいの会長の言葉にあたしは黙秘した。
 だって、それは三人の救出に関係ないでしょ?

 あたしはただ会長には、学園の生徒が三人誘拐されているから助けてくれ、と頼んだ。
 それだけで、蒼矢はその三人が双子と聖さんであることを悟ってくれた。
 ということは、おそらく双子の異常を何らかで知り、駆けつけてきたのだろう。
 それだけわかればあたしには十分だったから、あたしは彼がどうやってここのことを知り、来たのか一切の質問をしなかった。気にはなるが、知らなくても今後なんの差し支えもない。
 もちろん彼からの質問及び、他の無駄話を一切拒否した。
 もちろん名前を聞かれても黙秘だ。
 どうやらあたしを相変わらず幽霊と思っているようだし、誤解をそのままにしておこうと思ったのだ。
 そのほうが今後もし学内で出くわしても知り合いだとは思われないだろう。
 頼るのはこれが最後だ。一緒に行動するのも。
 ゲームの世界は死亡フラグに満ち溢れて、これ以上のスリルは必要ない。
 まあ、今回の事件が事件だけにのちの事情聴取とかでばれる可能性はあるけど、あわよくば知り合いフラグへし折れたらいいな、という程度の希望だがな。

「だんまり、か。…お前、一体何者だ?」

 幽霊です。
 あなたにはそういう認識でいいです。
 そしてそれ以上でもそれ以下でもありません。
 今後の一切の関わりを拒否したいので、もちろん黙秘を貫きますよ。

「あのあと、学園の歴史を調べたが、お前に該当する校内で亡くなった生徒は見つからなかった」

 あと『馬鹿』の意味もな、と会長。
 あほか。
 本気(マジ)で調べたんかい!?
 半分あきれて、半眼で見やるといつの間にか会長の姿がすぐそばにあった。

「なぜ、お前はあの場所で、そして今俺の前に現れた?」

 そういって、彼はあたしの頬に触れた。
 その手は一度だけおびえたように引っ込んだが、再び触れたときにはまるで大切なものでも扱うように やんわりとした手つきで輪郭をなぞった。
 蒼矢会長の指先が冷たく熱を孕んだ頬に思いのほか気持ちよく、あたしはその手を払うのを忘れた。

「…幽霊なのに触れられるんだな。…しかも熱い」

 そりゃ、幽霊じゃないからな。
 だが今は、そんな話をしている暇はないのです。
 実はね。結構限界が近い。
 もともと風邪気味な上に、雨に打たれた服がそのままなのだ。
 今は三人を助けなきゃ、て気力で立っているけど、熱が上がっているのか、頭が働かない。
 あまり時間をかけると倒れそうだ。
 会長の手を払わないのだって、そんな気力がないからだ。

 だがいつまでも会長に構っているわけにもいかない。
 あたしは、ふわりと会長の手からすり抜け、壁に寄った。
 あたりを見回すが、やはり誰の気配もない。
 あたしはだんだん不安になってきた。
 もしかしてあたしは間に合わなかったのではないか。
 聖さんと双子はすでに売られて…。

「…どうしよう。取り返しがつかないことをしちゃった?」

 思わず涙目になるあたしに、会長がぎょっとする。

「ど、どうした?いきなり!」
「いないんです。いないの?三人とも、見つからない。」

 やばい。自分でも何を言ってるかわからない。
 ただ、悲しくて自分が許せなくて涙が流れた。
 体調のせいか、感情が制御できない。
 あたしはぽろぽろと流れるまま涙を流した。
 その様子にフェミニストたる会長様は困ったようにおろおろするばかりだ。

「いないって、双子たちが?」
「うー、聖さんも…。
 どうしていないの?間に合わなかったの?
 あたし、間に合わなかった?」

 やはりあの時最初の時にきちんと携帯で助けが呼べていれば、こんな取り返しのつかないことにならなかったのに。
 あの時のあたしをできるなら殴りたい。
 いくら彼らがあたしにとって死亡フラグにつながる存在であっても、死んで欲しくなんてないし、まして人としての尊厳も踏みにじられる人身売買など言語道断だ。
 そんなことを許せば、あたしはあたしを許せない。
 そんな人間が正義の弁護士など目指せるはずもない。あの輝かしい女弁護士など夢のまた夢だ。
 この後に及んで自分のことしか考えられない自分にも嫌気がさす。

「うー、三人に何かあったらあたしは…」

 だが、探しても聖さんたちの姿も犯人たちの痕跡も見つからない。
 あたしは絶望の淵に立たされた時だった。

 不意に温かいものが体を包んだ。
 不思議に思えば、いつの間にか蒼矢会長の腕の中にいた。
 普段ならおそらくダッシュで逃げただろうが、熱があるのか呆とする体にそんな力はない。
 むしろ、他人の体温が心地よくて、思いがけずため息が漏れた。

「…泣くな、泣かないでくれ」
「…?」
「なぜだか、わからんがお前に泣かれるとどうしたらいいかわからなくなる」

 ああ、それはわかる気がする。
 わけもわからず支離滅裂に泣く子供みたいな状態の女を目の前にすればそんな風になるだろう。
 これで会長はなかなか面倒見の良い性格だ。
 子供をあやすように背中に回された手の暖かさに、幼い頃母に抱きしめてもらった記憶が呼び起こされる。
 母とこの腕の持ち主は全く違うのに、と思うが不思議と安心できた。

「それに大丈夫だ。三人は無事だ」

 どうして、そんなことがわかるのか?
 不思議に思って見上げるあたしに会長の手が背中をあやすように撫でた。

「ここではないが近いところに双子の気配を感じる。人間の気配もする。だから大丈夫だ。まだ間に合う」

 会長の言葉にほっとする。
 会長が言うなら、間違いないだろう。
 幽霊相手に嘘を言う人じゃない。
 …安心するが、もう一つ別の問題にも気が付いた。

「…気配を感じるなら、場所もわかるんじゃ」

 思わずつぶやいた言葉に会長の不思議そうな声が降ってきた。

「ああ、わかるが。それが…痛!何するんだ!」

 あたしが会長の腕をつねると抗議の視線が飛んでくる。
 あたしはその視線を半眼で睨み返した。
 それを先に言いなさい!それを!
 不安に泣きじゃくったあたしがバカみたいじゃないか!
体調悪い女の子におさわりですよー。
相変わらず幽霊認定w

普段の環ならセクハラ認定なのですけどね。
会長、風邪ひいててよかったね。役得でした。
-------------------------------



-------------------------------



[拍手してやる]

7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ