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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

既視感

ようやく奴の登場です。
 外はいつの間にか、雨が降っていたが、迷いはしなかった。
 雨足が強く、あっという間にずぶ濡れになるが関係ない。
 ばしゃばしゃと跳ね上げながら一生懸命走る。
 聖さんと双子をこの場所に残していくことに少なからず罪悪感を抱くが、あたしにはもう助けを呼びに行くしか手はなかった。
 とにかく助けを。
 こうなったのは明らかにあたしの失態だ。
 あの時助けを呼ぶことに躊躇しなければこんなことにはならなかった。
 双子も聖さんも今ごろ、はた迷惑なピンクのハートを飛ばしながら、楽しいデートを満喫していたかもしれない。
 聖さんも双子もあたしにとって迷惑なだけの存在で決して好きとは言えないが、不幸になって欲しいわけじゃない。

 一瞬だけ振り返れば、先ほど出てきた建物が森の木々の間に見えた。
 絶対に助けに戻ってくる。
 あたしはその思いを胸に森に向かって再び走りだし、二度と振り返らなかった。

 どのくらい走ったのか。
 何度目かの同じ光景にあたしは愕然とした。

 目の前に広がるのは古ぼけた井戸の跡。
 周りを囲う石積みは一部が崩れ、朽ち果てかけていた。
 この井戸は館から脱出してすぐに見たものだ。
 だが、その井戸が目の前にある。

 それは一つの最悪の可能性を示唆していた。
 あたしは顔を青くした。
 森は似たような風景が多くて、方向を見失ってしまったらしい。
 そのことに気が付いて、あたしは思わず汚れるのも構わずその場でぺたりと座り込んだ。

 あまりに情けなくて涙がにじんだ。
 本当にあたしは何のためにここにいるのだろう?
 雨に打たれて、涙が見えないのをいいことにあたしはぼろぼろと涙を流した。

 全く情けない、情けなさすぎる。
 自分にできることを、と頑張ってもこのざまだ。
 助けを呼べず、ここでただ迷うことしかできない。
 あたりはだんだん薄暗くなってきている。
 もうすぐ夜になる。
 雨に打たれて体は芯から冷えていた。
 もともと風邪をひきかけていたのだ。
 ここで暖も取れずにいれば、もしかしたら死ぬかもしれない。

 でも、なんだかどうでもいい気がした。
 どうせあたしは誰も救えない。

 一体何のためにこの記憶はあるのだろう?
 これから起こる学園内でのことがわかるだけの知識があっても、あたしにはなんの力もない。
 回避する力も、起こるだろう悲劇を回避することも何もかもだ。
 知識があろうとなかろうと、このざまだ。
 助けすら呼べないなんて、無様すぎる。

 あたしに脳裏に過ぎるはかつて見た女弁護士の姿。
 あんな風に輝けたらと思って頑張ってここまで来たが、やっぱりあたしには無理だったのだ。
 あたしがあきらめかけたその時だった。

「…そこに誰かいるのか?」

 ひどい既視感に襲われる言葉。
 そしてよく知る声優さんの声。
 あたしは井戸のそばでうずくまっていた顔を上げた。
 その先にいたのは、なぜか既視感通り驚きの表情を浮かべた純血の吸血鬼の姿だった。

 既視感と唯一違っているとすれば、ここが学校でないことだ。
 しかし、どうしてこの人がここにいるのか。
 わからなかったが、今はどうでもいい。

(これで聖さんや双子が助かる?)

 その姿は今までのあたしであれば死神に見えたが、今は後光が差しているように見えた。
 あたしは思わず会長に手を伸ばした。

「っ!!!!!!!!!!」

 突然、声にならない叫び声をあげて、既視感通りにぱたんと倒れてしまった。
 その姿に今度はあたしが声にならない叫びをあげた。

「なっ!なな、どうして!?」

 頭を抱えた瞬間に思い出した。
 今のあたしの状況だ。
 あたしは制服を着ているが、ずぶ濡れの上、先ほどから震えがおさまらないところを見れば、おそらく真っ青な顔をしていることだろう。
 しかも隣にはおあつらえ向きに朽ち果てかけた井戸の残骸。
 そして雨の中走ったせいか、髪は乱れて、無残な姿だろう。
 …あまりの既視感のオンパレードにあたしは体調のせいばかりでない頭痛を感じた。
 だが、状況があの時とはまるで違う。

 あたしは蒼矢会長に飛びつくと、馬乗りになり、胸ぐらをつかんで揺さぶった。
 恥ずかしいとか今はどうでもよかった。
 倒れた時に蒼矢会長についた泥があたしの服を汚したのも、もはやどうでもいい。
 今は人命救助優先だ。

「ちょっと!起きてください!気絶している場合ですか!」
「うっ…!」

 幸い、すぐに蒼矢会長は気づいてくれたが、あたしの姿を見た瞬間。

「ひっ…!」

 再び気絶。
 ああもう!厄介な人外だな!

「おおーい!お・き・ろ!」

 あたしは会長を揺さぶるが、起きない。
 あたしは気絶する人外の頬をぺしぺしと張った。
 後から思えば人外相手に、しかも会長相手によくぞそんなことができたものだと思うが、その時はともかく目覚めてもらわなくては困ると必死だった。
 ようやく三度目にして少しはあたしの顔になれたのか、顔を青くしながらも、しっかりとあたしを見た。

「お、お前は…!校舎裏の幽霊じゃないか!なんでこんなところにいる!」

 驚く蒼矢会長の言葉にどうやら会長の中であの時のあたしは未だ幽霊ということになっているらしい。
 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「おはようございます。早速ですが、言うことを聞いてください」
「な、なんだいきなり。藪から棒に」
「いいから。前に何でも言うことを聞くって言ってましたよね?」

 先日の校舎裏での会長の言葉だ。
 「その代わり成仏しろ」と震える顔で精一杯強がっていた姿ははっきり思い出せる。
 数日前の出来事なのに何年も前の出来事に思えた。

「あ、ああ。覚えているが…」

 が?がってなんだ?
 あたしの言葉になぜか会長はつまらないものでも見るかのような妙に覚めた目になった。
 もしかして、あんな約束は無効だ、とか言い出すつもりか?
 それとも幽霊なんかとの約束はそもそも成立しないとか言い出すのか?
 それでは困る。あたしは今会長にすがるしかないのに。
 会長なら、この人外の力ならあの犯人に立ち向かい、双子や聖さんを救ってくれる。
 幽霊相手なら情けない人だが、人間相手なら決して負けはしない。
 あたしは自分ではどうにもできない無力感に苛まれながら、懇願するように至近距離で蒼矢会長を見た。

「裏戸学園の生徒がこの先の建物に捕まっているの。
 …ねえ、貴方は月下騎士会の会長でしょ?三人を助けてよ」

 思わず涙目になりながら見下ろすと、会長の顔は驚いたように目を見開いた。
 と、同時に彼の目から嘘のように冷たい色が消え、真摯な情熱のような色が宿った。その変化にあたしは驚きながらも、納得した。ああ、やっぱりこの人は月下騎士(学園の騎士)なのだ。
 幽霊が怖くても、プリンがこっそり好きでも。この人は生徒を助けるためにはいつでも真剣になってくれる。
 そんなゲームの世界との同一性がこの場ではひどく頼もしく見えた。

「生徒たちを助けたい、それがお前の願いなんだな?」

 会長の言葉にあたしは頷いた。
 自分ではどうしようもないのが情けなくて泣きそうだが、今はそれどころではない。
 しっかり口を引き結び、あたしは祈るように会長の目を見つめた。

「助けてくれますか?…蒼矢の名にかけて」
「…ああ、蒼矢に二言はない」

 それを聞いてようやくあたしは安心して手を放した。
 そんなあたしになぜか蒼矢会長は驚いた顔をした。
 珍しく呆けていたかもしれない。
 だが、願いを聞いてくれると言った以上、会長の反応などどうでもよい。

『蒼矢に二言はない』

 これは会長を縛る言葉。これがあれば彼は絶対にあたしの願いを叶えてくれるはずだ。
 例えあたしが彼の相手役ではないとしても、ゲームの彼は聖さんにこういっていつだってヒーローみたいにいろいろな危機から彼女を救っていた。
 今回もこれが聞ければ大丈夫だ。
 彼らは助かる。それだけで安心できた。

 だが、状況は予断を許さない。
 早く戻らないと。あの館から彼らが移動してしまえば、後を追うのが困難になる。
 あたしは寒さで動きが鈍くなった体を無理やり動かし、立ち上がる。

「ついてきてください」

 あたしは会長を先導して歩き出した。
 この井戸からならあの聖さんたちがつかまっている場所まで道はわかっている。
 あたしはまだ聖さんたちがあの館にいることを祈りながら道を急いだ。
安定の残念っぷり会長様でした。

相変わらずの幽霊認定は健在です。ぷぷぷ~。
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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