脱走
暴力表現有り。
不得手の方はプラウザよりバック。
「っ、思い出…した!」
最後まで記憶をたどったことで、女に打たれた首が痛みを訴えだした。
恐る恐る触れてみると、触れた先がぷっくりと腫れ上がって熱を持っているのがわかる。
ううう、命を取られるよりましだけど、もう少し当たり所が悪けりゃ死んでるよ。
まったく。とんでもない死亡フラグだ。
(それにしても…)
あたしは顔を覆った。
何たる失態。
死亡フラグを気にして、助けも呼べないなど本末転倒も良いところではないか。
(しかも、双子と聖さんまで危険にさらして…)
もちろん双子の誘拐事件に巻き込まれたのだからあたしは一方的な被害者だ。
なんでわかるか?
そんなの女の「分け前」という言葉と双子を眠らせたことではっきりわかるでしょう。
おそらく身代金目当てなのだろう。人質が生きていなければ、取引もできない。
そもそもあたしに攫うだけの価値はないからな。
運転手の買収も行っていたこともあり、かなり計画的だと言わざるを得まい。
おそらくここは犯人グループの隠れ家だろう。
牢屋付きの物件など、日本に何件とないだろうに、そんな場所を用意しておくなど、なんと用意周到なんだ。しかもあたしみたいなおまけを入れるスペースがあるとは用意がいいにも程があるだろう!
まあ、それはいい。良くはないが置いておく。
それより今はいかにして助けを呼ぶかを考えなくては。
いつもなら聖さん関連の話で積極的に関わりたくないのだが、今回ばかりはそうは言っていられない。
この状況どう考えても、あたしが招いた結果だからだ。
携帯電話を手にしていた、異常にも気づいていた。
そして、なによりあの場で意識があったのはあたしだけだ。
この状況でどうして助けが呼べなかったのか。
一瞬の迷い。一瞬のためらい。
確かに死亡フラグは怖いが、それを怖がりすぎて助けが呼べないなどどうしようもない無能だ。
これで、聖さんや双子に何かあったら本当に取り返しがつかない。
あたしは絶望の予感に思わず涙がにじんだ。
しかし、泣いても状況は変わらない。
あたしは、少しでも状況を好転させるため、動くことを決めた。
とりあえず、あの森で意識を失ってどれくらいたったのだろうか。
調べるために独房にある明り取り用の窓からはやや傾いた太陽が見えた。
おそらくそう時間は経ってはいないだろう。
それから脱出用の出口を探す。
明り取り用の窓は小さすぎて無理だし、鉄格子のはまった扉はしっかりと南京錠がかかっていた。
当たり前だが、脱出は不可能に思えた。
だが、あたしには秘策があった。
あたしは髪にさしていたピンを一本取り出し、手で少し曲げて形を変え、それ持って南京錠に向かった。
それをカギ穴に差し込んで中の構造を探る。
あたしは幼少期、忙しい母親の代わりに面倒を見てくれた藤崎家で香織たちと一緒に育った。
彼らの家は商店街にあり、商店街はあたしたちの遊び場だった。
その中に、今はないが鍵を扱う店があった。
今は引退したが、その鍵職人のおじさんが遊びで簡単な鍵の開け方を教えてくれた。
余計な知識を植え付けるな、と女性陣に顰蹙を買いながらその鍵職人のおじさんは面白がって教えてくれたのは、市販の簡単な南京錠の開け方だ。
……そう、目の前の扉を封じるのは、かつて挑んだのと同じ型のものだった。
あたしは慎重にその時の知識で南京錠に挑んだ。
シリンダー錠などは無理だが、市販の南京錠くらいならこの簡易のピンでなんとかなるはず。
あたしが南京錠に挑むこと数分。
「……やった!」
かしゃん、と音を立てて開いた南京錠にあたしは場所も忘れて、声を上げて喜んでしまった。
その声が予想外に大きく、あたしは慌てて、口をふさいだ。
心臓がどくどくと音を立てる中、しばらく身動きせずじっとする。何の音も聞こえてこない。
念のため、さらに数分じっとしているが、何も起こらない。
どうやら大丈夫だったようだ。
(…しっかりしなくちゃ。慎重に慎重に)
あたしは気持ちを落ち着けるために深い呼吸を繰り返すが、独房内のカビ臭さにうんざりしてしまった。
早くここを出よう。
あたしはそっと独房を抜け出し、歩き出した。
おそらく犯人たちはあたしを何もできないお嬢様だと思い込んでいる。
理由はあたしの今の姿だ。
裏戸学園の制服を着ているため、おそらくそんな勘違いを生んでいるのだろう。
その証拠にあんな簡単な南京錠であたしを見張りも立てずに放置していた。
そこに付け入る隙があると思いたい。
ともかく最優先に考えるは、ここから脱出して、助けを呼ぶことだ。
何とか牢からは脱出できたが、ただそれだけだ。
秘策といってもあれ以外あたしにできることはない。
腕力も状況を打開できるだけの知力もない。
とにかく自分の失態を取り戻すべく、あたしは助けを呼ぶことに専念することにした。
独房のあった階は一応見て回ったが、あたし以外の姿を見ることはできなかった。
仕方なく独房を出てすぐのところにあった上へつながる階段を登る。
石造りの牢につながる地下を抜けると、案外普通の木造の建物の中に出た。
割と大きな建物らしく、見える範囲にいくつもの扉が見えた。
長いこと使われていなかったのか、傷みが激しく、ところどころ床板が腐っており、踏み外さないようにするのが苦労した。
犯人に見つからないように、音を立てないようにこっそり移動する。
玄関はすぐに見つかった。
そのまま外に出ることはできたけれど、あたしはその場では脱出しなかった。
聖さんたちのつかまっている場所と彼らの安否確認が必要だからだ。
あたしは慎重に移動していき、ようやくある一室から話し声が聞こえてくるのを見つけた。
できるだけ、息を殺しつつそっと扉に近づいた。
そっと扉の隙間から中を覗けば、先ほど見た目出し帽の男とフードの女。あともう一人犯人の一味らしき若い男の後ろ姿が見えた。
その肩に十字を抱えた翼という、どこかで見たような模様の刺青が描かれていたが、思い出せない。
それより気になったのは室内に一台だけ置かれた寝台だった。
(あれは……聖さん!?)
未だに気を失ったままの彼女はまるでお姫様みたいに手を組んだ状態で、白いシーツの中に横たわっていた。
その姿が死を思わせるようで、血の気が引いたが、よく見れば胸は上下しているし、顔色も悪くない。
その無事な様子にほっとしたと同時に、そのすぐそばに縄で縛られた状態で猿轡まではめられた双子が転がされているのが見えた。
未だに目覚めないようで微動だにしないが、聖さん同様呼吸の有無で無事を確認した。
それにしても、なにさ、この如実な差別。
あたしは拘束こそされていなかったが、汚い独房に転がされ、双子は縛られ転がされているのに聖さんだけ清潔な寝台?
これも主人公補正なのか?
思わず心の中で唸ってしまったあたしに気付かず、室内で会話がいつの間にか不穏な空気を帯びていた。
「なっ、話が違う!」
見覚えのない若い男が怒鳴って近くのテーブルをドンっと殴った。
その剣幕たるや、直接言われているわけでないあたしですらびくりとするのだが、直接向けられている男と女は涼しい顔だ。
「どこがでしょう?最初からそういうお話でしたでしょう?ねえ、バレット」
「ああ、ブルーローズ。そうだった、吸血鬼を捕縛してお前は名声を、俺たちは金を。そういう約束だっただろう?」
どうやら、女はブルーローズ、目出し帽の男はバレットというらしい。
あきらかに偽名だろうそれを平然と使う犯人グループの話にあたしはひやりとした。
今、なんといった?吸血鬼?
なんでこの人たちがそれを知っている?
だが、あたしの疑問の答えなど口にしてくれるはずもなく彼らの話は進んでいく。
「それはそうだけど、でも無関係な人間まで巻き込むなんて聞いてない!」
「しょうがねえだろ?連れてきちまったものは。だから有効利用しようってんだ。文句ないだろ?」
「っ!だからって人身売買なんて見過ごせるわけがないだろ!」
…なんか、すっごい不穏な言葉が聞こえるんですけど?
人身売買って…。
「大げさだねぇ。ちょっとお姉ちゃんたちには自分の体使って働いてもらうだけじゃねえか」
バレットの下卑た笑いが室内に響く。
いやいやいや、体を使って、なんて立派な人身売買でしょ?それ!
「二人は帰してやってくれ。金ならこいつらだけで稼げるだろ?二人分のしかも双子の吸血鬼の血だ。好事家に売れば億はくだらない」
バレットとブルーローズに懇願するアウェイな彼のその言葉に少なからず納得する。
どうやらこの人たちの目的は誘拐ではないらしい。
どうやって知ったのか知らないが双子が吸血鬼であることを知り、その血を売ろうとしているのだろう。
吸血鬼の血はそのまま飲めば毒にしかならないが、特別な製法を持って精製されると不老長寿の妙薬として珍重されている。
しかし、その原料が生きている吸血鬼より採取しなければならず、その量も致死量に近い。
もちろんそんなもの快く提供する吸血鬼などいない。
もとより吸血鬼は秘された存在だ。
そして、彼らは総じて長寿で人間より賢いため、国の要職についていることも多い。
そんな彼らの血から作られる製剤など国家が承認するわけがない。もちろんその製法も下法とされており、裏の世界でも扱うのが危険な超S級の危険な薬物だった。
それでも不老長寿の夢は尽きないらしく、世の様々な好事家がそれを求めているという。
以上、ゲーム知識でした。
あ、ついでに思い出した。
一人アウェイで頑張ってくれている彼の肩の文様、吸血鬼ハンター協会の文様だ。
あれがあるということは彼も吸血鬼ハンターということになる。
学園に今いるはずの、吸血鬼ハンターは項より少し左下のあたりにあるのをゲームの知識で思い出す。
だが、どうして吸血鬼ハンターが双子をという疑問に行き当たる。
実は、吸血鬼ハンター協会というのは裏では吸血鬼が運営する団体だったりする。
吸血鬼から人を守るという理念のもとに運営されているというのは表向きで、実際には吸血鬼を目の敵にしている人間を管理する組織なのだ。
もちろん吸血鬼を狩る組織なので吸血鬼を狩っているのだが、彼らが狩る吸血鬼は実は本物の吸血鬼ではない。
吸血鬼の血を何かの拍子に浴びて血の呪いに理性を失った人間の慣れの果てだ。
吸血鬼の血はちゃんとした手順を踏んで体内に入れなければ、精神を崩壊させてしまうほどの劇薬だ。
たまに事故などで血を流した吸血鬼に触れた人間がそんな風になってしまう。
その姿はまさに映画などで出てくる吸血鬼そのものだ。青白い肌におちくぼんだ眼光が不気味に光る。
夜な夜な血をもとめる彼らは決してもとには戻れないので、狩るしかない。
それをハンターたちは知らずに吸血鬼として狩っているのだ。
なんてダークファンタジーなんだ。
すごいな、さすが、ゲームの世界。
しかし、わからない。
本来、そういった吸血鬼もどきを相手にしているはずの彼がなぜ、双子に手を出す?
彼の中の吸血鬼と双子の姿は似ても似つかないだろう。
どうして彼らを吸血鬼と判断したのか。
疑問はつきないが、今は彼らの話を聞いておくことが肝心だ。
「それだけの金があればしばらく自由に暮らせるだろ?なあ、頼むよ!」
「やだね。金はいくらあっても困らない。それに顔を見られてんだ。帰せるわけねえだろ?」
いやいや、見てませんよ?
目出し帽姿だったじゃないですか!仮面つけてフードかぶった姿しか見てません。
「そ、それならせめてこの娘だけでも。この娘は顔見られる前に眠らせたんだろ?だったら…」
「なんだよ、お前。もしかしてそのお嬢ちゃんに情でも移ったのか?」
「そ、そんなことは…!」
言いながらも青年の首まで赤くなっているのが見えた。
…相変わらずの主人公補正ですか。
すごいよ、聖さん。
誘拐犯まであなたの味方なんて。
……世の中不公平だ。チッ。
「とにかく、俺は人間まで巻き込めないよ!
これ以上続けるなら、俺は協会にこのことを報告させてもらう」
「…それでは、あなたも罰は免れませんが?」
それまで黙って聞いていたブルーローズが声をあげた。
決して荒げていないのに不思議と男の言葉よりずっと威圧感を感じて、あたしは不安になった。
「そんなこと構うものか!…それに、俺もそろそろ嫌になってきたんだ。
だって、お前たちが言う吸血鬼たち、俺の知っている吸血鬼とあまりにもかけ離れている!」
「それは説明したはずですよ?
あなたの今まで教えられてきた吸血鬼とは吸血鬼ではない。
彼らこそが本物であって、あれは偽物。偽物を作り出しているのは本物であることも」
ブルーローズの言葉に、あたしはひやりとした。
…どうして、この女は知っているのだろう?
ここまでの知識、ふつうの人間が持っているものじゃない。
吸血鬼でもかなり高位の存在じゃないと知らないんじゃないのか?
女の得体の知れなさにあたしは知らずに腕をさすった。
「諸悪の権化は本物の吸血鬼です。
これ以上悲劇が起きないようにおおもとの吸血鬼を滅ぼすと誓ったあの言葉は嘘だったのですか?」
まるで、聖職者のような物言いに青年は少しひるんだ様子だった。
「それは確かに聞いた。
でも、普通の人間も巻き込むお前たちのやり方にもうついていけない。だから俺は降りる!」
「…仕方ありませんね。…バレット」
ブルーローズの声にいつの間にか青年のそばに寄っていたバレットが思いっきり青年を殴りつけた。
ばきっと音を立てて青年が吹っ飛ぶ。
だが、さすがは吸血鬼ハンターか。
一撃では気を失わなかった。
「…な、何を!?ぐはっ」
倒れこんだ青年に再び男のこぶしが襲う。
あたしはあまりの光景に目を覆った。
これ以上見ていられなかった、ここまで聞けば十分だ。
音を立てないようにそっとその場から離れる。
これまでの話を聞く限りでは、放っておいても助けが来ないことがよくわかった。
誘拐でないなら身の安全も保障の限りではない。
あたしは一刻も早く助けを求めるために、建物を飛び出した。
そんなあたしの去って行った方向を二対の瞳が見つめていたことを、あたしは最後まで気づかなかった。
鍵開けについてですが、かなり専門的な知識がないとできないので真似しないでね。
こんな話があります。
家の鍵が突然開かなくなり、業者を呼んで見てもらったら、奥からヘアピンの丸い金具が出てきたということ。
子供さんが鍵がないときに見よう見まねでテレビのように穴にさして、それが原因であかなくなりました、と。
…業者に鍵を付け替えてもらって12000円なり。
…やめましょうね?
-------------------------------
-------------------------------
[拍手してやる]
7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。