ピンクな空気のち…
後半暴力表現があります。
血は出ませんが、
苦手な方はリターンリターン。
バックページプリーズ。
リムジンという車に初めて乗りました。
天井こそワゴンとかと変わりないけど、広さが違う。
しかもなんか内装がキラッキラしている。
中に冷蔵庫が完備されていて、バカラのグラス入りのキャビネットとか怖くて触れません。
そしてソファもクッションが利いて、座っている感覚が薄くなるほど快適だ。
快適なんですが。
「ねえ、利音ちゃん。ほらお菓子あるよ、ほら」
「あ、すっごいきれーなチョコレート。…うん、おいしい!ありがとう、統瑠くん!」
「僕は翔瑠だよ?利音ちゃん。そろそろ覚えてよ。…でも、そんなところがかわいいよ」
「あ、翔瑠。ずるい!利音ちゃん独り占めなんて。ほら、利音ちゃんこれジュースだよ?」
「ありがとうー。統瑠くん。あたしのために、うれしいわ!」
「えへへ、利音ちゃんのために特別にブレンドさせたんだ。イチゴ、好きでしょ?口に合ってよかったよ」
「ええ、あたしのためになんて…」
「それくらい僕らが利音ちゃんのこと思ってるってこと、だよ。利音ちゃんうれしい?」
「うん、うれしい。…ありがとう、二人とも」
うざい。
うざすぎる。
空気がピンク過ぎて気持ち悪くてはきそうです。
何の罰ゲームなの?これって。
あたしは先ほどのやり取りの後、半ば脅さえるように車に押し込まれた。
流石、日本の道路に全く優しくない大きさの車だ。
車内も相応に広く長方形の室内にを囲うようにソファがあり、できるだけ聖さんと離れて座りたいあたしは、聖さんが着席すると同時に一番離れた席についた。
それと同時に始まったのが目の前の双子のお姫様接待大作戦だ。
双子はあの手この手といろいろなものを出して、お姫様を歓待している。
あたしには飲み物を一つ渡してそれきりだ。
いや、構われても困るので良いんだけどね。
あたしはもらった飲み物を飲む気にもなれず、視線を三人に向けた。
最初の方こそ聖さんはあたしの隣に来ようとしていた。
しかし、双子の畳み掛けるような接待攻撃に二人の間から動けず、チラチラとこちらを見ていたが、巻き込まれても困るからもちろんあたしはガン無視です。
そのうちこちらを見る暇さえないほどに歓待が激しくなって、完全に三人の世界が出来上がった。
聖さんはお姫様扱いはまんざらでもないらしく、顔を赤くしながらも嬉しそうだ。
勧められるまま、お菓子を頬張り、甘い言葉に酔いしれている。
やっぱりあたしお邪魔じゃん。やっぱり今から降りるのとかなし?
だが、無情にも車はすでに動き出している。
あたしは三人から視線を外して、窓に目を向けた。
どこをどう走っているのか。
外から中が見えないように引かれたカーテンで外が見えない。
見るものもない車内で対角線上の三人を見るのも不毛すぎる。
あたしは目を閉じた。
コメカミのあたりがズキズキする。頭が痛いな。
隣でハート飛ばしている三人に対してもそうなのだが、なんかさっきから寒気がするんだよね。
なんか昨日から怠かったけど、風邪が悪化してきているのかな。
あたしは昔から体は丈夫であまり寝込んだりしないのだが、流石にここ一月分の疲れが出てきているのかもしれない。
色々あったよな一月。
まさか一月前まで遠巻きに見ていただけの天上人たる月下騎士会と一緒の車に乗るまでになるとは。
月下騎士会に関わらないように頑張ってきたつもりなのになんか尽く失敗している気がする。
人生何が起こるかわからない。ついでにあたしは自分の死亡フラグもわからない。
なんか詰んでいる気がするのは気のせいなのか?
昨日だってまさか紅原がくるなんて思わなかった。
なんとか何事もなく(?)帰ってもらったが、なんで聖さんのいないところに現れたんだろう。
彼は聖さんの攻略対象であって、あたしには関わりがなかったはずなのに。
ゲームの知識を思い出しても、あたしと紅原の関係は全く浮かんでこない。
ゲームの知識、今のところ全く役に立ってない気がするな。
今のところあたしの罪悪感だけを煽っている。
昨日紅原の様子を思い出す。辛そうに過去に思いを馳せる彼にあたしは何も言えなかった。
紅原には辛い過去がある。あたしはそれを知っていた。
いや、彼以上に彼の過去を知っている。彼が知らない事実も全て。
彼が過去からどうやったら解放されるのかも。
だが、あくまでもそれをするのは聖さんの役目だ。あたしには彼女のような力はない。
聖さんはただの称えられるだけのお姫様じゃない。
彼らを救い導く聖女様だ。普段のKYっぷりを見てるととてもそうは思えないけどね。
最近あたしは彼女を見るたびにどうしようもない無力感を感じる時がある。
あたしはゲームの展開や彼らの過去を知っている、知っているのに何もできない。
聖さんを見ていると、あたしはここにいる価値のない人間じゃないかって思えて惨めだ。
ああ、早く聖さんが誰かのルートに入ればいいのに。早く一年が終わればいいのに。
…でも、まだ四月だ。まだゲームは始まったばかり。
個別ルート分岐ですら、当分先だ。
あたしはその頃まで生き残れるんだろうか?
がたんっ
思考の海にどっぷり浸かっていたあたしは不意に来た振動にはっと意識を浮上させた。
あたしは目を開けた。車は未だ動いている。
どこをどう走ってきたのだろうか。いつの間にか舗装された道ではなく、強い振動を感じさせる山道を進んでいるようだ。
がたがたと激しい振動に、あたしは不安になった。
そういえばどこに行くのか三人に聞いていない。
一体どこに行こうとしているのかだけでも聞こうと、口を開いた時だった。
不意に、声が途切れているのに気が付いた。
それまでうるさいほどに騒いでいた声が聞こえない。
何が起こったのだろうと、見ればあたしから離れた場所で聖さんと双子が力なくソファに凭れているのが目に入った。
驚き、三人のそばによってその息を確かめるが、規則正しい吐息に彼らが寝ているだけだと悟り、ほっとする。
しかし安心するのはまだ早い。
あたしの中で非常警鐘が鳴り響く。
明らかに異常事態だ。
三人とも子供じゃあるまいし、突然同時に眠り込むことなどないだろう。
だとしたら、考えられるのは彼らが口にした食べ物になにか仕込まれていた。
それしか考えられない。
…飲み物飲まなくてよかったーっ!
あたしは少し考え、双子の片割れのポケットを探った。
男の懐を弄るなど、女子としてはどうかと思うが、非常事態だから勘弁してほしい。
なにやらお菓子の包み紙とかいろいろ出てきたが、目当てのものを取り出し、あたしはそれを開いた。
携帯電話だ。
あたし自身持ってはいないが、電話の掛け方くらいは知っている。
非常事態の今、外に助けを求めようと思ったのだ。
車の運転手に助けを求めようとも思ったが、あれだけ騒いでいた声が突然聞こえなくなったのに、声もかけず変わらず車を走らせ続けている時点で犯人とグルだと考えたほうがいいだろう。
不穏な空気と死亡フラグの予感。
あたしは、震える手で双子の携帯を起動した。
そこから連絡帳を開いて、そこで止まった。
一体誰に助けを求めればいい?
最初は警察も考えたが、そもそもこの車がどこに向かっているのかもわからない。
尚且つ車自身、双子の家のものだから、誘拐とか説明しづらい。
事情を分かってくれそうな人間のほうが良いと考えたが、連絡帳にある名前はほとんど知らない人間のものだった。
あたしがわかるのは、月下騎士会の名前と天城さんのものくらいだ。
だが、どちらもそもそもお近づきになりたくない。
非常事態に何を言っているのかと思われるかもしれないが、非常事態だからこそ、ここは慎重にならざるを得なかった。
あたしが知りえるゲームの知識の中にこんなイベントは存在しない。
余計な知識はあるのに、どうしてこんな肝心なイベントを覚えていないのだろう。
もちろんゲームになく、イベントじゃなかったという可能性もあるだろうが、イベントでないと決めつけるのは危険だ。
こうして聖さんと双子がそろっているということでイベントである可能性が限りなく高い。
イベントであれば、誰が関わってくるかで、何らかのフラグの変動が起こる。
下手な博打を打てば、あたしの死亡フラグに繋がりかねない。
誰を呼ぶべきなのかは重要な分岐点だ。
一番適任なのは天城さんだろう。
当然だ。彼女は双子の保護者のような存在だし、護衛としての経験もあるので、こんな非常事態を一番何とかしてくれそうだった。
しかし、もう一人思いついた人物にあたしは何とも言えない気分になった。
……もしかしたら、天城さんより先に思いついてしまったのかもしれない。
どう考えても非常事態にあまり役に立たそうな人なのにどうしてなのか。
あたしは思わず、携帯電話を握りしめ、考え込んでしまった。
しかし、その間が命取りになった。
突然ぶぶぶっ、と携帯が震えたと思うと、一瞬何かの文字を映し出した後、画面が真っ暗になってしまった。
「え、え??」
突然のことに驚いて慌てて携帯を操作するが、携帯は全く反応しなくなっていた。
一体何が起こったのか。
焦っていたこともまた時間ロスにつながった。
通じなくなった携帯電話に見切りをつけて、もう一人の双子の携帯電話を手に取った時だった。
「何をしている!」
いつの間にか止まっていた車の扉が開き、屈強な男があたしの手の中の携帯電話を目ざとく見つけ、叩き落とした。
叩き落とされる前に、何かのボタンを押したようだが、何のボタンだかわからない。
そして携帯電話は無情にもあたしの手から床に落ちて滑り、手の届く範囲から消えた。
あたしは自分の失態に気が付いた。
時間をかけすぎたのだ。
これでもう助けは呼べない。
あたしは真っ青になった。
「こいつ、なんで眠っていない?」
目出し帽を被ったいかにもな犯人に睨まれてあたしは恐怖のあまり動けない。
しかし、せめてもと聖さんと双子の体をあたしの背後に隠すような位置に移動する。
犯人を睨みつけるが、相手はまるで動じてない。
当たり前か、あたしは普通の女子高生でしかないのだから。
今更ながら香織と一緒に空手でも習っておけばよかったと後悔先に立たず、だ。
「なんだ、震えているのか?くくく」
下卑た笑いの犯人に、背中がぞくりとした。
危機感が今までの比ではない。
今まではなんだかんだ言っても直接的な暴力に晒されたわけではない。
しかし、先ほど打たれた手がジンジンと痛みを伝える。
容赦のない力で叩かれたそれは確実に腫れ上がるだろう。
恐怖で震える体を止めることはできなかった。
そんなあたしを犯人は愉快そうに笑いながら、こちらに手を伸ばしてきた時だった。
「…その辺に。余計なことをすれば分け前が減ることになりますよ」
突然の低い女の声に男の手が止まった。
「…あんたが、そういうのならやめるけどよ」
女の声に男が素直に応じる。
な、なんだ?犯人ってもう一人いたのか?
今まで体の大きな男が立ちふさがっていたため気づかなかったが、女の声に応じて男が体をずらしたおかげで、その奥に立つ人影が見えた。
それはとても奇妙な女だった。
いや、本当に女だったかもわからない。
声はまだ若く張りがあり、高かったので女だとは思うのだが。
その人物は全身をすっぽりと覆うフードつきの外套に身を包んでいた。
女が立つ場所はどこかの森のようで、その中に立つその姿はまるで悪い魔女のように思えた。
「じゃあ、こいつどうする?
他のは寝込んじまってるけど、連れて行くとき暴れられると厄介だぞ」
「…問題ありません。車からだしてください」
その命令が飛ぶや否や、あたしは男に腕をつかまれ、力づくで引きずり出された。
「や、やだ!」
もちろん抵抗したが、しょせん女の力、男には敵わず抑え込まれてしまう。
だが、せめて最後まで抵抗してから殺されてやると、なんだかやけになって暴れようとした時だった。
「少し眠ってください」
「え?」
女の静かな声と同時に金属音が響き、その音を確認する前に首筋に鋭い痛みが走った。
「っ!!!」
あたしは悲鳴すら上げることもできずに、地面に倒れんだ。
急速に薄れる意識の最後に見た特殊警棒を手に下げたフードの人物。
フード下から覗くその顔は用心深く白いのっぺりとした面で覆われていたが、唯一口元だけが露出しており、その感情を伝えていた。
そこに刻まれた冷徹な笑み。それがあたしの最後の記憶だった。
さて一気に不穏な空気になってきました。
がちの死亡フラグです。
環は生き残れるか?
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[拍手してやる]
7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。
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