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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

聖さんと双子

 あたしはだらだらと内心汗を流しながら、つかまれた腕を見た。
 それから、腕をたどった先にあるあたしと同じくらいの身長の男の子を見る。

 黄土翔瑠。
 間違いない。間違いようのない年下人外の顔がそこにあった。

「お、黄土…様」

 まるで陸に上がった魚のように口をパクパクさせて何とかそれだけ言ったが、双子の片割れはなにか気に入らないらしく、眉尻をあげた。

「ちょっと、君。俺たち、名字で呼ばれること嫌いなの知らないの?」

 ああ、そういえば。
 ゲームでもそんなことを言っていたような。
 ファンクラブも天城さんもそういえば名前呼びだ。
 あたしは自分自身を落ち着かせるために一度目を閉じて深呼吸して目を開けた。

「…翔瑠さま、なにかご用ですか?」

 しかし、あたしの言葉に翔瑠は無言だった。
 不思議に思って顔を見ると、観察するような瞳にぶつかる。
 一体なんだ?

「…やっぱり見分けがついてる?」

 ぽつりとつぶやかれた言葉に、あたしは自分の失態に気が付いた。
 あわててフォローを入れる。

「あ、すみません。適当に言っちゃいました。…間違えましたか?」
「…うん。間違ってる。僕は統瑠だ」

 嘘つけ!
 思わず言葉にしそうになって何とか思いとどまる。
 なんというひねくれもの。
 過去にいろいろあったのは理解するが、正確に名前を呼んだのに謝罪を要求するとは、何様!あ、月下騎士様か。
 あたしは内心の怒りを押し隠し、間違えた非礼を詫びた。

「それは申し訳ありませんでした。…み、統瑠さま」
「えー?それは僕の名前だよ?」
「あ、ほら。環ちゃんだって見分けついてないよ。私だけじゃないよ!」

 翔瑠に捕まっている間に、もう一人の双子と聖さんが追い付いてしまった。
 なぜか見分けられないことに聖さんが可愛らしくふんぞり返っている。
 なんかすっごく、うざい。あの、殴っていい?

「それにしても、環ちゃん。外で出会うなんて奇遇だね~。運命みたい」

 言いながら、聖さんがなにが嬉しいのか、にこにこしながら双子に囚われたままの腕とは反対の腕に絡みついてきた。
 すると後から追ってきた方の双子、統瑠が情けない声を上げた。

「あ、利音ちゃん!ひどいよ!僕たちには手も繋がせてくれないくせに!」
「うふふ、環ちゃんは特別だもん。なんたって親友だからね」

 なにが親友だ。
 親友なら、あたしの気持ちわかってくれ。
 人外双子にそろって睨まれるこちらの身にもなれ。
 結構怖いぞ、マジで。
 しかしあたしの様子に全く気付かない聖さんはなぜか急に顔を赤くしてもじもじと手を動かした。

「それに、男の子となんて恥ずかしいし…」

 かわいい女の子らしい言葉にあたしに向けられていた敵意が霧散し、代わりに二人とも、特に統瑠の方の視線が熱っぽくあたしの腕の当たりに集中する。
 …爆発しろ。お前ら。

「それより環ちゃん、どうして制服を着てこんなところにいるの?」

 腕に絡んだまま、不思議そうに聞かれて、あたしはげんなりした。
 確かにあたしは制服姿だ。
 学園には制服以外で出入りが禁止されているためだ。
 つまりは帰るためだが、なぜお前にそれを言わなければならん。
 そして、重いんですけど。
 あたしは藤崎堂を後にするときに藤崎のおじさんとおばさんに大量にお土産を持たされていた。
 さすがに食べきれないようなものは遠慮して、何とか減らしたが、それでも両手がふさがってしまう量の荷物を持っていた。
 そこに聖さんがぶら下がっているものだから重いのを通り越して腕がもげそうです。
 聖さんに離してもらおうと口を開きかけたあたしは彼女の次の言葉に固まった。

「お友達の和菓子屋さんにいるんじゃ…」

 聖さんの言葉にあたしと双子の顔が一瞬凍りつく。
 誓って言うが、あたしは香織のことを聖さんに話していない。
 ただ実家に帰ると言ったのだ。
 藤崎堂は第二の実家だから間違いではないはずだ。
 だが、なぜあたしの行き先が和菓子屋さんでそこが友達の家だと知っている?

「ちょっ、なんで!?聖さん、そのことを…」
「ええ?!利音ちゃん!
 もしかして、君が行きたがっていた和菓子屋さんって、環ちゃんのいるところだったの?」
「ひどいや!利音ちゃん。僕らとのデートなのに!」

 言葉は奪われたが、双子の非難は尤もだ。
 もっと言ってやれ。アタシが許す。
 それにしても朝早く決断して出てきてよかった。
 あのまま藤崎堂にいたら聖さんと香織の遭遇を許してしまうところだった。
 ……絶対、なにか起こった。危険なトラブルが。やばかった、危なかった。

 双子の非難に、聖さんは最初にちょっとしまったとばかりの気まずそうな顔をしたが、誤魔化すように笑みを浮かべた。

「え、えへへ?ごめんね。どうしても環ちゃんと一緒がよかったんだよ」
「どうして?僕らだけだと不満なの?」

 双子のもう片割れが、聖さんの絡んでない手を取って握りしめた。
 それにしてもそろそろ離してくれないだろうか。
 あたしの状況わかっていただけるだろうか?
 いまだに双子の片割れに腕をつかまれ、反対側に聖さんと、その手を握る双子。
 ……つまり二人の人外に囲まれています。
 これってなんのフラグなんでしょう?
 死にませんよね?マジで。

「だって、二人ともかっこいいし、でも私一人だとその……すっごく恥ずかしくて。あんまり男の子とちゃんとお出掛けしたことなかったから」

 顔を真っ赤にして俯く聖さんにどこか純粋なものを見る目で双子が見蕩れている。
 いや、聖さん、かわいいが、かわいいが。それ全然説得力ないでしょ?
 学園内でならよく三人きりになってる場面遭遇するぞ?
 それとも、やっぱり外で会うのとは違うのか?
 あたしも経験ないからわからないが、とりあえず。
 衛生兵でも何でもいいから助けてくれ!
 自分に関係ないカップルのいちゃつきの間に巻き込まれるって、何の羞恥プレイですか?これ!

「じゃあ、環ちゃんと一緒なら、これから僕らと一緒に出掛けてくれる?」

 統瑠の言葉に聖さんは顔を赤くしたまま、こくりと頷い…。
 いや、ちょっと待て。

「いやいやいや、ちょっと待って。待ってください!」

 慌てて、口を挟む。
 挟んだついでに腕をばたつかせて逃れ、聖さんと双子から距離をとった。

「なんで、あたしまで付き合わなくちゃならないんですか!」

 そうだ、流されそうになっていたが、なぜ勝手にあたしが三人のデートに付き合わなければならない。
 どう考えてもお邪魔だろ?
 雰囲気考えても居た堪れんだろう。

 あたしは絶対に学園に帰ってゆっくりするのだ。
 なにが悲しくて針の莚にいなければならない。
 絶対に流されない。流されんぞ!
 そう思って睨むが、双子はまるで聞き分けのない子供でも見るような目つきだ。
 くっそぉ、あんたらの方が年下だろうが。
 聖さんを見るのとは対照的な冷たい瞳で翔瑠がため息をついた。

「その耳って飾りなの?…今までの経緯を聞いていたでしょ?」
「そうだよ。君がいてくれないと、利音ちゃんがデートしてくれないんだ。
 こんなかわいい子の役に立てるんだから、君も本望でしょ?」

 翔瑠の言葉に、追従するように統瑠が畳み掛ける。
 あたしは頭が痛くなった。
 どうしてそうなる?
 かわいい子のいうことならすべて聞いて当たり前なのか?
 死ねと言われれば死ななくちゃいけないのか?
 そんなのはお断りだ。

「ともかく、あたしは行きませんから。あたしにも予定というものが…」
「へえ、学園に帰ろうとしているだけみたいだったけど?それで予定?」

 なぜか再び距離を縮めて、今度はあたしの手首をとった翔瑠が統瑠より少し意地悪そうな顔で笑ってほかの二人に聞こえない声で囁いた。

「学園に帰るなら終わった後に、ちゃんと車で送るよ。それでいいでしょ?」

 よいわけあるか。
 聖さんのイベントに巻き込まれてあたしに得は全くない。
 …帰りの運賃が浮くとかその程度のことくらいなんだから、死亡フラグと天秤にかけるまでもない。…までもないんだから。

 瞬間、あたしによぎった迷いを見取ったように翔瑠の瞳が光った気がした。

「ねえ、環ちゃんって、奨学生だったよね?」

 その言葉にぎくりとする。
 なぜ知っている?
 …まあ、知ってることくらいは別に不思議でもなんでもない。
 有名な話だからだ。
 だが、今それと何の関係が。

「黄土って、結構学園に寄付金積んでいるんだよね。学園の理事の一人も僕らの叔父だし」
「そ、それがなにか?」
「…奨学金もらって、裏戸学園にいるんだから、わかるよね。…僕が何を言いたいか、それくらい」

 にっこりとほほ笑まれれば、悪魔ににらまれたように思えて口元がひきつった。
 つまりは、脅しか。
 学園に寄付金を積んでいるということは発言力の強さでお前を退学に追い込むなんてわけないんだぞ、と。

「お、横暴じゃないですか。それ…?」
「…安い取引だと思うな。かなり君に有利だと思うけど?」

 ちょっと付き合うだけで学園での生活が保障されるんだからね、と無邪気さを装った顔でほほ笑まれれば絶句するしかない。
 普段、双子同士二人で騒いでいる天真爛漫さはなりを潜めて、どこかほの暗い光を宿した瞳があたしを映した。
 あたしに選択権はなかった。

「…わかりました。わかりましたよ!」
「本当!環ちゃん!やったー!」

 あたしの言葉に聖さんが飛びついてきた。
 嬉しそうな顔に、あたしは絶望感に頭痛を感じた。

「よかったね。利音ちゃん。これで心置きなく遊べるね」
「うん。ありがとう。環ちゃんを説得してくれて、統瑠くん!ありがとう!」
「…僕は翔瑠だけどね」

 ワイワイ三人で騒ぐ彼らを見てやっぱりいらねえじゃん、あたしと突っ込む気力ももうない。
 空を見上げれば春先の天気はうららかだが、遠く雷鳴の音が聞こえる気がする。
 お母さん、先立つ不孝をお許しください。
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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