とある幼馴染の苦悩3
※竜輝視点
先に謝っときます。
ごめんなさいm(_ _)m
そこまで思い出して、竜輝は目を開けた。
そして仰向けだった体をうつぶせにして、頭を布団に押し付け枕を頭に被った。
体の芯が熱くて、そんな自分が猛烈に恥ずかしかった。
竜輝だって思春期の男だ。
それなりに女の子への欲望はあるし、それが好きな相手ならなおさらだった。
思い出すのは環の胸元の光景だ。
確かに昔は一緒に風呂に入ったこともあるので、見たことがないと言ったら嘘だが、そんなのは小学校に入る前までだ。
もともと目立つことが嫌いでレジャーなどにも興味のない環は水着になることすらめったになく、ほとんど素肌をさらさない。
赤面して叫びながら逃げていった彼女に悪いと思いつつ、あの肌に触れたらどんな感触がするのだろうと、想像がやめられなかった。
一人部屋で突っ伏していると、突然背後で部屋の入口が開くのを感じた。
そう言えば、鍵はかけていなかった。
現在の自分の状態を思えば、誰にも見られたくないところだ。
だが入ってきてしまったものはしょうがない。
おそらく勝手に入ってくるなど姉だろうと、しぶしぶ枕を外してベッドから身を起こした竜輝は目を見開いた。
「……竜くん」
そこにはなぜか環が立っていた。
電気をつけていないため、その表情はわからなかった。
彼女の姿を見た瞬間、昼間の彼女の肌を思いだし、再び体に熱を帯びるのを感じ、目を反らした。正直今一番会いたくない相手ではあった。
「多岐?どうかしたのか?」
声をかけるが環は答えなかった。
だが、どこか環の様子がおかしい。
そう言えば、環の入ってくる前にノックの音が聞こえなかった。
弟に対して傍若無人な姉が一緒ならともかく、環がノックもせずに竜輝の部屋に入ってくることなどありえない。
彼女の様子に疑問を抱いたが、次の瞬間の彼女の行動にそんな思いも吹っ飛んだ。
ふらふらと近づいてきたかと思うと、ベッドに座った状態の竜輝の頭をぎゅっと抱きしめてきたのだ。
あまりの状況にただ黙って抱かれるしかない竜輝に気づいた様子もなく環は泣いているのか肩を震わせている。
「……ごめん、ごめんね。」
「な、何を?」
突然謝罪を繰り返す環に竜輝は、オウム返しにしか聞けなかった。
環の様子は気になったが、竜輝としてはそれどころではない。
ずっと抱きしめたかった高校生の環の体は想像よりずっと柔らかく暖かい。抱きしめるというより抱きしめられているのだが、昼の記憶と相まって、竜輝の欲望を否が応でも煽る。ちょうど頭の位置に柔らかな胸があたり、竜輝は顔に熱が集まるのを自覚せざるを得ない。食事前に風呂を済ませていた 彼女の甘やかな香りにくらくらした。
様子のおかしい彼女に流石に理性が押し留めるが、あまり持ちそうになかった。
思わず、ベッドに押し倒しそうな衝動を無理矢理ねじ伏せ、竜輝は力任せに環を引き剥がした。
「た、多岐、一体?」
「竜くん……ごめんなさい」
だが、そんな竜輝の気持ちなど分かりもしない環は涙をぽろぽろと流しながら、再び竜輝に手を伸ばそうとする。
その手を抑えて、視線を様子がおかしい環に視線を合わせる。
涙のせいか、顔全体を赤くし、その目がトロンとしている。
明らかに通常とは異なる環の様子に困惑するが、環はお構いなしに竜輝に身を寄せて、泣きじゃくる。その子供のような姿に困惑しながらも竜輝はそっと頬に流れ続ける指で涙を拭ってやる。
「泣くなよ、……環姉」
久々に昔と同じ呼び方をするが、聞こえていないのか環はただ謝罪の言葉を口にするだけだ。
「ゴメンネ、ごめんね。ごめんなさい」
「……なにを謝っているんだ?」
「思い出したの。……守れなかった約束のこと」
涙ながらに語る環の言葉に竜輝は目を見開いた。
それは遠い昔の約束。まだ小学校にすら上がっていない時にたった一言だけの約束。
まさか環は覚えていたというのだろうか。
それは環が六歳、竜輝が五歳のときのことだった。
両親が自営業のため、竜輝たちは休みの日にどこかへ連れて行ってもらった記憶が少ない。普段はそれでも姉と環がいてくれたから、特に気にしなかった。
しかし、ある日保育園の友達の誰かが動物園に行ったと自慢されて、どうしても連れて行って欲しくて駄々を捏ねた。
もちろん店があるため、両親にはあえなく玉砕した。
普段であれば、そこで諦めるのだが、その時はなぜか意固地になっていた。
一人で家を出た竜輝に環と香織が気づいて追ってきた。
止める彼女らにむしろさらに意固地になり、一人でも行くと宣言すると香織はあっけなく興味をなくし帰ってしまった。
姉弟の様子に環は顔を青ざめさせてたが、竜輝がそれでもあきらめないのを見て、その手をぎゅっと握ってついてきてくれた。
大人のいない二人だけの冒険は、最初こそ見るもの珍しかったが、親と一緒に行けば、そう遠くないはずの動物園になかなか辿りつかないため、どんどん不安になっていった。
そうしてとうとう日が暮れてしまい、竜輝は不安と疲労で座り込んで泣き出してしまった。しかも最悪なことに、雨まで降り出した。
もともと六歳児と五歳児に大した体力はない。
そんな竜輝を環は背負い、近くの公園の遊具の下まで連れて行ってくれた。
もう地球一周したくらい疲れていたが、竜輝はずっと泣き通しだった。
暗くて寒くて悲しくて母親に会いたくて泣いた。
勝手な話だが、こんな場所に連れて行った環を恨んで環のせいだと詰った。
今昔の自分が目の前にいたら、殴ってやりたいが、その時の竜輝は世界一かわいそうな少年が自分であることを疑わなかった。
そんな勝手な竜輝に環は怒らなかった。それどころか環はずっと彼を泣き止ませようとあの手この手で構ってくれた。
ポケットに入っていたチョコレートを竜輝にくれたり、頭を撫でてくれたり、不安に押しつぶされそうな竜輝を抱きしめてくれた。
環だって泣きたかったと思う。たった一歳しか違わないのだ。だが彼女は泣かなかった。
この頃から既に環の我慢グセはあったのだと思う。
今でも握っていてくれた手の暖かさも、抱きしめてくれた体のやわらかさもおぼろげながら思い出せた。
そうして、まるで世界が滅びて、この世に二人きりしかいないような錯覚をを起こさせる真っ暗な公園の遊具の下で環は優しく約束してくれた。
『泣かないで、竜くん。あたしが守ってあげるから。
死が二人を分かれさせようと、……何があっても、あたしは竜くんとずっと一緒にいるよ』
短い幼児の小指を絡めて祈るように約束してくれた。
その時の竜輝にはその意味がわからなかったが、その時の竜輝にとってその言葉は光に思えた。押しつぶされそうな孤独からまるで一条の光が落ちてきたような錯覚さえ覚え、環に抱きつき疲れて眠るまで泣き続けた。
あとから考えれば、この時期の環は父親を失ったばかりの頃だった。
死が二人を分かれさせようと一緒よ、と彼女の母親が病気の彼女の父親がいよいよ危篤で死が迫った時に、贈った言葉だと後から知った。
おそらく環もわかっていて使った言葉ではないと思う。
だが、竜輝には彼女がずっと一緒にいてくれるのだと、ずっと一人で寂しくなることなどないのだとと約束してくれているのだとわかった。
そのことが嬉しくて竜輝にはたまらなく嬉しかったのを覚えている。
それから数時間後、暗くなったのに帰ってこない竜輝たち二人を商店街中の大人が総出で探し、公園の遊具の下で眠る竜輝を抱える環を発見してくれた。
もちろんその場でたたき起こされ竜輝と環は両親及び商店街の大人から怒られた。
特に年長の環は、その頬叩かれ赤く頬を腫らしながらも、泣きながら怒る母親の言葉をじっと聞いていた。環は始終泣かなかった。
それ以降しばらくはどんな風に誘っても二人きりでは出かけてくれなくなったのは寂しかったが、仕方のないことだった。
それでもあの日の約束を環は違えなかった。
小学校に上がっても、中学校に上がっても環の一番そばにいる男の子は竜輝だった。
『死が二人を別れさせようと一緒にいる』
環はその言葉をずっと覚えていてくれているのだと信じていた。竜輝がはっきりと彼女への思いを自覚した後も無邪気に信じていた。
だが、そうでなかったことが一年前に発覚した。
竜輝はひどい裏切りにように思えた。
しかし、冷静に考えれば、所詮たかが未就学児のときのただ一度の約束を後生大事に守っていると思い込んでいた自分自身がおかしかったのだと思わざるを得ない。
だが、環は思い出したと言っている。
泣いているのは守れなかったことを悔いてくれているのか。
だが、泣かれるのは本意ではなかった。
あの時決して泣かなかった環が泣いているその現実は竜輝をひどく落ち着かせない。
我慢している姿を見慣れているから泣いている彼女をどうして慰めたらいいのかわからなかった。
「環姉、泣かないで」
拭っても拭っても止まらない涙がもどかしかった。
「だって、あたし、こんな大事なことを忘れていたなんて、竜くんに合わせる顔がないよ」
「なにを馬鹿なことを。たかがガキの頃の話だろ?」
「……でも、竜くんはずっと覚えてくれていたんでしょ?」
いつの間にか環は竜輝の膝の上に横になるように座っていた。
竜輝に体を預けるように身を寄せる彼女の上目遣いの視線に竜輝の心臓はドキンと跳ねた。そんな竜輝の思いを知っているのか、環は竜輝の頬に手を添える。
「ねえ、ちゃんと思い出したし、ちゃんとわかった。
竜くんはずっとあたしのこと女の子として見てくれてたんだね」
いつになく妖艶に微笑む彼女の姿に竜輝はくらりとした。
「いつ……?」
気づいたのかと問う言葉は唇ごと塞がれた。
柔く触れられた彼女の唇はまるで媚薬でも含んでいるように理性を痺れさせる。
いつの間にか竜輝は彼女の唇に溺れた。
角度を変えて何度も啄むように掠めるキスを降らせたあと、深く何もかも奪うように深く口付ける。
何度か繰り返すうちにどちらともしれない液体がこぼれたが、気にならなかった。
幸せだった。生まれて十数年の中で一番。
ずっと報われることがないと諦めていた恋情が愛しい少女に届き、こうして思いを確かめるように唇を交わしている。
どの位そうしていたのか、唇を僅かに離して彼女の顔を見ると、息を乱れさせ、頬を上気させている。
その姿があまりにも可愛くて、竜輝は環を強く抱きしめた。
「……痛いよ、竜くん」
喜びのあまり強く締め過ぎたのか環の苦情に竜輝が僅かに力を緩めた。
だが、環はその隙に竜輝の腕の中から抜け出した。
立ち上がりくるりと振り返った環の表情に竜輝は呆気にとられた。
先程まで上気していた顔はごく普通の顔色で、先ほどの情事の色を微塵も残していない。
普段通りのにぶさ満載の環の姿に、呆気にとられている竜輝に彼女はニッコリと笑った。
「竜くん、じゃ、起きよっか?」
*******
「起きろ!」
どふっとお腹に衝撃を受け、竜輝は飛び起きた。
目を開けた先に、見慣れた姉の容赦のない笑みがあった。
「おはよー、竜」
お腹を抑えて蹲る竜輝に、にやりと意地の悪い顔で笑う姿はまるで悪魔のようだ。
こんな女に騙されている岩崎に少しだけ同情した。
朝から最悪だ。
同時に先ほどの出来事が全て夢だったことを思い知らされ、死にたくなった。
「ちょっと、また二度寝決め込む気じゃないでしょうね?」
再び、足を振り上げようとする姉に、慌てて立ち上がる。
「起きる!起きるから、足はやめろ!お前、いい加減自分が普通の女の力じゃないこと気づけよ。死ぬから!」
「あら失敬ね、これでも人の急所とそうでないところはわかってるわよ。道場ではまずそこ教わったでしょ」
岩崎の前ではぶりっこしている姉だが、実は空手の有段者だ。
下手な男より強い。そして一番の被害者が弟である竜輝だった。
竜輝も空手の段位持ちだが、女相手に拳を使う主義はないため、姉には一方的にやられっぱなしだった。
姉は高校生になってやめたが、中学では全国大会まで行くほどの豪傑だ。
「そういう問題じゃないだろ?普通に起こせ。普通に」
「あら、普通ってどんなの?優しく可愛らしく環に『貴方、起きて、朝よ』って言われたいとか?」
ニヤニヤと笑う姉に、不意に先ほどの夢を思いだし、かっと顔が熱くなる。
ああ、まったくなんて夢を見たんだろう。
しばらく環の顔が見れない気がする。
「まったく、ほんとに環に対してはどうしてそんなに純情なのよ?
鞠菜の“硬派なプレイボーイ”の名はどうしたの?」
「……その名前はやめろ」
「おほほほ、自業自得でしょ?初恋引きずったまま、他人様の告白を気安く受けるから、そんな名前付けられるんだから」
一時期環がいなくなった時にやけを起こして数人、彼女を取り替え引っ替えしていた時期に影で竜輝が呼ばれていた名前だ。
姉に鉄拳制裁されるまで続いた黒歴史の名残だ。
「環には言ってないんだからそれだけでも感謝しなさい」
冷たい視線を下ろされ、竜輝は黙るしかない。
やけになっていたとは言え、なぜあんなことをしてしまったのか、当時の彼女たちにも申し訳なく、そして今でも理由がわからなかった。
「まったく、いつまでもそんな純情だったら取られちゃうわよ?本気で?」
何が、とは聞かなくてもわかった。
「動くなら、今よ?まだ間に合う。……結果は環みたいに保証しないけど。
昨日思わずはしゃいじゃったけど、多分環は紅原様を男として見てない。なにか隠している気はするけどね」
香織の言葉に竜輝はぽかんとした。
竜輝には環が紅原に何らかの思いを抱いているとわかったが、それが恋情でないと言い切る自信はなかった。
それなのに、なぜ、姉は言い切れるのか。
「あんた、何年環見てんのよ。あの娘のにぶさは天下一品。
いくら紅原様が美形と言っても、そう簡単に外見だけであの娘がころりと行くわけ無いでしょ?
なんでか知らないけど、微妙に怯えていたし。
でも、実際になにかひどいことされたわけでもないようなのよね。
何かされてたら多分あんなふうに接することすらせず、逃げると思うから」
姉の考察に、竜輝は呆然とするしかない。
「それは本当か?」
「さあね、真実は当事者じゃないからわからないけど、多分合ってると思うわよ?
昨日の夜、締め上げて吐かせるところまでは吐かせたから。」
姉の言いように、環に深い同情を寄せた。
姉は決して情がないわけではないが、その行動はまるで容赦がない。
「それに、あんた敵が紅原様だけだと思ったら大間違いよ?」
突然姉が何かの雑誌を竜輝の前につきだした。
受け取ると、岩崎の載っていると言われる雑誌だった。
これがどうしたと、パラパラとめくったと同時に姉の言いたいことがわかって、嫌な汗が流れた。
「ふふふ、わかった?今、環のいる学校の男子のレベルの高さが!」
「で、でも、さっき外見ではころりとだまされないって……」
「甘いわ!砂糖が溶け残ったおしるこより甘いわ!
それだって絶対とは言い切れないのが現実なんだから。
それに確かに今は何とも思ってないようだけど、これから紅原様にだってどう転ぶかわからないわよ」
姉の言うことは至極もっともで竜輝は反論する材料を持たなかった。
小六の時に感じた焦りだけが体を満たす。
すぐにでも気持ちを伝えて、環の気持ちを確かめたい。
それだけ考えて、慌てて立ち上がろうとする竜輝の肩を姉の手が抑えた。
「まあ、待ちなさい」
「なんだよ。焚きつけておいて邪魔するのか?」
「別に邪魔はしないわよ。でも、あんた、今告白しても状況全く変わらないわよ?」
「は?」
訝しむ竜輝に姉は説明した。
例え万が一この告白が成功したとしても、環の周りに魅力的な男性たちがいることには変わりない。
恋人を差し置いて、よもや環がそちらに行くことはないとは思うが、人生何が起こるかわからない。所詮遠くの恋人より、近くの美形である。
さらに、今までの環の過去の行動パターンから言って、今突然告白しても冗談にとられて終わる可能性が大いにあった。
そんな分の悪い賭けで焦って動いても意味はないと指摘され、竜輝は黙るしかない。
「……だったらどうしたらいいんだよ?」
竜輝は環と違う高校に通っている。
今から転校するにしても金持ちの通うと言われる環の学校に竜輝が通えるはずもない。
竜輝は環を守ろうにもそばに行くことすらできない。
苛立つ竜輝に香織は微笑んだ。邪悪を含んだ笑みに竜輝はなんだか嫌な予感しか覚えない。
「……今からあたしはあんたの人生を大きく左右する提案をするわ。
乗るか乗らないかはあんたの自由よ。どうするか、あんたが選びなさい」
そう前置きして語られた提案は驚くべき内容で、流石の竜輝も即答できない内容だった。
迷っているあいだに、パタパタと階段を上がってくる音が聞こえ、環が開きっぱなしになっている扉から顔を出した。
一瞬その顔に今朝の夢を思い出したが、先程姉に語られた内容の衝撃が強すぎたせいか、意外にマトモに彼女の顔をまっすぐ見れた。
「ちょっと、香織。まだ竜くん起きないの?……て、もう起きてるじゃない!
お味噌汁冷めちゃうから、早く来てよ!」
台所で手伝いでもしていたのかエプロン姿の環が腰に手を当てている。
その可愛らしさに思わず竜輝は抱きしめたい衝動に駆られるが、姉のいる前でそんなことをすれば、もれなく鉄拳が飛んでくるし、なにより嫌われたくなくて気持ちに蓋をする。
「ごめん、ごめん。もう行くわ。一緒に降りよ。竜は着替えてから降りてくから後でね」
「あ、竜くん。昨日と同じ格好。もう、寝巻きにくらい着替えなよ。昔から言ってるのに聞かないんだから」
まるで竜輝の姉のように接してくる環に複雑な思いがした。
いつだって環は竜輝にとって女の子でしかありえないのに、環は常にお姉さん風を吹かせたがる。
それは環にとっての竜輝の立ち位置を常に表示し、その役割を求められているような気がして、竜輝はあまり好きではなかった。
「別に……多岐には関係ないだろ?」
「……う、確かにそうだけど」
僅かに陰った環の表情に罪悪感を抱くが、先ほどの姉の話にあったように、本当にこんな関係のままでいれば、いつか自分以外の男が環の横を歩くことになりかねない。
そんなこととてもではないが竜輝は許容できそうにない気がした。
「ほら、環。落ち込まない!じゃ、竜。先降りているから。……あの話考えておいてね」
姉の言葉に環が不思議そうにしていたが、それをごまかしつつ、二人の姿は扉の奥に消えていった。
ぱたんと閉じた扉に、一人自室に残された竜輝は呆然とした。
果たして自分はどう動くべきなのか。
あまりに重大すぎて姉の提案に乗るべきか迷った。
のろのろと着替えをするべく、タンスに向かう。
早く着替えて、階下に降りなければまた環を心配させて、今度は姉の鉄拳が飛んでくるかもしれない。
タンスを開くと、代わり映えのしない自分の私服が並んでいた。
不意に昨日の紅原の服装を思い出す。
ブランドらしきスーツに身を包んだ姿に、環が複雑そうにしながら、頬を染めて見とれていたのを思い出す。
(……もしかしてああいうのが好きなのか?)
嫉妬に瞬間苛立ちながらも、そんな風に思って、竜輝は自身の洋服をざっと見渡し、がっかりした。
当たり前だが、あんな気取った服を竜輝は一枚も持っていない。竜輝はこれまで機能重視で見た目にはこだわって来なかった。その対極を行くような紅原の姿に、環が自分を男として見ないのはそこが問題なのかと疑ってしまう。
竜輝は一度だけ姉が置いていった雑誌を振り返った。
雑誌に掲載されている男たちの写真は男の竜輝からしても綺麗ではあったが、演出が過剰すぎて、最初、姉に見せられた時は自分が写っているわけでもないのに、恥ずかしくて座りの悪い思いがした。
もし、こんな演出過多で気障ったらしいことを、環が望んでいるとしたら、竜輝は絶望するしかないが、少しは外見に気を使ったほうがいいのかもしれないと思った。
そんなことを考えながら竜輝は自分の思考に笑った。
寝ても覚めても何を見ても何をしても環を思い出してしまう。もはや病気だ。
こんな自分の思いも全て姉は見抜いての提案なのだとしたら、もはや完敗としか言うしかない。一生あの姉に頭が上がらないだろう。
竜輝は姉への回答を胸にしまい、今度こそ、着替えをするためにタンスに向き直った。
作者は冒頭に先に謝りました。
故に苦情は受け付けません。
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[拍手してやる]
7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。
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