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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

とある幼馴染の苦悩2

※竜輝視点

「爆弾」~「約束」あたりの紅原と竜輝の裏攻防。
比べながら読むの推奨。
 しかし、そうまでしても、環にとって竜輝は弟だった。
 彼女に弟として見られたくなくて、呼び名を変えたのに、その変化は彼女を傷つけただけで、竜輝と環の関係は変わらなかった。少しだけ、他人行儀になっただけで環が竜輝を見る目を変えることはなかった。
 そんな変化に少なからず絶望したが、それでも中学に上がっても環の中で一番仲がよい男は竜輝だった。
 それに満足していた。環は自分の気持ちにまるで気づいてくれないけれど、他の男のことも目に入れない。
 無理強いして嫌われたくなくて、告白もできなかった。
 環は常に鈍感で、でもそんな彼女の一番はいつまでも自分なのだと、一年ぶりに出会っても変わらない様子の彼女を無邪気に信じていた。
 しかし、それが幻想でしかないことをすぐに思い知らされる羽目になった。

(紅原…か)

 竜輝は姉が買っていた雑誌に載っていた男のくせに、妙に綺麗な顔をした赤毛の男のことを思い出す。
 思い出すと同時に、背筋に湧き上がる悪寒に似た嫌悪感に思わず顔を顰めた。
 昼間突然訪ねてきた岩崎の連れだ。
 前々から思っていたことだが、姉の彼氏はどうもトラブルメーカーらしい。
 いつだって問題を連れて藤崎堂にやってくる。

 紅原は環と同じ学校らしく、二人は知り合いらしかった。
 だが、その仲はただの知り合いというレベルではないように竜輝には思えた。
 彼の姿を目に止めたとたん、環の顔が凍りついたのだ。
 そんな環の顔は竜輝は初めて見た。
 まるで、現れてはいけない時に現れた化物でも見るみたいな表情の変化に、思わず竜輝は環を紅原から庇うように前に出ていた。
 背後の環は視界から消えただけでホッとする彼女の気配に竜輝は姉がしきりに話しかけている男を観察した。
 男の竜輝が見ても、悔しいかな美形と言い切れる、自毛なのか赤い髪が印象的なきれいな関西弁の男だ。だが、ただ綺麗なだけの男に環がこんな反応をするわけがない。
 一体この男は環に何をしたというのか。

 紅原は突然入って竜輝の一世一代の告白の機会を潰してくれたかと思うと、環を名前で呼んだ。しかも非常に馴れ馴れしく、竜輝がなかなか呼ぶことができないでいる環の名前を安安と。
 どちらも竜輝にとっては許し難く、そして環にこんな不安そうな顔をさせる男に激しい苛立ちを感じた。
 思わず睨みつけた時に、紅原と視線が合った。
 姉と会話しながら、紅原の視線はずっと竜輝の後ろにいる環から離れることはなかった。
 視線が合った瞬間、紅原は愛想笑いらしき笑みを浮かべた。
 普段竜輝は調子のよい男というものは苦手だった。愛想のよい人間というのはどこか裏がある気がするからだ。紅原は明らかに竜輝にとって苦手なタイプだった。

 しかし、ただ苦手なだけならまだマシだった。
 紅原の愛想笑いの奥に隠れたその瞳を睨みつけた瞬間、その色が一瞬赤く染まったのを竜輝は見た。
 その光は浮かべる表情とはかけ離れ、とんでもなく凶暴なものを孕んでいた。
竜輝は感じたことのない本能的な恐怖に、全身から嫌な汗が吹き出すのを感じた。
 竜輝は信じられなかった。
 紅原は竜輝よりもやや背が低く、細身のその姿はとても竜輝より腕力があるように見えなかった。しかしその瞳の奥の光はまるで、獲物を狙う肉食獣の瞳だった。
 本能的な恐怖が竜輝を支配し、指一本すら動かすことすら難しかった。まるで動いたら殺されるとでも言うように体が動かない。
得体のしれないこの男は一体何者なのか。

 竜輝が動けずにいる間に環が背後から香織に引っ張り出されてしまった。
 姉の所業に舌打ちしたくなったが、緊張からかカラカラになった口の中で舌すら動かせない竜輝に環さえも気付かず、話は進んでいく。
 紅原の前に立つ環は怯えているようで、それでいて何らかの複雑な想いを紅原に対して抱いているような雰囲気だった。そんな様子の環を竜輝は見たことがなかった。
 環は決して愛想は良いタイプではないが、誰に対しても卆のない対応をする。
 そんな彼女にしては非常に珍しく目をせわしなく動かし、時には赤面し動揺している雰囲気が伝わってきた。
 見たことのない環の様子に、竜輝は歯噛みするしかなかった。
 だが、なぜか動かない体を叱咤し続けているととんでもない言葉が聞こえた。

「ほんと、ひどいわ、そんな言い方。……キスした仲なのに?」

 軽い調子のその言葉の意味は一瞬理解できなかった。
 しかし理解した瞬間、近くにあった商品の乗った机をひっくり返してしまった。
 あとで、父親に怒られることは必死だったが、今はそれどころではない。
 竜輝はショックからかようやく呪縛から逃れ、環に詰め寄った。
 既に彼女はなにやら盛り上がる香織に対してそれを否定していたが、竜輝が聞いても同じように即座に力強く返され、その瞳に嘘がないことを確認して、竜輝も一瞬だけ安心した。
 だが、そんなこちらの反応をあざ笑うかのように、畳み掛ける紅原の言葉に釣られるように環の口から漏れた言葉に竜輝は頭をガンと殴られた気がした。

「あ、あれはっ。貴方が勝手にほっぺを舐めただけで…キスじゃないでしょ!」

 紅原の言葉を肯定したようなものだ。
 真っ赤になって俯く彼女の様子が絶望感を煽る。
 竜輝ですら幼い頃ならいざ知らず、最近の彼女の手に触れることすらできないのに。

 環は決して嘘をつくようなことはしない。隠し事があればひたすら黙っているタイプだ。
 だから彼女の口から語られたことは真実なのだと、思い知った。
 竜輝の策略のせいで中学時代まで環には確かに彼氏と呼ばれるものは存在しなかった。
 だが彼女が高校生となり離れていた一年の間のことを竜輝は知らなかった。

 もともと鈍感で恥ずかしがり屋の幼馴染だが、彼氏ができる可能性が全くないわけではないことは自分も分かっていた。
 自分にだって気持ちはなかったにせよ、彼女がいた時期があったのだから。
 それでも、目の前で繰り広げられる様子に竜輝は絶望に目の前が真っ暗になった。

 だが現実は止まらない。
 ニヤニヤ笑う紅原に顔を真っ赤にしたままの環が見つめ合う中、さらに面倒な存在が現れた。
 岩崎亮介。姉の彼氏にして、父親の天敵。大企業の御曹司たるトラブルメーカーの彼の姿を見て、正直殴りたいと思った。紅原はこの男のツレだった。

 環と紅原の関係は恋人同士でないにしても近いものなのかもしれない。
 そうでなければ、環が男に頬にキスを受けるようなことはいくらうかつな彼女でもないだろう。竜輝の心は絶望感で押しつぶされそうだった。
現れなければ夢を見続けることもできたのに。環と紅原がなにか話している姿を目に入れるのが、苦しくてあえて、岩崎に話しかけた。

 彼はたまたま近くに来ていたため、姉に会いに来たらしい。嬉しそうに姉と再会を果たす岩崎の姿に迷惑な話だと思った。人の気持ちも読めない岩崎にイライラする。
 父親が彼を毛嫌いする気持ちがわかる。岩崎自身悪い人間でないのはわかるのだが、金持ち特有の相手の気持ちを読まないところが存在しており、それが父親の逆鱗に触れまくるので、彼の姿を見るだけで父親の機嫌が一気に悪くなる。
 幸いその時父親は出かけて不在だったが、すぐに出て行ってもらわなければならなかった。
 伝えようとしたとき、竜輝の前から岩崎が消えていた。
 見れば環と紅原の前に勝手に行ってなにか話をしていた。
 一瞬仲良さげにしている紅原と環の様子に胸が傷んだ。
 同じ女性を好きだからわかる。紅原の目は明らかに環を特別に思っている。環の方は少々謎だが、普段どうでもいい人間に見せるような当たり障りのない態度とは違っている。
 そんな様子の二人に流石の岩崎もなにか気づいた様子で、紅原に対し、竜輝にはわからない内容でしきりによかったと頷いていたと思うと同時にその変化は起こった。
 それまでどこか得体のしれない不気味な強さを感じていた紅原の瞳が突然濁った。
 岩崎の言葉が原因だろうが、二人の仲睦まじい様子を視界に入れたくなかった竜輝は岩崎の言葉をよく聞いていなかった。
 一体何がどうしたのかと思っていると、環が突然慌てだして、岩崎との会話を止めた。
 環の様子に明らかにその紅原の様子に関する原因がわかっていることが見受けられて、竜輝は苛立った。まるで二人の仲の深さを見せつけられている気分だった。

 環は岩崎に店から離れるよう言ったようで、竜輝としてもそこは異論はない。
岩崎と一緒に行きたいけれど、店番を心配する珍しい姉の姿に面倒臭くなった。
 正直荒れたい気分だった。十年以上だ。
 いつから抱いていたのかすら覚えていないほど長い間の恋が終わったのだ。
 正直一人になりたかった。

 どうせ岩崎と姉が出て行くなら、環と紅原も一緒に出て行くものと思っていたら、なぜか環は店番を香織に買って出ていた。
 首をひねる状況だったが、迷っている姉と岩崎の姿があまり店内にあれば、余計な噂が広がり、父親の耳に入るかもしれない。
 早く出て行って欲しくて、竜輝こそが店番を引き受けると姉は嬉しそうに岩崎と出て行った。
 見たこともない甘い嬉しそうな顔を浮かべる姉に複雑な気分だった。
 本当に人生は何が起こるかわからない。まさか、生まれながらに竜輝を下に敷いていた凶暴な姉があんな甘ったるい女の子みたいな表情を浮かべる日がくるとは。
 同時に、紅原みたいな軽そうな男が環の恋人になるなんて。
 そのことを思うと気が狂いそうだった。
 だから、香織と岩崎が出て行っても、二人が残っている姿を見ているのが辛かった。

 早く視界から消えて欲しくて紅原にどうするのか聞くが、そこで予想外のことが起こった。紅原を心配した環が送っていくと言いだしたのだ。
 二人が恋人同士なら、決しておかしな話ではない。
 だが、竜輝には二人を素直に送り出すことができなかった。失恋したと言っても直後だ。
 愛しい少女が他の男と二人だけで出て行くところなど黙って見送れるはずもない。
 せめて岩崎たちと一緒ならば、二人きりでもないし、送り出せる気はしていたが、二人きりはまだダメだ。
 だが、環は竜輝の言葉を拒否した。現実的に考えれば納得のいく理由だったが、それすらも二人きりになりたいための言い訳にしか聞こえなかった。
 最後に紅原のために頭を下げる環を見た瞬間、竜輝の中の何かが壊れた。

「なんで、多岐がこいつのことで頭下げるんだ?」
「そりゃ、一応、すっごい不本意だけど知り合いだし…」

 不本意?竜輝はなぜか笑いたい気分になった。
 この期に及んでそんな風に言い張る環を詰りたかった。
 だがここに及んでも環に嫌われたくなかった。
 そんな未練がましい自分が嫌になる。だが、完全に嫉妬を抑えきれず思わず口走ってしまう。

「…不本意って、多岐にとってそいつは恋人じゃないのか?」
「ぶっ!!」

 突然、吹いた環が次の瞬間に紅原を見たとき、泣きそうになった。
 だが、次の瞬間には突然竜輝の襟首を掴むと、引き寄せられたその顔が予想より近く、竜輝は思わず頬に朱が走るのを感じた。
 しかしそんな竜輝の気持ちなど気づきもしない環は真剣かつ必死な様子で睨んできた。

「冗談でもそういうのはやめて!」

 紅原とは知り合いというだけの関係だと訴える彼女の目に嘘はなかった。
 だが、紅原との間に今までにない何かを見せつけられた竜輝は素直に信じられなかった。
 だから少しだけ意地悪をした。
 嘘を言ったことのないと言いはる彼女のたった一つの嘘を槍玉にあげた。
 おそらく彼女は覚えていないだろう。竜輝さえ未だに覚えていることが奇跡としか思えないほど幼い頃の約束だ。
 案の定覚えていなかった彼女の反応にがっかりしつつ、どこか優越感も感じた。思い出せず落ち込む彼女の姿が昔と重なり、愛しさがあふれる。
 どういうつもりかは知らないが、環は竜輝に紅原との関係をはっきり否定した。
 ちらりと脳裏をかすめるのは紅原が語った環へのキスの話。
 環曰く、頬を舐められただけだと言うが、恋人でもない男にどうしてそんなことをされる状況になるのか。
 いつだって無防備で、竜輝が中学に入学して以来、誰も彼女に告白しなかったのは竜輝の仕業だったことすら全く気付かない迂闊な環を詰りたくなる。
 同時にならば自分がキスをしたら彼女はどう思うのだろう。
 これまで幼馴染の関係が壊れるのが怖くて、告白も手を出すこともできなかった。
 だが、そんなことはもはやどうでもいい気がした。

 環は否定しているが何らかの想いを紅原に抱いている。
 それが男に対しての恋情か判断はつかないが、このままなにもしなければ確実に自分が環を失うことはわかりきった未来だった。
 幸いというべきか、環は竜輝のことをかっこいいと言ってくれた。
 もちろん身内の欲目もお世辞もあるだろうが、嫌悪はしていないはずだ。

 ここで突然キスをして環は怒るか、あるいは受け入れてくれるかわからない。
 場合によってはここにまだいる紅原の存在を気にするかもしれないが、それこそ見せつけてやりたかった。
 もしかしたら二度と口を聞いてくれなくなるかもしれない。
 それでも竜輝は笑った。それはお世辞にも環が信じる純粋な弟の笑みではなかった。

「…わかった。教えてやる」

 低く笑った声に嬉しそうに顔を上げる彼女の顔が一瞬、驚いたような顔をした。
 本当に無防備な様子に怒りと愛おしさがあふれる。
 何も分かっていない環に口づけようと顔を近づけた時、それは起こった。
 突然腕の中にいたはずの環の体が消えた。
 驚いて環の行方を探せば、いつの間にか紅原にがっちり抱き込まれていた。
 その姿に激しい嫉妬を覚えたが、環が驚いて逃げ出して、二人の距離はすぐに離れた。
 だが、環の乱れた服装に竜輝は思わず視線が吸い寄せられた。襟を引っ張られたらしくもともと着崩れしやすい和服の襟元は大きくはだけており、その白い素肌がさらされていた。
 普段外気にさらさない場所は白く、そしてハリのある環の素肌と男にはない膨らみに視線が思わず集中する。
 ちらりと覗く下着のレースを確認して竜輝は慌てて目をそらしたが、その光景ははっきり焼きついており、思わずその色をつぶやいてしまった。
 相変わらず鈍い環はいくらかその状態に気づかなかった。しかし、紅原が指摘した途端、顔を真っ赤にして逃げていった。
 その様子にしばらく竜輝は落ち着くことができなかった。
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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