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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

老婦人

 考えながら歩いていたせいなのか、思ったより早く大通りが見えてきた。
 見れば、確かにやたらと存在感のある車が止まっていた。
 間違いようのない長い車体にそのまま近づこうとした時だった。

「すみません。お嬢さん。お尋ねしたいのだけど……」

 突然声をかけられた。
 驚いてそちらを見ると、紙袋を抱えた老婦人がそこにいた。
 真っ白な髪を綺麗に結い上げ、さりげない飾りがついているさまはどこか上品だ。年齢を感じさせるシワの刻まれた顔は理知的でどこか貴婦人を思わせ、そのくせとても優しそうな雰囲気の女性だった。
 淡い色のアンサンブルと膝丈のスカートは趣味がよく、色合いが少し地味だがそれが不思議と似合っていた。
 知らない人だ。商店街を利用する人は割と地元民が多いため、知らない人は珍しい。
 しかし、あたしは一年以上ここにいなかったし、ここ最近引っ越してきた人かもしれない。

「なんでしょう?」

 人を案内しているのであまり時間を取られたくないのだが、今現在あたしと紅原は離れて歩いているため、案内していると説明しづらい。

「いえ、すこし道をお聞きしたいの。最近ここに引っ越してきたので地理が不安なのよ。お恥ずかしいわ」

 ほほほ、と上品な老婦人らしい声で笑う彼女にあたしは困ってしまった。
 なんだか話し好きな感じがしたのだ。
 この手の人は話が長い。
 捕まる時間が長そうだ。
 見れば離れていた距離を近づけて紅原が歩いてくるのが見えた。

 まあ、車は見えてるし、あとはひとりで行けるんだろうけど。
 結構律儀なところのある紅原なら多分あたしに一言言ってから帰ると思うし、そのことで待たせてしまったら悪い。
 だが、この感じの良い老婦人の頼みを断るのも気が引ける。

「ごめんなさい。ちょっと人を案内しているので、少しだけ待っていてもらえますか?」
「人を案内?あら、ごめんなさい。お連れがいらっしゃらないとばかり思っていたから」
「ちょっと事情があって離れて歩いているんです。あそこに……!?」

 後ろを振り返ったが、紅原は消えていた。
 驚いて見回すと、なんと車に乗り込む姿が見えた。
 帰る前に一言くらいあるだろうと思っていたのだが、無情にも紅原は一度もあたしと目を合わせることなく車に乗り込み、そして車は走り去ってしまった。

「え?えー?」

 あまりのことに呆然とする。
 一体何が起こったのだろう?
 何も言わずに帰られた?
 あっちから送れって脅されたのに?
 お礼とは言わないまでも、一言ぐらいあってもいいものじゃないのか?
 それとも彼のあたしに対する立場って最後の挨拶もなしに別れられるほど、どうでもいいものなのか?

(……いや、そう。そうよね)

 所詮あたしは彼にとってそういう存在なのだ。
 彼は聖さんの攻略対象で、あたしは聖さんのルームメイト。
 それだけの接点だ。
 まして、彼は月下騎士会。庶民のあたしから見れば天上人。
 彼にとって、あたしは取るに足りない存在なのだ。
 そんな人間にわざわざ別れの挨拶をかけるなど、必要のないことだ。

 何を勘違いしていたのだろう?
 今日突然現れた学外での彼が見せた学校とは異なる姿に、あたしはいつの間にか彼がどういう存在なのか忘れていたらしい。

(……だから、こんな気持ちを持つこと自体お門違い。)

 勝手に彼を身近に感じて、勝手に彼ならあたしに挨拶をしてくれるなど思い込んだ。
 それを攻める資格などそもそもあたしにはないのだ。
 少しでも期待したあたしが馬鹿なのだ。
 しかし、そう思おうとしても感情はすぐには納得できない。
 モヤモヤとどす黒い感情が胸の中でくすぶった。
 ぐるぐると混乱していると、ふわりと何かがかけられた。

 驚いて顔を上げると、老婦人があたしの肩に温かいものをかけてくれたところだった。

「あ、ごめんなさいね。なんだか貴方とっても寒そうな服装してたから」

 見れば、淡いピンクのカーディガンが肩にかかっていた。
 老婦人の着ていたものじゃないし、一体どこから出たのか疑問に思ったが、それを口に出す前に老婦人があたしにとんでもないことを耳打ちしてきた。

「ねえ、お嬢さん。間違ってたらごめんなさい?
 もしかして、さっき大きな車に乗っていた男の子ってお嬢さんの彼氏?」
「は?」

 一瞬、老婦人の言っていることがわからなかった。
 だが、じわじわとその言葉の意味が浸透すると、あたしは反射的に叫んでいた。

「ち、違います!」

 思いがけず大きな声になってしまった。
 商店街を歩いていた人の視線があたしに集中するのを感じ、慌ててあたしは口に手を当てて塞ぐ。

「す、すみません」

 赤面して謝ると、驚いた様子の老婦人が笑った。

「あら、ごめんなさい。違ったの。残念」

 ……何が残念なのだろう?
 気になったが、聞いたらヤブヘビになりそうなので聞けなかった。
 それにしてもなんて日なのだ。
 この日だけでもやつとの関係を疑われたのは何度目だ?
 みんな、その手の話に飢えているのか?暇なのか?

「でも、お嬢さん。さっき言ってた案内している人っていうのは彼ではないの?」

 そう聞かれれば、頷くしかない。

「そうですが……」
「なのになんで、一言もなしにいちゃったのかしらね?」
「それは……」

 それは、こちらが聞きたい。
 一体脅されてまでここまで送らされたのはなんだったのだろう?
 いじめなのか?
 とうとう月下騎士会相手にいじめを受けるとか、死亡フラグすぎて本気で泣きそうです。
 鬱々としていると、なぜか老婦人が慌てて声をかけてきた。

「ああ、そんな顔しないで?
 そういえば、あの男の子お金持ちっぽかったわね。
 知人にこういう話があるのだけれど……」

 にっこり笑った老婦人の話はこうだ。
 老婦人のお友達の富豪の息子は外で友達に声をかけられても無視するらしい。
 それは、別にその息子に愛想がないわけではなく、その人は昔から誘拐の危機にさらされていた。
そんな息子と友達だと周囲に知られればその友人に被害が及ぶ可能性があるからなのだと言う。
 その息子の場合徹底されており、どこかに友人と遊びに行っても、絶対に一緒には帰らず、わざと時間をずらして出たりしているらしい。

「だから、ね。おばさん考えるに、彼氏さん。あなたに気を使ったんじゃないかしら?」
「……そうでしょうか?……あと、彼氏じゃないですから」

 それなら良いのだが、もし死亡フラグの前フリだったらと思うと、体がガタブルしそうです。

 だが、老婦人の話は想像以上にあたしを安心させた。
 真実はわからないが、紅原を案内の人間を平気で無視して帰るような輩でないと信じたかった。

 確かにいろいろ大変なのだが、あたしはあのゲームを、それに関わる人を嫌いになれない。
 桃李のときのように、ゲームの世界での彼らとのギャップを知らされるたび、悲しくなる。
 少しでもギャップの少ないほうが正解なのだと思っていたい。
 思わず襟を握り締めたときに気が付いた。
 そういえば、老婦人の服を借りたままだった。

「あの、これ」
「ああ、着ていて?古着で悪いけれど、ものは良いはずだから」

 正直、さっきから寒かったのでありがたいのだが。
 あたしはまじまじとカーディガンを見下ろした。

 毛玉もなく、色あせもない。表面はなめらかでとても古着には見えないのだが……。
 毛糸で編まれたそれはどちらかというと若い人向けの色合いで、失礼だが、老婦人の持ち物としては不自然だった。

「で、でも。これ、いつまでも着ているわけには……」
「よければ差し上げるわ。よくお似合いよ」
「ええ?そ、そんな……いただけませんよ!こんな良いもの!」

 慌てて脱ごうとするが、老婦人はあたしの腕を抑えた。

「……いいえ、どうか受け取って?どうせ、あたしが持っていても捨てるだけのものですもの」
「そ、そんなこと言われても……」
「まあ、そうよね?娘の若い頃のものなんだけど。デザイン古いし、お嬢さんみたいな方には野暮ったく感じるわよね」
「いえ、あの、そういうわけではなくて。むしろすっごく好きなデザインですけど」

 そのカーディガンは毛糸ざっくりと編まれており、よく見れば淡いピンクだと思っていた色は白や赤、その他の色が複雑に混ぜられたグラデーションがとても綺麗なものだ。
シンプルなデザインでどんな服装でも合いそうだし、粗めに編まれているため、これから暖かくなってもしばらく着られそうな品だった。黒などの地味目のものばかりを選ぶが、決して他の色が嫌いなわけではない。

「じゃあ、もらってくれる?」
「そ、それとこれとは別ですよ」
「あら。意外と強情ね。じゃあ、人助けと思ってもらってくれないかしら?」
「人助け?」

 これのどこが人助けなのか?
 あたしだけが得する人助けなどあるわけもない。

「実は私、これから古着屋に行こうとしていたの。
 捨てるのもなんだけど、あげる人もいなかったから。
 売っても古いものだから値段つかないかもしれないし、正直行くのも面倒なのよね。」
「は、はあ」
「だから、ね。もらって?そうしたら私このまま帰れるし」

 持っていた紙袋を上げる老婦人に呆気にとられる。

「え?そういう問題なんですか?」
「そういう問題よ?……やっぱり、古着なんていらない?なんか面倒になったし古着屋に行くのやめにするから、貴方がいらないならこのままゴミ捨て場に持っていこうと思っているのだけど」
「ええ!?もったいない!」

 あたしはカーティガンと老婦人を何度も見た。
 ううう、確かに知らない人からものをもらうのは良くない。
 そもそもタダで手に入れたものってなんか裏がありそうだし。
 でもこの老婦人の言っていることに嘘はなさそうだし、あたしが受け取らなければ、捨てるというのも彼女の態度を見ても嘘とは思えない。
 しかも、老婦人の言う通りなら確かに人助けにもなる。
 だけど、やっぱり無料でもらうのは気が引ける。お金を払って買うのもありだけど、持ち合わせあんまりないし、なんか値段つけた時点で老婦人の行為に泥を塗りそうで嫌だった。

 そんなことを考えていたら、鼻をくすぐる匂いに気がついた。
 その臭いにあたしは妙案を思いついた。

「おばさん、……ちょっと待ってて!」
「え?」

 驚く老婦人を残してあたしは素早く踵を返し、あるものを買って帰ってきた。
 そして、それを老婦人に差し出した。

「それは?」
「たい焼きです。カーディガンの値段とは比べ物にならないけど、受け取ってください」

 思いついたのは、お礼をすることだった。
 当たり前だけど、大事なことだ。
 名前も知らない老婦人に再び、出会うことは不可能だし、聞いても良いけれど、あたしは学園に帰らなければならないから、次に会うのがいつになるかもわからない。
 それに老婦人の様子からあまり大層なことをすると嫌われそうだし、何より後腐れのないものの方がいいだろう。

「ええ?」

 目を丸くする老婦人。
 あ、やっぱり失礼だったかな。

「あ、ごめんなさい。こんなよい服にたい焼きじゃ失礼でしたよね」
「え、あ。そうじゃないの、そうじゃないのよ!」

 落ち込むあたしに老婦人は慌てて首を振る。

「嬉しくて、驚いただけなの。捨てるだけのものですもの。お礼なんて別によかったの」
「いえ、もらうばかりでは失礼ですし、……大事にしますね。」
「じゃあ、商談は成立ね」

 老婦人はなぜか目尻に涙を貯めて、笑ってくれた。

「ふふ、今時珍しい律儀な人ね。きっとお母様の教育が良かったのね」
「ありがとうございます」

 母を褒められると純粋に嬉しい。
 正直、急な帰郷でただでさえ金欠のときに買ったので少し痛かったのだが、こんな気持ちになれるなら安い買い物だ。
 すてきなカーディガンも手に入ったしね。

「まったく、あたしの孫とは大違いだわ」
「お孫さんおられるんですか?」
「ええ、あなたくらいのがね」
「え?見えないです」

 あたしは早くに父を、祖父母は生まれる前に亡くなっているので、彼女位の年の人の孫がどの位の年齢になるのか知らないが、小さい時に見た香織のおばあちゃんより彼女は若く見えた。

「ありがとう。
お世辞でも嬉しいわ。
娘が早くに結婚してね。……娘の教育もどこで間違っちゃったのかしら」

 どこか遠くを見る目で老婦人が愚痴りはじめる。
 あ、なんかやばい気がしてきた。
 長話の兆候だ。
 身の上話が始まる前に退散したほうが身のためだと思ったが、遅かった。

「ねえ、貴方。お茶請けもあるし、ちょっと私とお話しない?」
「え、えっと。その……」

 「ね、いいでしょ?」と言われて、チラチラと洋服の入っていた紙袋を見せられれば無下にもできない。
 結局あたしがその日、藤崎堂に帰ったのはすっかり日が暮れてからだった。
さて紅原の真意は?
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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