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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

誤解

ちょと諸事情につき一日に二話アップ。
時間差で申し訳ない。
 騒ぎのあとあたしは服を整え、ついでに乱れまくった心も整え再び、店番をするべく店内に戻った。
 商品補充といつの間にかひっくり返っていた商品台の片付けで、入れ違いに母屋へ入っていく竜くんを見送り、あたしはカウンターに着いた。
 ざっと店内を見渡すが、相変わらず店内に客の姿はない。
 紅原は窓に面した客用の休憩スペースにいた。
 その視線は外に向いたままあたしに向けられることはなかった。
 ……別にさ、常に見られているなんて自意識過剰じゃないし。いいんだけどね。
 さっきの出来事のせいで少々絡みづらいが、奴が座る場所が少々問題だった。
 あそこはお菓子を買ってくれた客が店内で食べたい場合に使う場所だ。
 外に面したイートインスペースで紅原みたいな目立つ男が茶もお菓子もなく、ただ座っているだけなど、少々藤崎堂にとって外聞が悪い。サービスが悪いみたいに見えるじゃないか。
 だが、先程まで様子のおかしかった人を人外とは言え、立たせて待たせるのもまた人としてどうかと思う。
 あたしは仕方なく、店の奥に設置されたミニキッチンでお茶を煎れ、試食用で置いてあるお菓子を一つ盛って持って出た。

「……どうぞ」

 あたしは注いできたお茶とお菓子を、客スペースで車を待っている紅原の前に置いた。
 すると奴が驚いた顔をした。

「あ、ありがと」

 お礼いったが、お茶に手を付けようとせず、紅原はこちらをじっと見てくる。
 うう、なんかすっごい気不味いんですけど。
 普段紅原はいっそ愉快なほど饒舌なので、黙られるとどう対応していいのかわからなくなる。
 あまりに何も言わないから、仕方なくあたしから口を開いた。

「お茶冷めますからどうぞ」
「え、ああ。いただくわ」

 そう言ってお茶を一口すする。

「……うん、うまい」

 そう言って紅原は毒なく微笑んだ。
 ……淹れたお茶は100g数百円の茎茶で、茶碗が百均のものなのだが。

 お世辞だろう、うん。
 こいつがいつも飲んでいるだろう茶葉はもっと良い味だろうし、こんな茶葉で本当に美味しいと感じるわけが……。

「それになんか懐かしい味すんな」

 どこか遠くを見るように視線を飛ばす紅原に、そういえばこの人一時期、紅原の家を離れて暮らしていたのを思い出す。
 紅原の母親が親類からのいじめに耐え兼ねて体調を崩したとき、怒った紅原の父親が一族に黙って家を出たのだ。そこから数年間、紅原は父親と母親だけで一族とはまったく関係ない暮らしをしていたはずだ。
 高級なものもなく、庶民と混じっての生活。
 母親も家族だけの生活で体調も良くなったらしい。
 だが、その生活も一族に見つかり数年で終わったらしい、とゲーム知識が告げる。
 だから、紅原は多分他の裏戸学園の生徒より味覚が庶民よりなのかもしれない。

 ああ、……なんか、いやになってきた。
 なんであたし、この人たちのプライバシー完全に把握しちゃってるんだろう。
 なんか勝手に他人の家に土足でおじゃまして覗きしているみたいで、気分が悪くなる。
 たしかにこのゲームの知識はおそらくあたしが生き残るために必要だ。
 だからといって、本人たちすら知らない個人情報をあたしが知っていていいわけじゃない。
 不可抗力だけど、なんか罪悪感を感じてしまう。
 本当になぜあたしはこんな記憶があるんだろう?
 もし前世の記憶とかよく小説とかにあるネタなら、どうしてそれ以外の記憶がないのだろう。
 答えの出ない疑問が頭をぐるぐると回り、一人内心で落ち込んでいると、視線を感じて顔を上げると紅原があたしを見ているのが見えた。

「なんですか?」
「いや、もう口きいてくれへんとばかり思ってたから。その……、さっきんことで」

 言われて思わず赤面する。

「わ、忘れてください!あたしも忘れますから!」
「いや、でも。申し訳なくて」
「いいから!」

 あたしは深呼吸して、先ほど自分に言い聞かせていたことを一気に言い切った。

「いいですか?
 よく考えればあの程度の露出なら水着と同じです!」

 下は大丈夫だったし、襟元だけならビキニタイプの水着と同じ露出だと思えば、なんとか耐えられる気がする。
 ビキニを着たことはないけどな!

「そ、それはたしかに?……環ちゃんの水着……」
「変な想像したらここからたたき出します」
「……ごめん」

 素直に謝る紅原にあたしは疲れたため息を吐いた。

「とにかく、それで手打ちです。
 でも二度と襟首を引っ張るようないたずらしないでくださいね。
 本気で危ないですから」
「わかった。約束する」

 頷く紅原に今日はやけに素直だな、と不思議に思った。
 普段の人を食ったような雰囲気が薄れ、なぜか柔らかい雰囲気をまとっている。
 外に向かって設えられた客用の喫茶スペースで座るその姿は、とてもリラックスしているようにも思えて不思議だった。
 そういえば、学園の外にいるせいか、あそこにいるより紅原に危機感を感じない。
 あの学園にいるとずっと死亡フラグが口を開けて待っているようで落ち着かなかった。
 それは月下騎士会と接している間ずっと感じていたのだが、今はこうして紅原に接しているのにあまり感じない。

 やっぱりあの学園にいない方がいいのか。
 あるいは、この一年の間だけ休学するとか?
 いや、だめだな。そもそも休学の理由もないし、一年でも社会に出る年数を遅らせるわけには行かない。そこまでの余裕が家にあるわけがない。
 あそこを出るのは退学しかない。そうなれば夢はやはり叶えることができなくなる。

 一年。ゲームの期間は一年間。それを乗り切れば、きっと死亡フラグは消えてなくなる。
 そう信じたい。

 あたしはその先の未来へ進むことができるはずだ。
 その先にどうなっているのかも想像もつかないけれど、もしこの一年を乗り越えられたら、あたしはこの人たちと怯えずに接することができるのだろうか。
 人でない彼らと人間のあたし。
 種族が全く違うけど、いまこうして並んでお茶を飲むこともできている。
 一年後、死亡フラグを乗り越えたあたしは紅原とどんな関係になっているのだろう。

「……ちゃん?……環ちゃん?」

 呼ばれて、思考の海から意識をあげる。

「え、あ、お茶のおかわりですか?」
「いや、ええわ。ありがとう」

 お茶を断ったあともなぜか無言であたしを見上げる紅原。
 ……一体なんだ?

「なにか?」
「いや、着替えてもうたんやな。あの着物、似合(にお)うていたのに」

 今は黒のタートルネックに黒のカーディガン、それに黒のフレアに、黒のタイツ。
 ついでにアップにしていた髪も下ろした。
 黒づくめですが、なにか?

「誰が着崩したんですか、誰が」
「まあ、俺やけど。あ、着付けたろか?俺できんで?」

 さりげなくなんてことを言う。
 男性に着付けてもらうわけがなかろう!

「結構です。そもそも、もう悪戯されないために着替えたんですから!」
「そうか。勿体無いことしたな」

 いったい何が勿体無いんだろうか。
 別にあたしが何を着ていても大して変わらないだろう。
 聖さんなら何を着せても似合って楽しいだろうけど。

「黒も似合ってないわけやないけど。環ちゃんにはもっと色のある服装の方が似合うと思うんやけどなあ……さっきの藤色とか似合(にお)とったし」
「そう言われてもあれは藤崎堂の制服ですし。持ってませんもん。そんな色の服」
「じゃあ、淡い黄色とか、あ、赤も抑え目やったら似合うか?」
「どれも持ってませんね」
「……じゃあ何色だったら持ってんの?」
「黒か茶色かグレーですね」
「…………」

 なぜかすっごい残念な子を見る目をされた。
 なぜだ?この組み合わせ、カジュアルもフォーマルも一枚でいけるんだぞ。
 たしかに地味だけど、地味でありたいし地味なあたしに最適な色ではないか。
 あたしの憧れの弁護士さんの黒いスーツ姿は格好よかったし、将来仕事をするなら地味な方が真面目に見られて信用を得やすいと竜くんも言っていた。

「一枚も持ってないん?他の色」
「持ってませんね。もしかしたら実家に一枚くらいあるかもしれないけど」

 そもそも必要ないからな。
 ほぼ学園では制服しか着ないし、私服なんて外出するときとか、寮の部屋の中でしか認められていない。

「一枚って……。あ、じゃあ今日のお詫びに贈らせても……」
「いりません!絶対いりません!」

 力いっぱい拒否すると、なぜか紅原は情けない顔をした。
 冗談ではない。
 もしこれが学園の誰か一人にでも知られれば確実に広まって本気で学園でのあたしの居場所がなくなる。
 月下騎士会の誰かからなにかもらうなど、あたしのただでさえ細い命の糸を削る気か!
 切れたら死ぬんだぞ!

「なんで、そんなに力いっぱい拒否するん?」
「もらう謂れがありません」
「だから、今日のお詫びに……」
「さっき手打ちといったはずです。あれはカウントされません。拒否します」

 断固として拒否するとさすがに紅原は何も言わなくなった。
 ふう、まったく。なんてことを言うんだ。この人外は。
 だいたい、月下騎士会の相手は聖さんだろうに。

「どうせ言うなら、聖さんにでも言えばいいじゃないですか」

 思わずそう言えば、なぜか紅原の顔が不機嫌になる。

「なあ、環ちゃん。前から思っとったんやけど、なんでそこに利音ちゃんが出てくるわけ?」
「え?」

 そりゃ、あなたの相手は聖さんであたしはそのルームメイトで、それ以外にあたしと月下騎士会をつなぐものは何もないはずで…。
 あ、まずい。これ話せないな。
 理由が説明できない。

「え、えっと、それは……」
「確かに利音ちゃんはカワイイと思う。でもそれ以上の感情は俺にはないで?」
「え?」

 あれ?この反応。実は紅原の中で聖さんの好感度高くないのか?
 と言うことは、もはや紅原ルートは消えたか?
 いや、でもまだまだ共通ルートは長い。
 その間にフラグ立てば、ルート分岐も可能だな。
 まだ、可能性を捨てるのは早い気がする。

「それに、俺、環ちゃんの方が可愛いと思って……。……環ちゃん聞いてる?」
「え?あ、はい?なんでしょう?」
「……聞いてへんかったやろ?」
「え?あ、ごめんなさい。ちょっと重要なルート分岐方法を考えてて……」
「ルート分岐?なんやそれ」
「……いえ、なんでもありません」

 言っても信じてもらえないし。
 あたしは話を反らすために、紅原に向かい合った。

「で、何ですか?なにか言いました?」
「だから俺は環ちゃんの方が……」
「おおい!ちょっと?誰かいるか?」

 突然入口が開き、斜め向かいのお肉屋さんのおじさんが、顔をのぞかせた。
 藤崎堂のある商店街はあたしが生まれる前からあって、母が忙しい時によくここにあたしは預けられたため、あたしはここでほとんど育ったようなものだった。
もちろん、おじさんとも顔見知りだった。

「あれ、おじさん。どうしたの?」
「あ?あんたは、確か……環ちゃんか?久しぶりだな。元気だったか。何年ぶりだ?」

 シワを深く刻んで笑うその姿は一年ぶりだが、前より頭の毛が薄くなった気がした。
 一年とはいえ、離れていた時間の流れを思い知らされたようで少しだけ切なくなった。
 しかし、そんなのは個人的などうでもいい感情だ。
 あたしはおじさんににっこり笑いかけた。

「中学卒業して以来だから、一年ちょっとかな。ご無沙汰しています」
「一年ぶりか。ああ、なんか少し見ないうちに別嬪さんになったな」
「あはは、おじさん。相変わらずお上手ですねえ」
「環ちゃん。この人は?」

 おじさんとの挨拶替わりの会話に紅原が口を挟んできた。
 おおっと突然背後から近づくなよ。おじさんも驚いているではないか。

「斜め向かいのお肉屋のおじさんですよ。名前はえっと……」

 あれ?なんだっけ?肉屋のおじさんで通ってから名前覚えてないや。

「ね、ねえ。おじさん。おじさんの名前って……」

 聞こうとして、おじさんが固まったままなのに気がついた。
 なぜかおじさんは紅原を見たきり動かない。
 あまりに動かないので、そろそろ高齢な彼の体を心配して、その肩を強く揺さぶった。

「お、おじさん。どうしたの?しっかり!」
「………たまげたなぁ。」
「は?お、おじさん?」
「………こりゃ、たまげた。環ちゃん。こんな男前、どこで引っ掛けてきたんだ?」
「は?いや、おじさんこの人は…」
「いやいや、皆までゆうな。いや、俺も年をとるわけだなぁ。おめでとう、式はいつだい?」
「いやいやいや!な、何を言ってるの?!本気で、式って、なに?」
「照れるな照れるな!若人よ!藤崎んとこに男連れてきたってことはそういうことだろ?」

 いやいやいやいや、照れてないから。そういうことってどういうこと?
 親指立てられてもわかんないから!

「いや、俺はてっきり環ちゃんは藤崎ンとこの倅と一緒になるとばかり思っとったんだがな。いや、わからんもんさな……」

 一人なにか勝手に納得して突っ走るおじさんを止めることができない。
 ううう、誰かなんとかして!

「あの、すみません。佐伯さん。なにか勘違いされているようですが、俺と彼女は貴方が考えておられるような関係ではありませんよ」

 突然聞こえた流暢な標準語。一瞬、誰だかわからなかった。
 あまりに唐突な声におじさんもびっくりしている。

「え?どうして俺の名前を……」
「斜め前のお肉屋さんの方なんですよね。看板に名前が。それに、服にお名前もあったので。
 名前をいただいていないのに不作法かと思ったのですが。失礼しました」
「え、い、いやあ。不作法だなんてそんな大層な。いや、すみません、なんか勝手に勘違いしまして」

 へこへこなぜかはるかに若い紅原相手におじさんは頭を下げている。
 あたしはあたしで、紅原の標準語というなんとも怪奇な現象に鳥肌が立った。
 一体どうしたのだろう?

「いえ、誤解を与えるような距離で彼女に接してしまっていたので、こちらこそ失礼しました」
「いえいえ、め、滅相も面目もないです」

 日本語すらおかしくして、なぜか恐縮するおじさんとやたら丁寧な紅原。
 誰だ?こいつは?
 なんで標準語?わけわからず目を白黒させていると、奥から竜くんの声が聞こえた。

「おい、何を騒いで……て、おじさん?なにか用なのか?」
「おお、竜坊!いいところに!」

 おそらく紅原の気持ち悪さにおじさんの許容量(キャパ)を超えたのだろう。
 慌てて竜くんに向かって逃げていく。

 その姿を呆然と見送っていると、紅原が声をかけてきた。

「……驚いた?」
「なんなんですか?一体?」

 振り返る先に少しだけ、罪悪に満ちた顔があった。

「俺もね。一応、紅原の人間だから、てのが理由やね。」
「わかりませんが。」
「言葉が直るのは、自己防衛手段なんよ。
 なんかね、知らない大人相手だと構える言うか、ビジネス仕様やね。
 学園内とか、知った人間の間だけならええんやけど。
 外にはほら、紅原を利用したい人がたくさんいるからな」

 なるほど。普段の言葉遣いが仕事中とは異なるのはよくあること。
 おじさんは確かに紅原にとっては知らない人だし、そう畏まってしまうのもわかるが……。

「珍しいですね」
「何が?」

 聞かれたが答えにくかった。
 あの時おじさんは明らかにあたしと紅原の関係を誤解していた。
 これまでの経緯から、紅原はあたしとの関係を周りに誤解させるのを楽しんでいたような節があったので、あそこで助け舟を出してくれるとは思わなかったのだ。

「いえ別に。なんでもありません、気にしないで」
「安心して、環ちゃん。俺も誰彼構わず、誤解させるようなこと言わんよ?
 ……環ちゃんも言わんといてな?」

 そっと唇に人差し指を載せる仕草をする紅原にあたしは無機質な目を向けた。

「わかってますよ」

 わかってますよ。
 貴方は聖さんの相手役だもの。
 貴方がこれから一年、頑張るのは聖さんに対してであってあたしじゃない。
 あたしのことをからかって遊んでいるだけ、わかってますよ。そんなことは。
誤解は誤解を呼ぶのですが、誤解を解こうにもなかなか相手にそれを伝えるのは至難の業です。
紅原の優しさは伝わりにくいし、環は鈍い。
どうしようもない二人ですね。

最後に少しは環が何か感じたかな?

それにしても、学園と違って環がリラックスして、紅原にきちんと普通の対応をしていますね。
恋愛するなら外の方がいいのか?
学園モノなのに…ヽ(;▽;)ノ
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[拍手してやる]

7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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