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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

約束

 感傷に浸れたのはそこまでだった。

「……で、あんたはどうするんだ?」

 竜くんの声で、横に紅原が残ったままだと知った。

「え?……あ、俺?」

 未だどこか呆とした様子の紅原。
 普段にない様子に少しだけ心配になってきた。

「紅原様、今日は帰ったほうが良くないですか?」
「ああ、そうかも……」

 答えはしたものの紅原に動く気配はない。
 あたしは岩崎先輩になんとかしてもらおうと、あたりを見回した、が。

「岩崎せんぱ……、いない?」
「あの人なら、さっさと姉貴と出て行ったぞ」

 え?早っ!
 そしてなんという無責任!
 ツレを置いていくなよ。
 し、仕方ない。恐ろしいが、こいつをこのままにしておくほうがなにかまた藤崎堂になにか呼び込みそうで怖い。

「紅原様、帰るってどこに帰るんですか?学校?自宅?」
「え、ああ、うん」

 こりゃ、ダメだ。
 そういや、ゲーム中でもしばしば、この話題で壊れてたなこの人。
 くそーっ、岩崎先輩め。
 香織への裏戸学園情報漏洩といい、今回のことといい、なかなかトラブルを引き起こしてくれる。
 ますます、香織との仲を応援していいかわからなくなったな。
 だが、ここにいない岩崎先輩を詰っても、状況は全く変わらない。
 さて、どうしてくれようこの人外。

「なあ、多岐。そいつ、どうかしたのか?」

 まともな反応のない紅原を怪訝そうに竜くんが指差すが、理由を答えるわけにも行かず、頭を抱えた。
 しかたない、あたしができることはひとつしかない。

「大丈夫じゃないわね。……竜くん、タクシー呼んで。あたしこの人学校に送ってくる」

 自宅は知らないし、とりあえず送るのであれば、学校でいいはずだ。
 あたしがいうと、竜くんが目を見開いた。

「え?多岐が送るのか?なら俺が……」

 そうして欲しいけど、そうもいかない。
 頭の痛い問題だが仕方がない。

「竜くん店番あるでしょ?
 それに学園の敷地内には関係者しか入れないし、竜くん学校の場所知らないでしょう?」
「そ、それは……」
「ともかくタクシー呼んで。迷惑かけるけどお願い」

 あたしが頭を下げると、なぜか竜くんが瞬間苦しそうな顔をしたかと思うと、静かな視線を向けてくる。
 押し殺したような表情にどこか怒っている気がするが、竜くんが紅原のことで怒る要因などあるはずもない。
 いくら紅原がはた迷惑な吸血鬼だとしても、彼らは今日が初対面だ。
 しかし、竜くんの顔は全く晴れない。
 もしかして、お腹でも痛いのか?
 ちょっとだけ心配になって声をかけようとしたが、その前に竜くんが口を開いた。

「竜くん、どう……」
「なんで、多岐がこいつのことで頭下げるんだ?」

 竜くんの不機嫌を無理矢理押し殺したような言葉に、あたしは責められている気がして一瞬押し黙った。
 多分竜くんの不機嫌の理由は紅原だろう。
 迷惑極まりない上、軽薄さの目立つ紅原のようなタイプを竜くんは苦手としていた。
 そんな相手に会って、その上居座られれば、竜くんが不機嫌になるのも頷ける。
 あたしは申し訳ない気分になった。

 だって、多分こいつがここにきたのってあたしのせいだよね?
 あたしの死亡フラグが呼んだ死神みたいなものが紅原だ。
 聖さん関連の事件に藤崎堂を巻き込んじゃだめなのにあたしは何をしているのだろう。

 まさか、学外でも遭遇なんて思わなかった。
 ああ、あたしの日常がゲームに侵食されていく。
 嘆いても状況は変わらない。あたしは心の中でそっとため息を吐いた。
 竜くんの様子に答えないわけにはいかないだろう。
 だがまさか本当のことを言うわけにもいかず、視線を反らして俯いた。

「そりゃ、一応、すっごい不本意だけど知り合いだし……」

 本当に不本意だ。まったく、どうしてあたしがこんな気持ちにならなければならない。
 それもこれもこの隣の人外のせいだ!
 ああ、なんか腹たってきた。
 だんだん怒りにワナワナし始めたあたしに、竜くんが突然爆弾を投げつけてきた。

「……不本意って、多岐にとってそいつは恋人じゃないのか?」
「ぶっ!!」

 思わぬ竜くんの発言に思わず吹いた。
 それから、慌てて横の紅原を見た。
 まだ呆然としているらしく、反応はない。
 竜くんの声もそんなに大きくなかったし聞こえなかったかもしれない。
 よしよし。
 って良くない!

「冗談でもそういうのはやめて!!」

 すぐさま否定したあたしは思わず竜くんの襟元を掴んだ。
 あたしの剣幕に驚いたのか、竜くんが一歩下がったが、不機嫌そうでどこか寂しそうな顔は変わらなかった。

「だって、さっきもすっげ楽しそうに話してたし」

 楽しそうって、どの辺が?
 話してたのは香織の話だし、あたし嫌な顔しかしてなかった気がするのだが。

「な、わけないでしょう!あたしと紅原……様は百歩譲っても知り合いの関係でしかないわ!」

 もしくは死神と被害者の関係かもしれない。
 その言葉は、だが竜くんに響かなかったらしい。
 瞬間、目を見開いたものの、どこか胡乱げな視線は変わらなかった。

「……本当か?」
「本当よ。あたしが竜くんに嘘言ったことある?」

 あたしの言葉に竜くんはなぜか悲しそうな目をした。

「………………あるよ」

 竜くんの答えにあたしは目を見開いた。
 全く覚えがなかったが、竜くんが嘘をつくはずもない。
 あたしは過去の記憶を掘り返したが、まったく該当する記憶にたどり着かなかった。
 恐る恐る竜くんに確認する。

「……い、いつ?」
「ずっと昔」

 昔っていつだろう?
 少なくともここ最近のことじゃないわよね。
 さすがにそれは忘れてない。
 そこまで健忘症じゃない、と思いたい。
 でも、何の約束?
 覚えている範囲で嘘を言った覚えはないんだけどな。
 思い出そうとしたが、思い出せない。
 そんなあたしに竜くんはため息を付いた。

「覚えてもいないんだな」
「そ、そんなことはないわよ!」

 年上の矜持というか、竜くん相手にはなぜかつい去勢を張ってしまった。
 だが、明らかに竜くんにはそれが嘘だってバレているようで、珍しく意地悪そうな笑を浮かべた。

「じゃあ、どんな内容だった?」
「そ、それは……あ、あれよ!あれ!なんか買ってあげる約束とか」
「……多岐は例え俺にでもおごってやるようなこといったことないだろう」

 う、たしかにそうでした。
 自分のケチぶりというか、家庭事情考えてもありえない。

「じゃ、じゃあどこかに連れて行くとか」
「一度約束して、二人だけで動物園に行こうとして見事に迷ってオヤジ達にしこたま怒られて以来、その手の約束はしてないな」

 ううう、たしかに。
 その記憶はあるな。
 まだ小学校上がってなかったから、公立の動物園だったら無料だし、電車で一駅のところだったから、歩いていけると豪語して二人でいったわね。
 でも案の定迷ってしこたま母さんとおじさんに怒られ、おばさんに泣かれて散々だった。
 香織はたしかあまりの計画の無謀さにそもそもついてこなかったわね。

「じゃ、じゃあ……」
「もういい」

 竜くんがあたしの言葉を遮った。
 ううう、悔しや。タイムアップか。

「ううう、ごめん。覚えてないや」

 素直に告白し、肩を落とすあたしに、竜くんため息が聞こえてきた。

「……わかった。教えてやる」
「え、本当?」

 竜くんの言葉に嬉しくなって、思わず顔をあげる。
 あれ、なんだろう。
 いつの間にか竜くんの顔が近くにあった。
 耳打ちでもするのだろうか?
 それにしても位置がおかしいような?
 吐息さえ感じそうなほど近づく竜くんにあたしは呆然とした。
 竜くんの口がどこかおかしそうに歪んだのが見えた。

「多岐が俺に約束したことは……」
「ふおっ!」
「っ!」

 突然背後からすごい力で襟首持っていかれました。
 あまりの勢いに、あたしは後ろに向かってバランスを崩した。
 やだ、嘘!こんなところで頭打って死ぬなんてやだ!
 あたしは体を襲う痛みに備えてギュッと身を縮めた。

 ………………。あれ?
 しかし、いつまで経っても全然痛みは襲ってこない。
 それどころか、背中に当たる何かは柔らかくて暖かい?

「ほんと、無防備すぎ。少しも気を抜けへんね。」

 耳のすぐそばで聞こえた声で背後のそれがなにか理解する。

「く、紅原さま!?」

 なぜか、あたしは紅原に抱き込まれるような体勢になっていた。
 あまりのことにあたしは硬直して動けなくなった。
 な、なんでこうなった!?
 自慢じゃないが、あたしは男性に免疫がほとんどない。
 父親を幼い頃になくしたせいか、小さい頃から大人の男性というのは藤崎のおじさんや近所の年配のおじちゃんくらいしかいなかった。
 しかも人外とは言え、紅原みたいな美形に接触されれば混乱しかしない。

「は、離してくださいぃぃい!」

 あたしが固まったまま、情けない声を上げると手は意外なくらい簡単に外れた。
 あたしは脱兎のごとく腕から逃れた。
 紅原からも竜くんからも数歩分距離をとった場所で、あたしは振り返った。

「な、なんてことするんですか!危ないでしょう!」

 顔を真っ赤にして紅原に怒鳴る。
 あたしの襟首を掴んだのは間違いなくこいつだ。
 それ以外に人いないし。
 後ろに引き倒すなど、場合によっては死んでる。
 だが、あたしの怒りが届いていないのか、先ほどのダメージがまだ残っているのか、少しだけ気だるそうに視線を外したまま、紅原は腕を組んだ。

「……ごめん、悪かったわ。ふざけすぎた」
「……本当ですよ。下手したら死んでます。もう、絶対やめてくださいね!」

 びしりと、指を突きつければ素直に頷く紅原。

「わかった。すまん。もうせえへんわ。」
「わ、分かればいいんです」

 ……なんだろう。
 なんかすっごい調子狂うんですけど。
 素直な紅原なんて。
 やっぱりまださっきのダメージ大きいんだろうか。

 とはいえ、あたしにはどうすることもできない。
 ゲーム知識によれば、中学時代の彼の記憶の欠如はかなり彼の中でウエイトを占める最重要キーワードだ。
 下手に触れられないし、聖さん以外触れていいものではない。
 だが、辛そうな様子に思わず心配してしまう。人外なのに。

「……あの、大丈夫ですか?」
「……ん、ちょっとあんま調子よくないかな?」

 見れば、あまり顔色も良くない。なんか青いのか赤いのか複雑な色だ。
 あたしは紅原のそばに寄った。
 人外と言えど弱った相手に何もしないのは人としてどうかと思うので。

「帰れます?タクシー呼びますけど。」

 支えるように腕に手を添えると、なぜか目をそらされた。
 なぜだ?

「いや、車呼ぶわ。ありがとう。」
「いえ、それならいいんですけど。あ、じゃあ、車くるまで座りませんか?あそこお客さん用のがあるから、あたし案内しますし」
「えっと、ありがと……でもひとりで行けるからいいわ」
「なにいってんですか。フラフラしてるくせに。さ、支えますから来てください」

 引っ張れば、だが紅原の返事は「あー」だの「うー」だのはっきりしない。
 なかなか動かない紅原に先にしびれを切らしたのはあたしだった。

「もう!なにが不満なんですか!」
「いや、不満はない。ないというか眼福なんやけど、その。
 ……ごめん、環ちゃん。自分でやっといてなんやけど、その……。服直してきてくれるかな?」

 一瞬何を言われているのか分からず、思わず服を見下ろす。
 実は、あたしは今この藤崎堂の制服を着ている。
 薄い藤色の和服で、小袖のところに藤の絵が散りばめられた、ちょっと小粋なきものだ。
 上下に分かれるタイプで帯はマジックテープで着脱が簡単なものだ。
 だが簡単な分、着崩れもしやすい。先ほど紅原に後ろから襟首を引っ張られたため、もともとマジックテープの帯だけで抑えられていた上は無残にはだけており、辛うじて胸を隠しているが、ちらりとブラが覗いている状態だった。

 あまりの状態にあたしは、固まった。
 あたしの目の前には罰が悪そうに目をそらす紅原、それから少し離れて同じく目をそらす竜くん。
 あたしは、数回瞬きして、そっと口を開いた。

「……見た?」
「「……ごめん」」

 綺麗に揃った二人の声にあたしは、瞬間湯沸かし器とかした。

「にゃああああああああああああああああああああああ!」

 あたしは悲鳴を上げながら藤崎堂の奥へと逃げた。悲鳴は隣町まで聞こえたとかなんとか。
 あたしの悲鳴の合間に聞こえた竜くんの「……ピンク」という言葉は聞いてませんたら聞いてません!

年下の本気、未遂でした~。
竜くん、残念(。・ ω<)ゞてへぺろ♡

そしてなにげに環の男性認定に竜輝が漏れている悲劇。
合掌(-∧-;) ナムナム

ちなみにオチに苦情は受け付けません。
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[拍手してやる]

7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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