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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

身分差

「環ちゃん、あの人、知らないって顔してるな」

 突然声をかけられて横を向くといつの間にかあたしの横に移動していた紅原がいつもの知ったふうな顔で笑っていた。
 その顔に親友のことを何も知らないと言われているようで、すこしむくれた。
 だが、あたしのそんな感情を無視して紅原は頼んでもないのに説明した。

「あの人は岩崎亮介(いわさきりょうすけ)先輩。岩崎食品の跡取りで裏戸学園のOBや。
 ちょうど三年離れてるから、環ちゃんは知らんやろうけどな。」

 岩崎食品、聞いたことある。
 お菓子から冷凍食品まであらゆる食品を扱うメーカーだ。
 かの会長様のこよなく愛するプッチリプリンも何を隠そう、このメーカーのものだ。
 この赤毛メガネの実家ほどではないが、ニュースでもちょくちょく名前を聞く日本でも有数の企業だ。
 そんなところの御曹司と香織に何の関係があるのだろうか。
 あの様子から言って、ただのお友達とは考えにくいし。
 しかも、竜くんまで知っている様子なのがわからない。
 それに、裏戸学園OB、ってあいつか。
 裏戸学園の情報を香織に喋ったのは。
 全く余計なことをしてくれる。

「でも、もしかしたら亮介先輩、跡取りじゃなくなるかもしれんな」

 紅原の言葉に思わず「どうして…」と小さくつぶやくと、律儀に奴はそれを拾って答えてくれた。

「合併話が持ち上がっとった先の令嬢との縁談破棄しよった。
 これにどえらく社長が怒っとる。
 …亮介先輩は家同士が仲良くしたい令嬢よりまだ学生の街の和菓子屋の娘をとったってこと」

 そのことで、あたしは岩崎と香織の関係がどういうものなのか悟った。
 あまりのことに思わず相手が人外であることも忘れて聞き返した。

「ど、どうして?香織がそんな人と知り合って、そんな関係に?」
「先輩の話じゃ、一年前に雨に濡れていた犬に傘を差し出している彼女を見て一目ぼれしたとか。
 その時に身分隠して知り合って仲良くなったらしいで」

 なんだそれは、どこの少女漫画だそれは。
 しかも香織、あんたいつから捨て犬に傘を差してあげるような殊勝な女になった。
 おそらくあれだろう。
 捨てようと持っていたビニール傘ともう一本他に傘持ってたから、捨てるついでにさしてあげたとかだろう。
 それ以外奴がそんなことをするとは考えられない。

「家族に内緒で彼女と付き合っていたけど、先輩。さっきも言ったけど許嫁おったんよ。
 先輩もそろそろ二十歳超えとるし、そろそろ婚約しろって家族から迫られおってな」
「…それで、香織を取って破棄した?」
「先輩らしいことにきっぱりいいよったらしい。『自分はあなたより好きな人ができたからあなたとは結婚できません。あなたもまだ若い。早く分かれてそれぞれの道を歩きませんか?』やと」

 …なんだかそれって。優しさなのだろうか?
 相手にすれば、明らかに裏切りなのに、それを正当化しているような…。
 それに、香織のことも本当にきちんと考えているのだろうか。
 なんか勢いだけで突っ走ってない?

 裏戸にいて、あたしは金持ち連中との生活レベルの差を嫌というほど感じている。
 価値観の違いは反発を生む。かつてあたしはそれが原因でいじめを受けていた。過去ほど激しくはないけどそれは現在進行形でもある。
 それでもあたしの場合、学生の間だけだと割り切ればそれで済むが、万が一結婚となればそういうわけにもいかない。
 童話や漫画の世界みたいに結婚してめでたしめでたしで終わらないのが人生だ。
 香織が金持ちどものいじめに耐えられずに折れるほどやわじゃないのは知っている。
 けれど、あえてそんな不幸な目にもあって欲しくはない。
 友達も味方もいない状況というのは苦しいものだ。
 この岩崎先輩がどれだけ香織を守れるかにもよるが、さっき出会ったばかりの人なのでわからない。
 正直、今のところこの人との恋愛をあたしは応援できそうにないな。

「…なんや。環ちゃん、不服そうやね」
「別に不服なんてありませんよ。香織が幸せなら、それで」
「幸せ、ね。……人間何を持って幸せって言うんやろな?」

 その声がなぜか普段の軽さとは対極のものを孕んでいたようで、思わず紅原の顔を見上げた。
 だが、あたしの視線に気づいているだろうに紅原はまっすぐ香織たちを見る視線を外さずさらに続けた。

「愛してる人と無理やり一緒になって、周り不幸にして。
 それでもふたりは幸せなんかな?
 先輩のしよること、俺は止めたほうがいいのか、どうなんかな?」

 あたしに聞いているようでその実、自問しているように聞こえた。
 そういえば、紅原の両親も身分差結婚だった。
 紅原の父親は現在生きている吸血鬼の中でも桁違いに強力な純血の吸血鬼。
 周囲はもちろん彼には女吸血鬼と結婚してもらい、強い子供を増やしてもらうことを求めた。そして確かに途中まではうまくいっていた。
 当時最も力の強かった女吸血鬼と許嫁の関係で高校生になった彼は、たまたま旅行先で知り合った紅原の母親と恋に落ちた。
 周囲が止める間もなく彼らは結婚した。
 というか止められなかった。吸血鬼の中では力こそが全て。
 まだ学生とはいえ、最強の力を誇った紅原父の言葉に誰も逆らえなかったのだ。
 そう、誰も紅原の父親には逆らえなかった。
 だが、周囲の鬱憤は消えたわけではない。彼が蓋をした分、さらに膨れ上がり、どこへ行ったのか。
 もちろんそれは紅原母子である。
 吸血鬼の花嫁となった彼の母親は結婚からしばらくして紅原を産んだ。
 しかし、彼は吸血鬼の中でも力が弱かった。
 最強の吸血鬼から生まれた最弱の吸血鬼。それが紅原円なのだ。
 そのことで一族内ではとても苦労しているとゲーム知識が教えてくれた。
 だが、この知識は明らかにあたしみたいな吸血鬼を知らない人間が知っているはずのない知識だ。
 下手にぼろが出ないようにあたしはそっと考えを巡らせた。

「言っても言わなくてもいいんじゃないですか?」
「え?なんやそれ」

 あたしの答えに初めてあたしの視線が自分に向いていることに気がついたのか、視線を合わせてきた。
 その瞳に普段の強さはない。まだ、何か揺れる思いがくすぶっているのかもしれない。
 だからあたしは気にせずまっすぐ見つめ返した。

「周囲が何を言っても、結局決めるのは本人たちですから。
 選ぶ権利も責任を負う義務も良いと思うか悪いと思うかも全部本人だけが持っているものです。
 外野が何を言っても同じです。言わなくても同じ」

 紅原はきっと自分が生まれなかったほうが良かったと思っている。
 ずっとそう言われ続けたから。
 でもそれを決めるのは外野じゃない。

「…結局外野のあたしたちに出来るのは見守ることくらいでしょ?」

 あくまでも香織たちのことを言ってます、という体を装うためにそう締めたあたしに紅原は何も言わなかった。
 なにかを考えるようにしばらく無言だったかと思うと、なぜか泣きそうな顔でへらりと笑った。

「…環ちゃんは大人やねえ」

 大人、ね。
 まあ、あたしの場合自分に力がないから、何をしても同じとしか思えないだけなんだけど。
 とはいえ、そろそろこの話しても言えることがなくなってきたから、話題を変えることにした。
多分好感度判定、選択肢が発生した回です。
結果は?(☆∀☆)
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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