爆弾
「えええ?!紅原円?」
香織の声に我に返る。
同時に冷や汗がどっと出た。
だが、動けない。
「な、なんでここに…」
なんでここに居るの?
最後まで聞くことが恐ろしすぎてできなかった。
ゲームの舞台は学園内のみのはず。
デートイベントとかあるけど、でも藤崎堂はゲームとは無関係だったじゃないか。
一体どうしてこいつがここにいる?
あたしは学園から出ても死亡フラグから逃れられないの?
固まって動けないあたしの前に不意に影が差して、紅原の姿が見えなくなった。
その姿が消えた瞬間、まるで呪縛が溶けるように体が動いた。
見上げる先には竜くんの姿。
「りゅ、竜くん?」
名前を呼ぶが、竜くんは動かない。
あたしに背をむけたままなので、全然顔が見えないんだけど、正直助かった気がする。
まあ、姿が見えなくなっただけでなにも解決していないんだけどさ。
ああ、頭痛い。
あたしが竜くんの後ろでそっとため息を吐いた横で香織が何やらバタバタとカウンターまで何かを取りに行ってから戻ってきた。
それからとってきたらしい雑誌を突きつけて口早に話した。
「あ、あのこの雑誌!買いました!」
興奮しているのか鼻息の荒い香織に、紅原はへらりと笑った気配がした。
「ああ、その雑誌。買ってくれたんやね。ちょっと恥ずかしいんやけどな」
うそこけ、ノリノリで写っていたくせに。
雑誌には何十人かの御曹司と言われる男性の写真が載っていたが、他の人たちが一ページに一人あるいは何人も配置されていたというのに、月下騎士会の面々はそれぞれ二ページ以上、場合によっては見開きとか、少なくとも明らかに扱いの異なる載せられ方をしていた。
それのどこをどう見ても恥ずかしそうにしている写真はなかったぞ。
「そんな、すっごくかっこよかったですよ!」
なんか香織の声がワントーン上がっている気がする。
なんか嬉しそうだなあ。
芸能人に出会ったテンションなのかもしれない。
「ありがと。その雑誌、紅原電機も協賛しとるから買ってくれてほんま
感謝するわ。売れんと、明日のおまんま食べられへんからな」
そんな香織に紅原は営業トークそのものの返しをする。
「やだ、うふふ。紅原さんって面白いんですね」
か、香織。なんかあんたキャラが変わっているよ!
どうしたんだ!
ああ、なんだか鳥肌が…。
あたしが竜くんの後ろで腕をさすっているのに気付かない香織はさらに絶好調に声を上げた。
「あ、あの!サインくれませんか?この雑誌のページとかに…」
「あー、ごめん。俺そういうのないんよ。芸能人とかちゃうし」
軽い調子で断る紅原にだが香織はひるまない。
すごい、すごいよ!香織!
人外相手に強気に出られるのって聖さんだけじゃなかったんだね。
「そんな本格的なものじゃなくても、名前だけでもよいので」
「ほんと、ごめんな。サイン自体せえへん契約なんよ。」
「契約って…」
「詳しいことは省くけど、俺のサインとか流出すると色々まずいんよ。まあ、大人の事情ってことで堪忍して?」
学生が何を言ってるんだろう?
まあ、こやつの場合、確かに背負っているものがデカイ分だけいろいろありそうだから、わからなくもないけれど。
「…で、どうしてさっきから環ちゃんはどうして隠れているわけ?」
いきなり話を振られてぎくりとする。
その言葉にようやくあたしが竜くんの影にいることに香織が気づいた。
「ちょ、環。何してんの。あんたは。紅原様に失礼でしょ!」
おいおい、香織。
あんた学園の生徒でもないのに様付けって。
あとで聞いた話、この雑誌で外でも彼らのファンクラブができたとか。
そこでの通称が一般化し彼らは世間でも様付けで呼ばれているらしい。
…なんか、学園だけでなくこの世界自体がおかしいのか?これは?
だが、いつまでも年下の背中に隠れていても事態は解決しない。
あたしは香織に引っ張り出されるように、紅原の前に立った。
「…どうも、お久しぶりです。紅原様」
「確かに久しぶりかな?俺しばらく学園いなかったからな」
そう言って手にしていた帽子をかぶり直した。
くっそお、仕草がいちいち決まってるな。
奴を見れば普段見慣れた学園の制服ではなく、カラーシャツにネクタイ、縦ラインの黒のジャケットと同色のスラックスいう服装をしていた。
多分全部ブランドものなんだろう。一体全部でいくらだ?
普段かけているメガネではなく縁の太いメガネをかけており、まるでモデルが変装して歩いているように見えた。悔しいことに、すっごくかっこよかった。
場所が下町の和菓子屋というのにまるでファッション雑誌の一場面を見せられているような気にさえなる。
瞬間、状況も忘れて見惚れてしまう。
ううう、だって好きだったもん。このキャラ!
死亡フラグ回避で近づきたくないだけで。
くっそお、なんかすっごく悔しいな!
「ちょ、環、あんた。紅原様と知り合いだったの?」
変な悔しさで内心荒れてたあたしに香織がキラキラした目で聞いてくる。
知り合いっちゃ知り合いだが、知り合いたくなかった知り合いだな。
主にあたしにとって死神的な存在なので。
「知り合いというか、知り合いの知り合いというか」
もとより奴はあたしのルームメイトの恋人候補であって、あたしとの直接の関係はないはずだ。うん。
「ひっどいな、環ちゃん」
一人頷いていたとき、紅原がいつものニヤニヤと嫌な予感しかない笑をこちらに向けてくる。
あたしはいらっとした。
気がたっていたのかもしれない。
現れると思っていなかった場所でまさかの再会を果たすというあたしにとって予想外すぎる状況で混乱していた。
「本当のことじゃないですか!」
思わず、睨むように返すあたしに、奴は何を考えたのか爆弾を落としてきた。
「ほんと、ひどいわ、そんな言い方。…キスした仲なのに?」
沈黙が店内に落ちた。
一瞬本気で何を言われたかわからなかった。
だが、次の瞬間、何かが壊れる音と共に香織の悲鳴が店内に木霊した。
「きゃーーーーー、何それ!?どういうこと?環、あんたどういうこと?」
香織に肩を揺さぶられて、ハッと気づいた。
やばい、呆けている場合ではない。
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。
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