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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

後半ようやくやつが登場です。
 あまりに記憶と違う姿に呆然としていると、隣から香織が走ってきて、竜くんの肩をばしっと叩いた。

「こら!年上を呼び捨てとはなんだ!多岐“さん”もしくは“先輩”でしょ!
 もう、昔から生意気なんだから!」
「痛えな。いいだろ?別に」

 ふいに聞かれて、あたしは困ってしまった。
 香織と同じく竜くんとも幼馴染の関係で、昔は環姉ちゃんと名前で呼んでくれていた。
 それが中学に上がったあたりで、あたしのことは苗字で呼ぶようになったのだ。
 これは少し寂しかった。
 当たり前だが実の姉は姉貴と呼ぶのと区別されているみたいで。

 中学というのは難しい時期だし、それが思春期の男の子の成長というものなのかもしれない。
 だが、高校生になった竜くんなら、久しぶりに会った彼ならもしかしたら昔みたいに「環姉」と呼んでくれるかもしれない。
 少しだけ期待していたのだが、やっぱりそんなに甘くはなかったようだ。
 一抹の寂しさを胸に抱えながらもあたしは頷いた。
 すると香織がやれやれと首を振った。

「もう、環は昔から竜には甘いんだから」
「そんなつもりはないんだけど。…ねえ、本当に竜くんなのよね?」

 あたしは思わず、まじまじと竜くんの姿を見上げてしまった。
 竜くんと最後に会ったのは中学の卒業式。
 そのころの彼はあたしの肩までしか身長がなく、中学全体を見ても小柄で可愛らしい男の子だった。
 それがどうだ。目の前の竜くんはあたしの頭一つ分は高い。
 顔立ちも当時から変わっていて、幼さしか感じなかったかつての印象は一変し、精悍ささえ感じた。

「そうだけど、それ以外に見えるのか?」

 ぶっきらぼうにそっぽを向くその姿だけはかつての面影を匂わせ、彼が竜くんであることを教えてくれた。

「ううん。そんなことない。…大きくなったねぇ~」

 本当に見違えてしまった。
 男の子の成長というのはこんなにすごいものなのだと、まるで彼の母親でも姉でもないのに感動してしまった。
 すると、竜くんがどこか居心地悪そうに肩を揺らした。

「そりゃ、一年以上経ってるし」
「なんか、環と別れたあとで突然ぐぐぐっと伸びたのよね。図体ばかりでかくなっちゃって」
「うるせえな、姉貴は黙ってろよ」

 香織が茶々を入れると竜くんが凄む。
 竜くんの姿が知っているものと違うが、仕草が昔と同じですこしだけ笑ってしまった。
 思わず笑ったあたしに、竜くんがようやく目をあわせてくれた。

「…多岐は、少し痩せた?」
「そう見えた?」
「少し。相変わらず苦労してるのか?」
「なんかそれ、あたしがいつも苦労しかしてないように聞こえない?」
「違うのか?」

 言われて思わず考え込んでしまった。
 うん、確かに苦労ばかりしている気はするな。
 不幸ばかりじゃないのが幸いだけど。

「学校、うまくいってないのか?」
「まあ、楽しいとは胸は張れないけど、そこそこよ。」

 ここで本当のことを言って心配させるのは年上としてダメな気がするから、ごまかします。

「…本当か?」

 その言葉に不覚にも涙が出そうになった。
 この姉弟は付き合いが長いせいか、あたしのごまかしを見抜いて心配してくれる。
 なんだか、最近KYばかりが身の回りにいたせいか、胸にじんと来てしまった。

「多岐?」
「なんでもないの。竜くんは仕事終わったの?お腹すいてない?」

 あたしが朝にお邪魔したとき竜くんは既に家にいなかった。
 高校に通いながら店を手伝っているらしく、配達に行ったという話を聞いていた。

「…ああ、食べてきたから大丈夫だけど」
「そっか。でも疲れてるでしょ?あたしは気にしないで家でゆっくりしてね。あ、それともお風呂沸かす?」

 勝手知ったる他人の家。
 幼い頃から入り浸っている藤崎家のことは家人と同じくらい精通している。
 お風呂沸かしもしたことあるし言ってみたのだが、なぜか竜くんの顔がほんのり赤くなっている。

「?どうかした?」
「いや別に…」
「…なんか、あんたたちの会話聞いてると新婚さんコントみたいね。
 『あなた、ご飯にする、お風呂にする?それとも、あ・た・し?』みたいな」
「っ、バカ姉貴!」

 によによしながらあたしたちを見る香織に竜くんはさらに顔を赤くした香織に怒鳴った。
 純情だな、こんなことを聞いただけで顔を赤くするなんて。

「こら、香織。あんまりからかっちゃダメだよ?竜くんまだ純なんだから」
「…純、ねえ。まあ確かに、未だに初恋引きずってるって点では純かもねぇ~」
「え?竜くんの初恋って?竜くん好きな娘いるんだ!」

 思わぬ話に驚いて、竜くんを見上げればなぜか顔が赤から青に変わっていた。
 さらに怒りのためか今度は赤に変えて怒鳴った。

「っ、くそ姉貴!なに言ってんだ、ばか!」

 だが、竜くんの怒声も実の姉たる香織には通用しない。

「おほほほ。なによ~、事実でしょ?」
「ねえ、それってあたしの知っている人?」

 思わず、出歯亀してしまう。
 だって小さい頃から知っている竜くんの彼女になる人なんて自分の妹になるような人でもあるんだもん。
 気になるよね。
 目をキラキラさせて聞くあたしになぜか香織はそっと、竜くんに視線を送った。
 その瞳に憐憫が少し含まれているのが気になった。

「…なに、もしかしてもう振られているとか?聞かないほうがいい?」

 もしや過去の傷を穿り返すようなことを言ってしまったかと不安になったが、香織は首を振った。

「いや、まだね。告白もしてないし、どちらかというとそういう対象に全く見られていないというか」
「なにそれ、見る目ないわ。こんなに竜くんかっこよくなっているのに」

 あたしの言葉にそれまで俯いていた竜くんががばっと顔をあげる。

「…かっこいい、て。本当にそう思うか?」

 あ、もしかして告白しないって、竜くんに自信がなかったからなのかな?
 それなら、あたしが後押ししなくては。

「思う、思う。だって身長も伸びたし。顔立ちもすっごく大人びてきたし。体つきもしっかりして、さっきだって大人の男の人に見えたもの。竜くんはかっこいいよ」
「本当だな?嘘言ったり、お世辞じゃないな?」

 必死な様子であたしの肩をがっちり掴んで竜くんが真剣に聞いてくる。
 おおう、疑り深いな。相当自信がなかったのかな?
 その様子に少しだけ竜くんの相手というのを詰りたくなった。
 ここまで自信を失わせるなど、あたしの弟分に何をした?
 竜くんが選んだ人なんだからあんまり悪くは言いたくはないけど、見る目ないと思う。
 あたしが見ても、今の竜くんはかっこいいのだ。
 まあ、人外みたいな桁違いさはもちろんないけど、人としてはかなりいい線いってると思う。それをなにがなんでもわかってもらって自信を持ってもらわなくては。

「お世辞じゃないし、嘘じゃないよ。竜くんはかっこいい。それともあたしの言葉が信じられない?」

 そう言ってやると、竜くんはブンブンと首を振った。
 その姿はまさにかつての弟分そのものであたしは笑ってしまった。

「多岐は俺をかっこいいって思ってくれてる。それは間違いないんだな」
「うん、だから自信持ってもいいと思うよ。だから、頑張って告白して。絶対うまくいくから」

 あたしの言葉に藤崎姉弟の目が丸くなった。
 あ、やっぱり焚付けすぎたかな。

「あ、ごめん。絶対っていうのはさすがに無責任か」
「た、環。あんた。状況分かって言ってないよね。それ?」
「なにが?」
「だって竜の初恋の相手って…」
「姉貴は黙っていろ」

 香織の言葉を竜くんがぴしゃりと遮った。
 その声が思いのほか低くてあたしは驚いた。
 香織に向かっていた視線を竜くんに向けると視線があたしを捉えた。
 その強さにあたしは視線を外すことができなくなった。

「もう一度確認する。多岐は俺のことかっこいいと思っていてくれてるんだな。
 そして、告白すれば絶対うまくいくって思ってる。それは間違いないんだな」
「う、うん」

 竜くんの視線の強さと断言を求める言葉に思わず尻込みする。
 嘘は言っていない。竜くんはかっこよくなった。
 だが、人の気持ちはわからないものだ。
 さすがに無責任に言いすぎたとあたしは少し後悔した。

「…あ、でも人の心のことだし、絶対はさすがに言いすぎたかも?」
「多岐の考えをきいてるんだ。多岐なら俺の告白はうまくいくって思うんだな?」
「え、あ、う」

 どうしよう。
 なんか思った以上に竜くんの何かに触れてしまったみたいだ。
 もしここで無責任なことを言って、告白がダメだったとき、世を儚んでしまわないか、心配になる。
 それほど、竜くんの目は真剣で、まるであたしが告白を受けているみたいで、どきどきした。
 何も言えないでいるあたしに、竜くんがやがて落胆したように視線を下ろした。

「やっぱり、嘘なんだな。俺がかっこいいなんて」
「う、嘘じゃないよ!竜くんがカッコいいのは本当だもの!」

 思わず、反射的に返してしまい、自分が墓穴を掘ったことを、再び力を取り戻した竜くんの瞳が向けられたことによって悟った。
 一体どうしたらいい?どうしたら彼を傷つけずに告白を応援できるのだろう?
 考えたが恋愛経験値ゼロのあたしには皆目見当もつかなかった。
 思えば、前世だかなんだか知らないが、あんな乙女ゲームの知識を持っていた時点で、あたし前世から恋愛音痴だったんじゃないかな。
 普通の恋ができないから二次元に逃げたみたいな。
 ああ、中学以降たくさん女友達の恋の話をされるたびに逃げていた記憶がある。
 もっと彼女たちの話を聞いておけば、ここで竜くんにかっこいいことを言えたのだろうか。
 だが、今更後悔しても遅い。
 竜くんはあたしの無責任な一言で一つの恋を良い結果であれ悪い結果であれ終幕へと導こうとしている。
 あたしも覚悟を決めた。

「じゃあ、俺の告白はうまくいくんだな?」
「うううう、いく。うまくいくよ!もう絶対」

 とうとう、言ってしまった。
 ああもう!こうなったら、失恋後の慰め会くらい開いてやる!
 だが、どうか彼女さんと竜くんがうまく行くことを切に願うけど。
 ていうか、彼女さん、もし竜くん振ったりしたら一言絶対言ってやらなきゃ気がすまないぞ。
 あたしの言葉にどこか満足したような顔の竜くんにあたしは口を開いた。

「ねえ、竜くん。竜くんの好きな人って…」

 そこまで聞きかけた時だった。

 カラン、と店の扉が開く音がした。
 そういえば、店番をしていたのだったことを思い出す。
 思わず竜くんのことを忘れて扉を見る。

「いらっしゃいま…」

 歓迎の挨拶はそこで止まる。
 あたしは目を見開いた。
 だってそこにはここで出会うはずのない姿があったから。
 固まって動けないあたしにその人はそっとかぶっていた帽子を脱ぐと、それを掲げいつもの軽薄な表情で笑った。

「相変わらず無防備やね、環ちゃん」

 学園でしか出会わないはずの赤毛軽薄吸血鬼がそこにいた。
鈍い環にイライラしないでください。
それだけです(汗
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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