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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

黒歴史

まだ、男どもでないよ。

未成年の飲酒の描写がありますが、未成年への飲酒を推進しているわけではありません。
お酒は二十歳になってから!
「落ち着いた?」

 香織の言葉にあたしは涙をぬぐい、こくんと頷いた。

 ひとしきり泣いて落ち着いた。
 ううう、なんか久しぶりに泣いた気がしたから、目が痛い。
 それにちょっと恥ずかしかった。

「ごめん。店先で泣いたりして」
「別に大丈夫よ。この時間帯、めったに客が来ないから。それにただでさえあんた泣かないんだから。泣けるときに泣いたほうがいいのよ」

 男前な香織の言葉にさらに涙がぶり返しそうだ。

「なんか、香織男前。惚れそう」
「何を言ってんだか。鞠菜中学の王子様に言われたかないわよ」
「う、まだそれ引きづる?」
「ふふふ。このあたりでは未だに伝説で通ってるわよ?」

 によによと笑う香織にあたしはため息を吐いた。
 鞠菜中学はあたしたちが通っていた地元の中学だ。
 そして、その中学には謎の王子様が現れたという伝説が残っている。
 実は恥ずかしいことにそれはあたしのことだったりする。
 あれは中学二年生の文化祭だった。
 何をトチ狂ったのか演劇をすることになり、男女逆転のロミオとジュリエットをやる羽目になった。

 あたしはもちろん裏方に立候補した。
 もちろんですとも!

 だが、変な盛り上がりをしていた我がクラスはなぜかクラスでも目立たない存在の人間を主要人物に配置しやがったのだ。
 もちろん目立たない組は抵抗した。
 しかし、抵抗むなしくあたしには名前のある役が配された。
 それでも、主役は回避してやりました。
 主人公の親友でセリフもそれなりにあったが、それでも甘い言葉を吐きまくった挙句、色々勘違いして死んだ残念な主役よりマシだった。
 同じクラスでも目立たなさナンバーワンの男女ペアのロミオとジュリエットたちは悲壮感さえ漂わせていた。

 もともと目立つことを嫌う人間になんてことを!
 いじめか!とも思うが、当時のクラス仲はすこぶる良好で、目立たない組は胃痛を感じながらも、楽しんでいた。

 文化祭が近づくに従って稽古も重ねた結果、照れもだんだん薄れていった。
 だって、メイクとか衣装がね。すごかった。
 クラスの女子の中に演劇オタクの娘がいて、やたらと張り切ったのだ。
 母親がかつて女優というその娘はその人脈を使って、中学の演劇に使うには分不相応にも見える衣装を揃えてくれた。
 そしてメイクが趣味だという娘もいて、その娘の手にかかれば、あら不思議。
 鏡を見たとき、絶句するほどあたしの顔が全く別人の顔になっていた。
 メイクと衣装で普段のあたしとは大きくかけ離れた存在に変貌していたため、そこまで照れずにすんだ。
 文化祭当日になれば、目立たない組もある程度度胸が座り、宣伝のため舞台衣装とメイクで外を闊歩してこいという(にわか)監督命令もなんとか了承できたものだ。
 あたしは主役二人とチームになり宣伝のため、チラシを配りながら校内を散策していた。
 舞台メイクで全然顔はわからないとは言え、知り合いに出会ったらめちゃくちゃ恥ずかしいため、あたしは極力主役二人の影に隠れるようにしていたのが覚えている最後の記憶だ。

 いうのは実はあたしはその時のことをよく覚えていないのだ。
 校内散策をしながらの広報活動であった。
 文化祭に浮かれた校内には模擬店がいたるところで、美味しそうな匂いを漂わせ、あたしたちは欲望に負けながら、買い食いしながらのんびり宣伝チラシを配っていた。
 しかし、それがいけなかった。
 買い食いした食べ物の中に、あろうことか甘酒が混じっていたのだ。
 もちろんそんなものを売っていたクラスは後日バレて、クラス全体に厳重注意が飛んだのだのだが、それは別の話だ。

 実はあたし、めちゃめちゃお酒に弱い。
 かつて、ケーキに入ったリキュールで目を回すほどだったと言えばいかほどかわかってもらえるだろうか。
 知らなかったとは言え、甘酒を一口飲んでしまった以降、記憶がない。
 後で聞いた話では、どうやらそれで酔っ払ったあたしはまるで人が変わったように、率先して劇の宣伝を行っていたらしい。
 彼らいわく、そこらにいる女性たちに声をかけて、甘い言葉で囁き、男役の主役に絡みつつ、彼女たちを骨抜きにしながら会場に誘導したとか。
 実は、あたしの扮していた主人公の親友兼悪友は、女好きの上軽くてキザだけど、友達思いな役だ。
 あたしの酔っ払ったゆえの行動はまるっと、このキャラクターの役そのものだったらしい。
 その自然な演技たるや、とても酔っ払いには見えなかったとの話だ。
 それだけでも十分黒歴史なのだが、さらにこれが決定的な黒歴史となる事件が起こった。

 全て人から聞いた話なのだが、その事件は別のクラスがやっていた模擬店で起こったらしい。
 中学の文化祭に似つかわしくない男の怒鳴り声、そして給仕姿の女生徒に絡むおっさんの姿。
 鞠菜中学の文化祭は学生以外の入場も認められているので、おっさんがいるのは別におかしくはなかったのだが、どうやらそのおっさん、来る前に飲酒をしていたらしく、酔っ払った挙句女生徒に絡んでいたらしい。
 不幸なことに、その時たまたまその区域に巡回中の教師の姿はなく、情けないことに男子どもはそこに仲裁に入る者は誰もいなかった。
 そこへ、あたしはなんのためらいもなく、おっさんと女生徒との間に割り込んだ。

 多分役になりきっていたためなのだろう。
 そのときのあたしは地味で目立たない存在などではなかった。
 普段のあたしであれば考えられない行動だ。
 酔っ払っていたから、出来たことだと思う。

「いや、見たかったわ。あんたが酔っぱらいのおっさん叩きのめして追っ払った姿」
「…叩きのめしたんじゃないわよ。手を掴んでひねって、警察呼ぶぞって脅したら逃げてった、て聞いたけど…」

 あくまで記憶がないので全て憶測でしかないのだが、その時のあたしは多分過去の自分の中でも最強の存在だったと思う。
 クラスの演技指導を担当した生徒がやたらと臨場感を求めたため、戦闘シーンのある役者全員、クラスメイトの柔道部の生徒から指導を受けていたのだ。
 その時についでにと護身術も習っていた。
 今ではほとんど忘れかけているし、同じことをまたやれと言われても無理だ。
 だが、それが幸か不幸か見事に技が決まって、脅しの効果かおっさんは情けない声をあげて、逃げていったとか。
 おっさんを追っ払って周囲が拍手喝采の中、助けた女子生徒から名を問われたが、あたしが答えたのは役名。
 あたしはちゃっかり劇の宣伝に利用した。
 自分ながら、役者魂にあっぱれだね。

 出来事に固まっていた主役たちを呼んで挨拶をさせて、その場を収めた。
 あの時のあたしはあたしであってあたしではなかった。
 今考えても、それは本当にあたしだったんだろうか?
 みんな夢でも見たんじゃない?集団で白昼夢とか。

 そんな絶好調なあたしは劇中も酔っ払ったままだった。
 迫真の演技で役をこなして、最後の出番を終えて、舞台裏に引っ込んだと同時にひっくり返ったらしい。
 その後は目覚めることなく夕方まで爆睡し、文化祭の片付けに参加すらできなかった。

「いや、あのロミジュリは未だ鞠菜の伝説らしいよ?
 あんたのおかげか劇は超満員の上に立ち見の客で外まで溢れたんだから大成功だったわね。
 特にあんたが出るたびに女子生徒からキャーキャーと、なんか主役食ってたよね、本気で」

けらけらと笑う香織が悪魔に見える。このドSめ。

「やーめーてー。黒歴史やめてー」
「いや、あれは誰だったんだって。その後の問い合わせも殺到してさ。
 なんか芸能関係者のスカウトマンからの問い合わせもあったとか聞いたけど?」
「そんなこと知りません!」

 そうなのだ。
 あの時来ていた父兄に演劇関係者とかがいたらしく、変な噂が蔓延し、なぜかあたしにスカウトとかきていた。みんな酔っぱらいの演技だというのに…見る目ないな。
 もちろん、全て丁重にお断り。
 あたしの正体は秘密だから、窓口兼監督役の生徒がすべての応対をしてくれた。

「その後も人気は収まらなくて、あんたのやった役の非公式ファンクラブまで登場して、それがまた近隣の学校にも鞠菜の王子様の噂広まって、ぶぶぶっ!」

 香織の笑いは収まらない。
 全く、人ごとだと思って。

「聞いた話じゃ、鞠菜のあの時の王子様は誰だったかのトトカルチョも…」
「そんなことまで!…まさか香織。あの後、誰にもそれ話してないでしょうね」
「話してないわよ。心外ね。あの時の配役が誰だったのか、一生誰にも話さないって配役決めた時全員一致で決めたんじゃない。守るわよ、約束は」

 そうなのだ。
 実はみんなに楽しんでもらうため、配役はクラス内だけで止め、稽古も極秘で行っていた。
 目立たない組が配役を受ける条件として示した結果だ。
 絶対に誰が何の役かばらさない。
 まあ、それが謎を呼び、人気も出たし、終わったあとすら、あたしたちのクラスにあの時の配役を探る新聞部が連日押しかけたりもしたものだ。
 だが、それに答える皆の答えは「さあ、どうでしょうね?」と意味深に微笑むか無言を貫くか。
 かくてそんな秘密を共有しあったあの時のクラスは、中学三年の間でも一番仲の良かったクラスだ。
 別々の高校に進んでも、今だに連絡を取り合っているものも多い。

「まあ、結局主役ふたりは演劇に目覚めて、演劇有名校に行っちゃったからバレたようなもんだけど」

 そうなのだ。ロミオとジュリエット役の子はその後、それまでの引っ込み思案が嘘のように活発になり、自らスポットライトを求めるような性格になり、今ではどこぞの劇団に所属までしているらしい。
 あんなに人前を嫌がっていたのに、人生とは何がきっかけに変わるかわからないものだ。

「知ってた?あの二人、あの時あんたに人気持って行かれてすっごく悔しかったんだって」

 それが原因で演劇にのめり込んだって話、との香織の言葉に吃驚する。

「だからかぁ~、なんか文化祭終わったあたりからよそよそしさは感じていたけど。悪いことしちゃったなあ」
「それは気にしなくてもいいんじゃない。
 あんたたちあの時はプロの役者でもなんでもなかったんだし。
 あの後、あの二人あんたに謝っといてくれって言ってたよ?変な嫉妬してごめんって」

 香織に元クラスメイトの近況を聞き、少しだけ胸が暖かくなった。
 中学は本当に楽しかった。気のいいクラスメイトたち、楽しいことばかりで今のあたしの心の拠り所となっている。
説明ばかりで申し訳ない。
もう少し、環の過去です。
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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