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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

帰郷

「ひぷすっ!」

 くしゃみ一発、ゾクリと背筋に走った悪寒に思わず、腕をさすった。
 …いかん、なんだか頭が呆とする気がする。
 もしかしてしなくても風邪をひいたのだろうか。

 考えられる原因とすれば、数日前の頭上から水をかけられたいじめだ。
 あの後、残念会長の声を振り切り、まっすぐ寮に帰った。
 自分で思ったより冷えていたみたいで、早々に風呂に入り、葛根湯を飲んで寝たのだが、翌日からなん だか喉の調子がおかしい気はしていた。
 それでも、なんとかその週の学業はこなし、現在週末である。

 実は、現在あたしは裏戸学園にいません。
 裏戸学園は全寮制だが、週末の帰宅を禁止はしておらず、割と自由に学外に出られる。
 許可さえ取れば、外泊も可能だ。
 祝日が重なった珍しい週末だったため、あたしは外泊許可を取って学外に出ていた。

 実はこの週末、予定を入れるつもりは少しもなかったし、まして学外に出ようなどとも思っていなかった。
 だって、学園から街に出る交通費も馬鹿にならないし、あたしの実家は遠く、たかだか数日の休暇で帰れる距離ではなかったから。

 しかし、今あたしは学園でない場所にいる。
 それはなぜか。
 もちろん聖さんが原因ですよ、はい。

「ねえ、環ちゃん。今週末、連休だねぇ~」

 そんな言葉から始まった、彼女の上目遣いの表情に嫌な予感を覚えるのは、もはや日常と化しつつあった週末直前の夜。
 聖さん曰く、双子に休日の遊びの誘いを受けたのだとか。
 その話を聞いた時にまず思ったのが、現在聖さんへの好感度は双子が最も高いということだった。
 ゲーム知識によれば、大体このくらいの時期にゲーム内最初の好感度判定イベント、週末デートがある。
 そのお相手がその時点で最も好感度の高い相手が誘ってくるので間違いはないだろう。
 だが、人ごとのように思えたのは、その時まで。
 あろうことに、その約束に聖さんはあたしを誘ってきたのだ。

 それってデートだよね?デートイベントだよね、間違いない。
 なぜ、デートに他の女子を誘う?
 あまりのことに、混乱した。神経を盛大に疑います。
 どう考えてもあたしはお邪魔だろ!
 身の置き所がないのは必至。新手のいじめか!?

 彼女いわく、双子は二人で女の子も二人いたほうがちょうどいいとか、一人じゃ心細いとかなんとか。
 …いや、それなら多分誰を誘っても喜んでついてきてくれるでしょう。
 双子は人気者だ。おそらく権利をオークションにだしたら五桁はくだらない値段つくんじゃない?
 あたし絶対にゴメンだけど。

 だが相変わらずのKY聖さんは、目は本気(マジ)だった。
 多分休日の予定がないと言ったら確実にイベントに巻き込まれる。
 予定があると嘘をつき、寮に引きこもることも考えたが、聖さんに嘘をつくと変な死亡フラグが立ちそうだったし、下手に学内にいてイベントに巻き込まれるのもごめん被る。
 身の安全を考えて急遽予定を作らねばならなくなったのだ。

 とはいえ、母のもとにはいけない。
 現在、母はあたしが寮に入ったのを機により稼げる遠方の仕事に就いているため、母のもとに行くと長期休暇でもないと学園に帰ることが困難なのだ。
 それに学期途中に母に会いに行けば変な心配をさせてしまいかねないので却下だった。
 だが、お金もそんなにないし、連休中に学外へ出るなら、外に宿泊場所を確保しなければならなかった。
 あたしにそんな当てはひとつしかなかった。

「なに、環?風邪?」

 あたしのくしゃみに反応したのか、隣で手にしたトングを無意味に開閉していた香織が聞いてくる。
 彼女の名前は、藤崎香織(ふじさきかおり)
 あたしの幼馴染兼親友であり、現在あたしがお世話になっている避難先の娘である。
 自毛で癖の強い肩までの髪を三角巾で覆い、店の制服である藤色の着物の上にロゴ入りのエプロンを付けている。
 彼女の家は地元密着型の和菓子店であり、現在あたしは香織と共に、その店番をしている。

「あ、大丈夫。たいしたことないから」
「本当?あんたの大丈夫って当てにならないから」

 疑いの眼を向けられ、少しだけむくれた。

「そんなことない。大丈夫だから」
「まあ、そう言うなら別に言わないけどさ。あんまり無理しないでよ」
「わかってるって」

 香織は下に弟がいるせいか、妙に世話焼きなところがある。
 兄弟がいないあたしにとっては、同い年だけど、どこかお姉さんみたいな存在だ。
 その関係は出会った頃から全く変わっていない。

「…それにしてもなんかあったの?
 いきなり来て、いきなり泊めてなんて…」

 確かに。
 頼れるのが彼女の家しかなかったとは言え、前日の夜に急ではいきなりすぎたと反省した。

「ごめん。やっぱり急すぎたよね」
「別にそこは問題ないけど。あんたからのお願いなんてめったにないし。
 父さんも母さんも嬉しそうなんだから問題ないでしょ?
 むしろ、店番手伝ってもらって、こっちのほうがごめん」

 母さんがあんたが来たから「今夜は奮発してすき焼き」てお肉買いに店番放り出すから、と唇を尖らせる香織の姿にあたしは自然と笑った。

 彼女とは小学校からの付き合いで、家族ぐるみの付き合いがある。
 シングルマザーである母を香織の両親は気遣ってくれて、母の仕事が忙しい時などはよく彼女の家に泊めてもらっていた。
 彼女の家はあたしの第二の実家とも言えるのだ。
 香織のお父さんとお母さんも優しい人たちで、彼らの娘である香織と分け隔てなく接してくれた。
 早くにお父さんを亡くし、忙しい母ともあまり一緒にいられなかったあたしにとって家族を味わわせてくれた大事な人たちだ。

 だからこそ、あまり負担をかけたくなくて、高校に入ってからあまり連絡を取らなかった。
 裏戸学園での生活は、あたしにとって全部ではないけれど、彼らに笑って話せるような内容ではなかった。
 変に心配させたくなくて、連絡は最低限にしてしまっていたのだ。
 思えば不義理なことをしてしまったと反省する。
 よし、もう少し連絡の頻度を上げよう。

「そう言ってくれると助かる。ありがとう」
「気にしないで。あんたとあたしの仲でしょ…で、どうなのよ?」
「なにが?」
「『なにが?』じゃないわよ。今日はなんでいきなり帰ってきたのよ?」

 冷や汗が流れるのを感じる。
 やっぱり、さきほど故意にその会話を避けているのを気づかれたらしい。
 できれば聞かれたくなかった話題だった。
 しかし正直なことは話せない。
 そもそも誰が信じようか。
 この世界がゲームで、あたしはその知識を持っていて、その死亡フラグから逃げるためにここに来た、などと。

 それに、香織たちはあたしが裏戸学園に入ることもあまり良い顔をしなかった。
 裏戸学園は有名なお金持ちの学校で、庶民のあたしが馴染めない可能性が高いから。
 香織もそのご両親もありがたいことにあたしのことを実の家族と同じように思ってくれている。
 学費が払えないなら、出世払いで出してやるから香織の通う地元の公立高校に進学しろ、とまで言ってもらったのは本当に涙が出るほど嬉しかった。
 だからこそ、迷惑かけちゃいけないって思った。
 ましていじめを受けているなんて知った日には絶対に即転校させられる。
 そんな人たちだ。
 ただでさえ迷惑かけ通しの人たちにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
 ごまかすためにあたしが出した答えは。

「それは…、なんとなく?」
「嘘つくな。あんたがなんの理由もなく帰ってくるわけないじゃない」

 一蹴されてしまった。
 さすが付き合いが長いだけに騙されてくれないか。
 だが、本当のことは話せないので、なんとかごまかす方向に持っていく。

「本当だって。まあ、ルームメイトと一緒にいたくなかったっていうのがあるけど」
「え?ルームメイトって、あんた半年前にいなくなったって…」

 あ、しまった。聖さんの存在ごと話してなかったか。
 あたしは掻い摘んで、聖さんのことを話した。
 もちろんゲーム知識や吸血鬼なんてことは全面的に伏せさせてもらいましたが、なにか?
 とはいえ聖さんの奇行っぷりを話してやれば、さすが親友、あたしの気持ちをわかってくれるのか、どんどん顔がこわばっていく。
 一通り話し終えた後の、香織の表情は。

「…その、なんていうか。頑張れ」
「うん」

 その言葉でなぜか涙がでそうになるのは何故なんだろう?
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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