ウェブ時代のジャーナリズムを再定義する 佐々木紀彦さん

2014年08月05日

ささき・のりひこ 1979年生まれ。慶応大総合政策学部を卒業後、東洋経済新報社に入社。東洋経済オンライン編集長などを務め、今年7月に新興のウェブメディア「NewsPicks」編集長に就任した。
ささき・のりひこ 1979年生まれ。慶応大総合政策学部を卒業後、東洋経済新報社に入社。東洋経済オンライン編集長などを務め、今年7月に新興のウェブメディア「NewsPicks」編集長に就任した。

 この夏、メディア業界の話題を独占した移籍がある。今年7月、東洋経済オンラインで編集長を務めた佐々木紀彦さん(35)が企業・財務情報のプラットフォーム「SPEEDA(スピーダ)」を販売する「ユーザベース」が手がける新興のウェブメディア「NewsPicks(ニューズピックス)」の編集長に就任した。東洋経済オンラインで30代〜40代をターゲットに据えたリニューアルを手がけ、ユーザー数を拡大させた佐々木氏は新天地で何を目指すのか。伝統的な紙メディアからウェブメディアに人材流動化は起きるのか。ウェブ時代のジャーナリズムのあり方などを聞いた。【聞き手・石戸諭/デジタル報道センター】

 ◇コンテンツだけで課金は成功しない

 −−「NewsPicks」は経済をメインにしたウェブメディアとして独自コンテンツも配信し有料課金を目指すとのことですが、どのようなやり方を考えていますか。

 佐々木さん ウェブで課金を成功させるためにはコンテンツだけではダメで、サービスとコミュニティーの両方が必要なのだろう、と思っています。レストランで例えると、コンテンツは料理ですよね。でも料理がおいしいだけでは人は集まらない。例えば接客する人のサービス、雰囲気やデザイン、集まっている客層−−で決まってきます。ウェブで言えば、雰囲気やデザインはUI(ユーザインターフェイス)です。

 いまのメディアは、料理はそこそこおいしいとしても、接客や内装・デザインといった点ではまだまだ改善の余地があります。これではデジタル時代は生き残れません。コンテンツは編集者やジャーナリストが作れますが、サービスやデザインを良くするにはビジネスのプロやエンジニアが必要です。でも、こうした分野の人たちは既存のメディア企業にはやっぱりいない。いたとしても、数人を引き抜いただけでもダメで、集団でいないと難しい。ここ(「NewsPicks」)には、そろっていますからね。

 これからの挑戦は日本で初めてのことになります。勝算があるかと聞かれると、それはまだ正直、わからないですね。

 −−具体的に伺います。サービスというと例えばセミナーであるとか、筆者と読者が直接つながる空間を作るということが想定できます。あとコミュニティーですが、ネットのアーリーアダプター層、知的好奇心の高く野心的なビジネスパーソンを狙うという感じですか。

 佐々木さん そうですね。加えて言うとインフルエンサーですね。周囲に影響を与えられる人たち。ブームを作っていける人たち。今の状況を守るよりも、新しいものを作っていきたい人たちですね。起業するという意味だけでなく、例えば企業内で新しいことをやろうという人たちもいます。ターゲットは広く持ちたい。だから、年代で区切る気もありません。メンタリティーや思想で区切れば十分でしょう。20代でも保守的な人はいるし、50代であっても60代であっても新しいことをやりたい人はいる。だから年代は意識しないようにしようと話しています。

 −−東洋経済で30代をターゲットにした戦略とは違うことをやりたい、という意味でしょうか。

 佐々木さん 東洋経済では50代〜60代の人たちは紙メディアで押さえていたわけです。それとは違う読者層を狙いたくて、若年層ターゲットを明確に打ち出してコンテンツをそろえました。でも、ここは何も始まっていない無のメディアなので、変に若者に絞る必要もないだろうと。経済に興味があって、しかも意識が高い人を全体で狙っていきたいと思っています。

 料理は他のメディアから経済情報のキュレーションをする、加えてオリジナルコンテンツも出していく。オリジナルは有料中心で作っていきたいと思っています。あとは世界中のメディアと契約して、翻訳記事をいち早く紹介する。この三つを中心にやっていきます。意識が高い人を狙う以上、海外の最先端の情報が必要です。より深い情報を欲している人のニーズに応えたいと思っています。既にあるものをやる気はなく、よって既存メディアと競争する気はありません。変に競っても意味はないので、今の市場にないメディアを作りたい。

 −−佐々木さんご自身が書き手として活躍するということにはならないのでしょうか。

 佐々木さん そうですね。書くのは好きですが、私が書いていると全体が回らなくなりますから、しばらくはプロデューサー的な仕事がメインになります。別に自分が書き手として超一流だとは思っていませんから、ちゃんとした書き手に書いていただけるように環境を作っていく仕事にまずは注力したいです。

 ◇既存のジャーナリズムと新しい分野の力の組み合わせを

 −−今のメディア業界のままでは書き手やコンテンツ制作に魅力を感じている人も減る一方かな、と思っています。

 佐々木さん 書き手になる魅力がないですよね。そこに私自身も問題を感じています。

 書き手になりたい人の行き場所が少なくなっているのかな。新聞も雑誌もテレビも魅力的なんですが、以前と比べるとちょっと。文字を書きたいという人がいるとしたら、新聞は昔ほど勧めないなぁ。雑誌は何をやりたいかにもよりますが、幅広くできますしね。経済誌とか専門誌系も良いとは思いますが……。でも、もう以前ほどの憧れの職場ではないですよね。

 一方で活気があるキュレーション系のウェブメディアはエンジニアが主役ですよ。コンテンツを作りたい人はキュレーションメディアには行かないでしょう。私もNewsPicksがオリジナルコンテンツを作るという話がなければ移籍することは無かったでしょう。

 −−新聞業界はメディア志望者のキャリアのスタート地点としてはありえるのかな、と個人的には思っています。特にウェブも含めたジャーナリズムの世界で何かやりたい、という野心がある人のスタート地点としては悪くないな、と。

 佐々木さん その意味では新聞はありだと思いますが、野心をもって「個」として活躍している人がどの程度いるのかなぁと思っています。確かに新聞記者は取材力もあって、ファクトも取ってくるし、すごく優秀だと思っていますがトータルで作品を作る力が弱いと感じます。

 −−そこはまさに意識が問われるとひしひしと感じています。人から言われたことだけやって、トータルでみる力が弱りますね。全体を考えないパーツ屋になる。

 佐々木さん ちゃんとした決意があればいいとは思いますが、担当が細分化されすぎている印象があります。いま価値を生むのは分野を横断して、ストーリーを紡ぐ記事。これが一番良い記事なのですよ。これは世界共通です。若いうちにこうした機会が与えられるか。細分化された担当制ではできないし、ある程度の年齢になってから挑戦しても遅すぎるのではないでしょうか。

 −−ネットの世界は自分がやりたいことをトータルでパッケージングして配信する場なので、その辺の悩みとは無縁ですが、やはり自分の読者のニーズや読みたいものを感じ取って売り出さないとコンテンツが誰にも読んでもらえない。もっと考えないと、と日々思っています。

 佐々木さん みんな同じ悩みを抱えていますよね。今まで成功の方程式がない分野なので、面白いです。これからのジャーナリストは第1人者になれる可能性があります。我々のようなニューメディアも良いジャーナリストを育てていかないとダメだと思うので、既存メディアと良いジャーナリストを生み出す競争はしていきたいですね。

 しかし、読者にどう読まれるか、届けるかという悩みとは無縁の時代に育ってきた人が上の世代には多いと感じます。彼らはこうした考えにはなじみにくいかもしれません。もし私が上の世代だとしたら、今までとは明らかに違う流れなのでなじめなかったと思います。

 もちろん上の世代から学ぶことも多くあります。書き手としての能力に秀でた人もたくさんいますからね。しかし、それだけでは十分ではない。今までのジャーナリズムの良い部分を学び、新しい分野の力を組み合わせて、新しい体系を作る人が出てこないといけないのでしょう。

 −−やはり、ネットメディアにもジャーナリズムが必要という点に回帰する。

 佐々木さん ネットが遅れているというよりは、単に今までのジャーナリズムの世界を経験した一流の人の参入がほぼないということだと思います。一流の人ほど紙でも良い仕事をするし、お金も恵まれている。ネットに移るインセンティブがわかない。この状況は変えていきたいですよね。

 −−個別の記者が評価されるインセンティブがあれば変わるかなぁと思います。これまでのイメージを変えて新しい価値を生み出すやり方はあるのかな、と。

 佐々木さん まだまだメディアの中心はテレビのプロデューサーであり、新聞記者ですからね。どんどん「個」が注目されていく仕組み作りが必要だと思います。いまあるメディアの世界から記者はもっと飛び出してほしいと思っています。あるいは、彼らに光を当てていく仕組み必要でしょう。職人気質の記者のコンテンツをいろんな形で出していけば、もっと読まれる可能性が広がります。きらりと光る「個」の出し方を工夫すれば新しいことができると思う。

 いまの新聞各社は体育会的な優等生が集まり、飛び抜けたスターは多くないけれど粒はそろっている−−といった印象はありますが、これからはスターを生み出していけるか。外の世界で勝負できるかがポイントになると思いますね。

 −−ネットと紙の関係はどう考えていますか。私は使い分けだと思っていますが……。

 佐々木さん 変に対立させる気はないですよ。本はやはり価値がありますよ。電子化も踏まえて、ページ数は考え直す必要がありますが、やはりパッケージとしては優れています。私も著作(「5年後、メディアは稼げるか−−Monetize or Die?」(東洋経済新報社))にいちばん反響があります。これまで書いたどんなネットの記事よりも反響がありますね。一冊でまとめて読めるというのは、それだけで価値なのだと思います。ネットと紙の今後も探っていきますが、いま起きていることは歴史の繰り返しでもあります。

 ◇ジャーナリストの役割、再定義が必要

 −−確かにネットという新しいツールを手にして何ができるのか。メディアの歴史を繰り返している印象は受けます。そうだとすると、今の文脈で例えばジャーナリズムはなんで必要なのか、といったことが見直す必要がある。

 佐々木さん そうです。ジャーナリズムとは何かをもっと見なさないといけないと思います。今までのやり方ではユーザーに刺さらない。アメリカなら民主主義を守るということが価値になっている。アメリカとは違うので、日本においてジャーナリズムは何のために必要なのかを考えたい。「権力監視」といった大きな言葉ではなく、ジャーナリストの役割を新しい言葉で再定義する必要はあります。権力との戦いは必要ですが、戦うために戦うではなく「なんのために」が必要になります。

 −−評論家の荻上チキさん(シノドス編集長)が言うポジ出し(ポジティブな改善策を出し合い)という言葉がヒントになるような気がしています

 佐々木さん なるほど。私が考えているのは社会のモデレーター(司会者)というイメージですね。アジェンダセッティング(議題設定)が下手な司会だと会議や議論がうまく回らないですよね。今の新聞のようにファクトを取ってきて提示することに加え、議論を回す、活性化させるのがモデレーターの役割です。見たこともない意見を世界から仕入れて、頭を刺激するとかね。これが新しいジャーナリズムの役割だと思うのです。モデレーターとして社会にインパクトを与えることも大事です。

 −−新しく、見たこともない、聞いたことがない意見も掲載されている。そういうメディアを作っていきたいという思いは非常によく分かります。

 佐々木さん ジャーナリズムやジャーナリストの仕事、役割を再定義すれば相当面白い仕事になると思いますよ。再定義をすればね。それができて、読者に必要とされればお金もついてくるでしょうし。

 それでも、行動できない人も多いでしょう。でも、言い続けていけば、どこかには届くかなと期待はしています。あとは自分で意思決定できる環境が大事ですね。いまの既存メディアの一番難しい点は単純で、結局は高齢化です。創り手も読者も高齢化して、新しいチャレンジに消極的になっています。若くて優秀な人がコンテンツをすべて決められたら良いのですが、壁があるのはどこも同じではないですか。人間、一度型ができてしまうと大きくは変わらないですよね。新しいもののほうがやりやすいと思う。

 東洋経済でオンラインの編集長をやりたい、と言ったのも、今回「NewsPicks」に移って新メディアを創るのも、自分でやったほうがうまくできると思ったからです。多分にうぬぼれもあると思いますが……。

 今のメディア業界には、今のまま、現状がベストと捉える人もいますし、チャレンジしたくない人もいます。そうした人たちにチャレンジを強いるわけにもいきませんし、私にはそんな権利もありません。それよりも、歴史や海外に学びながら、新しいメディアをゼロから創ったほうが、社会に大きなインパクトを与えられるのではないかと思いました。

 私にとって会社は優先順位の3番目。1番はどの業界で仕事をして、社会にインパクトを与えられるか。2番目は自分。3番目が会社。外でできることが広がっているなら、外に行こうと思いました。特にジャーナリストは会社のために生きるより、社会に貢献することや個人で生きることが大事じゃないですか。やはり、ジャーナリストは権力、大衆に加えて、会社からも自由でないといけない。

 昔に回帰するという意味では独立心も取り戻すことも大事です。考えてみれば、昔はもっと独立していました。石橋湛山しかり、高橋亀吉しかり。もっと自由にジャーナリズムが追求できる環境を「NewsPicks」で作っていきたいと思います。

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