僕は徳島県を代表する特産物のすだちが好きで、このブログですだちの収穫体験や、すだち石けん、すだちくんのプロフィールをこのブログで記事にしてきましたが、遂にすだちくんのデザイナーにまで辿り着く事が出来ました!!!(今回長いですっw)

[すだちくん、生みの親]
どうしてこんな事になったかというと、よくXTHREEEに来てくれる常連さんの通称マツジュンとすだちの良さについて、アツく話しをしていた時に
「そういえば、家の近所にすだちくんをデザインした人がおるよ」
と聞いたのがきっかけとなり、すだちくんの事を色々知りたい一心で、あつかましくも電話帳で連絡先を調べさせて頂き、早速電話をしてみる事にしました!
その結果、なんとスムーズに、ご本人と直接お話しをする事ができましたっ!!すだちくんの産みの親である、中 幸子さん(旧姓:溝渕 幸子さん /以下SACHIKOさん)は、すごく丁寧な口調で、緊張して噛みまくりの僕の質問にもきちんと答えてくださり、後日XTHREEEでお会いできる事となりました!!!やったーっ!!!
そして当日…
もうソワソワの僕はSACHIKOさんが来る約束の時間の1時間も前から店内をグルグル…
「一体、どんな方なんだろう…」
「電話では、優しそうな感じなんやけど…」
「迷惑なんちゃうかな〜」
「うまく話せるかな…」
「うお〜っ緊張する〜」
などなど考えていると、あっという間に時間は過ぎて、車に乗ったSACHIKOさんが遂にXTHREEE前に到着っ!!車をパーキングに案内し、すぐさまはじめましての挨拶と自己紹介をさせてもらいましたっ!

この方がすだちくんの生みの親で、今回わざわざXTHREEEまで来ていただき「すだちくん」についての取材を快く受けてくださったSACHIKOさんです。写真の通り、明るくステキな方で僕の質問にも丁寧に答えてくれました!SACHIKOさん、本当にありがとうございました!!!


すだちくん関連の資料も持参していただいたので、当時のお話を聞きながら。その資料を読んでいくと色んな事実が分かってきました。まず、すだちくんができたのは、SACHIKOさんが小学校5年生の時(1990年)の、東四国国体のキャラクター公募なんだそうです。
なんでも当時、担任の先生の旦那さんが国体局に勤めていたのがきっかけで、クラスメート全員が学校の宿題として応募したらしく、後日、校内放送で名前を呼ばれたSACHIKOさんは、『私、何したんだろう…』と怯えながら校長室に行くと校長先生と担任の先生がいて(これはビビるっ)SACHIKOさんが描いたすだちくんが東四国国体のキャラクターに選ばれた事を聞かされたんだそうですっ!!(凄っ!!)


左:すだちくん生誕15周年を掲載した新聞。右:SACHIKOさんオリジナルすだちくん。
SACHIKOさんがデザインしたすだちくんは、サングラスを掛け、マントをまとって当時流行っていた『バットマン』や『スーパーマン』のテイストを取り入れたんだそうです。
当初はキャラクターの名前も、後日公募をする予定だったのですが、SACHIKOさん(当時11才)が、提出の際にイラストの脇に『すだちくん』と描いて提出した為、キャラクターの名前の公募をする手間も省けたんだそうです。


左:夢中で当時の新聞記事を熟読中。 右:FUNZONEをチェックするSACHIKOさん。
SACHIKOさんが持ってきてくれた当時の新聞にすだちくん誕生の面白い記事を発見しました。新聞によると公募展には国体局の予想を大きく超える1570点もの作品が届いたとのこと。そのあまりの応募数の多さに、国体局職員の方で予備審査を行い、100点余りを不合格にして、残りの作品の中から大学教授やプロのデザイナーらでつくる国体広報委員会に選定してもらう形をとりました。
しかし一通り見終えた委員会の方から「予備審査で不合格になった作品も見てみたい」との要望があり、予備審査を通過できなかった作品が、もう一度、見直される事にっ!なんと!その結果、一度は不合格になったボツ作品から、SACHIKOさんの描いた「すだちくん」が奇跡の逆転満塁ホームランで、見事選出されたというのですっ!!!

ゴォーール!!
SACHIKOさんの描いた「すだちくん」は、当時の審査を行った国体広報委員会の一人であったグラフィックデザイナー 宮本 光夫さんの目に留まり、宮本さんご自身の手で、SACHIKOさんのそのキャラクターの良さを残して現在のすだちくんにアレンジされたんだそうです。
へぇ〜。全く知らなかった〜。感動ですっ!!すだちくんの誕生の裏側には、そんなエピソードが有ったとは…。つまり、すだちくんの「生みの親」が「SACHIKOさん」なら、「育ての親」は「宮本さん」なのですね。例えていうなら、鉄腕アトムでいうところの「天馬博士」と「お茶の水博士」といったところでしょうか。
その話を聞いてしまった以上、僕は興奮状態で居ても立ってもいられなくなり、ふと…
「宮本さんと連絡取れないかな?」
という想いがよぎり、もっとすだちくんについて知りたい一心で、SACHIKOさんにも、相談しつつ新聞に書いてある宮本さんの住所から電話帳で調べて電話をかけてみる事にしてみました…
ドキドキ…ドキドキ…
心臓の音がはっきり聞こえるぐらいの緊張と、うまくしゃべれるか心配のダブルパンチ!
「はい、宮本です」
「あっ、わ、私、佐藤と申しますが…」(佐藤:キャロルの本名)
そこからは何をしゃべったのかはあやふやですが、頭の中で強く念じていた自分の持ち味だと自負する「アツさを伝えなければ」という気持ちで、シドロモドロになりながらも、今回電話をさせて頂いたいきさつを話した結果、宮本さんは快くすだちくんについてお話を伺う機会を作ってくださり、なんと翌日に宮本さん宅に伺う事になりましたっ!!
うお〜っ!電話してみるもんだ〜!
しかも、宮本さんに、今、SACHIKOさんも一緒にいる事を伝えると…
「少し代わってもらってもいいですか」
との事っ!!(いいですとも〜ぅ!!!嬉っ)
早速、SACHIKOさんに電話を渡しました。
後から知ったのですが「すだちくんの生みの親のSACHIKOさん」と「すだちくんの育ての親の宮本さん」は意外にも会った事が無いらしく、それどころか、話しをする機会すらなかったらしいのです!電話越しに伝わってくるお互いの想い。それはまるで、孤児(みなしご)のハッチがお母さんに出会った瞬間のような…(大袈裟だけど)…それもそのはず、なんと17年越しの会話です!!!
いや〜っ!電話してみるもんだ〜!
SACHIKOさんが宮本さんと話せて、とっても喜んでくれていたので、僕も目頭がアツくなってしまいました!だって17年間という年月を経て、少しの時間ではあったけど(しかも電話だけど…)大変意味深い瞬間に立ち会えたのですから…。それだけで十分、今回の取材には意味が有ったと実感しましたっ!!


左:いい表情してますね!14歳の時のSACHIKOさん。
右:すだちくん「ママ〜っ☆」かなり昔のすだちくんのぬいぐるみ、大事にされて幸せそうです。徳島県からいただいたそうなのですごく貴重です!今のすだちくんとは違うカラーリングが初期感を感じさせます!!
SACHIKOさん、お忙しい中、貴重なすだちくんの話や体験談、貴重な貴重な時間を、本当にありがとうございました!取材していて思った事なのですが、「SACHIKOさん」と「すだちくん」の中の、「母」と「子」の純粋な愛を心から感じる事ができました。
・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜゜・。。・゜☆
次は11月3日(文化の日)の国文祭でお会いしましょうねっ!!!

[すだちくん、育ての親]
そして日は変わり、翌日…
電話帳で調べた宮本さん宅の住所近くのコンビニから電話をすると、宮本さん本人がそこまで迎えにきていただける(恐縮ですっ!)という事なので駐車場で待つ事に。その間、昨日から考えていた、宮本さんに聞く質問を頭の中で復習していると、すごく優しそうでどことなく凄みのある雰囲気の方が僕に会釈をしながら歩いてきました…
「こんにちは、宮本です」
「あっ宮本さんですか? 佐藤です。お忙しい中、どうもすみませんっ!」
SACHIKOさんのすだちくんをアレンジしたのは、この人なんだぁ!…と、感動しながらも、早速、宮本さんの案内で、コンビニから少し歩いた所にある「株式会社 宮本光夫デザイン事務所」へお邪魔させていただきました!
そして二階にある仕事場(デザインルーム)に案内して頂くと、そこには膨大な量の「すだちくん」がっ!!まるで、すだちくん資料館っ!!!僕は興奮と緊張が入り交じった状態で、壁や棚に貼られたたくさんの資料や書類を見渡していると、その情報の多さに余計緊張感が増してしまいました…(汗)…がっ!しかしっ、今日はすだちくんについていろいろ聞く事が目的っ!勇気をだして、宮本さんに質問しなければっ!!
「み、宮本さん、あ、あの〜、すだちくんの資料を見せていただきたいのですが」
とお願いしたところ、宮本さんは快く「いいですよ」と棚にズラッと並べられていた綺麗にファイリングされているすだちくん関連の資料を取り出してくれましたっ!!その資料の多さに、僕は更に大興奮っ!!!見た事ないすだちくんがい〜っぱいっ!!!



左:これが東四国国体のマニュアル本ですっ!ページをめくる前からドッキドキ!!
中:すだちくんの横にいるのは香川県のマスコットキャラクターのオリーブ君です。
右:種目別に様々なバージョンのすだちくんが何ページにも及び掲載されてました!

今現在、徳島県で使われているマスコットキャラクターのすだちくんのディレクションは、このグラフィックデザイナーの宮本 光夫さんによって展開されているんだそうです。写真の宮本さんが手に持ってらっしゃるのは東四国国体の時(1993年)のすだちくんフィギュアなんだそうっ!激レアっ!!!欲っし〜っ!!!


ありとあらゆるすだちくんのポーズやサイズ、バージョン、東四国国体グッズ、すごいっす… ここでは紹介しきれないたくさんの資料を見せてもらいました!感動ですっ!!


左:宮本さんに無理を言ってファイルの隅々まで見せてもらいました。この頃には興奮状態だった僕の緊張も解けて、ひたすらファイルや資料を読みあさってしまいましたっ!
右:東四国国体終了後、大人気となったすだちくんの今後をどうするか?の記事発見っ!「”第2の人生”さがしてまーす」の、「まーす」に余裕が伺えますね〜w。


左:上の写真で宮本さんが手に持っていたすだちくんのフィギュアは、なんと宮本さん自ら制作した手作り品っ!世界にたった一つしかないすだちくんフィギュアだったのです!しかも初めてすだちくんが立体になった貴重なものっ!
右:そしてこちらが、左のすだちくんフィギュアの量産型。胸の「S」の大きさや、ボディのカラー、頭の毛など細部のディテールが違うのがわかりますよね!
国体の期間限定キャラクターであったはずなのに、今や徳島のシンボルマークと言っても過言ではない存在にまでなっているすだちくん…。こんな事を僕がいうのもおかしいですが、これからも徳島県のマスコットキャラクターのすだちくんを、皆さんどうぞよろしくお願いしますっ!!!
宮本さん、お忙しい中たくさんの東四国国体&すだちくん関連の資料、グッズ、データ、そしてすだちくんにまつわる色んなお話し、本当にありがとうございました!!
僕は今回の取材をして、心の底からすだちくんの事が大好きになりました。この記事を見て「すだちくん、いいよね〜」と、一人でも多くの方に思っていただければ嬉しいです。
街中や、商店街、スーパーマーケット、雑誌、高速道路のパーキングエリアなど、様々な場所で徳島県の為に一所懸命、PR活動を頑張っているすだちくん。しかもその1つ1つのすだちくんの誕生の影には、「産みの親」と「育ての親」の2人の博士のドラマが隠れていると言う事を思い出して下さい…。
そのうちひょっとすると、お茶の水博士がアトムの為に作ったウランちゃんのように、すだちくんに妹ができたりするかもしれませんね!(w)
すだちくん、これからも徳島の為に頑張ってね〜♪♪

は〜い
今日の一句
すだちくん スカートはいてる 男の子?