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公明党もビックリ!学会の異例のコメントが波紋を呼ぶ

公明党と創価学会の「政教分離」見直しか?政教分離とは?

公明党

最近、よく「集団的自衛権」についてニュースなどで耳にするかと思いますが、これに関連して、公明党の支持母体である創価学会がコメントを出したのですが、これが波紋を呼ぶ事になりました。
コメントの内容ですが、「これまで積み上げられた憲法9条の政府見解を支持する」とした上で、行使に際しては「本来、憲法改正手続きを経るべきだ」と主張したのです。

このコメントが政教分離に反するとして問題となっているのですが、コメントの内容だけを見てしまうとなんだか難しく聞こえますね。
簡単に言うと、学会は安倍政権が目指す憲法解釈変更には慎重な姿勢を示した、という事です。

では、なぜこれが波紋を呼んでいるのか?
それは、安部内閣は自公連立政権ですから、今回の集団的自衛権について決める場合、公明党がどういう立場をとるか?協力を得られるか?など、連立を組む公明党の意見(関係)は無視できません。

そして、公明党は今回の集団的自衛権に関しては反対していたものの、集団的自衛権を使える範囲を限定するなどの対応次第では、認めるかどうかを検討しています。
まさに今、党内でも揉めているという感じですね。
また、公明党は学会により支えられているため、その支持者の理解も得られるかどうかもカギとなります。

言い方を選びませんが、公明党だけでなく自民党にしてみても、国政選挙ともなれば今や学会頼りです。
選挙のためにも学会は手放せず、集団的自衛権についても公明党も自民党も学会がどういう立場を取るかは無視できないのです。

更に、公明党内の意見もまとまるかどうか予断を許さない状況という感じですから、このタイミングで学会がコメントを出せば、大きな影響を及ぼす事になるのです。

それに、今回のコメントは安部内閣が目指す憲法解釈変更に対して、学会は慎重な姿勢を示すというコメントでしたので、強い影響を与えるものだと捉えられました。

学会側からしてみれば、「そんなつもりはなかった」と思うのでしょうが、安部内閣の与党である公明党の支持母体ですし、影響力の強さを考えれば、コメントを無視する事はできません。
つまり、今回の学会のコメントは、政治活動に強く関わってしまうものであり、政教分離に反するのではないか?というのが問題です。

そして、問題となる憲法第20条の政教分離ですが、これまでも公明党と創価学会の関係性については、政教分離に反するなど色々な意見がありました。

これに対しては、政党は労働組合や各種団体などから支持される事が認められています。
よって、公明党と創価学会も同類な関係という事だとされています。

ただし、それはこれまで学会が、具体的な政治課題に関するコメントを控えてきたからであり、今回のような具体的な政治課題に関するコメントを出してしまえば別問題となりますね。
だからこそ、ここまで騒ぎは大きくなり、政府・与党内に波紋を呼んでしまったのです。

では、そもそも政教分離の原則って何?
言葉は知っていても、よく分からないという方も多いでしょう。

政教分離の原則とは

政教分離とは、国家(政治)と宗教を分離する原則です。
政治に対する宗教の干渉を防ぐ一方、信教の自由を確保するのが目的で、憲法20条(条文は以下のとおり)に規定されています。
第20条【信教の自由】
 第1項 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
 第2項 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
 第3項 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

では、この条文をもとにして考えた時、公明党と創価学会の関係はどうでしょうか?
先ほども述べましたが、公明党と創価学会の関係は、長い間批判的な意見がありました。
しかし、内閣法制局の答弁の積み重ねによって「政教分離に反するものではない」とされています。

その答弁とは下記になります。

「宗教団体が政治的活動をすることまで排除するという趣旨ではない」:大出峻郎
「宗教団体と非常に密接な関係にある政党に属する公職の候補者が、その宗教団体の推薦、支持を受けて公職に就任し、国政を担当するに至る場合でも、その宗教団体と国政を担当する者とは法律的には別個の存在であります。(中略)宗教団体が政治上の権力を行使しているということにはならない」:大森政輔
「宗教団体又は宗教団体が事実上支配する団体が政治的活動をすることをも排除する趣旨ではない」:宮崎礼壹
「宗教団体又は宗教団体が事実上支配する団体が、政治的活動をすることをも排除している趣旨であるとは考えていない」:佐藤栄作
「政教分離は宗教法人の政治的活動を排除する趣旨でない」:麻生太郎

つまり、創価学会と公明党の関係は法性局の答弁によって容認されていると考える事ができますが、答弁というだけに常に否定的な意見が出てしまうというのが現状です。

また、今回の集団的自衛権に関するコメントを受けては、島勲内閣官房参与が言及しましたね。
「もし内閣が法制局の答弁を一気に変えた場合、(公明党と創価学会は)『政教一致』が出てきてもおかしくない」と言及したのです。

これは、これまでの法性局の答弁によって容認はされていたが、答弁が一気に変われば「政教分離に反する」という事になる可能性だってある!という事ですね。
このように、今回の学会のコメントによって、学会と公明党の政教一致を指摘する声があがってしまったという事です。

きっと公明党にとっても予期せぬ事態だったことでしょう。
これにどう対応するのか?
ただ学会を無視できない立場がある以上、今後の公明党の動向に注目です。

知れば知るほど難し過ぎる政教分離とは?

公明党2

政教分離については、公明党と創価学会の関係性から少し説明しましたが、この関係が政教分離に反するかどうかの議論はとても難しい。

違反してる!という人も多くいますが、宗教が政治に関わること自体は問題ありません。

しかし、特権を持つ組織(宗教法人に限らず)が政治に関わることには問題があります(憲法20条)。
なぜなら、特権そのものが政治の結果に繋がる危険があり、国民の利益より組織の利益のために政治を動かす可能性があるからです。
今回の集団的自衛権に関するコメントもこの点が問題とされたのです。

そもそも、宗教組織が政治活動を優先するなら特権を放棄するべきです。
そして特権の無い単なる宗教社団として政治活動をすればいいのです。
または、特権を優先するのであれば、宗教法人として政治活動を放棄するべきです。

この両方を取るというのは、あってはならないというのが民主制と公益法人との関係の原則ですから。
とはいっても、実際にはその中間の立場をとり、両方の立場を取っているのが現状の創価学会でもあります。
なお、この状態の宗教法人は創価学会だけではありません。

では、なぜこの状態が容認されているのか?
それは、憲法が定める政教分離を徹底していない立法の問題ですね。
そして、中間の立場を長い間容認してきたことで、余計に色々な見解が出てしまいます。
これではますます政教分離を議論するときに曖昧な議論しかできず、今回のように「場合によれば政教分離に反する」的なケースになるのでしょう。

ただ、曖昧にしておいたほうが立法も都合がいい事のほうが多いので、宗教法人が中間的立場を取る問題はなかなか解消しないでしょう。

しかし、こうなるとますます政教分離への理解が困難になりますね。
いったい、どんな場合なら政教分離に反するのか?反しないのか?

有名な判例がありますので、その説明で理解を深めていきましょう。
2つの判例を紹介しますが、どちらも違憲判決(憲法20条の政教分離に反する)となったものです。

『愛媛玉串訴訟(えひめたまぐしそしょう)』
当時の愛媛県知事が靖国神社及び県内の愛媛護国神社に対して、毎年玉串料を戦没者の遺族の援護行政のために、県の公金から支出した行為が問題となりました。
住民は当時の県知事に対し、
靖国神社の例大祭や慰霊大祭に玉串料を公金からだすのはやめろ~
公金から献灯料や供物料をだしていいのか~
この行為は日本国憲法20条3項および89条に違反してる~
などと訴えを提起したのです。

そこで、憲法20条に関しては先ほども紹介しましたが、まず第89条とは?
憲法第89条[公の財産の支出、又は利用の制限]
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

さて、裁判所ですが、
・憲法20条3項の禁止する宗教活動とは何か?
・この玉串料の公金支出は憲法20条3項に違反するか否か?
・本件玉串料の公金支出は憲法89条に違反するか否か?
という3点が争点となりました。

1審では違法、2審では合憲となり最高裁まで突入したわけですが、最高裁では2審が合憲とした部分を破棄しました。

最終的には、愛媛県が公金支出した玉串料は、香典など社会的儀礼としての支出とは異なり、靖国神社という特定の宗教団体に対して玉串料をするもので、援助・助長・促進になるとして憲法20条3項の政教分離と同89条に違反するとしたのです。

これは行為の目的が、「宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になる」かどうか?という政教分離原則のひとつの目的効果基準を検討したうえで、違法と判断されました。
結果、県知事は9回分の玉串料として支出した合計4万5000円などを県当局に返還することになりました。

たったの4万5000円?と思われそうですが、金額の問題ではありません。
公的機関による宗教団体への公金支出が違憲か否かの判断がされたのです。
つまり、「目的効果基準」が厳格に適用された判決となりました。

また、靖国神社という特定の宗教団体が主催する重要な宗教的色彩の強い祭祀との関わりを、県が玉串料の支出を通して持つのは、国もしくは地方公共団体が宗教的意義を目的とした行為だとされました。

特定の宗教への関心を呼び起こす危険性が重要視されたということです。

なお、この判例を見ると、常々話題となる政治家の靖国神社への参拝もダメなのでは?という疑問が聞こえてきそうですね。
ですが、あれは私人として参拝し、私費で支出しているに過ぎないと捉えれば、政治家であろうと容認されることになります。

そして、次の判例は『砂川政教分離訴訟(最判平成22年1月20日)』です。
北海道砂川市所有の土地上に建物があり、その外壁には「神社」と表示がありました。
鳥居と地神宮も設置されていました。

この建物と神社の所有者は連合町内会で、市はこの土地を無償で提供していました。
しかし、住民は市が土地を無償提供する行為は政教分離原則に反する!
土地の使用貸借契約を解除しろ~!
神社施設の撤去及び土地明渡しを請求しろ~!
それをしないのは財産管理を怠っている!
違法だ~

という事から、住民は市に対してその違法確認を求めました。

ここでも、憲法第20条の条文と憲法89条が関連しますが省略します。
さて、裁判所ですが、
市が土地を無償提供している土地は、特定の宗教に対して特定の便宜を提供・援助していると評価されるのか?(20条1項の特定宗教に特権を与える事になるか?)
市が神社施設として土地を無償提供する行為は憲法89条の利用提供にあたるか?
という点が問題となります。

これに対し最高裁は、本件の行為は一般人の目から見て、市が特定宗教に特別の便益を提供し、これを援助していると評価されてもやむを得ないとして、市と本件神社ないし神道との関わり合いが、相当限度を超えるものとして、89条が禁止する公財団の利用提供、20条1項後段の特別付与に該当するものとして違憲状態として、解消するために高裁に差し戻しました。

以上、2つの判例を見て頂きましたが、
どんな場合に憲法に違反するか?政教分離原則に反するか?
それぞれのケースや裁判長の判断の違いによって判決が異なるため、違憲か合憲かの判断は簡単ではありませんが、少しは理解ができたでしょうか?

今回のニュースをきっかけに政教分離ついて説明しましたが、憲法改正の動きが出ている今、日本人のルールでもある憲法について少し知っていただけたらと思いました。

そして、近い将来、日本のルールを変える事になるかもしれない日が来るでしょう。
その時、あなたは賛成か反対かの一票を投ずるのです。
憲法に少しずつ興味を持っていただき、中身を知っていただけたらと思います。

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