看護師として児童精神科に勤務する中で、親の不安定さに翻弄され調子を崩す子どもがいた。また教員として関わる学生の中にも、遅刻や忘れ物が多かったり、家の話題になると日によって話すことが変わる学生がいた。このようなことから、親のメンタルヘルスの問題は子どもの生活にも影響を与えるのではないかと考えるようになった。
しかし、こうした子どもの存在は、あまり知られていないように思う。なぜ、取り上げられないのか。そして、子どもの生活はどうなっているのか。こうした疑問がわき、2009年から、“精神障がいを抱える親と暮らす子ども”の支援に取り組み始めた。
増加しつつあるメンタルヘルスの問題と現状
精神的不調を主訴に医療機関に受診している患者の数は、近年大幅に増加し、平成23年は320.1万人と、平成17年以降、300万人を超える状況が続いている[*1]。
[*1] 厚生労働省 みんなのメンタルヘルス総合サイト:精神疾患に関するデータ‐精神疾患による患者数,http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/data.html,2014.4.29
それに伴って、精神障がいを抱える親の元で育つ子どもの存在も増えていると考えられる。古いデータになるが、2002年に川崎市が行った調査では、精神障害者福祉手帳を有している人の25%[*2]に、2004年に全国の患者会・当事者会に行った調査では対象者のうち17.5%[*3]に子どもが存在していた。社会で“精神障がい者の子ども”と認識されることはあまりないが、実際には、そうした子どもは想像以上に多いことが予想される。そして、当然のことだが、子どもの存在が認識されていないということは、子どもへの支援もほとんど実施されていないということになる。では、これらの子どもは支援を必要としていないのだろうか。
[*2] 川崎市精神保健福祉ニーズ調査委員会(2003):川崎市精神保健福祉ニーズ調査報告書,財団法人神奈川県社会復帰援護会.
[*3] 精神障害者九州ネットワーク調査研究委員会(2005):精神医療ユーザーアンケート報告ユーザー1000人の現状・声,精神障害者九州ネットワーク調査研究委員会.
精神障がいを抱える親の症状のうち、例えば、やる気が起こらない(意欲低下)、考えがまとまらない(思考・集中力の低下)、イライラする、幻聴、妄想などは、身体に現れる症状と違って目に見えづらいため、他人には理解されにくく「怠けている」、「何を考えているのかわからない」と誤解を受けやすい。また、これらの症状は、家事や育児、自分の身の回りのことができなくなるだけでなく、「誰かに悪口を言われているのではないか」という妄想から、人との交流を避けたり、相手の意図を汲み取って臨機応変に対応することができなくなったりするため、対人関係や社会活動にも支障をきたしやすい。
成長発達の過程にある子どもは、大人の保護や養育を受けて成長していく。親が歪んだ認知(物事の捉え方)や他者とのつきあい方をしているとしたら、子どもたちは、そうした養育環境に影響を受けることも稀ではない。
子どもたちは支援を必要としていないのではない。おそらく、テレビに現れる家庭や友だちの家をみて、自分の家庭環境との違いに違和感を覚え、「普通の家ってどんな生活なんだろう?」と疑問を持つようになっても、家族そのものが地域から孤立していることも多く、人に直接聞くこともはばかれたのだろう。障がいを持つ親との生活に困りながらも、家の状況を外部の者に知られることや家の中に人が入ることを避けるため、支援を求めることができなかったというのが現状なのではないだろうか。
子どもが着目されなかったのはなぜか?
こうした子どもたちがこれまで着目されなかった一番の理由は、子ども自身が自分の生活体験や思いを語ってこなかったからだと考える。しかし、私が調査や支援を行う中で、障がいを持つ親自身や家族から家のことを人に話してはいけないと言われていた子どもは意外に少なかった。何かおかしいと感じながらも何も説明されない、大人の誰もが触れようとせずに隠そうとする雰囲気に、「子どもが関与してはいけないことなんだ、隠さなければいけないことなんだ」と感じ、“語ってはいけない”と、セルフスティグマを強めていったのではないかと考える。
家の状況を外部の人に知られてはいけないと思うこれらの子どもは、学校でも地域でも、家の状況に気づかれないように普通を装っている。自分に自信がないため、自分の家の状況、親のこと、自分のことについて「あなたはどう思うの? あなたの家はどうしているの?」と質問されないようにひっそりと存在を消しているのである。そのため周りの大人はこうした子どもの存在や子どもの生活状況に気づかないのである。
子どもが外部の人に気づかれないように適応的に振る舞うとはいえ、私が学生の様子から違和感を感じたように、子どもの身近に存在する学校の教師などの中には子どものサインに気づいていたものもいるかもしれない。それを積極的に取り上げなかったのは、周囲の大人に精神障がいに対する知識がなく、どう対応して良いかわからなかったからではないかと思う。
人は誰でも自分の知らないこと・よくわからないことには手を出したがらない。教師が子どものことで気になることがあっても、それを伝えることで親が不安定になったり、意図した通りに伝わらなかったりすると、「あの家族だから仕方ない」と諦め、気になる子どもの行動もそのままやり過ごしてしまうことがあるのではないか。また、教師という立場上、親の不安定さに影響を受ける子どもに気付きながらも、親の問題であるがゆえに立ち入れないために、見て見ぬふりをしてきた状況もあるように思う。
では、親の受診先である医療機関の者は、子どもの存在をどのように捉えているのだろうか。結論から言えば、子どものことはあまり眼中になかったようである[*4]。診療の中心は障がいを持つ親本人なので、子どもに関心が向かないのは仕方がない。しかし、診療場面で焦点が当てられるのも、「眠れているか、調子はどうか、副作用は出ていないか」など症状の変化が中心で、障がいを持ちながら家や地域でどのような生活を送っているのかという“生活状況”の聴取はあまりされていないように思う。この辺りを具体的に聞いていかないと、子どもへの影響は見えてこないと思われる。
[*4] 土田幸子、長江美代子、鈴木大ら(2011):精神に障害を持つ親と暮らす子どもへの支援‐「精神障害の親との生活」を語る講演会の開催と参加者の反応‐,三重看護学誌,13,155-161.
また実際に私自身が、医療機関で働く医師に言われた言葉であるが、「子どもに接近し介入することは、落ち着いている子どもの心をかき乱すのではないか」との懸念から敢えて子どもに接近しなかった側面もあるようである。しかし子どもは、家の状況に気づかれないように適応的に振る舞っていただけで、落ち着いていたわけではない。何が起こっているのかわからない不安を抱え、「○○してもらえないのは私のせい?」と自分を責めたりしていた。障がいを持つ親のことについても、親の障がいのことを知りたいと思っていたし、子どもの力ではどうすることもできない親の症状を、誰かが医療に繋げて欲しいと願っていたのである[*5]。
[*5] 親&子どものサポートを考える会「全国版 子どもの集い・交流会」(2013)で実施したアンケート調査の結果
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