社会

時代の正体 歴史認識は今 慰安婦問題:国際社会の視線厳しく

 国連の自由権規約委員会が7月、日本の人権状況に関する勧告を発表した。主要な論点の一つとなったのが旧日本軍による慰安婦の問題で、被害回復などのための「即時かつ効果的な立法的及び行政的措置」を求める厳しい内容になった。慰安婦問題をめぐっては、国際社会の人権感覚、問題意識と国内論議との隔絶がますます浮き彫りになっている。審査の状況と勧告内容を紹介する。

■強制

 慰安婦問題について委員会が問題視した一つは、日本政府が「旧日本軍による強制連行は確認されていない」と主張している点だ。

 第1次安倍政権は2007年、「(河野談話発表までに)政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」との政府答弁書を閣議決定。現在の第2次政権下でも「(軍や官憲による)強制性はなかった」(菅義偉官房長官)と繰り返している。日本国内の議論では、軍と日本政府の責任を否定する意味で主張されるケースがほとんどだ。

 しかし、慰安婦の募集では、業者にだまされて慰安婦にさせられた事例が数多くあったことが、さまざまな研究や証言で判明している。また、インドネシアの民間人抑留所からオランダ人女性を慰安所に強制連行したスマラン事件、マゲラン事件など、軍による強制連行の事例もあった。

 このため1993年の河野洋平官房長官談話では「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」「募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」としていた。

■矛盾

 

 河野談話を継承するとしながら、強制連行を否定する日本政府の態度に、委員会のナイジェル・ロドリー議長は「強制連行されたのではないと言いつつ、意思に反していたという認識が示されている。これは理解し難い」と痛烈に批判した。勧告では「締約国の矛盾する立場に懸念を表明する」とした上で、「被害者の意思に反して行われた行為は、いかなるものであれ締約国の直接的な法的責任を伴う人権侵害とみなすに十分である」と断じた。

 問題の核心は女性への人権侵害であること。慰安所は軍の要請で設置され、設置、管理、慰安婦の移送に軍が直接間接に関与している以上、強制連行がなくとも、軍と日本政府の責任は免れないことを強調したものだ。

 次に委員会が問題視したのが、一部政治家らによる事実と異なる「慰安婦はすべて売春婦だった」といった発言だ。「公人や締約国の曖昧な態度によって助長されたものを含め、元慰安婦の評判に対する攻撃によって、彼女たちが再度被害を受けることにも懸念を表明する」とした。

 国際社会が女性の人権保障と、女性への人権侵害の救済に懸命に取り組んでいる中で、慰安婦をめぐる日本政府の対応や一部政治家の発言などは、委員会に強い不信感を与えた。

■勧告 

 こうした視点から勧告では、6項目について「即時かつ効果的な立法的及び行政的な措置をとるべきだ」とした。

 各項目は(1)戦時中、「慰安婦」に対して日本軍が犯した性奴隷あるいはその他の人権侵害に対するすべての訴えは、効果的かつ独立、公正に捜査され、加害者は訴追され、そして有罪判決が下れば処罰すること(2)司法へのアクセスと被害者とその家族への完全な被害回復(3)入手可能なすべての証拠の公開(4)教科書への十分な記述を含む、この問題に関する学生と公衆の教育(5)公式な謝罪の表明と締約国の責任の公的な認知(6)被害者を侮辱、あるいは事件を否定するすべての試みへの非難-となっている。

 日本は規約締約国として勧告を順守する努力義務がある。日本政府と日本社会の対応が問われている。

□「性奴隷」否定を一蹴

 慰安婦、慰安婦制度は国際社会で「sex slave」(性奴隷)、「sexual slavery」(性奴隷制、性的奴隷状態)との認識が広がっているが、今回の審査で日本政府は「性奴隷という表現は不適切」と主張した。外務省人権人道課は「国際的な公の場で正面から取り上げたのは初めて」という。

 結果は、勧告の慰安婦問題の項目名が「Sexual slavery practices against “comfort women”」(「慰安婦」に対する性奴隷慣行)となるなど、日本政府の主張は受け入れられず、委員会、国際社会のはっきりした認識が示される形になった。

 日本政府の主張は「慰安婦制度があった当時の国際法上、奴隷制度の定義としては奴隷条約(1926年)の定義が一般に受け入れられていた。しかし、慰安婦が第1条の『その者に対して所有権に伴ういずれか又はすべての権限が行使されている者の地位又は身分』にあったことは確認されていない。慰安婦制度を当時の国際法上の概念としての奴隷制度と称することは不適当」というものだった。しかし、「委員との論争にはならず、法的な議論にも至らなかった」(同課)という。

 日本政府の主張について人権問題に詳しい元アムネスティ日本事務局長で東京経済大講師(国際人権論)の寺中誠さんは「政府の主張は形式論。一蹴されたのは当然」と話す。

 「98年に出された国連のマクドゥーガル報告が、奴隷条約やジュネーブ諸条約に立脚し、他人に支配されて性的行為を強要される状態が、国際法上の『奴隷制』であり禁止されていることを論証した。これが性奴隷制。奴隷条約自体も戦後、債務奴隷を含む形で理論的にも展開された」と指摘する。

 現代において性奴隷制、性的奴隷状態の概念は、女性の人権を救済するために幅広い内容を含むものに発展している。実定国際法では98年の「国際刑事裁判所に関するローマ規程」(日本は2007年批准)が人道に対する犯罪として「性的奴隷状態」を初めて明文化。旧ユーゴ、ルワンダ、コンゴでの事件に関する国際裁判などを通じて、レイプセンターや慰安所への女性監禁はもちろん、強制的な性的活動を強いる強制結婚なども性的奴隷状態だとの判断が示されている。

 今回の審査では、日本政府の主張の際に一部日本人が支持を表明するため拍手をしたという。ロドリー議長は総括発言でこの行為について「人権侵害の被害者を辱めるような拍手は適切でない」と非難した。審査を通じて、日本の人権状況の問題があらためて浮き彫りになっている。

 ◆自由権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約、B規約) 世界人権宣言の内容を基礎として条約化したもので、社会権規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、A規約)とともに、国際人権条約の中で最も基本的、包括的なもの。両規約を合わせて国際人権規約と呼ぶ。自由権規約は国連で1966年採択され76年に発効。日本は79年に批准した。国連は締約国の履行状況を審査するため、18人の委員からなる委員会を設置。定期的に締約国政府の報告書を審査し勧告を行っている。日本に対する審査は今回が6回目で、代用監獄の廃止、特定秘密保護法の修正、ヘイトスピーチの処罰の法制化などが勧告された。

【神奈川新聞】