ろーかる 兵庫特集 新兵庫史を歩く「“官兵衛の夢”に思いをはせて〜姫路市〜」 2014.07.10

白鷺城の別名を持つ美しき姫路城。
補修工事のためこれまで覆いに隠れていましたがこの春から天守閣の一部が姿を現しました。
姫路城といえば「大河ドラマ」の主人公黒田官兵衛22歳の若さで城主になりました。
もともとは南北朝時代播磨国の守護赤松氏が築いた山城が始まりといわれます。
その後城主が移り変わり官兵衛も十数年で城を譲ってしまいます。
次の城主はあの羽柴秀吉。
三重の立派な天守を築きました。
そして関ヶ原の戦いのあと姫路城主になった池田輝政。
8年かけて城を改築し姫路城は白鷺が羽を広げたような美しい姿となったのです。
時は下って平成5年姫路城は日本初の世界遺産に選ばれます。
官兵衛が太平の世を築く志を抱いたと伝えられる姫路は古くから播磨の中心地。
姫路を巡り官兵衛の若き日の夢に思いを馳せてみませんか。
上空青空!歩くのには絶好の天気となりました。
「新兵庫史を歩く」案内役の神戸放送局アナウンサーの内藤雄介です。
今日は黒田官兵衛が生まれたここ姫路が舞台。
私の後ろに見えている姫路城。
その周りをぐるっと歩きます。
コースをご紹介します。
姫路城の南にある大手前公園を出発。
西へ進み武家屋敷の跡地に造られた庭園好古園を見学します。
そこから船場川沿いの千姫の小径を北へ進み城下町を感じさせる町並みを歩いて姫路文学館へ。
その後姫路城を一望できる男山の山頂を目指し道すがら千姫天満宮と男山八幡宮へお参りします。
シロトピア公園で昼食をとったあとはいよいよ姫路城へ。
秀吉時代の石垣や官兵衛にまつわる史料が展示されている歴史館を見学します。
ゴールは大河ドラマ「軍師官兵衛」のドラマ館前広場。
およそ5kmのコースです。
スタート地点の姫路城南側の大手前公園に朝9時ごろから参加者の皆さんが集まってきました。
今回はおよそ130人と一緒に歩きます。
昭和の改造がちょうど結婚した時なんですよ。
昭和の大改修の時にお二人結婚されて。
そうです。
そして今平成の大改修中。
それで今日は天気もいいしね。
頑張ってきます。
今日どちらから?神戸市の垂水という所です。
黒田官兵衛を中心として歴史的な背景のところとかいろいろ田辺先生のすばらしい説明でいろんな事知る事ができたらいいなと思ってます。
受け付けを終えたら開会式です。
講師の園田学園女子大学名誉教授田辺眞人さんの挨拶です。
姫路についてちょっと考えて頂きたいんですけども播州で兵庫県で3番目に大きい前方後円墳があるんですよ。
こういう事考えると先史時代からかなり市川の流域大きな経済力を持ってた。
そんな地域を山陽道が都から今の山口県に向かってこの姫路の辺りを東西に横切っておりました。
姫路の辺りの古代から大きな交通の要衝だったという事だと思いますから中央政府の治安維持律令国家が崩れていきますと豪族たちがそこを手に入れようとして割拠すると。
南北朝の動乱の時に西播磨から出た赤松円心の勢力が伸びてこういうとこへ中部地方から出てきた信長が中部近畿を制圧して中国の毛利攻撃に行く。
ちょうどこの摂津播磨の辺りが織田と毛利との前線になって大きな紛争が起こると。
それが官兵衛さんが秀吉と出会うそして軍師として名を上げる背景の歴史であった訳です。
今回も参加者の皆さんには「姫路の歴史クイズ」に挑戦してもらいました。
コース中の5か所で3択クイズを出題します。
成績優秀な方には賞品もあります。
それではまいりましょう。
「姫路クイズ」1問目!「姫路城の城主代々たくさんいますけれども唯一姫路城で生まれた城主がいます。
それはこの3人のうち誰でしょうか?」という問題です。
では皆さん考えて下さい。
どうぞ!選択肢から一つを選んで手元の解答用紙に穴を開けてもらいます。
答えは…ここからは田辺先生と一緒にお伝えしていきます。
官兵衛だけなんですね。
そうですね。
何十人もおる中でね。
ただ最近では西牧の近くだという説もあるんですが従来の説はこうですね。
今回は姫路城の周囲を時計回りに歩きます。
まずは石垣とお堀を見ながら好古園を目指します。
いやいい天気でしたね。
本当に強い日ざしで私もだいぶ焼けましたね日に。
私もカメラを手に皆さんにインタビューしました。
ちょっと背中見せて下さい。
すごい!「官兵衛」って書いてありますね。
おそろいのTシャツで。
ありがとうございます。
官兵衛でね。
この辺の歴史詳しくないんで知りたいなと思いまして。
好古園は姫路城の西にある庭園で姫路城を借景としているのが特徴です。
好古園というのは最後の城主酒井家の藩校の好古堂にちなんで付けられた名前なんですが昔の城主の西屋敷武家屋敷があった場所をこの敷地にしている訳ですね。
お屋敷や通路道路を地割りをそのままに生かして9つの庭園から出来ていると。
池泉回遊式の庭園で西のお屋敷跡に造られたお屋敷の庭という所なんですがここからは西の丸のお屋敷が借景に使われている訳ですね。
コイも泳いでいて広い庭園でしたね。
本格的な数寄屋造りのお茶室双樹庵がある茶の庭。
姫路城の眺めを取り入れた立派な庭園ですね。
側溝道路の溝などは昔の地割りがそのまま使われている訳ですよ。
そして最近ではここで結婚式を挙げるカップルもいるんですね。
なかなか趣があってしっくりとよろしいね。
見学したあと好古園にまつわるエピソードについて先生にお話し頂きました。
ここの中に江戸時代の武家屋敷の庭園が復元してある訳ですが江戸時代も1700年ごろになると非常に豊かに。
これが元禄時代といわれる時代で。
戦国のお殿さんっていうのはやっぱり戦場でも強い。
領国を治めるには計算もできるあるいはカリスマ性もあるいうような人がお殿さんなんですが平和の時代が100年も続くとお殿さんも飾りでもようなってしまう。
そんな時期のお殿さんが例えばここの所にありました西のお屋敷に遊女を囲ってすごいお金でその遊女を身請けして囲ったために八代将軍吉宗から処罰されるというような言い伝えがありますが江戸時代始まって100年もするとだいぶ時代が変わってくるんですね。
戦いのための施設だったお城もこういう庭園を造って豊かに遊ぶような時代が1700年代18世紀になったらやって来る。
これからは船場川の川沿いに散策路これが千姫の小径いう名前が付けられてるんですかね。
そこを歩いて頂きますのでゆっくり散策して頂いたらと思います。
千姫にちなんで名前が付けられた千姫の小径を通って姫路文学館に向かいます。
千姫っていうのは家康の孫ですけれども豊臣秀頼に嫁いだ。
それが大坂の陣の時に秀頼が死ぬんですけれども助け出されてそしてこの姫路の城主本多忠政の息子忠刻と再婚する訳です。
その時の化粧料で姫路城の西の丸が拡張されたいうところから西の丸の外側の堀船場川に沿ってこの千姫の小径が造られてる訳ですね。
川沿いの道を進んでいきました。
昔は舟がものを運んでたっていうんですけどもこのあとの橋があるんですが妹背橋という橋の所で曲がっていきます。
今日は朝姫路駅からお城まで広い道まっすぐ歩かれたと思いますがあれは昭和20年の空襲で全部焼けたあとの町造りなんです。
お城の周りの城下町なんかいうのは敵が来た時に見通せて行けたら困りますからこんなふうに全部十字路が食い違いにしてあるんですよ。
姫路のお城の西北のこの辺りは古い町並みがある程度焼けずに残ってるとこなんです。
そんなんをちょっと考えながら歩いて頂いたらと思います。
田辺先生の歩きながらの解説も交えて進んでいきます。
姫路文学館に到着しました。
この場所からも姫路城の天守閣が見えますね。
見えてますね。
さて敷地内にあるこの一本の木について次のクイズです。
それではまいります。
「姫路クイズ」2問目!「皆さんここに来る道すがらメグスリノキをちらっとご覧になったと思います。
ドラマの中でも出てきますように黒田家が財を成した木として知られていますけれどもそのメグスリノキの葉っぱは次のうちどれでしょうか?」というのが問題です。
「この3つの葉っぱのうち黒田家が財を成したというメグスリノキの葉っぱはどれでしょうか?」。
これは皆さん悩まれてましたね。
メグスリノキをご存じの方ちょっと少ないですね。
正解はBでした!当たったよという方はどれぐらいいますか?お〜ほらやっぱり結構いろんな方が見てて下さったんですね。
ありがとうございます。
目薬は官兵衛のおじいさんが作っていたんですよね。
この木の皮を煎じて目薬を作って廣峯神社の布教をする御師という人たちに売ってもらってそして財産を作ったと伝えられている訳です。
姫路文学館は播磨ゆかりの文人たちの功績をたたえその資料の収集や研究を行い文学活動の拠点とするための施設です。
建物は安藤忠雄さんが設計したユニークなデザインが特徴で中には司馬太郎記念室などがあって官兵衛を描いた「播磨灘物語」はじめ司馬さんの作品の世界を紹介する資料映像いろいろ豊かに展示されてますね。
ここで姫路文学館の学芸課長玉田克宏さんの解説です。
なぜ司馬先生の記念室が姫路にあるかという事なんです。
司馬先生のおじいさんというのが姫路の生まれです。
ですからご自身はお父さんの方のおじいさんおばあさんは両方とも姫路の生まれです。
ですからご自身の中では自分は播州人であるという気持ちがおありでした。
司馬先生のご先祖というのは播磨の人でした。
戦国時代も播磨の人でした。
それでご先祖にとっては官兵衛は敵だったんです。
だから播磨の仲間であるけれども敵でもあると。
そういうふうな感じです。
それでこの「播磨灘物語」読んでますと播磨の人々は結局毛利方につくのが多かったですから滅んでいく訳ですけれどもその播磨人の見事さというか潔さというかそういった事を官兵衛の目を通して多分司馬先生の思ってる事を表していたというふうに思います。
戦国時代が持っていた最もいい面というのをこの黒田官兵衛という人物が体現していたというふうに書いておられます。
官兵衛という人物は好奇心があってキリスト教などにも関心を示しますがそういった古い因習にとらわれないというかそういった形の人物設定描いてます。
玉田さんの解説を聞いたあと参加者の皆さんは記念室を見学しました。
司馬太郎さんは「播磨灘物語」の後書きの中で官兵衛の事を「友人に持つならこんな男を友人に持ちたい」と書いてる訳で官兵衛さんの生き方に非常に共感されてこの作品書いたんでしょうね。
司馬太郎さんは原稿にどのように手を入れていたのかその過程も紹介されていました。
そうでしたね。
「姫路クイズ」3問目!「『播磨灘物語』の文学碑がある神社は姫路市内のどの神社でしょうか」。
さあどれでしょうか。
それでは正解を発表します。
「播磨灘物語」の文学碑がある神社は…おっとガッツポーズの方もいらっしゃいます。
この英賀神社というのは昔姫路の南西にあった英賀城の跡一角に造られてる訳ですが官兵衛が秀吉と英賀城を攻めた時に司馬太郎さんのご先祖はこのお城に籠城してられたそうで「播磨灘物語」の文学碑英賀城太郎さんにとっても官兵衛にとってもゆかりの地なんですね。
続いて姫路城と姫路を一望できる男山に向かいます。
姫路城の北西にあるこの小高い山は男山ですね。
播州平野の中でここだけがちょっと今日のコース急でしたね。
本日一番の難関でしたね。
うん。
しんどくないですか?大丈夫です。
楽しいです。
楽しいですか?いやうれしいな。
いい笑顔ですね。
男山の中腹に男山千姫天満宮という小さなお社があるんですが戦乱の中で大変な人生を送った千姫さん。
本多忠刻と結婚していた10年が一番幸せだったというんですね。
その千姫が本多家の繁栄を祈って建立した神社。
千姫は西の丸から朝夕手を合わせて拝んでたらしくって城内から遙拝できるようにお社は東向きに造られてます。
千姫天満宮から更に登った所にこちら男山八幡宮がありました。
男山という所から石清水八幡宮を分祀したんでしょうけれども江戸時代には松平直矩とか原政邦というお殿さんがこのお社を改修奉納したという記録があるんですね。
さああとちょっとです。
ここまで上ったら右見て下さい。
右!お〜ほんまや。
お城きれい。
姫路城がよく見えましたね。
そうですね。
ちょっとふだんと違うアングルですね。
男山は標高57.5mの山です。
山頂では姫路の地形や地名についての話。
そして山頂から見えた官兵衛ゆかりの地について伺いました。
この山男山いうんですよ。
何か連想されるもんありませんか?向こう側が姫山いうてる訳です。
姫路という地名は播磨国の「風土記」の中に日女道丘という言葉で書いてあるんです。
蚕子が降った丘やから日女道丘いうんや。
蚕子いうたら蚕の事なんですわ。
そういうふうに言い伝えられてるんですけどそれとは別に命が生み出されるもとのものとして男と女雄と雌と。
だから自然界に2つペアであったら大昔の日本人はみんな男や女や雄や雌やいうように名付けてその間から命が生み出されると。
そうしますとここが男山で向こうにお姫さんの女の丘がある。
日女道丘いうてるとこ考えるとこの播州平野の平らの中にあった小高い2つの男と女の山。
その間から命が生み出されるというのはこれは生殖崇拝ですわ。
そして戦国の時代になって皆さん黒田家が御着の小寺家の配下に入ってこの姫山の上に砦を整備していた。
これが官兵衛さんやったいう事なんだと思います。
官兵衛さんはそんな土地の廣峯の信仰とも結び付きながら姫路城を造った。
三木の別所が落城して滅んだあと秀吉が三木を播磨の中心にしようとした時に姫路を推薦してそして自分は姫路のお城から出て頂上が平らになってる山がありますがあれが国府山と呼ばれてる山で官兵衛さんはあそこへ自分のお城を造って姫路から退いてここへ秀吉を招き入れたといわれてる。
こんな官兵衛さん時代の廣峯や増位山や国府山やそして姫山と男山全部が見渡せる所ですので山もこんなふうにして歴史と結び付けて見て頂いたらと思います。
先ほど千姫天満宮にお参りした訳ですが千姫の最初の結婚は豊臣秀頼との政略結婚でした。
そこでクイズ4問目です!「政略結婚にちなんでそろそろ官兵衛の問題も出さなきゃいけないなと思いまして官兵衛とそれから妻光も政略結婚でありました。
ではその光は誰の姪でしょうか」というのが4問目の問題です。
3人ともドラマではおなじみの登場人物です。
官兵衛の妻光は…光さん元の姓を櫛橋ですけども櫛橋伊定というのはお父さんですから光さんは小寺政職の奥さんの実の姪になるんですね。
男山の山頂からは廣峯山増位山をはじめ官兵衛ゆかりの場所がたくさん見えました。
まずは廣峯神社を紹介しましょう。
姫路の北の山にある廣峯さんですけどもここの布教する人たちに官兵衛のおじいさんの黒田重隆が目薬をお札と一緒に売ってもらって財産を手に入れたというふうにいわれてる訳ですけれども廣峯山の南の麓に白国。
これ大昔に新羅の国から来た人たちが住み着いたいう言い伝え。
この新羅で発展していたのが牛の頭の天の王様牛頭天王という非常に荒々しいけど強い神様でこの廣峯がその中心地になる訳ですね。
日本の荒々しい神様スサノオノミコトと習合していく。
御祭神はスサノオノミコトとその子どものイソタケルノミコトという事になっています。
続いては御着城。
官兵衛はじめ黒田家が仕えた小寺氏の居城です。
この御着のお城というのは永正16年1519年に小寺政職が築城したという訳ですね。
城内に城下町を取り込んだ総構えのかなり大がかりなお城だったという事ですが官兵衛さんやそのお父さんの時代には小寺政職が居住していた。
当時は姫路よりもこの御着が本城だったという事なんですが後に小寺家が裏切って織田から離れ毛利についたために天正7年に秀吉に攻められて落城廃城となりました。
城跡の近くには黒田家の廟所もあります。
こちらは官兵衛の祖父重隆の供養塔。
そしてこちらは官兵衛の母明石氏の供養塔です。
続いては増位山随願寺です。
こちらは官兵衛とどういうゆかりのある所なんですか?今みたいにお寺と神社はっきりと区分されてなくてこの一帯廣峯から増位山宗教的な勢力の一つ拠点やったんでしょうね。
黒田家では官兵衛さんの叔父さんの黒田高友という人物が休夢と名乗ってこのお寺に帰っていたと。
彼は和歌にも秀でた文人でもあるんですが官兵衛さんが有岡城に村重によって幽閉されてる間代わってこの叔父さん活躍する訳ですけれどもこの随願寺自体は三木との戦いの中で戦場になってことごとく建物が別所氏によって焼き払われたといわれてる訳で後に秀吉によって再建されて今こういう立派なお寺になってる訳ですね。
先ほどの男山の山頂からこの国府山もよく見えてましたね。
これ姫路の妻鹿の背後にある山なんですけどこの国府山の上に官兵衛のお父さんの黒田職隆が造った国府山城があった訳です。
職隆はここを死ぬまで居城にしたんですが官兵衛さんは秀吉に姫路城を譲った時一時的にこの国府山城に移ったとされてる訳です。
この山頂からの景色も官兵衛見ていたと。
そうですね。
続いて播磨国総社射楯兵主神社です。
ここには官兵衛にまつわる旗が伝わっていてこのほど黒田家旗幟の会の有志によって復元されました。
射楯兵主神社兵庫県に何社かありますけど名前から見ても戦の神様ですがこの播磨の姫路の射楯兵主さんが播磨国総社という事で全部の神さんが集まってられる訳です。
天正8年に秀吉から1万石の領地を播磨でもらった官兵衛が大名になった訳ですから軍の旗戦の旗を立てる事を許されてそこで17日間この播磨国総社でご祈とうをお父さんと一緒にして軍旗6本を定めたというふうにいう訳です。
姫路城の周囲を巡る旅も中盤。
姫路城の北側にあるシロトピア公園へと向かいます。
参加者の皆さんはここでお昼の休憩です。
男山を結構登るの大変だったと思いますけど今一口ごはん食べてどうですか?季節的にもいいしね。
ちょうど若葉の頃で。
お天気もよかったし本当に最高で。
午後にはどんな気持ちで臨みますか?食べた分ねせっかく食べたんじゃけど全部エネルギー使って帰らないとまた太りそう。
太らないように。
アハハハッ!元気を回復出発です。
皆さん今何に注目してますか?あのお城。
映ったお城。
すごいですね。
県立歴史博物館のガラスに姫路城が映っていました。
ここからいよいよ姫路城の内堀に入っていきます。
赤レンガの美しい建物がありましたね。
そうですね。
これ明治時代の建物を保存して美術館として活用してるんですね。
この改修工事今しか見られないですよね。
そうですね。
大規模な工事ですね。
石垣が間近に見られる上山里の広場にやって来ました。
ここで姫路市立城郭研究室の多田暢久さんに解説をお願いしました。
お城の石垣というのはおおよそ使っている石の材料で3種類に分かれます。
自然の石を積んだ野面積みと石を割って積んだ打ち込みはぎ。
更にその石を加工して積んだ切り込みはぎの3種類になります。
姫路城の野面積みの方が古いって事で年表でいいますと秀吉時代ですね。
今「大河ドラマ」では黒田官兵衛が姫路城におりますけどあの時代には石垣がないんですね。
秀吉の段階で初めて築かれる一番古い石垣が自然石を積んだ野面積み。
それに対して今度関ヶ原の戦いのあとに池田輝政がやって来ますけどその時新たに天守閣とかを築き直した時に使った石垣が石を割って造った打ち込みはぎになります。
その野面積みの古い石垣が見れるのはどこかというとこの後ろの2段になってます石垣が秀吉時代の野面積みの石垣の残ってるものになります。
このように姫路の山とかにあった自然の石を積んで積まれております。
また石垣が1段じゃなくて2段になってますのも自然石積んでますので高い石垣が一度に積めないという事でセットバックしてるという事ですね。
こういうふうな事で非常に古い特徴を残しているという事で注目されております。
姫路城内にはさまざまな時代に造られた石垣がありますが石の一つ一つをよく見てみると文字だったり何かのマークのようなものが刻んでありますね。
刻んだ印の石刻印石というんですけどもこれが何のものか分からないんです。
石を提供した人の名前なのか石の産地なのか工事をした人の印なのか。
大坂城にも明石城にもありますから探したら面白いですね。
はい。
これは石垣に使われてた石のお棺石棺なんですが。
こういったものも使われてたんですね。
お城の石垣造るのたくさん石が要りますからね。
ほかの用途で使ってた石の製品を…灯籠やらお墓の石やら。
これ石灯籠の一部を使ってる訳ですよ。
石垣にこんなちょっと変わった石があったら転用石の可能性がありますね。
そういうのを探してみるのも面白いですね。
これは有名な姥が石というんですけれども石臼の一部なんです。
秀吉の時代に城下で餅を売ってたおばあさんが石が少ない足らんという事を聞いて寄付してくれたという伝説の石です。
続いて田辺先生から黒田家の歴史についてお話がありました。
黒田家なんですけれどももともとは黒田家というのは近江の源氏の出やというんです。
黒田家は源氏いうてもですね宇多天皇という天皇がおるんですがその宇多天皇から分かれた家柄なので宇多源氏。
近江国に住み着いてたというんですがその住み着いた琵琶湖の東北の方の土地の名前を取って佐々木という事を名乗ってた。
またその分家が木之本の辺りに住み着いて黒田村いう所に根づいて土地の名前を称し始めたというふうにいわれている訳です。
室町の幕府の足利義稙という将軍と対立してそれで岡山県備前国の山陽道沿いの福岡という土地にまた引っ越していってる。
黒田家が今お話ししたような福岡へ行ったいう事それから目薬を売って財を成したなんかいうところから見るとかなり商業や流通にも目が利いた。
どこで何が余ってどこで足らんかいう情報も知ってると。
そこで後に官兵衛さんは九州まで行って中津で隠居して如水と称する。
息子の長政が跡を継いだ。
長政が家康に忠実やったために博多の所へ大きな領地もうて行って先祖の福岡市の名前を使ったんだろうというんですがお城を福岡城と名付けた訳です。
姫路城は皆さん来られた事あるんですか?ありますね。
私初めて。
あっ初めて。
どうですか?入ってみられて。
すごいなと思って。
石垣に小さい石がいっぱい詰まってるでしょ。
そういった石垣をほかの城ではあまり見かけないと話していました。
これははノ門。
この門では材木よう見て頂きたい。
鉋が発明される前の時代ですから釿ではつっていたとか…柱を作ってる。
この印がよう残ってるんですね。
表面が波打ってましたね。
そしてこちら十字の紋が入った瓦がありました。
これがキリシタンの十字なのか官兵衛さんと関係があるかですが官兵衛さんは本能寺の変のあとでキリシタン大名になると。
そのころ九州行ってますからね姫路に残すというのはね…。
それから歴代藩主たちの家紋が軒丸瓦に。
先ほどの揚羽蝶。
これ御所車。
そして剣片喰の紋。
それから大きな天守閣なんかの隅のいわゆる鬼瓦ですけどもこれも酒井家の時代のものです。
姫路城には敵が攻め込んできた時に備えてさまざまな仕掛けがありました。
そうですよ。
これぬノ門という門ですが門の扉も柱も皆鉄板で覆ってある訳です。
鉄砲で撃たれて攻撃されても大丈夫なように。
最も頑丈な…それを鋲で留めてという門ですね。
それから櫓の壁の一番下の部分をこういうふうにして張り出させて隙間を作る。
ここから矢や石を落として攻撃してくる敵を討ち滅ぼすと。
壁に穴が開いてますね。
これもね外から来る敵を城内から攻撃する鉄砲狭間矢狭間といってこの四角いのは矢を放つんですね。
円三角は鉄砲ですね。
そしてこの石垣なんですけれども登れば登るほど勾配が急になってますよね。
これ扇開いた時の勾配が一番いいと扇の勾配と呼ばれるもの。
そして迷路のような構造の城内なんですが非常に通りづらい道がありましたね。
るノ門ですね。
これひっくり返りやすいように段の大きさが違えてあって敵があんまり気が付かんようにうずめたような…穴門と呼ばれますけどね。
攻めにくく守りやすいという工夫がされているんですね。
天守閣まですぐ行けたら困りますから外曲輪中曲輪内曲輪ぐるっとらせん状に距離稼いで攻め込めるようにしてある訳ですね。
姫路城というと美しさの方が先にイメージされますけれど…。
なかなか実戦もね。
非常に堅ろうな造りになってると。
そうですね。
すごいですね。
美しさと強さが両立してるんですね。
すごいもんですねアイデアね。
こちらは姫路城内のリの一渡櫓です。
こちらでは今官兵衛の歴史館として甲冑や兜をはじめ官兵衛や黒田二十四騎にまつわる史料やジオラマが特別に展示されています。
お城の正面が見える三の丸広場まで進んできました。
この広場からはお城の形がよく分かりますね。
そうですね。
ここでは姫路城の構造の美しさについてお話を伺いました。
いろんな意味で天下の名城やと思いますわ。
姫路城は一番上の階から天守閣正面平入で小さな唐破風が造ってあります。
その下の階はその唐破風に入る格好で小さい千鳥破風が出してある訳ですよ。
その次の階は上の千鳥破風の裾野を延ばす格好で2つ千鳥破風がついてる。
更にその下は大きな唐破風がついて一番下は破風がないんです。
しかも横の面見て下さい。
左側。
正面一番上の小さい唐破風のとこは千鳥破風があり正面に千鳥破風がついてるとこは小さい唐破風が造ってあってそしてその下2階ぶち抜きの大きな千鳥破風がある訳です。
一番下側は千鳥破風の小さいのが2つ裾野に延ばした格好でつけてある。
正面と側面でも同じ繰り返しというのがない。
こんなんね本当にものすごい構造美です。
そして白鷺城といわれますけれども瓦の部分がグレーで漆喰塗り込みの白い壁があって窓の中は暗いから黒く見えるという三段構えの色彩はありませんけれどもこれがずっと繰り返されてリズム感が出てきてると。
いろんなとこに焦点あてて見学をして頂いたらそれぞれ面白いと思います。
「姫路クイズ」5問目!「姫路城の正面向かって右奥東側に面する所にとノ一門という門があります。
このとノ一門というのはあるお城の大手門を移築したものだというふうにいわれています。
では姫路城のとノ一門は何というお城の門を持ってきたものでしょうか?」というのが最後の問題です。
ではAからまいりましょう。
伊丹市にある荒木村重の居城だった有岡城か。
B三木市にあって別所氏の居城だった三木城か。
C赤松氏の居城だった置塩城か。
このABCから考えて頂きましょう。
お願いします。
それでは最後の問題の解答にまいります。
とノ一門はC置塩城の大手門でした。
昔は建築材料というのは非常に貴重でしたから一つのお城が潰れたり移ったりする時に前のお城のものを解体して持ってくるんですよ。
そういう事がよくあったんですね。
いよいよゴールの大河ドラマ館前へと向かいます。
参加者の皆さん全員が最後まで歩き通しました。
ゴール地点で私たちを迎えてくれたのはご存じ黒田官兵衛のイメージキャラクターかんべえくんです。
そしてこちらはしろまるひめ。
母里太兵衛がモデルのもりりぃも皆さんのために駆けつけてくれました。
更に「大河ドラマ」をきっかけに結成された姫路のご当地アイドルKRD8がスペシャルステージを披露してくれました。
KRD8は官兵衛に仕えた精鋭8人の武将を黒田八虎と呼ぶ事にちなんで名付けられたユニットです。
姫路を代表するアイドルとして全国に姫路をアピールする活動をしています。
本当に皆さんお疲れさまでした。
私小学4年生の時に前の姫路城の大改修がございまして数年間覆いに覆われて暗くなってるところを今でも覚えております。
昭和30年代の前半だったと思うんですけども。
小学校の時にそういう体験して今回大人になってこの次の大修築とともに官兵衛さんのドラマでこういうイベントをご一緒させて頂いて個人的に本当に感動しておりますがちょっとその周辺歩いて頂きますと古代の信仰の場を示すような名前があったり石垣もよくよく見ると時代によって違う表情を持っていたりよくそういう事を今日は体験して頂けたかと思います。
こんな世界遺産になるお城が我々の近くに残ってる訳ですね。
是非覆いが取れましたらもう一度ゆっくりご家族やお友達と来て頂きたいと思います。
(拍手)全問正解したという方手を挙げて下さい。
お〜!おめでとうございます!全問正解という方も大勢いらっしゃいました。
姫路城の中から男山とか外の景色を見るのと違って男山登って姫路を眼下に見るいうのはまた違った…何かいい感じがしましたね。
今まで全然黒田官兵衛という人を知らなかったんですけど今回のドラマで知ってドラマ自体もすごく面白かったのでそれを機会にもっと姫路の事を知りたいなと思って参加させて頂きました。
皆さん大河ドラマ「軍師官兵衛」とも併せて楽しんで下さったようですよね。
そうですね。
黒田家は最終北九州で50万石を超える大大名に発展をしていく訳ですけどその原点が播州姫路にあったという事今日皆さん方本当に実感して歩いて下さったという気がします。
姫路城は来年の3月27日に再び大天守の内部を公開する事になっています。
楽しみですね。
そうですね。
また行きたいですね。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
2014/07/10(木) 15:15〜15:58
NHK総合1・神戸
ろーかる 兵庫特集 新兵庫史を歩く「“官兵衛の夢”に思いをはせて〜姫路市〜」[字]

軍師官兵衛の出生地と伝えられる姫路市。姫路城のほか、好古園や千姫天満宮など、播磨の要衝・姫路の歴史スポットを歩きます。姫路城の激動の歴史も詳しく解説。

詳細情報
番組内容
舞台は、大河ドラマの主人公・軍師官兵衛の出生地と伝えられる姫路市です。国宝、そして日本初の世界文化遺産である姫路城のほか、好古園や千姫天満宮、男山八幡宮など、古くからの播磨の要衝として栄えた姫路の歴史スポットを歩きます。園田学園女子大学名誉教授の田辺眞人さんが、歴史クイズを交えながら姫路城の激動の歴史を詳しく解説。大河ドラマ「軍師官兵衛」を、より楽しむためのお得な情報が盛りだくさんです。
出演者
【講師】園田学園女子大学名誉教授…田辺眞人,【アナウンサー】内藤雄介

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
趣味/教育 – 旅・釣り・アウトドア
その他

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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