スタジオパークからこんにちは 舟木一夫 2014.07.24

生字幕放送でお伝えします伊藤⇒スタジオパークから…観客⇒こんにちは!戸田⇒どうも。
司会は戸田恵子さんです。
戸田恵子です。
よろしくお願いします。
スタジオパークからこんにちは生放送は7月、きょうはこれで最後ですが、アンコール放送などもございます。
ですから7月、戸田さんの浴衣も今回。
最後となりましたね。
夏らしい感じです。
ありがとうございます。
きょうのゲストは永遠のアイドルですよ。
お若い、びっくりですよ本当に。
きょうも女性のファンの方がいっぱいで。
私が生まれる前からアイドルをされている方なので。
おらが国のスターなの。
愛知県出身なの。
拍手
ファンの方がたくさん、特にきょうはきれいな女性の方が多い。
きょうはきれいな人しか来ていません。
放送前にかなり念入りにお化粧もされていました。
皆さんお化粧室でね、そうですよ。
皆さん青春です。
すてきなゲストもお迎えしましょう。
♪〜ご紹介しましょう。
永遠のアイドルといえばこの方です。
♪〜「高校三年生」舟木一夫さんです。
真ん中のほうへ来てください。
まあさっそうとすてきな感じが。
格好いい感じで。
舟木⇒何ですか感じというのは。
感じじゃなくて、かっこいいんですよ。
改めましてきょうのゲストは歌手の舟木一夫さんです。
舟木さんはNHKの「歌謡コンサート」29日放送の回に、ご出演いただく予定となっています。
楽しみにしていただきたいと思います。
舟木さんは、デビューして、ことし52周年。
というか52年まるまるたったんですね。
53年目に入ったということです。
すごいですね。
半世紀以上ですもん。
ただやっていれば時間がたつだけ。
そんなことはないですよ、なかなかただやるだけでもできないことなので、すばらしい。
そしてまたファンの方が、きょうたくさん女性の方が、圧倒的に多いです。
このパワーが熱気むんむんです。
そこそこの平均年齢です。
いやいや。
きょうは熱気もすごかったですからね。
朝からすごかったですよ。
8時ぐらいから待っていらっしゃった方もいます。
皆さん、舟木さんにお会いになるためお洋服もお化粧も念入りにされて、それは女性にとって大事なことですから。
皆さん、青春の気持ちでいられるというね。
舟木さんがいらっしゃるから、そういう気持ちでいられて。
皆さん、ご主人や身の回りの方のためにはやらないけれども、舟木さんのためにやりたい。
女子力が上がるんですよ、最高ですよ本当に。
ファンの方の、熱気も感じるんですが、最近のコンサートも、ファンの方の熱気がすごいということです、去年のコンサートの映像です。
♪「あふれる若さあればこそ」♪「未来に向かい我ら立つ」プレゼントをああやって歌いながら。
紙袋と花束が次から次へと。
プレゼントをいただく台があって。
僕らの青春時代には、流行歌でこういう風景は別に珍しくなかったんですよ。
記憶にあります。
紙テープが100本も200本も1曲の間に飛んできて何も別に特別なことをやっている感じがない。
それにしても置く台1つだけではなくてステージに何台あるんですか。
これは時々なんですけれども、亡くなった玉置さんにもよく言われたんですがあんなみたいにそんなにたくさん物をもらう台があるのは見たことないなと言われていたんですよね。
歌いながらとぎれることなくいただいて。
プレゼントを受け取るのは難しくないですか。
難しいですよ。
マイクに雑音が入るとだめですから。
花束とかの雑音が。
何しろどういういただき方をするのかということもあるんですけれどもああいうことをやる必要はマイクに雑音を入れないというのが前提でないと。
あり体にいってしまえばプレゼントをお持ちになるお客様と、そうではお客様の数、どちらの数が多いかといえば、持っていない方のほうが圧倒的に多いわけですよね。
そこに、雑音が入って勝手に頂き物をしてしまっているとそういう方は不快になるわけですよね。
そこまで頭が働かなかったですね。
すごい。
僕なんかはほかの方のを見に行って、そういう場面が、たまにありますよね。
マイクに雑音が入っているとやっぱり集中しているのが中断されてしまうというのがね。
そういうのがありますから気をつけないといけないですね。
そんなこと思いもつかなかった。
歌詞が飛んじゃうんじゃないかとか、さまつなことを考えていました。
そんなことよりもっと細かなことを。
そこがいちばん大事なんです。
そしていただいたものをじかに置かないという配慮もあってね。
以前、国際劇場というところがありまして、そこでやったときにいつも袖に司会者が控えていてくれてしかも玉置宏さんが持っていてくれたりある時、何気なく花束を地べたに置いたんですよ。
次のコーラスを歌い始めた瞬間にいけないと思って気になってしょうがないわけですよ。
いただいたものを地べたに置いてしまったと思って、それからですね、こういうふうにきちっとするようになったのは。
舟木さんといいますとなんといってもデビュー曲「高校三年生」ね。
このデビュー曲のお姿が当時の。
詰襟のこの姿が決定的なイメージになりましたけれども。
すごく印象的ですね。
衣装として、学生服ではなかったんですね。
実際に写っているのは現役のときに着ていたときの通学で着ていた詰め襟ですからね。
デビューが、発売が6月5日だったんですけれども詰め襟だと暑いだろう。
サマーセーターみたいなものにしたらどうなんだろうとジャケットも2とおり撮ったんですよ。
詰め襟とサマーセーターとそこにたまたま生番組がテレビが1本飛び込んできて、5月20日ぐらいだったと思うんですけれども着るものがないんですよ。
サマーセーターを用意していないですから。
急にだったんですね。
ならとりあえず1本だけありものを着て出ようかといって出たんですよ。
それきり脱がせてもらえないんですよ。
それからしばらくずっと学生服の詰め襟姿になって。
でもすごくきれいじゃないですか。
印象的でしたね、爽やかな学生服姿が。
ジャケットがすごく印象的、すごくきれいな。
なんと言うんですかね、このころのジャケットは着色ですから。
モノクロですからね。
あまり手の込んだものはないですよ。
逆に学生服だからこそ、印象が強く残るんですね。
そしてヘアスタイルも。
片側だけがちょっと長いんですね。
独特な感じじゃないですか。
僕がデビューする前の年に転校しまして転校生なのでいちばん後ろの席でそこに何でそんなものがあったのか、いまだに不明なんですが洗面所などにある小さめの鏡の割れたものがあったんです。
なぜ入っていたのかは分からないんですよ。
危ないなと思ってそれで出しているうちにあっと思って散髪屋に行くのが面倒くさいから授業中に本を立てて削っていたんですよね。
自分で切っていたんですか?だからミラーカット。
それで削っていたらこうなっちゃったの。
うまくいかなかった髪形だったんですか?自分で切って片方だけ。
だから自然に削っていったらこうなったんで初めて床屋さんに行ってお願いしますと言ったら、これはどうやって刈るんですかと聞かれたんですよ。
割れた鏡で切っていたんですね。
それがこんなに定着して皆さんがまねされてすごい独特な。
そのころ学生服のイメージが根づいたということなんですがしかしさすがに学生服ばかりのイメージではどうか、と当初舟木さんも思われたらしくてある奇抜なファッションをしようと当時、思われたそうなんですけれども学生服のイメージが強かった舟木さん奇抜な格好、どんな格好をしようと思われたのか視聴者の皆さんも一緒にお考えください。
セーラー服にしようと。
それはちょっと見てみたいですね。
セーラー服の方は青ボタンを押してください。
赤い学生服は赤ボタン宇宙服にしようじゃないかと思われた方は緑のボタンを押していただけますでしょうか。
どんな奇抜なファッションだったのか。
どれもお似合いになると思いますよ、セーラー服も舟木さんお顔がおきれいだから三つ編みにしても。
女子学生が着るセーラー服ね。
私は水夫の方が着るセーラー服だと思いました。
カモメの水兵さんね。
そっちね。
私は女子学生かと思いました、押す人はどっちだと思えばいいの?両方でいいと思います。
絶対に女装もお似合いになると思います、お顔がきれいだから。
メールも届いています、東京都の方です。
中学3年生から65歳のきょうまで、なんとも長いファン生活を送ってきました。
これからの人生も大好きな舟木さんの歌を口ずさみながら、腰を伸ばしつつ歩んでいきます。
腰を伸ばしてというのがね。
そして愛知県のブルートランペットさん5年前に、姉から舟木さんのコンサートに誘われて初めて見に行きました。
頭に雷が落ちてきました。
声のつやが心に響き渡り、大ファンになりました。
今は年に何回かのコンサートに行くのがいちばんの楽しみです。
すごい、たくさん通っていらっしゃるんですね。
雷が落ちてきたくらいの衝撃を。
そう思いますよ。
さっきのコンサートの映像もそうですけれども、軽やかでしょう。
あれは衝撃、すばらしいですね。
結果が出ました。
どんな奇抜な衣装にしたいと思われたのか、視聴者の皆さんの答えはこうなりました。
いちばん多いのは、赤い学生服3193次に多いのが緑の宇宙服1123。
セーラー服はさすがに少なかったですね。
多くの方がさすがに女装はと思われたのかもしれません。
水兵の格好がよかったのかもしれない。
紛らわしかった、すみません。
その衣装もスタジオに持ってきていただきました。
皆さん大正解赤い学生服だったんですね。
きれいなちょっと本当に珍しいというかないですものね。
そうですね。
要するに20代の真ん中辺ぐらいで百万が一60歳になっても現役で歌っているとしたらそれぐらいの距離なんですよねそのころはありえないような話でもしそうだったら還暦真っ赤な詰め襟で歌ったらお客さんも喜んでくださるだろうねと24、25のときにマネージャーとしゃれで話していたんですよ。
気が付いたら50代に入ってあと7、8年でたどりつけるかもしれない。
よしそれなら何とかたどり着こうと60歳までたどりついてしゃれで着て、1年間全国をいってお似合いの赤い学生服を着ている様子です。
♪「赤い夕陽が校舎をそめて」♪「ニレの木陰にはずむ声」♪「ああ高校三年生ぼくら」大合唱だ。
会場にも赤い服を着ている方が多いですね。
華やかだな、本当に。
2005年の還暦のときのコンサートです。
そこからさらに10年たったなんて信じられない。
日本一、赤い学生服が似合うという感じですよね。
これは結構、凝ったんですよ。
この詰め襟はボタンが一夫、となっているんです。
上がKでしょう。
なるほど、アルファベットでね。
名前を金ボタンに。
袖のところに60と。
本当だ、数字が書いてあります。
「高校三年生」の頭のメロディーが襟のところに入っていて。
本当だ音符だ。
しかも靴まで赤くしていらっしゃって若いころは学生服は嫌だなと思われたかもしれませんが、改めて赤い学生服を着られてどう思いましたか?いやいや、僕らの世界のしゃれとしてはある意味最高ですからそこにたどりつくまでに何十年とかあるわけですからそういう悪いダジャレができたというのはやっぱりうれしいというかおもしろがりじゃないと僕らはだめなので、そういう意味では楽しかったですね。
ファンの方も喜ばれたでしょうね。
喜ばれたと思いますよ。
最高ですね。
赤い学生服が似合う舟木さんですが、そんな舟木さんのプロフィールを恒例の戸田さんにご紹介していただきます。
ご紹介させていただきます。
舟木一夫さんは、1944年愛知県一宮市に生まれました。
劇場を営んでいた父の影響もあり幼いころから映画や舞台が身近なものでした。
高2のとき、友人に連れられて行ったジャズ喫茶で飛び入り出演。
それがきっかけでスカウトされ上京するやいなやデビュー。
オリンピックの前の年の1963年。
デビュー曲「高校三年生」が大ヒット。
映画にもなりました。
さらに、このころの貴重な映像もあったんですよ!残念ながら音声は残っていませんでしたが。
覚えていらっしゃいますか?これは19の終わりか二十歳くらいのときですね。
後援会の結成のパーティーの映像なんですね。
音声はありませんけれども貴重な映像で。
さてこの「高校三年生」に始まり学園ものが次々に大ヒットとなった舟木さん。
橋幸夫さん、西郷輝彦さんらとともに御三家と称されさらに三田明さんも加わって青春歌謡の大ブームを巻き起こします。
また、舟木さんは1966年「絶唱」で「高校三年生」につぐ2作目のミリオンセラーを記録。
この曲でレコード大賞歌唱賞を受賞します。
まさに日本の歌謡曲黄金時代をけん引された舟木さんです。
拍手
そんな大げさなものではないです。
パパパパっと、かいつまんで。
今考えるといい時代にデビューできたなと。
流行歌の第何期かの黄金時代いうことばがありますけれども黄金時代と言われていたころなんですね。
「高校三年生」は200万枚以上の大ヒットですからね。
誰でも歌えますからね。
小さいころから家族全員が歌える歌って本当にないですものね。
僕のヒット曲というよりは作品自体が日本の歌の1つになっているものですからね。
僕は代表して歌っているだけという感じで。
デビューされて、大ヒットされてそのあと、大河ドラマにもご出演していただきました。
1964年の「赤穂浪士」では四十七士の1人の矢頭右衛門七という役を演じられました。
その2年後の1966年には「源義経」で平敦盛を演じられました。
そうですね。
平敦盛は首を討たれるんですけれどもそのシーンがありました。
せめて御名を明かさせたまえ。
われは無官の平敦盛。
生年16歳。
それがしの小次郎直家も同じく16歳。
討つに倒るるは異存はない。
熊谷直実ほどの存在に首を与うるはせめてもの本懐。
いざ。
覚えていらっしゃいますか?大磯で撮ったんです。
神奈川県の。
それで着ているものだけで10kgを越えているんです。
それで馬に乗って走る砂浜をね。
今、熊谷をやっていらっしゃった竹弥さん困っているんだよ、俺のところにいっぱい手紙がきてねと言って舟木を殺すな、舟木を殺すなと。
人気者はそうなりますよね。
だから竹弥さんが苦笑いをして。
恨まれちゃうから。
時代劇との出会いはこのときが初めてですか?「赤穂浪士」が初めてで。
当時歌手、アイドルの方が大河ドラマ、ドラマに出るというのは大変珍しかったんですって。
今では珍しくないんですけど。
大河ドラマが「花の生涯」を入れて2回目でしょう僕が出るきっかけになったのは原作の方が今詰め襟で体と顔の長いのがテレビで歌っている時々見るんだがあの子は、かつらが乗りそうだからどうだということでおっしゃってNHKからお話をいただいたんですね。
徹夜、徹夜でメンバーがすごかったですから長谷川一夫を筆頭にスケジュールを合わせるのが大変なんですよね、若手の僕らは夜10時ごろの出番なんです。
舞台を終えて、山田五十鈴さんが入ってこられたんです。
入ってこられたから先に撮ります出番がどんどん遅くなってラーメンの屋台が並んでいてラーメンを食べたり時間があるからといって自分のマンションにふん装のままコーヒーを飲みに行こうよと言われて、四谷の交差点でおまわりさんに止められたことがあります。
懐中電灯で照らされてあなた方はいったい何ですか?と。
お巡りさんに言われて説明しましたよ。
すごい。
お芝居とか立ち回りもあるじゃないですか、大変だったりしなかったですか?いやいや、大変の前に分かっていないですから。
だからいちばんまいっていたのは緑山スタジオじゃないかな?まあいいや、NHKのねオープンでね赤穂浪士の討ち入りの前に全員が小走りで走っていくんですけれども、時代劇の走りは独特です。
吉良邸に走っていくんですがこっちはそれを知らないでしょう。
役がいちばん若いので、後ろから2番目ぐらいにいるんです。
リハーサルのときに普通に走っていたらふっと様子を見たら大石内蔵助の横にいってしまったんです。
長谷川先生がいて不思議な顔して君、大将を追い抜いてはだめだよと言われて。
そこから時代劇のいろはを先輩から教わって。
僕らの世界では見て盗む。
その作業を覚えて敦盛のときもそうでした。
亡くなった富十郎さんなどにお世話になりました。
その経験が後の舟木さんにとっても大事な要素になります。
続いて伺うテーマはこちらです。
人生晴れたり曇ったり。
20代のころはデビューして大ヒット。
まさに晴れていたという時代ですよね。
いきなりですね。
下積みがあったわけではなく大ブレークして僕は下積みがなかったですからね。
いきなり。
そのあと30代からうまくいかなくなったりすることがあったんですね。
いや、もう20代の真ん中にはおかしかったですね。
そうですか。
この世界で俺はやっていけるのかな、という。
どうもね、少し流行歌という世界の空気が読めてきて、においが分かる。
そういう景色が見えてくると自分がついていけそうにない部分がいっぱいあるんですよ。
そうですか、具体的に言うと?具体的に言っても分からないんですけど、ついていけるかなとかあまりにも忙しすぎて自分が見えなくなる。
これはみんな経験していると思いますが、自分の寸法も歩幅も何も分からなくなっちゃう。
ひたすら、ただ仕事を追いかけていく。
当然足が地についていない、転ぶという話ですね。
30代、40代まで厳しい時代が。
そうですね、どうでしょうね、正味で10年足かけで15年ぐらいでしょうか。
寒い時期と僕は言うんですがただね、僕はこういう商売はそういうことがつきものだと思っていましたから最初から実はねいいですか?少ししゃべって。
大丈夫です。
実はね、初めて紅白に出るとき昭和38年に言われたときお断りしたんです。
しかも3回。
それは、つまり僕は紅白に出る以上、やっぱり当然ずっと出ていないといけないもし出るんだったら。
だけど僕はずっとこの先何年も紅白を続けて出るだけヒット曲を出せる自信がありませんと、今の段階ではとても。
オファーがきたのはデビューして3か月後、4か月後ですからね。
そういうやり取りが2、3回あってそして4回目のときにそのときのNHKの部長さんがお越しになってね。
いや、舟木君ね紅白の立場も分かってくれと。
ことしの紅白に「高校三年生」が出てこなかったら紅白が困るよ、ということを言われて。
僕じゃなくて「高校三年生」が出なくなるというということを聞いて迷惑をかけてはいけないということで至極当然にありがとうございますと言って出ていかなければいけないということが初めて分かったりね。
そういうことを、いろいろな業界のこと、いろいろなことを教えてもらって事実を教えてもらっていろいろあって寒い時期に入ってどうでしょうもう1回やるかと、言ったのは30周年ですから47歳のときです。
それは、あることが転機になったんですか?いろいろあるんですけれども自分に腹が立ってくる、自分に向かって腹が立ってくるという大きな理由ですよ。
やっぱり、転業するなら早く転業しろよと。
別の商売をするならうだうだやっていてお前はいったい何をやっているのと。
たまに仕事で出ていくとお客さんの目線が突き刺さるしそれからそのとき僕は賃貸のマンションに住んでいたんですね。
あるときぼうずと風呂に入っていたら、欲しいものはあるとおもちゃの何かぐらいで聞いたら自分の部屋と言われて頭にきましてね。
何でこいつにこんなこと言われてと思ったんですけれども僕の中でもそうだったんですね、僕はそれほどそのとき同じような思いをさせてしまったんだということでちょっと自分に対して腹が立ったんです。
お前、何やっているのとやるならやる、やらないならやらないで、はっきりしろよということで自分の中で刺さってくるんですね。
くどいようですけれども自分に腹が立ってくる。
これがいちばん大きな理由ですね。
時代劇の経験がさらに生かされて実際に時代劇をされるようになりました。
「銭形平次」、全国公演ですね。
初めてここからスタートを切りました。
歌と一緒にされるようになったんですね。
僕は舞台の公演、舞台の時代劇というのはとても縁が深くなっていって、そこでも先輩にいろいろ教わって、時代劇がとても好きになって子どものころから好きで映画は見ていました。
好きだったものだから、やっぱりこれはイレギュラーな仕事ですかとマネージャーに聞きました。
1か月後だから。
ちょっと考えてください、と言われたのでレギュラーで真ん中に立つやつが若くて何もできないわけですからのめり込んでやった時期ですね。
時代劇と歌を一緒にするということですね。
肉体改造までして「銭形平次」に臨んだんですね。
どのように肉体改造されたんですか?要するにこの写真でもまだほっぺたが足りないんです。
舞台の時代劇というのは、映像と違って寄りのときにライトをぱっと強くして、へこみをなくすとかというのはできません。
ある程度、顔がないとほっぺたがないと、最低限今ぐらいないとできない。
貧相ではだめ。
かっぷくをよくしたんですね。
大きな劇場でやりたいという思いもあったんですか?やっぱり僕にとって新橋演舞場というのがね思い出の最も大きい深い劇場ですし、やらせていただくわけですけれども、なんか新橋演舞場という劇場は僕は大好きなんですよ。
花道もあってね。
そうするとコンサートホールでもそうですけどね、自分に合う空間合わない空間があるんですよ。
合うんですか。
ぴったりなんですよね。
ゲネプロでセンターに立ってこの空間はすごく好きだなとそういう相性もやっぱりあるんですね。
相性のいい舞台ご覧いただきたいと思います。
「薄桜記」ですね。
亡くなった、みつもとさんという女優さんです。
時代劇の経験も生きて。
なぜだ!なぜなんだ!きれいな舞台ですね。
歌とお芝居の舟木スタイル。
記念撮影をよくされているそうですね。
これは、うれしいじゃないですか。
僕はいまだに分からないんですよ。
これ、どうしてお客さんが全員写ってどうして写っているお客さんお一人お一人の顔が分かってそこへこの写真をお送りできるのか。
すごいちょっと鳥肌が立った。
分かる人がいたら教えてください。
魚眼レンズで撮っているんだと思います。
これすごい、うれしいね。
そんな舟木さん、新曲が今度、NHKの「歌謡コンサート」で聴くことができます。
ありがとうございます。
納涼!真夏のうた祭りと題して「NHK歌謡コンサート」五木ひろしさん、和田アキ子さん坂本冬美さん氷川きよしさん、皆さんの出演です。
楽しみですね。
皆さん、ぜひお楽しみにしていただきたいと思います。
29日です。
今度はぐぐっと舟木さんのお話を伺っていくテーマですがこちらです。
舟木一夫流男のおしゃれな生き方ということです。
3か条3つの原則があるということです。
いちばん最初はまず女性をあがめよということでございます。
皆さん、ありがたいですね。
これは簡単なんですよ。
男はね仕事と称するゲームですね。
それ以外は何1つ、女性にかなうものはありません。
それは実感です。
女性がもし、いてくれなかったら男なんて3か月ももちません。
そしてあすを楽しめ。
あすを楽しむためには、きょうちょっと仕込みをしておこう気持ちを体を休めるでもいいしあした、こういうことをしようなんて言う、いたずらな衣装を着てみようとか、何でもいいんです。
あしたのことを楽しむためにはやっぱりきょうあしたのことを考えておかないとつまらないじゃないですか。
あすを楽しめというのは、きょうを楽しむということでももちろんあるんです。
最後のはてなマークですがこれは何ですか?何ですかね。
少年で、ということですね。
これは男の子はねやっぱり、いくつになっても少年のときのやんちゃというのをね持っていないと、やっぱり特に僕らみたいな芸事をやる人間はそうじゃないといけませんね。
まとまらないことです。
スタイル、格好も少年っぽい。
そうですよ、ジーンズに。
これは好きで着ているだけですけど。
いやいや。
少年のスタイル持ってきていただきました。
ごく一部のお衣装です。
ジーンズとTシャツが。
大好きなんです。
ジーンズが大好きなんです。
その話をしましたらNHKさんのほうから持ってこいということで。
無理を言いました。
もちろん今どきのスタッズのものがあったり。
広げてみてください。
冬はね寒くてはけないんです。
冷えてね。
これは少年の気持ちがないとはけませんよ。
いいものですよ、なかなか。
色も紺だけではなくて、いろいろなカラーのものがあったり。
遊び心がありますね。
それから、このようなわけの分からない。
すてきじゃないですか、かっこいい。
何枚くらいあるんですか?一部だから。
えっとね、持ってこいと言われてねついでに勘定をしてみたら127本がありましたジーンズが。
Tシャツもやっぱり穴が開いている。
そうそう虫食いみたいになっているでしょ。
ちょっと舟木さんロックテーストなんですよ。
虫食いみたいになっている。
虫食いではないですけどやっぱりね。
Tシャツって楽しいんですよね。
いろいろなのがあって。
これはちょっと夏っぽくてかわいい。
ロックっぽいのもあります。
これを着ていると気分も少年のような。
スカルの絵柄が描いてあるのもあります。
洋服屋さんみたいになっていますね。
視聴者の皆さんから質問とメッセージがたくさん届いています。
質問です。
三重県の方からです。
ことしの12月には古希を迎えられますが、なぜそんなに若々しくいられるんですか。
毎日の食生活を教えてください。
皆さん聞かれることかと思います。
普通に食べたいものを食べています。
しょっちゅうラーメン食べてるし、何もしていないですよ僕は。
特には。
すいませんけどね古希というのはやめてください。
70歳です。
ほんとすごいね。
どうなっているんだろ。
埼玉県の方です。
50周年が過ぎて、ますます過密スケジュールですがお休みのときはどう過ごされていますか?最近の奥様孝行は何でしょうか?奥様孝行なんてことばはうん。
僕の辞書にはありませんね。
孝行はしません。
常に女性をあがめているから。
お休みのときは何をされていますか?やっぱりね声の戻りが遅くなっています。
年のせいで。
体力もそうですが一日コンサートを目いっぱいやりますので3日ぐらい休まないとやはりのどの戻りが遅くなっちゃったので次の仕事のために休んでいる。
メンテナンスのために。
メッセージです。
名古屋市の方です。
けさ、新聞で舟木さんが出演されるのを知り、少しゆううつな気持ちが、夏ぞらのようにぱっと晴れました。
舟木さんを歌い続けてくれてありがとう好きでいてよかった。
次の方です。
私は中学2年生です。
「高校三年生」を聴いていいなと思って学校で聴いていたら学校の先生に渋い歌だね、懐かしくなるよと言われました。
中学校2年生です。
いっぺんお茶でも飲みましょうか。
母と私、全員で舟木さんのファンです。
これからも頑張ってください。
新曲も29日NHK歌謡コンサートで放送されます。
2014/07/24(木) 13:05〜13:53
NHK総合1・神戸
スタジオパークからこんにちは 舟木一夫[字][双]

「高校三年生」誕生話 苦悩喜び人生いろいろ  ゲスト:舟木一夫               司会:伊藤雄彦アナ、戸田恵子

詳細情報
番組内容
双方向データ放送番組。テレビのリモコンを使って、ゲストに関するクイズやアンケートに挑戦!気になるゲストの生トークにあなたも参加しませんか?テレビをネットにつなぐとさらに楽しめます。
出演者
【出演】舟木一夫,【司会】戸田恵子,伊藤雄彦

ジャンル :
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:19963(0x4DFB)