生字幕放送でお伝えします山本⇒こんにちは。
「ゆうどき」です。
お伝えしておりますように台風8号は、あすには九州に上陸するおそれありますあさってには東日本に接近する見込みです。
合原⇒今後も台風8号目の情報にご注意ください。
山本⇒まずはニャンカメからです。
台風への、備えです。
合原⇒東京調布から長野アナウンサーです。
長野⇒こんにちは。
東京・調布市深大寺の農家に来ています。
雨が強くなってきました。
こちらのハウスでは、きゅうりトマトそして私の右側には露地もののししとうねぎかぼちゃじゃがいもなどさまざまなものが旬を迎えています。
野菜が多いです。
台風に覆われてこういった作業に追われていました。
じゃがいもです。
一日で全部掘り起こしました。
水にぬれると売り物にならないそうです。
この辺り、実は先月24日にひょうに襲われた地域なんです。
あの、ひょうのすさまじい映像、三鷹や調布市などのあの映像を覚えてる方がいらっしゃると思います。
実際にたくさんの作物に被害が出ました。
ししとうの葉っぱ、こんなふうに破けちゃっています。
あれから2週間たちまして上のほうに新しい芽吹きがあるんですけれどもこれも、ちょっと台風が心配です。
このあと。
きょう、もう1つ作業に追われている、こちらのねぎです。
秋ものです。
これからどんどん太くなり秋の出荷に向けて育っていきます。
このねぎの周りにうねというんですかね。
どんどん土を重ねていきまして倒れないように台風の影響が出ないように、つい先ほどまで行っていました。
露地ものも心配なんですがいちばん心配なのはハウスです。
台風に備えますと普通ですと、隙間風が入りますと最悪の場合吹き飛ばされるおそれがあります。
普通夏場は絶対に閉めない外側のシートをきちんと閉めています。
密閉します。
さらにハウスでいちばん弱いのは入り口だということで、入り口を厳重に閉めまして鉄パイプ2本しんばり棒をかまして、ずれないようにする。
あすの作業をだということです。
通常の対策はそこまでです。
今回は、心配なことがあります。
天井に注目いただきたいんですがシートに覆われてますが、雨に打たれて見づらいと思いますが2、3mmの穴が無数に空いています、ひょうにやられたのです。
この穴が台風の猛烈な風を受けたらどうなるかというのが今までにないことなので心配だということです。
2週間ひょうからありましたので修理ができなかったのかなというふうに聞きましたら三鷹と調布だけでも150軒以上の農家が、ひょうの被害を受けていまして業者にしても2週間でそこまで修理することができないということでした。
農家の杉本さんです。
きょうのあとの台風ということで心配ですね。
杉本⇒この事件でこれだけ大型のものが来るというのは経験がありません。
ビニールに無数の穴が開いていましてかなり弱くなっていると思うので破かれるのではないかと心配しています。
祈るしかないかなというところもありますが備えはまだ時間がありますので万全に。
頑張って続けたいと思います。
すべてに、備えることは難しいかもしれませんが、できることから備えを進めているという農家からお伝えしました。
山本⇒被害がでないことあったとしても少なくということ願います。
「人生ドラマチック」です。
合原⇒本日のゲスト片岡鶴太郎さんに質問です。
この1週間で起きたドラマチックな出来事を教えてください。
片岡⇒私の大河ドラマの小寺政職の肖像画を福岡のしんやさんが色鉛筆で描いてくださいました。
すごいでしょこれ。
赤鼻は見事に描かれていますね。
赤鼻もちゃんと色鉛筆で描いてくれました。
ドラマチックでした。
その官兵衛が、わしをないがしろにするはずあるまい。
わしは官兵衛を信じておる!大河ドラマ「軍師官兵衛」に出演している片岡鶴太郎さん。
鼻を赤く塗った小寺政職役の独特の演技が話題になりました。
東京の下町に生まれ幼いころから父親と寄席を見に行くうちに芸人になりたいと思い始めました。
そう思い込んだら一直線。
高校を卒業すると声帯模写の師匠に弟子入りします。
♪「風が燃えてるぜ」そしてバラエティー番組のものまねで大ブレーク。
マッチでーす!レギュラー番組8本を掛け持ちするほどの売れっ子となりました。
ところが、人気絶頂のさなか突然ボクシングを開始。
そして40代になると全く関心のなかった絵画に挑戦。
次々と新しいことに挑んだ理由は何だったのか?きょうは、多彩な才能を持つ片岡鶴太郎さんのドラマチックな人生に迫ります。
山本⇒きょうのお客様小寺政職さんこと片岡鶴太郎さんです。
片岡⇒よろしくお願いします。
今映像でもすごく絞り込んだ映像がありました。
後ほどじっくり伺いますが裏切っちゃったじゃないですか官兵衛を。
片岡⇒そうなんですよ本当に大変なことになりましたが次の日曜日は、ぜひ楽しみにしてください。
今隠れているんですよね。
この日曜日に山本⇒楽しみにしています。
合原⇒プロフィールです。
バラエティー番組のものまね芸で大ブレークしました。
そのあと俳優として活動しました。
その後も数々の演技賞を受賞しました。
そして、ことし大河ドラマ「軍師官兵衛」で小寺政職役で出演されています。
ものまね芸人として、人気者になった鶴太郎さんですが思いもしなかった人生の転機が待ち受けていました。
23歳でテレビデビューを果たした鶴太郎さん。
たこ八郎や小森のおばちゃまなどのものまね芸で大ブレーク。
売れっ子の時代がおよそ6年続きました。
羽振りがよくなり仕事が終わると毎日仲間と夜の街に繰り出し遊び回っていました。
そんなときです。
心の中から声が聞こえてきました。
鶴太郎さんいわく、それを腹の主の声と呼んでいます。
腹の主はこのままでいいのか?と厳しく問いかけたといいます。
鶴太郎さんは、声に従い体を鍛えることにしました。
すぐに、頭に浮かんだのは子どものころから大好きだったボクシングでしたが経験は全くありませんでした。
32歳でジムに通い始めた鶴太郎さんは後に世界チャンピオンとなる当時17歳の鬼塚少年と出会います。
鬼塚さんは今、福岡でボクシングジムを経営しています。
初めてジムにやって来たころの鶴太郎さんを鮮明に覚えています。
初めは腹筋が10回もできませんでしたが8本のレギュラー番組を2本に減らし厳しいトレーニングに励みます。
そして僅か1年でプロライセンスを取得しました。
ボクシングを始めたころからバラエティー中心だった仕事に変化が見られるようになります。
人間の喜怒哀楽を丸ごと表現したいと俳優に挑戦。
大河ドラマや映画に出演しその演技力は高い評価を受けます。
その一方で、ボクシングにもさらに、のめり込んでいきます。
鶴太郎さんは鬼塚さんの試合にセコンドとして立ち合いました。
鬼塚さんは、連戦連勝で世界チャンピオンの王座を獲得。
その陰には鶴太郎さんの支えがありました。
片岡⇒鬼ちゃんありがとうございます。
渇きがあるんですか。
いつも渇いているかも分からないですね。
本当にボクシングの道に進まれたときは私も、小森のおばちゃまよ。
というものまねを自分でするくらい大好きだったので、あの片岡さんがボクシングにいったというのは、ひょっとしたら話題作りなのかなとかそれぐらいの気持ちで見ていたんです。
そうですよね。
何であそこまでのめり込んだんですか?やはり、まあそれまで芸人として飲んで食べて仲間と飲んで遊ぶことがすべてそれが芸としてそのことを翌日におもしろくしゃべってそれでタレントとして番組でそういうふうにやっていたんです。
でもそれが自分の中で、限度だなと思って32歳の年で今ここできちっと肉体も精神もそぎ落としておかないと、これからの40代50代の人生がちょっと不安というか危ないなというふうに思ったんですね。
ですから…役者という仕事をさせていただいて僕はもともと、ものまねできていますから誰かにふんして笑い、ギャグを表現する、そっちのタイプなんですね。
資質がそうなんです。
ものまねから人間を表現する。
きちんとした役者さんとして表現できる人になりたい。
それには一回ぽちゃっとしたキャラクターというか、それを1回捨てなくてはいけない。
そのためには体を1回そぎ落とす。
それと同時に、子どものときからボクシングが好きでいずれやってみたいと思っていても怖いのと忙しいのとで、なかなか、グローブをはめることができなかったんですけれどもここを逃したらないと32歳でプロのライセンスを取れるのは33歳までなんです。
この1年ボクシングでライセンスを取るまでやろうとそういうふうに決意を持ってジムに入ったんですね。
でも鶴ちゃんはですよ。
当時、人気絶頂じゃないですか。
忙しかったですね。
それでよしと変われるものですか。
そのときも2年先まで仕事が埋まっていたんです。
でも何で、2年先まで埋まっているのに今そんなリスキーなことをやるの鶴ちゃんはぽちゃっとしているから鶴ちゃんでいいので芸人が腹筋を鍛えてシャープになったらどうなのそれはリスキーだし、死活問題だということ。
それは事務所の社長にも呼ばれた。
かといって2年先まで仕事があっても今の現状のままでもそれはじり貧になるだけで自分の生き方として変えたい。
芸人であることも大事だけれどもいち人間として人生も考えなければいけないということでテレビの自分の姿を見ていると何か、怠惰な感じがして見にくくみにくく太っている姿を見てテレビの画面から抹殺したくなるんです。
合原⇒人気絶頂で2年先まで仕事が待っていたら、そのままいこうということになるじゃないですか。
2年後どうなっているかしょうがないですよね。
山本⇒それでボクシングにのめり込んで鬼塚さんが、渇きの男だとおっしゃっていました。
まさに俳優の世界、ボクシングをやることで広がっていきますがボクシングをやって何が見えましたか?要するに、規則です。
足るを知るということです。
それまでは芸人としておなかが減ったら、食べていて一日に4食、5食も食べていてお酒も飲んでいたものを減量しなくちゃいけない当時65kgあったんです、それを、52キロ級に取得しなければいけないので10kg以上落とさなければいけない。
それまで一日に4色から5食食べていたものに2食とか3食にするんです。
食べるものも考えなければいけない。
食べることの大事さや食べるものも、考えなければいけない。
そぎ落とすということ。
それは私にとって大事な作業で必要じゃないものはとらなくてもいいということになるんです。
周りの見方も変わりましたか。
変わりましたね。
ですから申し訳ないんですけれども夜飲みに行くことができなくなってしまったんです。
合原⇒どうしてですか。
みんなで食べて飲んでいたものをカットしなくてはいけない。
なので飲み仲間がいなくなってしまった。
人間関係があるでしょう?1回それは、絶たなければいけない。
申し訳ないということで。
それでもやめるということですね。
やめないとライセンスが取れない。
本当にあのリングの上にたったら打ちどころ悪かったら、どうなるか分からないし特にタレントとして本当にボクシングをやっているというのはタレントに、負けるものか、とよけいにいきますからね。
怖かったですよ。
それぐらいの覚悟だったということですね。
30代で鬼塚選手と出会ってボクシングに情熱を注いだということですけれども40歳を目前にして鶴太郎さんに転機が再び訪れます。
1994年、鬼塚選手は6度目の世界タイトル防衛戦に敗れ、引退。
6年以上も鬼塚さんを支え続けた鶴太郎さんはひどく落ち込みました。
さらに俳優の仕事も減りぼう然自失の日々が続きました。
そんなある日ふと目に留まったものがありました。
家の前に咲くツバキの花です。
そのとき、また腹の主の声が。
絵を描こう。
鶴太郎さんは絵筆を取ることを思い立ちました。
花や魚、昆虫など小さな生き物をモチーフに夢中で描き続けるうちに絵で表現することのおもしろさや奥の深さに気付くようになったといいます。
鶴太郎さんは今アトリエを兼ねた別宅に寝泊りしながら絵画の制作に打ち込んでいます。
描き始めたころは水墨画が中心でしたが、最近は油絵にも興味を持っています。
時には指で描いたりさまざまな技法を試し表現の幅を広げてきました。
絵画は生活の中心を占めるほどになっています。
40代後半になってからは健康を意識して生活のスタイルにも気を配るようになりました。
毎日の食事には特にこだわっています。
野菜をざく切りにしたおみそ汁を作ります。
家での食事は菜食が中心です。
ごはんは玄米ひとすくい。
かぼちゃの種やくるみ雑穀などを振りかけます。
うまいっすねえ。
鶴太郎さんは朝1回だけのこの食事で済ませることが多くなったといいます。
季節の果物以外はほとんど同じメニューです。
大河ドラマの収録の日もこの朝ごはん1日1食で通しました。
そして今真剣に取り組んでいるのは、ヨガ。
ふだんは毎朝4時ごろに起きて始めます。
2年半前に伝統的な古代インドヨガを学び健康維持のために始めました。
(呼吸音)めい想から逆立ち、呼吸法など毎朝2時間をかけ丹念に行います。
ことし12月に還暦を迎える鶴太郎さん。
ボクシング、絵画そしてヨガへの挑戦。
腹の主は、次にどんなことをささやくのでしょうか。
山本⇒おなか、ぺちゃんこですよ。
片岡⇒ぺちゃんこですね。
客観的に見ると、すごいですね。
なかなか自分の姿は見られないので、こうして客観的に見るとおなかは、ぺったんこですね。
山本⇒ここまでしないとだめですか?片岡⇒やるからには納得のいくものをやりたいですね。
僕にとってヨガが体にとても合っているようですね。
やるのが楽しみですからやるため4時に起きて呼吸法ヨガ、めい想をやると2時間ぐらいになるので6時くらいまでもちろん、けさもそうです。
あそこまで、おなかがぺっちゃんこになると、腹の主がいなくなってしまうんじゃないですか。
腹の主はぺっちゃんこになろうといますので。
合原⇒腹の主はいつから聞こえるようになったんですか。
子どものころから何かそういう声とかよく虫が知らせるというのがあるじゃないですか。
虫がすくとか虫のいどころだとかその虫だと思います。
腹の虫と言いますよね。
それが腹の主で、私の場合は主のまま動いています。
ボクシング、絵画ヨガもそうなんですか。
ヨガも腹の主がそういったものを探したいという声が出てきました。
ヨガというかそういったものか分からないけれどもめい想をやりたいというのがどこからか出てきました。
めい想は何だろうかだと思って自分が興味のある方尊敬も含めてそういう方々が皆さんめい想をおやりになっています。
ビートルズもそうですしブッダも。
クリント・イーストウッドとかすてきな方だなという方はめい想をやっていてすてきな方だなと思う方はめい想しています。
自分もやってみたら、意外にちかしい方がやられていてきちっとしたヨガの先生がいましてお会いになりますかということでご紹介くださいということなりました。
鶴太郎さんはまもなく還暦です。
鶴ちゃんって言っていた若いぽちゃっとしていた鶴ちゃんが還暦老いるということ考えられることありますか。
僕は意識をしていませんが当然のように老いていきます。
でも楽しく老いていく。
若いときに戻りたいと思いません。
今からが楽しいと思います。
めい想やって、ヨガをして、見えてきたことはありますか。
見えたことというか還暦を間近にしたときにヨガというものを得たいと思ったもので、若いときはそういったことを思いませんでした。
全然興味がありませんでした。
花にも絵にも40になって花も絵も好きになって50になってお茶に興味を持って60歳近くになったらめい想とか、年を重ねて今の状況があります。
これから年を重ねることで違うものに興味を持つかもしれません。
先はどういうふうになるか分かりませんが、何かまだあるような気配もしています。
ですから年を重ねることが楽しみなんです。
これから、腹の主がささやくことがあるんですかね。
それに、ひたすら私は従っていくしかない。
禅問答のような感じになりましたが。
合原⇒テレビでとても小さいときに見ていて明るくてよく笑うという鶴太郎さんのイメージがありましたがきょうお会いしてみてその部分もありつつ、物静かでいろいろなこと考えていらっしゃるという印象がありまして。
変化があったんですか若いころと。
若いころは本当に、そういった意味では本能のまま、好き勝手にもちろん好きなことしか。
今もそうですが好きなことが、年とともに変わっていっているようなので昔も今もやってみたいと思ったらすぐに着手します、それだけですね。
今の段階で片岡鶴太郎は何を目指しているんでしょうか。
夢としましては好きな絵を描いていたい。
そして好きな役をやっていたいそれには健康でなくていけない。
健康は自分だけの問題ではなくて家族、友人、スタッフいろいろありますがそれと同時に病気ではなく健康で一生を終えたいと思うと体を律していくほうが周りも含めて自分自身の責任もありますし午睡のように他界したいんです。
昼寝だなっていうふうに言われて他界したいです。
眠るようにきょうは眠るように番組を終わりたいと思います、ありがとうございました。
合原⇒「人生ドラマチック」片岡鶴太郎さんでした。
江戸時代から足袋で栄えた埼玉県行田市。
昔と変わらない足袋作りが続いています。
さらに、足袋を保管していた蔵を再利用する人たちも。
「行ってみたい!」伝統の足袋が息づく町行田を旅します。
山本⇒鶴太郎さんもお履きになるんでしょうか。
合原⇒どうでしょうか。
山本⇒足袋です。
偶然にも誕生日が足袋の日というさいたま放送局の岡弘子さんがリポーターです。
岡⇒10月8日が足袋の日です。
10月が七五三の前の月、ということと8日、末広がりということで10月8日が足袋の日です行田市は江戸時代からこちらの足袋の生産が盛んに行われていました。
昭和の初めには200もの工場があり全国の生産量の8割を占めていました。
今回は伝統ある町を旅してきました。
東京から電車で1時間半埼玉県北部の行田市です。
町の中心部を歩いてみると足袋にゆかりのある建物を目にすることができます。
足袋は、市民の生活にも根づいています。
こちらの保育園では…。
3歳以上の園児60人全員が毎日足袋を履いて過ごしています。
動きやすい足袋を履くことで運動が好きになる子どもも多いといいます。
足袋で走ってて痛くない?子どものころから、足袋は身近な存在になっているんです。
行田の足袋作りが始まったのは江戸時代。
近くの中山道を旅する人からの需要が多かったため武士の内職として盛んになりました。
昭和の初めから30年代にかけて全国シェアの8割を占める日本一の足袋の町として繁栄しました。
しかし、今も操業を続ける工場は4軒だけです。
すごい。
昭和初期から続く足袋工場です。
作り方は昔も今も変わりません。
絶対に欠かせないのが創業当時から使い続けているこのミシンです。
今では生産されていない足袋のつま先専用のものです。
このミシンは、縫う力の強弱やスピードを細かく調整できます。
指の曲線に沿って丁寧に縫いつけることができるのです。
出来上がり?出来たて?出来たて。
行田の足袋は芸者さんやお茶の先生など足袋を使い続けてきた人たちに今も愛用されています。
伝統ある足袋作りの最後の仕上げその作業を託される職人さんがいます。
こんにちは。
こんにちは。
いらっしゃい。
岡部幸一さん、78歳。
足袋作り63年の大ベテランです。
岡部さんのような個人で作業をする足袋職人が行田には100人ほどいるといいます。
こちらは、縫い終えた足袋の形を整える工程です。
足の形に合うように中に木型を入れて木づちで、たたきます。
実は、このとき、つま先がほんの少し上向きになるように微調整しているんです。
こうした細かい作業をすることでより見た目も美しく高級な足袋に仕上がるのだそうです。
こちらはかつて足袋を保管していた蔵。
町には80棟ほど残っています。
今、こうした建物を再利用しようとする取り組みが進んでいます。
こんにちは。
こちら、いったい何のお店かというと実は、おそば屋さんなんです。
この4月から、足袋蔵を改装しお店を始めた樽見勝儀さんです。
都内の和食店で料理長を務めていた樽見さん。
ふるさと行田で店を構えたいと考えていたときこの足袋蔵を紹介されました。
天井とか、高いですよね。
1階の天井を…。
そうですね、ぶち抜いてですね太いはりがあらわになった天井。
新築の建物にはない蔵のぬくもりを樽見さんは気に入っています。
樽見さんの足袋蔵の改装を手がけたのは地元の建築家・朽木宏さんです。
朽木さんは蔵を利用したい人の仲介などさまざまな足袋関連の建物を見直そうとしています。
町を支えてきた足袋作り。
その歴史を受け継ぎ今に生かそうとする人たちに出会うことができました。
山本⇒やってきました。
岡⇒そうです。
スタジオに、行田で作られているさまざまな足袋を用意しました。
柄も素材も色も、いろいろあるんですよね。
山本⇒色からして、気になるものがあります。
運動靴じゃない?見た目はそうなんですが、まさにランニング用の足袋なんです。
より素足に近い感覚でジョギングや、ウオーキングを楽しむことができます。
昔、日本のマラソン選手が足袋を履いて走ったと聞いたことがあります。
その足袋がこんなに進化したんですね。
合原⇒通気性もよさそうです。
そのほかにもいろいろあります。
ブーツと合わせることができるものもあります。
ショートブーツがありますよねショートブーツを履いてその上の履き口から折り返すことができるんですよ。
合原⇒これいいですね。
おしゃれです。
山本⇒コートの襟かと思いました。
最近、足袋を履く機会が少なくなりましたが行田では、足袋蔵も含めて現代的に伝統的なものを自分たちの生活に取り入れていこうというそういう思いが強く伝わってきました。
山本⇒新しさが伝わってきました。
合原⇒「行ってみたい!」でした。
山本⇒「毎日食べた〜い絶品!まかない飯」です。
合原⇒ラーメン専門店のまかないです。
まかない飯。
それは料理人が自分たちのために作る一皿。
そこには家庭でもすぐに使えるプロの技が詰まっています。
神奈川県横浜市の西部にある戸塚。
駅前の商業施設を抜けたところに行列の絶えない人気のラーメン店があります。
いらっしゃいませ。
いちばん人気はしょうゆラーメン。
鶏ガラなど30種類以上の食材を使ったスープと自家製の麺が自慢です。
このラーメンを作り上げたのはことし4月に亡くなったラーメンの鬼の異名を持つ佐野実さん。
その遺志を継ぎ総料理長を務めているのが箭内一三さん。
もともとは中国料理店の調理人でした。
13年前佐野さんのラーメンと出会いその奥深さに感動。
ラーメン店での修業を始めます。
佐野さんに腕を認められた箭内さん。
ことし2月体調を崩した佐野さんから店を任されたのです。
箭内さん、きょうのまかないは何ですか?お客さんに出せないチャーシューの端っこを使ったおいしい天津飯を作ります。
使うのは、すべてラーメンの食材。
甘酢あんをかける一般的な天津飯とは違うあっさりした味わいが特徴です。
材料がこちら。
チャーシューの切れ端にメンマ、ねぎや卵など。
あんかけには自慢のラーメンスープと塩だれそして、かたくり粉を使います。
まずは下ごしらえ。
メンマは2mm幅に細く切ります。
火の通りが均一になるようしいたけやねぎも同じ幅にします。
ここでポイントが。
主役のチャーシューを厚めに切ります。
丼に卵を2つ割り入れたら刻んだチャーシューなどの食材を入れ、よく混ぜます。
次に鍋に油を入れよくなじませます。
油が温まったら卵と合わせた材料を入れ中火にします。
火を通しすぎるとぼそぼそとした食感になるため空気を包むように混ぜさっと炒めます。
半熟に仕上がったら熱々のごはんの上に載せます。
続いて天津飯には欠かせないあん作り。
ラーメンスープに塩だれを加えます。
家庭で作るときはインスタントラーメンのスープなどで代用できます。
スープが温まったら水溶きかたくり粉を入れとろみをつけます。
完成した特製のあんを丼にたっぷりとかけお好みで刻みねぎや削り節を添えたら完成。
ふわふわの卵に歯応えのある厚切りのチャーシュー。
食感の違いが楽しめる一品です。
いただきます。
いただきます。
皆さん、お味はいかがですか?箭内さんにとってまかない飯とは?幸せは食卓から生まれる。
山本⇒ラーメンスープはなかなかできない。
合原⇒そう思いますが、よりおうちでも、お店の味に近づける方法があります。
かつおと昆布の合わせだしに、市販の焼き肉の塩だれを入れます。
さらにプロの味に近づくことができます。
合原⇒きょうの「ゆうどき」は片岡鶴太郎さんをお招きしてお伝えしました。
お世話になります。
たくさんのお便りが届きました。
本当に興味を持っていただきまして、ありがとうございます。
いつも真剣に新しいことにチャレンジする姿にとても感動しています。
私も現在50歳になり、何事にもチャレンジしておりますが、なかなか長続きしません。
これからも目標は、鶴太郎さんで頑張るぞ。
といただいています。
恐れ多いです。
私と同じ年齢の片岡さんはしっかりご自分の生き方をされていると思います。
私も50代になってから子育ても終わり少しずつ自分の好きなことをして、毎日を送っています。
子どものころから習っていたピアノを再び始めたり、可能なかぎり自分の時間を持つように心がけています。
そして質問も届いています。
一度お伺いしたいと思っていたこと。
ボクシングをしているときも絵を描かれているときも苦しいときがあると思います。
そんなときは、どのようにして、どのようなことばで、自分を励ましていらっしゃるのですか?ほんとですね。
絵を描くときそれも当然壁にぶつかることがあるんですけれども絶対どこかで手だてはあるだろうというふうに思っているんですよね。
あとあまり、落ち込んで絵を描くと波動が絵によくないんです。
きょうは、どうもだめだなあまり描きたくないというときは体を動かします。
それで気分を変えます。
波動が、よくないんですか?マイナスはいけません。
苦しまない、楽しんでやることがいちばんです。
合原⇒もう1つです。
お笑いはやらないのですか?また見たいですと届いていますよ。
マッチです!もやっていますよ。
小森のおばちゃまよ。
というのもやっています。
山本⇒ありがとうございます。
貴重ですよ。
いつでも言ってくだされば、路頭でも何でもやりますよ。
キューちゃん、というのもあります。
ぜひ声をかけてください。
片岡さんの人生のゴールは何でしょうか?大学生の方です。
ゴールはあまりないですね。
先ほども言いましたがお昼寝のように他界することです。
元気でね。
さかなクンからもイラストが届きました。
2014/07/09(水) 17:10〜18:00
NHK総合1・神戸
ゆうどき ▽片岡鶴太郎さん生出演。芸人時代の苦悩とは?素顔に迫る![字]
人生ドラマチックは、俳優の片岡鶴太郎さん。モノマネ芸人時代の知られざる苦悩とは?俳優として、画家として。多才な才能を発揮する片岡さんの素顔に迫る。
詳細情報
番組内容
【キャスター】山本哲也,合原明子
出演者
【キャスター】山本哲也,合原明子
ジャンル :
ニュース/報道 – 定時・総合
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – グルメ・料理
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