虫たちの驚くべき生態に魅了されたファーブル。
「昆虫記」を書き始めたのは55歳の時でした。
家族を養うため教師として働いていたファーブルは長い間昆虫の研究に専念する事ができなかったのです。
30年かけて10巻を書き上げたファーブル。
晩年には家族の死や戦争に直面し虫との向き合い方にも変化が見え始めます。
虫を通して人間の「生と死」について考えるようになったのです。
最終回はファーブルが昆虫から学んだ死生観を読み解きます。
(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…さあ今回は「ファーブル昆虫記」を読み進めておりますが最終回。
ファーブルはこれまで苦難の人生を歩いてきててその中でも諦めないという。
はたから見てると苦難の人生なんですけども昆虫が好きだそして昆虫について少しでもたくさんの事を知りたいみたいな一本筋が通ってる人生なので幸せな感じもしますね。
ほんとですよね。
さて今回最終回第4回はファーブルが「昆虫から学んだ生と死」という事をテーマにお送りしたいと思います。
指南役はフランス文学者で埼玉大学名誉教授の奥本大三郎さんです。
どうぞよろしくお願いいたします。
なかなかつらい人生をここまでファーブルは送っていましたがここからちょっと良くなるというとこらへんですか。
ちょっとほっとする人生ですね。
心行くまで観察したい虫を相手に勉強したい学問したいという願いがかなうんですよね。
「荒れ地」プロヴァンス語でアルマスっていうんですけど荒れ地と時間を手に入れたわけです。
それから自分も老いてくるし死はもう近いわけですから虫の生きたり死んだりしてるのを見てて死とは何だろう生とは何だろうという事を思い詰めるようになりますね。
ではまずはアルマスでの暮らしを見ていきましょうか。
苦しい生活を強いられてきたファーブルですが50歳を過ぎてようやく安定した暮らしが始まりました。
ファーブルは昆虫の研究に専念できる植物と虫に囲まれた家を手に入れます。
この家を見つけた時庭は雑草が生い茂るばかりでした。
普通の人から見れば荒れ地にしか見えない庭。
しかしファーブルにとっては願ってもない環境でした。
ここに800種類以上もの植物を集め昆虫の楽園を作ったのです。
そしてこの地をアルマス「荒れ地」と名付けました。
この年「昆虫記」第1巻を発表したファーブル。
アルマスで思う存分虫たちと向き合いました。
そんなファーブルの様子が分かるエピソードがあります。
実はこの楽園にある邪魔者がいました。
それは…執筆中の騒音をとても嫌ったファーブルにとってセミの鳴き声は妨げ以外の何ものでもありませんでした。
しかしそんな状況もファーブルは実験の場とします。
庭で空砲を撃てばセミは驚き鳴きやむのではないかと考えたのです。
空砲を撃ってみると…。
(銃声)セミは全く鳴きやみません。
セミは聞こえないか耳が遠いのではないかと考えました。
更にファーブルはセミの味を確かめようとします。
セミの幼虫をオリーブオイルで炒めた料理を作り家族で食べてみました。
果たしてその味は?ごわごわして硬く食べられたものではなかったといいます。
ようやく研究に専念する事ができたファーブル。
30年にわたってこのアルマスで「昆虫記」を書き続けたのです。
ずっとお金には恵まれなかったファーブルですけどもああいう事をやって結果セミ食べてるというのはとても楽しそうです。
まして家族に囲まれて。
ほんと幸せを手に入れたという感じがしますね。
自由ですよね。
思うさま虫の観察ができる。
ファーブルは友達に植物園の人がいたのでいろんな珍しい植物をもらってコレクションもします。
植物が増えると虫もやっぱり増えるんですか?それはもうその植物の好きな虫がたくさん集まってくる。
あそこに小さい生態系みたいなものを作って思う存分観察して。
いろんなものが飛んできてそこで観察ができる。
もう一つは…静けさがね…異様なまでに静けさが好きなんですよ。
でも皮肉なもんですね。
「もううるさい!」となっちゃうのがセミなんですもんね。
また虫なんですもんね。
研究室の2階のあの横にこんなプラタナスが2本生えてるんです。
それがセミの集会場みたいになってるんです。
ジージージージーすごいんですよ。
でもそこでまた実験をしてセミは自分は聞こえないんだみたいな。
でも俗に言う観察の枠にはまらないのは食べたりしてるんですね。
そうなんですね。
いろんな事ありとあらゆる可能性を試すわけで私もねそのセミを食うのはねやってみました。
やってみたんですか先生。
セミの幼虫はねディープフライにするとね外はカリカリ。
中はあんまりジューシーでない方がいいんですけどカリッとした歯触りが命ですね。
お味は?ビールにはとっても合いますよ。
ファーブルは硬くて食べられたものじゃなかったと。
あれねもっと深く…ディープフライにすれば。
あの…文学の番組がグルメ番組になってきましたので。
そうですね。
続きにまいりましょうか。
アルマスで穏やかな日々を過ごすファーブルなんですが実は心の内には悲しみも抱えていました。
愛する家族と共にアルマスに移り住み昆虫研究に専念していったファーブル。
しかし幸せな事ばかりではありませんでした。
アルマスへ移ってから6年後40年連れ添った妻マリーが亡くなります。
また10人いた子供たちのうち6人に先立たれてしまいます。
中でもファーブルが打ちのめされたのは最愛の息子16歳のジュールの死でした。
昆虫が大好きでいつもファーブルの手伝いをしていたジュールを後継者として考えていたのです。
その死はファーブルを悲しみのどん底に突き落としました。
ファーブルは「昆虫記」第2巻をジュールにささげ冒頭に次のように書いています。
「昆虫記」をファーブルが易しい文体で書いたのは若くして命をなくしたいとしい息子に読んでほしいという願いからだったと言われています。
ファーブルは更に死と向き合います。
ファーブルの生きた19世紀は戦争の時代でした。
フランスでもクリミア戦争や普仏戦争が起こります。
ファーブルの身近な人たちも兵士として戦争へ行きました。
帰ってきた兵士たちの話にファーブルは耳を傾け人間同士の殺し合いに胸を痛めていたといわれています。
ファーブルを襲った家族の死や戦争。
それは「生とは何か死とは何か」を考えさせるきっかけになりました。
ファーブルは虫の観察においても「死」を見つめていくようになるのです。
でもほんとにファーブルは戦争が起こったりそして子供たちが先立っていったりといろいろな死に向き合う。
そんな中で虫とも向き合いながらいろいろな気持ちが変わっていくというか影響を受けるんですね。
ジュールの場合は特別に馬が合ったんでしょうね。
植物については非常に敏感な打てば響くファーブルと話ができる子だったらしいですね。
だから特別につらかったんじゃないでしょうかね。
実際に身の回りで戦争が激しいものになっていく。
だけどこんなふうに……とファーブルは考えるわけです。
他の動物は同種同士がそんなに殺し合わない。
武器を持ってる非常にいかにも戦闘的な生き物というので南仏で一番多いのはサソリですよね。
ハサミがあって毒針があって全身これ…サソリの研究をやってみますよね。
昆虫っていう自分の好きなものを通して世の中の事をちょっと探ってみたいって事ですね。
人はなぜ戦争をするのか。
そうですね。
武器を持った人間の戦いというものとサソリ。
実験をするんですか?そうです。
ちょっと見てみましょう。
面白いですよ。
ファーブルはサソリがどんな時に毒針を使うか実験してみました。
サソリを飼育していたファーブルは飼育箱に虫を放ってサソリと対戦させます。
最初は強力な牙を持つクモです。
勝負は一瞬でした。
目にもとまらぬ早業でサソリがクモを刺しました。
動けなくなるとすぐにサソリがクモを食べ始めます。
クモはサソリの餌だったのです。
次は強力な大顎と強い毒のある牙を持つムカデです。
クモの時とは違ってお互い逃げ惑うばかり。
全く戦うつもりもないようです。
最後はフランス最大級のバッタです。
お互い見合って…。
バッタはサソリを踏みつけますがサソリは反応しません。
お互いに相手の存在を気にする様子が全くないようです。
え〜!何だか反応が面白いですよね。
面白いですね。
ばらばらですね。
最初のクモは地面をはってるクモです。
あれの場合はこうパッとハサミで押さえるんですよ。
そうするとクモはそれ以上近づけない。
毒の牙でかむのがクモの戦法なんですけど。
上から針がバッと下りてくるからサソリはもう楽々…楽勝ですね。
次のムカデの場合はねなぜかねやっぱり自然界で力量の互角の時は戦わないんじゃないですか?そう考えるとバッタも一瞬でやっちゃってよさそうなものですけど。
バッタは植物の上なんかにいるでしょ?サソリは石の下でしょ?はい。
だからバッタとサソリはあんまり出会わないかもしれない。
バッタはまあ食べないからやらないって事か。
ファーブルはそういう昆虫を見て人間についてはどんなふうに思ってたんでしょう?だって両方の国が傷つくわけでしょ。
復興に時間かかりますよね。
それは何なんですか?プライドなんですか?それとも何かの利害関係なんですか?それともその時の権力者の意地なんですか?そういう無駄な事は野生動物はしませんね。
サソリがバッタとしない。
ムカデとしないって事を考えるとシンプルじゃないですよねその人間の戦争の在り方って。
でもどっちにしてもかなりサソリについては研究してるんですね。
そうです。
地中海沿岸一帯北アフリカからずっといますからいろんな伝説もあるんですがその一つはサソリは火に囲まれると火あぶりの苦痛を逃れるために自分の体を刺して自殺すると。
自殺する唯一の生物であるという伝説があるんです。
それをファーブルはいろいろ実験してるんですね。
私もやってみました。
サソリを火で囲んでみました。
これおき火です。
はい。
あっサソリが。
サソリを持ってきました。
ラングドックサソリというこの地方にいるすごい毒の強いサソリですね。
真ん中に置いてみました。
殺生な事を…。
これすごく熱いんですね。
逃げようとはするけど熱いってのは分かるわけですね。
ぐったりしちゃった。
あら動かなくなった。
もうこれは死んじゃってるんですか?一瞬自分の体を刺して自殺したみたいにも見えましたよね。
見えましたけど刺さったのかな刺さんないのかな。
ちょっと冷ましてみました。
火から遠ざけて。
あっ死んでない!生きてました実は。
これはどういう事ですか?死んでなかったんですね。
まあ結局こういう事をいろいろ実験してみると……とファーブルは考えるようになります。
何かファーブルがその昆虫を通して「自殺しないんだ。
死というものを変に考え過ぎるのは人間だけなんだ」っていう。
やっぱり自殺するのは卑怯だというふうに考えてるようですねファーブルは。
そして死というものに対するイメージを持ってない他の動物は自殺しないと。
だからこそ人間というのは…そういう事でしょうね。
ご自身もやっぱり苦しかったんでしょうね。
いろいろ考えたんでしょうね。
それはあったと思いますね。
死んでしまえば楽だというような思いの時があったでしょうね。
観察を続けながら死についても向き合ったファーブルですがこんな研究もしています。
ファーブルはツチハンミョウの研究を通してある死生観を持つようになります。
ツチハンミョウは体長およそ30mmの甲虫です。
この虫は幼虫の時にハチの巣に寄生しハチの卵を食べて育つという特性を持っています。
しかし成虫になるためには過酷な運命が待ち受けているのです。
ツチハンミョウは一度におよそ4,000個の卵を産みます。
地中に産みつけられた卵はふ化すると地上にはい出し草花の中に入り込んでハチが来るのを待ちます。
ハチが来るとその体にしがみつきハチの巣に運ばれていきます。
巣に運ばれた幼虫はハチの卵に乗り移り卵を食べて成長します。
しかしほとんどの幼虫は地上にはい出たあと別の昆虫に取り付いたり餌になってしまいハチの巣にたどりつけないまま死んでしまうのです。
生き残れるのはほんの僅かであるという過酷な運命がありました。
またハチが自分の卵を食べるツチハンミョウを自らの巣へ運んでしまうという悲しさもあるとファーブルは述べています。
ハチの卵はツチハンミョウの幼虫を生かします。
ツチハンミョウの幼虫は他の昆虫の餌になります。
昆虫の死は次の昆虫を生かす事になる。
ツチハンミョウの観察からファーブルは昆虫世界における「生と死の意味」を知るのです。
ツチハンミョウも生き残れる確率というのは本当に僅か。
どのぐらいなんですか?生まれた時に宝くじの札を配られるみたいなもんでハズレハズレハズレハズレ…でしょうね。
一匹一匹の個体はどうでもいい。
種族として生き残ればいいわけですから。
とにかくオスとメス2匹のツチハンミョウがいたとしてまあ2匹成虫になれば一応種族は保持できますよね。
3匹だったら増えるじゃないですか。
そういう考え方じゃないですか?このファーブルが言ってるのはうまくいかなくてハチの巣にたどりつけてない幼虫みたいなものが逆に言うと他の動物の餌になるという事で。
お前は4,000個のうちのハズレの1個だっていうのにすごく理不尽なものを感じるしこれを救われるって…変な話ファーブルはこれを救われると思ったわけですよね。
ファーブルは91歳で亡くなるんですけれどもお墓にこのような言葉を残しているんだそうです。
ラテン語で書いてあるんですけどね。
これ何か希望が持てますね。
これはどうしてこういう言葉に行き着いた?世界が終わらない限りまた出番があるんじゃないですかね。
クモがサソリに食べられる。
サソリが死ぬ。
鳥がついばむかもしれない。
その鳥をまた別の鳥が食べる。
あるいは死んでバクテリアに分解される。
そうやってこう命っていうのは循環していくんでしょうね。
だとすると人間がもし本当に出過ぎたところまで生きてる事に執着するとなると…。
そうなんですよ。
人間のその出過ぎたところというのはある意味では…人間が天敵を滅ぼした結果出てきた天敵は人間自身だったわけでしょ。
だからなるべく貪欲な人間の生き方というのは否定してそして分をわきまえて…そうしようではないかそして精いっぱい生きようではないかと。
この世の中面白い事いっぱいに満ちてると。
美しいものもいっぱいあるわけですよね。
それがもう野原にあふれてるんだからそれを知らずに終わりたくないなという事でしょうね。
そうすると結果人生とは何だというところまで。
得られた結果もすばらしいけれどその途中もやっぱり楽しまなければという事でしょうね。
ですね。
だからその途中を書いたのが「昆虫記」という事であって。
その全てを書いてるおかげでこの4夜目僕にとってはすごく重い強いメッセージあるなと思うのはここに「死は終わりではない。
より高貴な生への入り口である」。
彼が昆虫が好きだったって気持ちが幼い頃の僕にもつながってるという。
そうすると一少年が昆虫が好きだっていう事がもしかしたら世界中の子供昆虫好きの子供につながったとするとより高貴な生への入り口だったですよという事をちょっと伝えたいような。
精いっぱい楽しく生きたそして世の中は美しいものに満ちてると面白い事に満ちてるというメッセージですね。
それは子供に教えてあげたいですよね。
いや〜とっても面白かったです本当に。
奥本先生ありがとうございました。
どうもありがとうございました。
2014/07/23(水) 23:00〜23:25
NHKEテレ1大阪
100分de名著 ファーブル昆虫記[終] 第4回「昆虫から学んだ生と死」[解][字]
昆虫はなぜ無益な殺し合いをしないのか? サソリの実験を通してファーブルは「人間の生死」の問題に向き合う。第4回では、ファーブルが晩年に到達した死生観に迫る。
詳細情報
番組内容
55歳になったファーブルは、荒れ地を買い、植物を植えて昆虫の楽園を作った。そこで観察をしながら昆虫記を書き続けた。戦争が続発する時代、ファーブルはサソリを使った実験を行う。サソリが攻撃するのは餌となる生き物だけで、他とは決して戦おうとしなかった。不必要な殺りくを行うのは人間だけであり、死について知っているのも人間だけだとファーブルは考える。第4回では、ファーブルが晩年に到達した死生観に迫る。
出演者
【ゲスト】仏文学者大阪芸術大学教授・埼玉大学…奥本大三郎,【司会】伊集院光,武内陶子,【声】池水通洋
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32721(0x7FD1)
TransportStreamID:32721(0x7FD1)
ServiceID:2056(0×0808)
EventID:19496(0x4C28)