ようこそ「歴史秘話ヒストリア」へ。
今回の主人公はこちら。
お分かりになりますでしょうか?皆さんは「びわ湖」と聞くとどんなイメージを思い浮かべますか?「日本最大の湖」これはご存じのとおり。
レジャーや漁業更には関西の水がめとしてさまざまに利用されています。
しかしあまり知られていないのがその歴史。
実は私たち日本人とは深い縁で結ばれてきました。
今宵は…いにしえの世生命を育み神聖な力を持つと信じられた水。
その水を満々とたたえるびわ湖は古くから信仰の対象となってきました。
これに注目したのが名僧・最澄。
霊力を更に高め現世に極楽浄土を築こうとしました。
その核心に迫ります。
今からおよそ1,400年前。
びわ湖のほとりに都を移す計画が持ち上がります。
命じたのは大化改新でおなじみ…しかし民衆は大反対し暴動にまで発展。
古代日本で一体何があったのか?時は下って江戸時代。
一人の男がびわ湖に心奪われます。
それは…究極の句を追い求めた芭蕉はここに一つの答えを見いだします。
果たしてその新境地とは?最澄中大兄皇子松尾芭蕉。
時を超えびわ湖で結ばれた男たち。
夢と信念の物語です。
周囲235km。
滋賀県のの面積を占めるびわ湖。
かつては「淡水の海」を意味する「淡海」などと呼ばれていました。
これが転じてびわ湖一帯には「近江」の地名が付いたと言われます。
「うみ」と崇められた巨大なびわ湖。
まずは長きにわたり人々を畏怖させてきた力の秘密に迫ります。
古今東西不思議な霊力を宿しさまざまなご利益があるとされるパワースポット。
びわ湖とその周辺には数多くあります。
いずれも古くから人々の信仰と深く結び付いてきました。
その代表的な場所が湖の北に浮かぶ島です。
あっ見えてきました!あれが竹生島ですよ。
この竹生島誕生にまつわる伝説からして神懸かっています。
登場するのは湖畔にそびえる…ある時高さを競い合う事に。
ところが勝負を前に浅井岳の神は一晩のうちに高さを増してしまいます。
この結果浅井岳が勝利。
そんな伝説が語り継がれてきました。
古来神聖な場所とされてきた竹生島には都久夫須麻神社と宝厳寺2つの社寺があります。
さすが「神が住む」と伝えられている島ですね。
何だか空気がピンと張り詰めていて身が引き締まります。
私が最初に向かったのは都久夫須麻神社。
島誕生の源になったと伝えられる浅井岳の神を祭っています。
この神社の厄よけはちょっと変わっています。
その名も「かわらけ投げ」。
私がお願いするのは「身体健固」健康です。
あ〜駄目だ。
難しい。
残念ながら大外れ。
結構難しいんです。
ところでなぜこんな変わった厄よけなんでしょう?願かけや厄よけの際…昭和34年から行われてきた調査では湖底から大量の土器が発見されました。
かつて神事で沈められたものと考えられています。
びわ湖が古くから人々の信仰を集めていた事をうかがわせます。
竹生島で祭られている神様は他にもいました。
私が次に向かったのは島の中央にある宝厳寺です。
五穀豊穣から芸の上達まであらゆる方面にご利益があると言われています。
いかにもびわ湖らしい神様ですね。
水にまつわるパワースポットはびわ湖周辺にいくつもあります。
こちらはびわ湖の源流の一つ「居醒の清水」。
その言われは神話の時代にまで遡ります。
武勇で名をはせたヤマトタケル倭建命にまつわるものです。
全国の荒ぶる神々を退治していたヤマトタケルがこの地の神と戦った時の事。
そのケガが元で…以来この「居醒の清水」は神聖なものと信じられ大切に守られてきました。
伝説に彩られたパワースポットの数々。
今から1,200年前その力を究極にまで強めようとした人物がいました。
平安時代の僧侶伝教大師・最澄その人です。
びわ湖のほとり現在の大津市に生まれた最澄。
若くして出家し湖を望む霊峰比叡山に籠もります。
仏の道を極めようと厳しい修行に明け暮れました。
広く仏教の教えを広め人々を救済するための拠点でした。
しかし延暦寺の開創はびわ湖の霊力を更に高めようと考えていた最澄にとって始まりにすぎませんでした。
びわ湖を挟んで比叡山の対岸にある守山市三宅町。
最近になって最澄の試みを明らかにするある発見があったそうです。
それは一体何なのか?特別に見せて頂きました。
すごい…。
随分と古い仏様ですね。
厨子に納められていたのは1体の仏像でした。
お顔と体の雰囲気というか色が違うなって思うんですけれど。
長い間何の仏か不明だった仏像の頭部。
それは薬師如来だった。
この事実こそ最澄の考えた計画を解くカギになります。
その本尊もまた薬師如来です。
人々の病を癒やし安らぎを与える仏。
最澄は比叡山から見て東に位置するびわ湖こそその場所だと考えていました。
そして薬師如来が庇護する極楽浄土を現世に築こうとしたのです。
最澄が築いた壮大な薬師如来のネットワークです。
三宅町で新たに確認された薬師如来像はびわ湖を東の極楽浄土とする役割の一端を担っていたのです。
平安時代の記録には「びわ湖は薬師如来に守られた池だ」と記されびわ湖が聖なる場所として広く信じられるようになった事がうかがえます。
名僧・最澄をも魅了したびわ湖。
それは時代を超えて存在し続ける巨大パワースポットだったのです。
びわ湖が秘めるさまざまな伝説。
中にはびわ湖の守り神にまつわるものもあります。
こちらは湖畔に建つ白鬚神社。
「白鬚」の名が表すとおり延命長寿にご利益があると伝えられます。
びわ湖の守り神とはどんな神なのか。
神社の由来を描いた絵巻にその姿があります。
この神様猿田彦神といって神々が地上に降り立った天孫降臨の際道案内役を務めていました。
神様も気に入るほどびわ湖は魅力的だったんですね。
「歴史秘話ヒストリア」。
続いてはびわ湖に理想郷を築いたある偉人の物語です。
びわ湖が秘める歴史。
それは神様や仏様にまつわるものばかりではありません。
例えばその一つがこちらです。
一見何もない空き地のようですが…実は今から1,400年ほど前ここには国の中心となる都があったんです。
古代史を知る上で重要な手がかりとなる…長年研究が続けられていますが事実かどうか判然としない記述も数多くあります。
その一つがこちら。
びわ湖畔に移転された都近江大津宮。
長らく遺跡どころかゆかりの品さえ見つからず歴史上のミステリーとされてきました。
記録に残るだけでも江戸時代以降数百年にわたって調査が行われています。
しかし都の跡は発見できずやがて「存在しない幻の都」そんな説が有力視されるようになっていました。
ところが昭和49年ついに歴史的発見がなされます。
詳しい調査の結果見つかったのは宮殿の痕跡。
紛れもない大津宮のものでした。
果たして大津宮とはどんな都だったのでしょうか?研究者の方にお聞きしました。
そこに今あなた立ってるわけだ。
すご〜い。
大津宮の建設を命じたのは大化改新の立て役者中大兄皇子。
後の天智天皇です。
当時日本の隣朝鮮半島には3つの勢力高句麗新羅百済があり互いに激しく争っていました。
海を渡り朝鮮半島沖で激しい戦いが繰り広げられました。
しかし結果は惨敗。
400艘の船など兵力のほとんどを失ったあげく百済は滅びてしまいます。
何か…何か手を打たねば…。
さまざまな対策を検討した末決断したのは新たな都をつくる遷都でした。
そこでこれまでにない国造りを行い信頼を回復しようとしたのです。
今と地形が異なった当時は湖のほとりだった場所です。
しかしこの遷都の計画に多くの皇族や臣下ひいては民衆からも猛烈な反対の声が上がります。
一体なぜ?実はそれまで「都を置くのは大和や摂津現在の奈良や大阪の中心部に限る」という不文律があったのです。
当時の人々にとって大津は大きな湖があるだけの遠い辺境の地でした。
「住み慣れた都会がいい!」。
遷都の反対派は計画中止を求め過激な行動に出ます。
火が放たれるなど大混乱に。
しかし…中大兄皇子は大津の地にさまざまな利点を見いだしていたのです。
渡航時間を短縮できる日本海ルートは大きな魅力でした。
宮殿の大きさは…回廊が周囲を取り囲み中央に天皇の住まいがありました。
大津宮は当時の技術の粋を集めてつくられたと伝えられます。
その一つを見る事ができると聞き伺いました。
あっ。
これですねえ。
こちらは水を使った時計「漏刻」を再現したもの。
まず階段状に配置したマスに常に一定量の水を流し込み順にあふれさせます。
そして一番下のマスには目盛りつきの矢を浮かべ水面と共に上昇していく目盛りを読んで時を計っていたようです。
更にはこの漏刻が告げる時刻を鐘や太鼓を鳴らして町じゅうに知らせたという記録も残ります。
「時」で都を管理するかつてない試みでした。
他にも先端の技術が導入されています。
これは住居跡から発掘された…現在残っている石組みは床下の部分です。
使い方は至って簡単。
溝の一方の口で火をおこして空気を温めそれを反対側に送る事で床全体を温めていました。
今から1,400年も昔のものとは思えない快適な設備です。
遷都の翌年…その後も新しい役人の身分制度「冠位」を定めたり更に日本で初めて戸籍を導入したりするなど国の発展のため大いに活躍しました。
政治的危機を逆手に取りびわ湖に理想郷を築く事で新たな時代を切り開いたのです。
当時の最先端都市近江大津宮。
しかしその繁栄は長くは続きませんでした。
天智天皇が崩御した後後継者争いをきっかけに国を二分する内戦が勃発したのです。
大海人皇子が天智天皇の息子に勝利。
その本拠地・大津宮も焼き払ってしまいます。
実は大海人皇子は天智天皇の弟。
兄と共に大津宮を築いた人物です。
自らつくり上げた理想郷を骨肉の争いの果てに失うとはなんとも皮肉です。
「歴史秘話ヒストリア」。
知られざるびわ湖の物語が更に明らかになります。
皆さんおなじみ松尾芭蕉の句。
五・七・五の限られた言葉の世界で味わい深い情景を伝えています。
日本各地を旅して題材にしていますが最も多くの句を詠んだ場所があります。
それは…晩年には活動の拠点だった江戸を捨て終の住みかにもしました。
一体何が芭蕉の心を捉えたのか?死の直前まで新たな境地を目指した孤高の挑戦に迫ります。
近江国の山向こう伊賀国上野。
江戸時代の中ごろここで…このころ出会ったのが当時巷で大ブームとなっていた「俳諧」でした。
例えば芭蕉と弟子はこんな俳諧を残しています。
「金目当てに女性とつきあおうとしている男がいるよ」と芭蕉が詠むと…。
「女性を喜ばせようと草むらで声を殺して抱き合っているよ」と続けています。
ちなみに「俳句」は明治時代に正岡子規が「俳諧」の冒頭・発句を独立させたものとされます。
俳諧の楽しさにすっかり魅了された芭蕉。
たゆまぬ努力で才能を磨き続けます。
そして29歳の時。
ふるさとを離れ俳諧の中心地だった江戸へ。
俳諧の先生である「宗匠」となります。
しかし成功の一方で苦悩していました。
(芭蕉)もはやただの言葉遊びでは満足できない。
俳諧にはもっと味わいが欲しい。
悩んだ末芭蕉は俳諧の質を更に高めようと己そして自然と向き合う旅に出ます。
芭蕉の名を世間に知らしめた「奥の細道」や「野ざらし紀行」には長きにわたった旅の様子が詳細につづられています。
そしてあの有名な一句が生まれました。
芭蕉は美しい自然など漢詩に多い題材を詠む事で…ここで数日体を休めふるさとの伊賀へたつ予定でした。
しかし弟子が用意した山あいの庵で過ごすうちに思わぬ展開となります。
きっかけはびわ湖の美しい景観を大いに気に入った事でした。
1日もう1日と滞在を延期。
やがて心境に大きな変化が生じます。
その様子は芭蕉が記した「幻住庵記」にうかがえます。
芭蕉の心を惹きつけたものそれは環境だけではありませんでした。
近江の弟子たちです。
身分は武士や商人僧侶などさまざま。
皆俳諧においては素人同然でしたが純粋に楽しむ姿がかえって芭蕉には心地よかったようです。
一方で素朴な近江の弟子たちは改めて俳諧の楽しさを思い出させてくれました。
(弟子)いい月夜ですねえ。
近江での芭蕉一番の楽しみは月見の句会。
度々びわ湖に船を出しています。
芭蕉は「風流を共に味わう事ができるのは近江の人だけだ」と句にも残しています。
この近江での経験は芭蕉の作風に大きな変化をもたらしたとされます。
例えばびわ湖の南岸漁が盛んな堅田で詠んだ句。
「いとど」はコオロギの仲間。
漁師の家の軒先。
湖でとった海老に混じり虫が跳びはねている様を詠んでいます。
また別な句では…。
当時仏の姿を描く「大津絵」が土産物として人気でした。
絵師たちは年初めはどの仏から描くのだろうと素朴な疑問を句にしています。
いずれも日常使う言葉で日々の暮らしを詠んだもの。
風雅の極みを目指した句とは対局にあります。
これらの句は「かるみ」と呼ばれかつてない俳諧の形として世間を驚かせました。
後に芭蕉は「かるみ」についてこう語っています。
「高い志を持って日常に戻る事」。
これこそが芭蕉がたどりついた新境地でした。
びわ湖の風土に身を置き近江の弟子たちと心から交流を重ねた日々。
人間を深く慈しむ俳諧はその果てに生まれたのです。
今宵の「歴史秘話ヒストリア」。
最後は…そんなお話でお別れです。
近江での滞在中境内に間借りした事もあるゆかりの場所。
今も墓石が静かにたたずみます。
「昼間の暑さが消えるのを惜しむかのごとくそそり立つ山のような雲。
しかし湖面にはもう涼しい夕風が吹き渡っている」。
芭蕉が残したびわ湖の句です。
山あいの伊賀で生まれ育ち都会の江戸で活躍した芭蕉。
しかし人生最後の瞬間まで愛したのは大海のごときびわ湖でした。
そして現在。
私たちにとってびわ湖は日々の生活にあるいは観光により身近な存在となりました。
季節を問わず全国から多くの人々が訪れます。
湖畔の各地で清掃や稚魚の放流などの取り組みが続けられています。
環境の悪化が心配された時期もありましたが今びわ湖は本来の姿を取り戻しつつあります。
時に聖地として時に理想郷として我々日本人の心を惹きつけてやまなかったびわ湖。
その悠久の歴史は今更に次の世代へ受け継がれようとしています。
2014/07/23(水) 22:00〜22:45
NHK総合1・神戸
歴史秘話ヒストリア「偉人たちのユートピア〜びわ湖 知られざる夢と信念の物語」[解][字]
日本最大の湖「びわ湖」には、私たち日本人とは切っても切れない関わりが。最澄・中大兄皇子・松尾芭蕉、時代の異なる3人の偉人を通して、知られざる歴史を解き明かす。
詳細情報
番組内容
観光や漁業、あるいは関西の水がめとして、現代に生きる私たちの生活と深い関わりを持つ「びわ湖」。しかし、あまり知られていないのが、その歴史だ。番組では、平安時代の名僧・最澄も注目した霊力あふれるパワースポット、大化の改新でおなじみの中大兄皇子が湖畔に築いた幻の都、そして松尾芭蕉が江戸を捨ててついのすみかとし、俳諧の新境地に至るきっかけとなった秘密など、多彩な表情をもつ「びわ湖」秘話をご紹介。
出演者
【キャスター】渡邊あゆみ
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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日本語
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