5メートルの飛び込み台。
頂上で、のんびりするのが大好きです。
しかし、ショーが始まると、他のトドが飛び込み台に登ってくるため、ハマちゃんも決死のジャンプ!ハマちゃんは、これから本格的な特訓を始め、冬頃にはほかのトドと一緒にショーに出ることを目指すということです。
(黒柳)はい今日のお客様は大変な登山家でいらっしゃるんですけれども小学校5年生になったお嬢さんをなんと…ヒマラヤ?そうですねヒマラヤですね。
連れてったっていうすごい方ですけど9年ぶりのご出演です。
それでトレッキングとか色んなことをお嬢さんとなさったりもするんですけど何といっても偉いのは富士山でもなんでもゴミを拾って帰ってきてらっしゃる野口健さん今日のお客様です。
よろしくお願いいたします。
お願いします。
お嬢様小学校の5年生におなりなんですけどその5年生のお嬢さんを連れて大変なところにこの前もいらしたそうでございますけど。
一番何といっても世界的にすごいのは最年少だったの?当時最年少で七大陸の最高峰を登ったというそういう方なんですけど。
今もうそういうことを誇らしげにしないでゴミ拾って歩いてらっしゃって大変お偉いんですけども。
お嬢様が…「親はいなくても子は育つ」って奥様は大変だったと思いますけど。
5年生におなりになってそのお嬢さんをこの間連れてったんだって?山に。
そうですね。
日頃あまり一緒にいる時間がないんですよね。
特にヒマラヤ行っちゃうと約…年のうち3分の1は日本にいないんで…。
この後ろに写ってる山は何ですか?これね後ろダウラギリだったかな?8000メートル級の山なんですよ。
この4月に一緒にヒマラヤに初めて連れてって。
ここはね4000メートル弱の場所なんですけれどもそこまで上がってきて。
4000メートルのとこまで?4000弱ですねはい。
へえー。
後ろはそうですね。
ダウラギリっていう…。
でもここのとこあんまり寒そうじゃないんだけどものすごい寒いとこもあるんですって?なんか。
そうなんですよ。
去年かな?去年ですよね。
初めて八ヶ岳の冬山なんですけど2月に連れてったんですよね。
もうその日はあの冬一番ぐらい温度が落ちて山小屋出発する時にもう既にマイナス二十何度だったんですね。
雪がねすごいのね。
そうなんです。
これですよ皆さん。
この手前にいらっしゃる方がお嬢さん。
絵子さんと仰るの?そうなんですよ。
もう吹雪になってて…。
向こう歩いてるのあなたなの?僕が撮ってるんで…。
あなたが撮った…。
違う人ね。
それもマイナス27ぐらいだったんですよ。
もう指が痛くなるんですよねかじかんで。
「指が痛い痛い痛い痛い」って言うからね。
手袋してても?はい。
テンション下がってるんですよね。
でもね指が痛いっていうことは生きてるから痛いんでね痛いっていうことは素晴らしいことなんだよなんてフォローしてもね全く盛り上がらないんですよ。
そしたらこのお嬢さんが泣きながら「神様神様絵子ちゃんを助けてください」ってなんか雪の中で言ってたんだって?一生懸命僕にね手が痛いとか顔が痛いとか寒いとかずっとアピールしてて。
僕はずっととぼけてね雪って奇麗でしょ?とかってずーっと言ってたんでね。
そうしたらもう諦めて僕に言うの。
後ろで「神様神様神様絵子ちゃんの指を助けてください」「神様神様神様」ってずーっと後ろで言ってたんで…。
可哀想。
それでどこまで行ったんですか?山頂手前の山小屋まで行ったんですけどそしたら本当にすごい吹雪で。
これ以上先に行くとさすがにもう危ないなと思ってですね。
ぎりぎりのところまでは行こうと思ってたんでそこでUターンして帰ってきたんですけどね。
富士山の清掃にもいつも連れていくんだって?それはね彼女が0歳の時から。
0歳?うん。
0歳の時から。
ですから本当もう赤ん坊の時は背中にくくりつけてゴミ拾ってたんですね。
それからずーっとですからもう見てる?見てる。
ですから僕の職業っていうのが僕意外と職業っていうのが説明するの難しくて。
そうねうん。
学校で聞かれてもなかなか答えられないって言うんですよね。
である時に取材が僕の家に来てて僕が取材を受けてる時に娘が端っこからこっそり見ててそのディレクターの方が「お父さんの仕事ってわかる?」って聞いたら娘が「うん。
ゴミ拾いの人」って言ってましたんで完全にもう僕はゴミ拾いの人というふうに娘は思ってるみたい…。
最年少で世界七大陸の最高峰を登った人とは思っていないのね。
それは思ってないみたいですね。
でも今日できっとおわかりになったと思います。
お父さんすごいんですよ。
山登りとしてはすごいんですから。
でもそれにしても大変な方なんですけども被災地にも随分連れていらっしゃって東日本大震災のところにも。
震災直後…僕らはすぐに現場に入ってね色んな活動をしてましたけどやっぱり現場に入りますとね現場に行かなきゃ本当のところわからないですよね。
においとかもありますしね。
においや何かがね。
テレビでわからない…。
現場に行って帰ってきて東京に着くじゃないですか?そうするとね全くそこのギャップがすごいんですよ。
で家に帰って自分の娘に僕が現場で見てきたことを話をしてもなんかねやっぱり伝わらないんですよね。
なのでじゃあ一回連れていくかということで連れてったんですよね。
でその時にインターネット…ホームページか何かで娘を連れていくって書いた時にですね「トラウマになるんじゃないか」とかね。
子供を連れて被災地に行くっていうことの批判のね言葉が結構色々メールで来たんですよ。
小さい時でしょ?もうちょっとね。
小学校2年生ぐらいの時ですね?小2ぐらいの時ですかね。
そうですよね。
今から3年ぐらい前。
一応そうはいっても親なんで一緒に現場に行ってこれ以上見せないほうがいいかなとかここまでは行けるかなっていうのは何となくそれはなんかわかるかなと思ってですね。
でも本当連れていってよかったなと思ったのがやっぱり行くとこう見て…。
これもそうなんですけどね。
これすごいね。
写真では今表から見てる写真ですけど実際はこの中2人で入ってたんですよ。
学校の中とか病院の中とか家の中とか。
中に入りますとねもっと…生活の色んなものがあってね。
でもやっぱり一緒に現場に行ってそれから変わりましたよものすごく。
それからあなたが写した写真とお嬢さんがたまたま描いた絵と私見てびっくりしたんだけど随分そんなように小学校2年生の時だけど印象って描いてもそんなふうに見えるんだなと思ってね。
これはね僕が撮った写真なんですけど。
陸前高田ですけどね。
あそこの水色の…ありますよね看板が。
あの色しかもう残ってなかったんですよね。
色のあるものが?はい色のあるものが。
僕はこれを見た時に色は今はあれしかないけど色が増えていけばいいなって。
色と人間のかおりっていうんですか?そこがすごく重なったんですよ。
僕はそれを撮ってたんですよね。
帰ってきたらうちの娘が絵をずっと描いててその絵がねすごく似てるような絵だったんですね。
さっきちょっと見ましたけどこれお嬢さん描いたんでしょ?これがそうなんです。
でやっぱりこう…。
小さい時ですからねうん。
色がないところであそこの水色…看板あるのわかります?わかります。
真ん中のところに…見えます。
あそこを一生懸命水色塗ってるので「どうして塗ってるの?」って聞いたら「まだ他に色がないからねあの色がこれからいっぱい色が増えていけばいいんだよね」って言ってたんですよね。
でもやっぱり空の色とかねそういうのがお嬢さんよくわかったのねやっぱりね。
2年生の時ですからねこれはね。
うん。
でもそういうふうに小さい時から色んなことを体験させるのは悪くないって思うんで。
あなたも小さい時はエジプトのお母様で…エジプト人のお母様でお父様外交官でいらっしゃったので…。
幼稚園の頃に日本に帰ってきて初めて日本の幼稚園に行くんですけど日本語できなかったんですよねアラビア語だけで。
アラビア…あなた?アラビア語だけしか喋れずに日本の幼稚園に行くじゃないですか。
そうするとこんな顔してるんで…。
お父様。
抱かれてるあなた。
エジプトのお母様と…。
兄貴ですね。
ああなるほど。
はいはい。
こういうお母様だったの。
そうなんですよ。
それで僕が「外人だ外人」とかいじめられてもう学校に行きたくなくなるわけですよね。
ある時に学校行かないって決めて布団から朝出なかったんです。
母ちゃんが起こしに来て行かないとか言ってたら僕の布団を母ちゃんがバッと剥いでですね…と思ったら僕の…何ていうんですかね?あれをねいわゆる…まあチンチンね。
それをね母ちゃんが寝間着の上からガツンッとつかんできましてねギューッと握るんですよね。
そのあとにクーッと横回転してね最後引き抜こうとするんですよ。
痛かったでしょ?痛いなんてものじゃないですよ。
これがいきなり始まりましてね。
母ちゃんあまり日本語できないんですけど母ちゃんが言ったのが「あなた学校いじめられる」。
「いじめられたあなた学校行かない」。
「学校行かないあなた逃げる?逃げるあなた男じゃない」。
「男じゃないあなたチンチンいらない」とか言って本気で取ろうとするんですね。
これが恐怖でしてね。
だからもう…。
これやられたら大変。
だから学校に行かないっていう選択肢を与えられなかったですね。
じゃあもう行くしかない。
行くしかないんですよ。
でもあの…結果ね色んな子供がいるんでね一概に言えませんけど結果僕にとってよかったのは学校に行くじゃないですか。
なかなか友達ができない。
するとね人間誰かと喋りたいじゃないですか。
学校から帰る時に商店街があって。
商店街ゆえにちっちゃなお店がありますよね。
文房具屋さんとか駄菓子屋とかっていうとこ寄るんですよ。
文房具屋さんのおばあちゃんだったかな?そこのお店のおばあちゃんが色々喋ってくれて。
僕平仮名も読めなかったんでそのおばあちゃんが絵本を広げて僕に一生懸命平仮名の読み方を教えてくれたんですよね。
本当に。
気づいたら学校の友達はなかなかできなかったんですけど街の大人の友達がたくさんできて。
だからもしあの時に「学校行かなくていいよ」って言ったらたぶん行ってないし家から出てないですね。
そのうちお母様とお父様離婚なさるんですけどそれから日本の方と結婚なさるんですが…。
そうこうしている時にお父様とお母様エジプトの方が離婚することになった…らしい?僕が小6の時ですよね。
小6。
あなた「父ちゃん離婚するの?」とかなんとかってお聞きになったんだって?なんかね僕が学校に行っている間に母ちゃんが家を出ていってね。
ですからおやじが僕を迎えに来ておやじが運転してたんですよ。
僕横に座ってて。
「母ちゃんは?」って聞いてもねおやじが答えないんですよ。
おやじのヒゲがねちょっとぴくぴくしてましてねそれを見た時に「あっ離婚したんだな」ってもうねわかったんですよね。
あなたお兄様いらっしゃるのね。
結構ずっとケンカしてたんで両親がね。
時間の問題だなって思ってたんで「あっ離婚したんだな」と思って僕からおやじに「離婚したの?」って言ったらおやじが「うん」って言うんですよね。
だからもうとっさに言ったのが「おやじな母ちゃんも男をつくってね家を出ていったんだからおやじも早く女の人つくったら?」っていうことを小6の3学期の時に言ったんですね。
なかなか立派な小学生ですよね。
そうよ。
そうしたら?おやじがじいっとしてて「いいのか?」って言うから「本当いいよ」って言ったらおやじも結構素直で色んな女性を家に連れてくるんですよ。
何人も連れてきましたね。
「僕に紹介して」って言ったんだって?ちゃんと。
僕は要するにおやじの再婚はいいと思うと。
これ賛成。
ただねおやじからしたらおやじの女房かもしれないけど僕からしたら僕の母ちゃんになるんでだからこれは一緒に選びたいと。
そりゃそうね。
はい。
「一緒に選ぼう」って言ったらおやじが「わかった」とか言って。
ゆえにおやじがいつも彼女を家に連れてくるんですよ。
しょうがないいいじゃない。
で一緒に食事しながらこの人は本当に大丈夫かなって思って。
こっちも自分の母ちゃん選びなんで結構真剣なんですよね。
ずーっと見てるとねたまになんか気の強そうな顔をしたりとかね。
僕が中3ぐらいの時におやじが1人出会った人がいて。
その人には僕から手紙を書いて。
日本の方?日本の京都の人だったんですけどね。
「僕は父の再婚にはすごく賛成だ」と。
「うちのおやじは口は悪いけどそう悪い男じゃないんで父をよろしくお願いします」って手紙を書いたんですよね。
可愛いじゃない。
うん。
やっぱりね高校生ぐらいの男の子がいるところに結婚していくってなかなか…。
そうそりゃね。
向こうが不安にね思わないようにお手紙書いて。
でその方とおやじは再婚してました。
とってもよかったと思ったんだけどその人すごく朝…。
この方?奇麗な方ねよかったじゃない。
これ僕が高校時代ですけどね再婚した頃ですね。
うれしかったでしょ?奇麗なお母さん来て。
うれしかったですよ本当に。
だけどそのお母さんが…寝てると朝たたき起こされるんだって?おやじが結婚した母ちゃんのね…最初の母ちゃんも気が強かったんですけど再婚相手の母ちゃんもやっぱり気強くて…。
その母ちゃん今でもあなたの母ちゃんなんでしょ?そうですよ母ちゃんですけどね。
ただ朝ね…途中で母ちゃんがいなくなって男2人で生活してたんで意外とこうだらしなくなるじゃないですか人間関係がね。
寝てたらねたたき起こされて。
母ちゃんから。
日本の母ちゃんからね。
新しい母ちゃん。
それでね髪の毛引っ張られてね。
父さんが仕事に行くんだから玄関まで要するにお見送りっていうんですか?それでお見送り行くんですよ。
いってらっしゃい!とか言って。
ちゃんとやんなさいって?言葉遣いでしょ…。
その前何となくタメ語を使うとねバシンッと怒られてね。
タメ口利いちゃいけないのね。
駄目なんです。
「あなたはお父さんが仕事をしてそれで学校に行けてるんだからお父さんには敬語を使いなさい」。
「お父さんが帰ってくるまで寝ちゃ駄目です」。
「お父さんが仕事に行く時にはちゃんと玄関までお見送りをしなさい」。
いってらっしゃいませ。
いってらっしゃいませっていうことで。
そういうルールができてですね。
でも考えたら当たり前なんですけどね。
あなたそれでロンドンかなんかの学校へずっと行ってた時はその頃?そうですね。
それが高校を卒業して日本帰ってきて一緒に生活してる学生の頃の…。
でもロンドンの学校行った時も随分なんか日本の子供がいる学校だったそうだけど随分大変だったっつってたねやっぱりね。
ちょっと僕勉強がね…勉強できなかったんでね。
できないっていうかしなかったんでしょ?しなかったしまあできなかったですね。
だからもう落ちこぼれていって高校時代色々まあうっぷんもあって。
学校でケンカして。
そしたら相手が大ケガしちゃって。
で停学になっちゃって。
停学中にぷらぷらしてる時に…日本に帰ってきてですね。
停学中ぷらぷらしてる時に本屋でふらりと手に取ったのが植村直己さんの『青春を山に賭けて』っていう植村直己さんの本で。
それがきっかけで山登ろうとこう…。
よかったわね。
それがなかったらいまだにぷらぷらしてた?いまだにぷらぷら…まあ今でも…。
じゃあその新しい母ちゃんとはずっとうまくいってるの?うん。
でもちょっと病気になってね。
何年か前に亡くなってしまったんですけどね。
その新しい母ちゃん?そう。
そうなんですよ。
あら!そう。
そうなんですよ。
これは本当に…。
お父さんは…寂しいでしょうね。
ですから今一生懸命僕またセッティングをしてましてね。
おやじの結婚相手をね。
ちょっと合コンじゃないんですけどおやじの出会いの場を一生懸命つくって…おやじなんか好みがね色々あるので。
わがままなんで結構なかなか大変なんですけど。
わがまま?それはまあ外交官でいらしたらね。
エベレストかなんか登るのに2回ぐらい失敗したんですか?そう。
僕97年と98年が2回登頂できなかったんですね。
3度目が99年で登ったんですけど。
その時のお母様のなんか手紙が…。
手紙がねベースキャンプまで届くんですよ。
で僕に…他の人からね無理すんなよとかみんなそう言うんですよ。
無理しないでねと。
母ちゃんから手紙が来てねぱってこうテントの中で見たら「もうあなたは2回失敗してる」と。
「今回けりをつけてこい」と。
「何度失敗してもねそれでもね挑戦するするっていうのはね一種のストーカーだ」と。
「あんたはねエベレストのストーカーになるな」と。
「2回やって駄目で今度3度目なんだからこれで駄目なら潔く諦めなさい」みたいな。
要するに勝負つけてこいっていうねそういう手紙が来たんですよ。
ずるずるするんじゃない!っていうのだってね。
「一気にこれでもう勝負をつけろ」と。
「これで駄目ならもう諦めなさい」というような手紙が来たんですよね。
じゃあものすごいそれでやらなきゃって本当に思った?思いましたね。
ああいう時に無理しないでねって言われてもねそんなに要するに…。
自分では気をつけてるんだからね。
それに「無理しないでね」っていうふうに言うんですけど無理しないで登れるんならねみんな登れちゃうんですよ。
あれ無理しなきゃ登れないんでね。
でもその母ちゃんの…。
なんかね目が覚めましたねテントの中で。
それで駄目ならもう諦めろってバシッと言われたので。
よし!と思って行きましたけどね。
でもそれでうまくいってよかったですね。
そのあと何回もあなたゴミ拾いに行ってるじゃない?時々さあそこのとこでなんだか他の人が…三浦さんの時もそうだけどなんだか途中のすごいクレバスみたいのがあってハシゴがあるじゃない?みんなあそこのハシゴを歩いていかなきゃ駄目なの?あそこは。
あそこはねベースキャンプを出るとクレバス地帯があって。
そうそう。
クレバスだらけなんですよね。
幅が本当広いのでハシゴをこうね倒してその上を歩いていくんですけど。
ああいう場所が何十か所あるんですよ。
なんか落っこったんだって?あなた一回あそこから…。
あそこねくるっと…ハシゴがくるっといっちゃうので。
うわーやだ。
ぶらーんとかね。
本当に落ちたらここにいないんですけど。
落ちかかった?落ちかかったことあるし雪崩にこう流された…3年前は雪崩に流されて。
もがいてるうちに本当にこうドーッと来ましてね。
完全に埋まって。
6600メーター付近なんですよ。
6600メートル?付近で。
もう息できない。
意識が遠のいていくんですけど終わったなと思いましてね。
ただもがいてるうちにちょっと隙間があって光がちょっと見えてそこで初めて上と下がわかったんですね。
雪の中にいると上も下も…。
もがいてるうちにすぽっと顔が出て。
それで口の中に雪入ってますから全部指でかき出してゲッて吐いて。
それで呼吸してはあ助かった!っていうのが3年前あったんですよね。
でもその雪崩から逃れられたのよかったですよね。
そうじゃなきゃあなた遭難したっていうことにねなっちゃうもんね。
雪崩は本当に多いもんですから。
でもまあそういうことでは色々やってらっしゃるんですけど。
何ていってもあなたは富士山がね文化遺産になったのをお喜びなんですけど。
その富士山に何回も行ってらっしゃる。
ゴミ拾いに。
もう14年ぐらい富士山でねずーっとゴミ拾ってきて。
5合目から上に関してはだいぶ奇麗になってですね。
あなたがねゴミ拾ってらっしゃるとこの写真もあるんですけどね。
本当にゴミ多いのね富士山。
これは富士山麓なんですけど不法投棄のゴミだらけで。
5合目から上のゴミは登山者のゴミで。
これはだいぶなくなってですね。
今ここ富士山の1合目辺りですね。
じゃあ下のほうの。
青木ヶ原樹海とか。
そういうとこはもう不法投棄のゴミだらけで。
ああそうなの。
本当にゴミはまだまだすごく多いんですよね。
でもよく文化遺産になりましたよね。
まあでも…世界遺産になってね。
あっ世界遺産…。
世界文化遺産になって。
みんな日本中…お祭り騒ぎになったじゃないですか。
ただ一つね世界遺産になって喜ぶっていうこともわかるんですけど。
ある意味世界遺産になったっていうことはある意味ね世界から試されてると思わないと。
要するに今でもゴミはいっぱいありますしね。
世界遺産になった時に一応宿題がついてる。
ここ3年間ぐらいでどうやって富士山を守っていくのかそういう計画をね作りなさいと。
あっそうなの?宿題出されてるの?今。
宿題があるんですよ。
この宿題がある意味条件なんですよね。
世界遺産になって1年ですよね。
あと残り2年しかないんです。
色んな細かい条件が…宿題がついてるんですけどこれをちゃんとクリアしないと恐らく2年後は世界遺産…ユネスコからねたぶん警告を受けるんですよ。
警告を受けた上でちゃんとやらなかったらそのあとは取り消しになる可能性が…。
抹消っていうことも…。
これあるんです。
ですから世界遺産にねなって…なったらねなかなか今まで色々…何だろうな?入山規制とか色んなことができなかったんで。
世界遺産になったんだからちゃんとやっていこうよねっていう方向にね持っていければね。
あなたこれだけ登ってらしてゴミも拾ってらして色んなことを見てらしたのでご本をお書きになったんですよ。
すごい長い題なんですけど。
何ていう題だっけ?えっと…。
富士山が世界遺産にされて…『世界遺産にされて富士山は泣いている』という。
そうそうそうそう。
じゃあちょっとコマーシャルいいですか?皆さんこれをもしかしたら読んでいただいてどうしたら自分たちは富士山を守れるかっていうことがこれでわかると思うので。
これだけ詳しい方が書いてらっしゃるのでちょっと読んでいただきたいと思いますが。
ちょっとコマーシャル挟みましてご本のことを…。
今初めて聞いたんですけど私たちは富士山が世界遺産になったってよかったよかったって言ってたんだけど。
なってはいるんだけどちょっとなってるわけでもないんだって?なっているんですけど条件がついてなったんですよね。
富士山の場合は世界遺産にはしますけどこれだけのことをちゃんとやりなさいっていうこれだけ色んな宿題がついたんですよね。
ということがあんまり過去に例がないんですね。
その宿題のことがこの本に書いてあるの?それも長く書いてますけどいっぱいあるんです宿題が。
例えばどういう?大きいことでは。
あれだけたくさん人が入ってるので。
ひと夏300万人ぐらいが5合目に入ってるんですよね。
そのうち三十数万人が山頂まで行ってるんですけど。
それも世界から見て例がないんじゃないかと。
だからもうちょっと人数をねコントロールしなさいとか。
今タダでって…お金取るとか色々あったけど。
入山料は海外のほうは入山料普通に取るんですけど日本はそういうことをやってこなかったので。
富士山も去年ぐらいから任意で一人1000円取るとかね。
色々こう…始まったのとあと今回世界文化遺産ですよね。
これもう霊峰富士。
霊峰富士が一つの象徴…。
昔はね信仰の対象だった。
そこが評価されたんですけど。
何でしょうね?やはりこの霊峰富士…信仰の場としてね富士講が行ってた時代って…。
それが評価されたんで。
今の富士山と…今の日本人と富士山が評価されたのではなくてかつての富士山と日本人が評価されたってことなんですね。
僕この間色んな方のお話聞いて僕も知らなかったんですけど御来光ってみんな山頂で見て拝んでるんですよ。
山頂で拝む。
僕もそういうもんだと思ってました。
この間富士講をやってる方に聞いたらですね我々は山頂からは絶対拝まないって言うんですよ。
っていうのは山頂から拝むと太陽が上がってくるじゃないですか。
上から見ちゃうと。
太陽をね。
はい。
山頂から見るっていうのはそんな失礼なことない。
だからみんな9合目とか8合目辺りで…。
9合5尺がそういうとこあったりするんですけど。
そうするとちゃんと御来光は自分よりちょっと目線が上になるんですって。
自分の目線よりもちょっと高く上がっていらっしゃると太陽が。
でこう拝むもんで上から拝んじゃいけないんだよと。
ですから意外と僕なんかも色々富士山にかなり関わってますけど意外と僕知らないことが多かったですね。
自動車で行く人も多いでしょ?どこかまでは。
だから渋滞になるので…これ結構大変な問題で。
自動車の渋滞。
はい。
高山鉄道みたいなね鉄道を走らせるっていうのがあって…という案もあってですね。
ヨーロッパなんかは意外と高山鉄道というか。
ありますよね。
ありますよね。
ユングフラウでもなんでも。
そうです。
ああいうのが日本でもできると要するに入山者っていうのをコントロールできるし渋滞もなくなるし僕はすごくいいなって思っているんですけどね。
そういうの造ってもかまわないんですかね?文化遺産でも。
それは別にいいんですけど。
結果的に環境にとっていいとなれば恐らくそれは許可が出るっていうことなんですよね。
そうですか。
でもそれだけの宿題をちゃんとやらないと抹消っていうか返上しなきゃならないかもしれないってこと皆さんご存じないかもしれないもんね。
多くの方ねご存じないんで…。
『世界遺産にされて富士山は泣いている』というご本ですけど読んでくだされば…。
本当お気をつけてね。
でもお嬢さん山登りできてよかったね。
はい。
続いては上沼恵美子さんの『おしゃべりクッキング』です。
どうぞ。
2014/07/23(水) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 アルピニスト野口健[解][字]
〜2人の母の教え〜野口健さんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
エジプト人の母と外交官だった父を持つアルピニストの野口健さんがゲスト。世界の名だたる山々に登頂してきた野口健さんの精神力の秘密が明らかに!
◇番組内容
幼い頃日本語が話せなかったため、学校でいじめにあった自分に「学校に行きなさい!」と怒った母。母が怖くて嫌々通ったという。通学途中では、小さな店で優しいおばあちゃんに字を教わるなど無関係の大人の優しさに触れたというエピソードを明かす。後に母が家を出て行き、両親は離婚。当時小学6年だった野口さんは落ち込む父に再婚を薦め、父のデートに同行する事も。やがて父は再婚、新しい母は優しいが礼儀には厳しいと語る。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
◇解説放送
小松靖(テレビ朝日アナウンサー)
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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