1969年7月人類が長年抱いてきた夢がついに実現しました。
NASAアメリカ航空宇宙局が打ち上げたアポロ11号が初めて月に着陸したのです。
人間の英知と最先端の科学技術が成し遂げた歴史的偉業に世界中の人々が熱狂しました。
しかしその9か月後。
月へ向かったアポロ13号で誰も想像すらしなかった大事故が発生します。
(爆発音)地球から遠く32万キロ離れた宇宙でアポロ13号の機械船が突然爆発したのです。
まるで外から大きなハンマーでガ〜ンとたたかれたような感じでした。
3人の宇宙飛行士は酸素と電力の大部分を失い絶体絶命の危機に直面します。
この時アポロ13号はなんと月着陸船を使って地球に帰還する事を決めます。
当初誰もがその試みは不可能だと思っていました。
船内の温度は下がり続け寒くて眠る事ができないのです。
疲労がたまっていきました。
地上の管制官たちも絶望的な闘いを強いられました。
しかし彼らはひるむ事なく立ち向かい決して希望を捨てませんでした。
私たちは絶対に諦めないよう訓練されていました。
打つ手が全部尽きてしまうまで挑み続けるのです。
地位や役職を問わず人材を投入する事で創造的な解決策を生み出し不可能を可能にしていきました。
問題解決に役立つアイデアさえあれば組織のどんな偉い人にも会って話をする事ができたのです。
そして次々と襲いかかる想定外の困難を乗り越え3人の宇宙飛行士を見事生還に導いたのです。
今回の「コズミックフロント」は「最も成功した失敗」と呼ばれるアポロ13号の物語です。
アメリカ・カンザス州にあるカンザス宇宙博物館。
1962年町の小さなプラネタリウムから出発した民間の博物館です。
この博物館の一番の目玉は…。
これがアポロ13号の司令船です。
帰還した司令船は事故原因の究明のためバラバラに分解されました。
そして部品を取り去ったあとの船体はフランス・パリの航空宇宙博物館に渡ってしまいました。
しかしアポロ13号はアメリカの宝と考えたこの博物館は船体を取り戻そうと政府に働きかけを続けます。
そして1995年ついにその熱意が実りアポロ13号がやって来ました。
NASAは月面着陸ができなかったアポロ13号を失敗と感じました。
しかしこれは成功した失敗です。
それは非常事態における危機管理が成功した最高のお手本だからなのです。
全く想定していなかった状況です。
マニュアルもチェックリストもなかったんです。
カンザス宇宙博物館は15年をかけて全米各地に散らばっていた部品およそ8万点を集めほぼ帰還当時の姿を復元したのです。
酸素タンク2番。
このスイッチこそ運命の大事故の引き金です。
1970年4月11日。
アメリカ・フロリダ州のケネディ宇宙センター。
3度目の有人月面着陸を目指すアポロ13号の打ち上げです。
船長のジム・ラベル。
既に3回の宇宙飛行経験を持つベテラン宇宙飛行士です。
月着陸船操縦士のフレッド・ヘイズ。
空軍のテストパイロット出身でこれが初めてのミッションです。
司令船操縦士のジャック・スワイガート。
予備の乗組員でしたが打ち上げの2日前に急遽乗り組む事が決まりました。
これまで2度も月面着陸を果たしていたNASA。
アポロ13号の成功を疑う者は誰もいませんでした。
アポロ13号は現地時間の13時13分月に向かって打ち上げられました。
打ち上げは成功。
アポロ13号は順調に飛行を続け地球の周回軌道を離脱します。
月へ向かう軌道に乗ると3段目ロケットから司令船と機械船が合体した状態で出てきます。
司令船は3人の宇宙飛行士の居住空間機械船はミッションを支えるさまざまなシステムとメインエンジンを搭載しています。
Uターンした司令船と機械船は3段目ロケットから月着陸船を引き出し一路月を目指します。
アポロ13号のミッションは全てこのコントロールルームで制御されていました。
打ち上げから3日目。
宇宙船は地球から32万キロ月までのおよそ5分の4を飛び間もなく月の引力圏に入ろうとしていました。
テレビ放送のための生中継リポートです。
しかしこの中継はアメリカの3大ネットワークでは放送されませんでした。
アポロ11号の歴史的な成功から9か月。
早くも世間の関心は薄れていました。
この放送直後異変が起こります。
これはアポロ13号と地上の通信を録音したテープに捉えられていた爆発音です。
(爆発音)しかしこの時ヒューストンのコントロールルームでこの音を爆発だと考えた管制官は一人もいませんでした。
最初に異常に気付いたのは電力・環境担当官のサイ・リーバーゴットさんでした。
ヒューストンにあるアポロ計画時代のコントロールルーム。
今も当時のまま保存されています。
リーバーゴットさんは当時の状況を克明に記憶しています。
目の前の計器は一斉に異常を示しました。
このような場合宇宙船からデータを受信するシステムの一時的な不調がほとんどです。
その時読み取ったデータが計器の不調によるものなのかそれとも本当に問題が発生しているのか私にはしばらく判断がつきませんでした。
ミッション中に起こるさまざまな問題に最終的な決断を下すのはフライトディレクターと呼ばれる責任者です。
この時のフライトディレクターはジーン・クランツさん。
クランツさんはこの異常は計器の一時的な不調のせいだと考えました。
爆発の前たまたまアンテナの調子が少し不安定でした。
ですからラベル船長から「問題発生主電源Bが電圧低下」という報告があった時も「ああまた何か電気系統の不調だな。
以前もこういう事があった。
乗組員が寝てから片づけよう」くらいにたかをくくっていたんです。
しかしその時宇宙船内の飛行士たちは深刻な事態が起きた事を認識していました。
大きな爆発音がしました。
宇宙船は金属で出来ていますよね。
それをまるで外から大きなハンマーでガ〜ンとたたかれたような感じでした。
音だけではなく揺れも感じました。
宇宙船は前後にふらつき操縦を自動から手動に切り替えなくてはなりませんでした。
これはものすごく大変な事態だと悟りました。
対応に追われる宇宙飛行士と計器の不調ではないかと考える地上の管制官。
その間には大きな認識のギャップがありました。
しかししばらくしてラベル船長から決定的な報告が入ります。
「機体から何かガスのようなものが吹き出している」。
この知らせにコントロールルームは大混乱になりました。
最初の報告から既に15分が経過していました。
この時フライトディレクターのクランツさんはコントロールルームの全員に呼びかけました。
その声で我に返ったリーバーゴットさんは計器パネルをもう一度確認しました。
酸素タンク2番は信じられない事ですが圧力も温度も酸素の残量もゼロを示していたんです。
そして酸素タンク1番は急速にガス漏れを起こしているかのようでした。
一体何が起こったのか?アポロ13号の機械船には酸素タンクが2つ搭載されています。
これまでの情報を総合すると酸素タンクのうちの一つが爆発しもう一つのタンクからは酸素が漏れているとしか考えられません。
アポロ13号の電気は主に酸素と水素を反応させる燃料電池で作られています。
もし酸素が無くなれば電気も途絶えてしまいます。
このミッションを支えるエネルギーの大半が失われるという致命的な事故です。
現場の人間には何が起こっているのかよく分かります。
でも管理する側は現場にいないのでなかなかすぐには問題を理解できないんですね。
電力・環境担当官のリーバーゴットさんは読み取ったデータを基にその後の見通しをクランツさんに報告しました。
「2時間以内に酸素は無くなって司令船は真っ暗になります」そう言いました。
突然サバイバルになりました。
月面着陸の計画は当然中止です。
それどころか司令船の電気が無くなれば全てのシステムは止まり宇宙船を動かす事はもちろん3人の乗組員の生命維持さえ危うくなります。
まず決断を迫られたのがこのあとの航路をどうするかでした。
事故発生時アポロ13号は地球から遠く32万キロ離れていました。
電力が完全に尽きてしまう前に1分1秒でも早く地球に帰還する必要がありました。
最も早いのは反転して地球に向かうコースです。
コントロールルームでは直ちに反転して地球に帰還させようという意見が高まりました。
これに強く反対したのが航空力学担当官のジェリー・ボスティックさんでした。
それは危ないと思いました。
だってメインエンジンも一緒に吹き飛んでいるかもしれないんです。
燃料漏れだってあるかもしれません。
もう一つの選択肢はこのまま月に向かうコースです。
現在の軌道を微調整すれば月の引力を利用して最小限のエネルギーで地球を目指す事ができます。
しかしその場合地球までおよそ4日もかかりとても電力がもちません。
待ったなし。
苦渋の選択です。
ミッションコントロールの基本的な考え方はまず第一に「問題が発生した時には考える時間を稼げるような方向を選べ」です。
そして第二に「もしこのあと状況が悪化したとしてもできるだけ選択肢が多く残る方向に動け」なんです。
フライトディレクターのクランツさんはボスティックさんの意見を取り入れ第2案つまり月を回って帰るコースを選びました。
そしてクランツさんは8時間交代のローテーションから外れ帰還計画の立案を受け持つ事になります。
アポロ13号では4人のフライトディレクターが8時間交代で任務に当たる事になっていました。
クランツさんからバトンを受け取ったのはグリン・ラニーさんでした。
ラニーさんは驚くべき決断を下しました。
月着陸船を使って地球へ帰るというのです。
月着陸船は月の周回軌道から月面に降りるためのもので酸素やバッテリーが個別に備わっています。
また爆発で機械船のメインエンジンは傷ついているおそれがあり使えるのは月着陸船のエンジンだけです。
計画では月着陸船は月面探査終了後に捨てられ司令船と機械船で地球に帰る事になっていました。
しかし爆発事故で月着陸船が帰還への切り札となったのです。
司令船は死につつありました。
残されているのは月着陸船だけです。
どうやってやるか方法は分かりませんでしたがとにかくそれしかなかったのです。
3人がまず取りかかったのは司令船のコンピューターにある飛行データを月着陸船に移す作業でした。
司令船の電気が無くなればコンピューターの飛行データが消えてしまいアポロ13号は自分の位置さえ分からなくなってしまいます。
その当時データを移すためにはモニターの数字を一つ一つ読み取り人の手で打ち込むしかありませんでした。
司令船と月着陸船とは少しねじれてドッキングしているので機体の姿勢を示す座標軸が異なるんです。
ですから月着陸船にデータを打ち込む前に一つ一つ補正しなくてはなりません。
紙と鉛筆で足し算をやらされるはめになりました。
爆発から1時間42分。
飛行データを月着陸船に移す作業はギリギリで間に合いました。
そして月着陸船のエンジンを使って無事軌道に乗る事ができました。
しかし地球にたどりつくまで4日。
3人の宇宙飛行士の苦難は始まったばかりでした。
一方フライトディレクターのローテーションから外れたクランツさんは帰還計画立案のため優秀な管制官を選抜しました。
クランツさんが立てた計画は月着陸船を使って地球に向かう。
近づいたところで司令船を再び立ち上げ乗り移る。
そしてその司令船で大気圏に突入するというものでした。
ところがその時一人の若者がクランツさんに異を唱えました。
電力・環境担当官のジョン・アーロンさんです。
当時まだ26歳でした。
私は立ち上がって「クランツさんそれは無理です」と言いました。
「どうしてだ?」と聞かれたので「とても電気が足りません」と答えたんです。
この時点でアポロ13号に残された電力はごく僅かです。
月着陸船には6個のバッテリーがありますがもともと月面着陸のためだけに設計されたもので電力はそれほど多くありません。
しかしそのバッテリーだけでこれからの4日間をしのぎしかも大気圏突入前に司令船を再起動しなくてはならないのです。
クランツさんは言ったんです。
「よし君が責任者だ。
電力が必要な者はアーロンと話して許可を受けるように」とね。
アーロンはまだ26歳。
その若者に向かって「ジョンじゃあ君が宇宙船の全ての電力を管理するんだ」と言いました。
そうしたら彼は「はいいいですよ」とね。
私はアーロンを信頼していました。
クランツさんの信頼には理由がありました。
アーロンさんは宇宙船のシステム全体に興味を持ち自分の担当以外の事も詳しく勉強していました。
そんなアーロンさんを見ていたクランツさんは彼なら限られたバッテリーでやりくりできると考え電力管理という重大な任務を任せる事を決断したのです。
コントロールルームの全員が電力に気を取られている時実はもう一つ乗組員の生命に関わる想定外の事態が起きていました。
それにいち早く気付いたのが…スマイリーさんはコントロールルームで働く管制官ではありません。
乗組員システム部門のチーフとして機材の開発に携わる技術者でした。
スマイリーさんが気付いたのは二酸化炭素の問題です。
空気中の二酸化炭素濃度が3%になると頭痛めまい吐き気などの症状が現れ10%を超えると意識を失い死に至ります。
アポロ13号では二酸化炭素が増え過ぎないようにそれを吸収する水酸化リチウムのカートリッジを使っていました。
ところが月着陸船のカートリッジは月に降り立つ2人が2日間を過ごす量だけしか備えられていなかったのです。
月を回って帰還するという決定を知らされた時それでは日数がかかる。
月着陸船のカートリッジだけでは地球まではとてももたないという事に気が付いたのです。
一方司令船には十分な量のカートリッジがありました。
ところが司令船のカートリッジは形が異なり月着陸船では使えなかったのです。
司令船と月着陸船とでメーカーが違ったためでした。
スマイリーさんは管制官ではありませんでしたがすぐにコントロールルームを訪れ二酸化炭素がいずれ重大な問題になる事を説明しました。
NASAでは誰が何をやってもよかったんです。
アイデアがあればみんな聞いてくれました。
問題解決に役立つアイデアさえあれば組織のどんな偉い人にも会えて話を聞いてもらう事ができたのです。
コントロールルームの要請を受けたスマイリーさんは緊急対策チームを作りどうすれば司令船のカートリッジを転用できるか検討を始めたのです。
「月に人類の足跡を記す」。
壮大かつ困難な目標に挑戦したNASAは事前にあらゆる緊急事態を想定しその対策を練っていました。
その集大成がミッションルールです。
数多くのシミュレーションを重ね「もしもこういう事態が起こったらこのように対応する」というルールをまとめたものです。
トラブルが起こったらどうするかこの本に書いてあります。
管制官のチームで何か月も話し合って作り上げるんです。
人類を初めて月に送り込んだアポロ11号のミッションルールです。
なんとそこには「酸素タンクを失ったら」という項目もありました。
それは打ち上げ時月着陸船降下中地球周回中に分けられていましたが月に向かう途中で事故が起きた場合については書かれていません。
しかしかつて一度その場合についても検討された事はあったのです。
今では覚えている人はほとんどいないと思いますがこれは重要な事かもしれません。
アポロ10号の時にこのシミュレーションをやったんです。
その結果は…乗組員死亡でした。
まさにアポロ13号で起こったように2時間以内に全電力を喪失したからです。
しかしその時のフライトディレクターは「次のシミュレーションに行こう。
これは現実的な想定じゃない。
起こりっこない」そう言いました。
でも13号で起こってしまったのです。
「マーフィーの法則」というのを聞いた事があるでしょう?「起こるかもしれない事はいつか必ず起こる」というものです。
私の経験から言ってもそのとおりです。
「お前は十分に注意を払っているか?」マーフィーは我々にそう警告しているのです。
事故の起きる危険性を読み違えていたNASA。
事故は1年半前の1968年10月電気系統を改良するために機械船から酸素タンクを取り外した事が始まりでした。
1本のネジをうっかり外し忘れていたためタンクを引き出そうとした時に引っ掛かり軽い衝撃を与えてしまいました。
その衝撃でタンク内部で排気用のパイプが外れ酸素を抜く事ができなくなります。
そこでタンクをヒーターで加熱し別のパイプから酸素を抜く事にしました。
ところが過って倍以上の電圧をヒーターにかけてしまったため安全装置が壊れタンク内の温度は540度にも達します。
そのため配線の覆いが溶けてむき出しになっていたのです。
小さなミスが重なった結果酸素タンクはスイッチを入れた途端にショートして火花が飛び破裂する爆弾と化していたのです。
それはミスでした。
そしてミスというものは事故が起きてしまったあとに初めてミスと分かるんですね。
たとえどれだけ設計がよくてもミスは起こって事故につながります。
アポロ13号ではいろいろな事が重なりました。
この世は完全ではありませんし我々人間も完全ではありません。
さほど話題にならなかったアポロ13号。
皮肉な事にこの事故によって世界中のメディアから注目を集めます。
NASAは全ての情報を同時進行で開示しました。
記者たちは宇宙船と地上の交信はもちろん管制官同士の会話も自由に聞く事ができました。
フライトディレクターは不眠不休で働いていましたがそれぞれのシフトを終える度に記者会見を行って質問に答えました。
疲れ切ってうまくしゃべれない事もありました。
でも国民に話しているんだと思って頑張りました。
国民が我々のスポンサーだと信じていましたから記者にも現場で仕事ぶりを見てもらったんです。
全てを明らかにするNASAの方針によって刻々と伝えられるアポロ13号の状況。
その結果3人の宇宙飛行士の生還を祈り管制官たちを応援する空気がアメリカ全土に広がりました。
アポロ13号が月の裏側から出てこようという頃ヒューストンの管制官たちは次の決断に迫られていました。
一刻も早い帰還にはどうしても必要なロケット噴射。
その方法をどうするのか。
第1案は重い機械船を捨てて噴射する方法です。
この方法だと1日半早く地球に帰還できます。
電力が残り少ない中この案を支持する声が高まります。
しかし大きな懸念がありました。
大気圏突入時に乗組員を守る耐熱シールドが宇宙空間に長時間さらされ傷ついてしまう可能性があるのです。
第2案は耐熱シールドを守るために機械船をつけたまま加速する方法です。
ただし十分な加速はできず10時間しか時間を短縮できません。
フライトディレクターのラニーさんとグリフィンさんはより安全な第2案を採るべきだと考えていました。
その時2人は突然NASAの首脳部に呼ばれます。
その加速の方法をどうするのか説明を求められたのです。
当時のNASA長官トーマス・ペイン。
事細かく尋問される事を覚悟していた2人を待っていたのは意外な言葉でした。
長官たち首脳部に説明したところ私たちが言われたのは「君たちが第2案にすべきと考えるならそうしよう」だったんです。
長官から我々への質問はたった一つだけでした。
「何か私たちにできる事はないかね?」です。
エンジンとか誘導とか航法とかそういう事は一切聞かずに「何かできる事はないかね?」ですよ。
それがその当時のNASAでした。
私たちを全面的に信頼してくれていたんです。
決断を現場の責任者に一任する。
これが当時のNASAの危機管理における鉄則でした。
実はこのルールが出来たのは8年前のある事件がきっかけでした。
1962年2月20日マーキュリー・アトラス6号。
ジョン・グレン飛行士がアメリカで初めて有人地球周回飛行に挑戦した時の事です。
帰還直前に宇宙船の耐熱シールドが外れかけているという警報が出ました。
予定では宇宙船はまず耐熱シールドの外側にある逆噴射ロケットで減速。
その後逆噴射ロケットを捨ててから大気圏に突入する事になっていました。
警報を受けて耐熱シールドが外れてしまわないよう逆噴射ロケットをつけたまま突入するかそれとも機体の安定を優先して逆噴射ロケットを外すか。
激しい議論となりましたが結論が出ないまま時間切れ。
最終的には首脳部が介入しロケットをつけたままの突入となりました。
幸い懸念された事故は起こらず宇宙船は無事着水しました。
しかし誰が最終決定者であるかが曖昧なために空白の時間が出来た事が大きな反省点となりました。
それ以降現場の責任者であるフライトディレクターに最終決定権限を与える事になったのです。
世界一の解決策でも2時間遅かったら何にもなりません。
「フライトディレクターは乗組員の安全とミッションの成功のためならあらゆる必要な手段をとる事ができる」。
これはミッションルールで最も重要なものです。
フライトディレクターが最終決定権者でたとえ合衆国大統領といえどもその決定を覆す事はできないのです。
事故発生から1日半既に宇宙船内の二酸化炭素濃度は許容量の2倍およそ2%に達していました。
月着陸船のものとは形の違う司令船のカートリッジをどうしたら使う事ができるのか。
その問題をいち早く指摘したスマイリーさんのチームが考えた解決策。
それはビニール袋粘着テープマニュアルの表紙宇宙服のホースなど船内にある材料を使って乗組員に簡単な工作をさせる事でした。
その仕組みは司令船のカートリッジにビニール袋をかぶせホースで空調の吸い込み口につなぐというもの。
まさにコロンブスの卵です。
このちょっと不格好な箱はメールボックスと呼ばれました。
接続するとたちまち二酸化炭素濃度は0.1%まで低下。
大成功です。
この簡単な工作が3人の宇宙飛行士の命を救ったのです。
船内の乗組員は私よりずっと上手に作りましたよ。
「どんな時にも解決策は必ずある」という信念ですね。
これがずっと私たち全員に共有されていた精神でした。
「できないから諦める」なんて事は決してないんです。
アポロ13号は加速のための噴射を行ったあとギリギリまで節電し一路地球に向かいました。
ところがなぜかアポロ13号の軌道は少しずつずれ始めたのです。
宇宙船が大気圏に突入する際その進入角度のずれは乗組員の生死に直結します。
安全に生還できる角度の範囲は僅かです。
アポロ13号は浅すぎるコースに入っていました。
噴射して軌道修正をしないと宇宙の彼方にはじき飛ばされてしまいます。
ところが節電のためにコンピューターを落としてしまったために既に飛行データは失われていました。
その場合宇宙船が進む方向は星の位置を見ながら修正する事になっていました。
しかし宇宙船の周りには爆発の粉塵が飛び散り星との区別がつきません。
はっきり確認できるのは地球と太陽だけですが星を使った位置合わせには大きくて使えませんでした。
どちらに飛べばいいのか全く分かりませんでした。
しかし地上の仲間たちを信頼していました。
彼らは新しい方法を指示してきたんです。
地上の管制官たちは地球と太陽を使って正確な位置合わせをする方法を即席で編み出しました。
まずラベル船長が望遠鏡をのぞき三日月のように見える地球の両端が水平線に重なるようにして宇宙船の方角を修正します。
次にヘイズ飛行士が別の望遠鏡で太陽が視野の上の端に来るように合わせて宇宙船の上下の角度を調整しました。
目で宇宙船の位置を確認し噴射する時間を計るのにストップウオッチを使うんですよ。
こんな事やった事ありませんでした。
3人の宇宙飛行士は見事なチームワークで想定外の事態を乗り切ったのです。
おたおたしていては駄目なんです。
仮に10分間パニックに陥っていたら10分後も状況は全く同じ。
パニックになっても何も解決しないんです。
古いことわざにあるじゃないですか。
「神は自ら助くる者を助く」とね。
だから我々もそうしたんです。
この軌道修正は全て手動で行われたにもかかわらず角度の誤差は1度未満と極めて正確なものでした。
地球を目指すアポロ13号にとって最大の難関が司令船の再起動です。
再起動の手順作りと格闘していたのはクランツさんが急遽責任者に任命した電力・環境担当官のジョン・アーロンさんでした。
残された僅かな電力で起動させるにはどうすればいいのか?アーロンさんはシミュレーターで試行錯誤を繰り返しました。
しかし必要と思われる装置だけに電源を入れても許容量を大きくオーバーしてしまうのです。
それぞれの装置の立ち上げにどのくらいの電力がかかるかそれを足し合わせるとバッテリーに残された電力では全然足りないのです。
ほかの担当官と「その装置は絶対に必要なんですか?その装置の代わりに別の装置を諦めなければならないんですよ」そういう言い合いを繰り返しました。
アーロンさんは宇宙船のデータを地上に送る装置など通常の大気圏再突入であれば絶対必要と思われるものさえもそぎ落としていきました。
不眠不休で何十回もシミュレーションを繰り返しようやく許容量に収まる手順を見つける事ができました。
再起動マニュアルを書き上げたのは大気圏突入の僅か9時間前でした。
あの手順を作るのに普通なら2か月はかかるでしょう。
でも彼は3日半で書き上げたんですよ。
しかも完璧でした。
司令船は無事復活。
宇宙空間で司令船を再び立ち上げる。
この未知の試みは26歳の若者の手で見事に成功しました。
いつも好奇心を持ってできるだけ深く広く知ろうとしていた。
それがあの時役に立ちました。
みんなが「アーロンならどうすればいいかきっと知ってるだろう」そう認めて任せてくれたんです。
いよいよ大気圏突入です。
アポロ13号は機械船を切り離します。
この時初めて乗組員は爆発による被害を目にします。
予想を遥かに超える損傷でした。
爆発が起こった時の事を思い出して本当に驚きました。
あれほど大きな爆発ひどい損傷だとは思ってもみませんでした。
3人の宇宙飛行士は月着陸船から司令船に乗り移ります。
ここまで3人の命を守り続けてくれた月着陸船に別れを告げる時が来ました。
大気圏に突入すると司令船はプラズマに覆われるため地上との交信は途絶えてしまいます。
世界中の人々はラベル船長からの連絡を固唾をのんで待ち続けました。
ところが予定の時間になっても乗組員の声は聞こえてきません。
「アポロ13号こちらヒューストン」。
答えがない。
30秒ごとに呼びかけ続けました。
コントロールルームは静まり返ってピンが落ちても聞こえそうなほどでした。
この4日間無我夢中でやってきてなんとかうまくいったと思ったのに大気圏に突入したらそのままです。
何の音も返ってこない。
「ああ結局駄目だったか…」そう思いました。
「なんてこった!72時間寝ずに頑張っていくつも奇跡を起こしたのに何かが駄目だったんだ」そう思いました。
私の人生で最悪の1分半でした。
予定時刻を過ぎる事1分28秒。
(拍手と歓声)コントロールルームにアポロ13号からの声が響きました。
事故から3日と15時間。
アポロ13号は南太平洋サモア諸島の近くに無事着水しました。
皆気持ちは一つでした。
心の中で「諦めるな諦めるな前に進むんだ」ってね。
その気持ちが見事に通じたんです。
奇跡の生還を果たした3人の宇宙飛行士を迎えに大統領も駆けつけました。
(拍手と歓声)アポロ13号が置かれたのは生還の可能性がほとんどない絶望的な状況でした。
その中で乗組員と地上の管制官技術者たちは最後まで諦めず僅かな可能性を切り開く事に成功しました。
細かく指図されたり上司に「詳しく説明しろ」と言われたりしませんでした。
ただ「よし任せた。
やってみろ」だったんです。
そうして信頼してくれたから力が発揮できたんだと思います。
前向きな態度さえあれば可能性が開ける事もあります。
すぐに諦めるよりはずっといい。
だからどんな危機的状況でも不屈の闘志が必要なんです。
そしてどうすれば被害を最小限にとどめる事ができるかチームのみんなが一丸となって取り組んだ。
それでアポロ13号は生還を遂げる事ができたんです。
「最も成功した失敗」と呼ばれるアポロ13号。
現場に権限を与え迅速で的確な決断を追求した組織作り。
不可能を可能にするために結集された知恵。
そして危機にあっても冷静さを保ち想定外の状況に立ち向かう勇気。
奇跡の生還は数多くの教訓を今も私たちに伝えています。
2014/07/23(水) 02:40〜03:40
NHK総合1・神戸
コズミック フロント「アポロ13号 “想定外”を乗り越えた男たち」
宇宙空間で爆発事故を起こし絶体絶命となったアポロ13号。いかにして想定外の危機を乗り越え、生還を果たしたのか。危機管理の模範例とされるミッションの実態を描く。
詳細情報
番組内容
1970年4月13日午後9時8分(米国中部時間)、アポロ13号は宇宙空間で爆発事故を起こし、絶体絶命の状況に陥る。あらゆる事故を想定してマニュアルが作成されていたが、この事故は「想定外」だった。事態は刻々と変化し、限られた時間で重大な決断を迫られる。危機をどのように乗り越えたのか、当時の中心人物の証言から、奇跡的な生還を果たし「最も成功した失敗」と呼ばれ、危機管理の模範例とされるミッションを探る。
出演者
【語り】萩原聖人,柴田祐規子,【声】糸博,樫井笙人,千田光男,堀勝之祐,園部啓一
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
情報/ワイドショー – その他
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