プロフェッショナル 仕事の流儀「コミュニティソーシャルワーカー・勝部麗子」 2014.07.07

誰もが生き生きと暮らせる地域。
そんな取り組みで今注目を集める町がある。
はいチーズ。
家に閉じ籠もりがちな高齢者や障害のある人たちが集まるサロン。
切り盛りしているのは全員この地域の住民たちだ。
更に独りで暮らす高齢者などに手作りの弁当を配る活動。
すみませんありがとうございます。
これも住民たちのボランティアによるものだ。
ここ大阪・豊中市では実に8,000人もの住民がこうした活動に参加している。
・「ハッピーバースデートゥユー」この活動を支える一人の女性がいる。
この日誕生日を祝ってもらっていた。
ありがとうございます。
(拍手)孤独死を防ぐための高齢者の見守り。
ごみ屋敷ひきこもり支援。
勝部はこうした問題に苦しむ人々を地域の住民と共に支える。

(主題歌)「コミュニティソーシャルワーカー」は10年前大阪府で初めて導入された制度。
勝部はそのパイオニアとして仕事の在り方を模索しその領域を広げてきた。
しかし向き合うのは厳しい現実。
その歩みは困難との格闘だった。
脳卒中で倒れ半身まひとなった男性。
独り暮らしの孤独から生活は荒れていた。
二人三脚で目指す社会復帰は険しい道のりとなった。
「誰も決して取りこぼさない」。
果てなき挑戦の記録。
大阪北部のベッドタウン豊中。
朝8時半。
コミュニティソーシャルワーカー勝部麗子は自転車で出勤してくる。
おはようございます。
勝部が所属するのは通称「社協」と呼ばれる社会福祉協議会。
全国の自治体にある地域福祉を推進する民間団体だ。
勝部は10年前新たに設置された専門職コミュニティソーシャルワーカーCSWに任命された。
現在14名のCSWが年間1,300件の相談に対応している。
この日も勝部は相談者の対応に向かった。
電気代やガス代が払えない家があるという。
(ノック)相談者は自営業を営む夫と暮らす妻だった。
ここ数か月売掛金が回収できず収入が極端に不安定になっていた。
一般に生活保護は一定の収入が見込まれる場合受け取るのは難しい。
この日が公共料金の支払い期限だと聞いた勝部。
電気代を払うため入金の日までの間一時的に貸し付けを行う事にした。
更に…。
社協に寄付された米だという。
まだ一般になじみの薄いCSWという仕事。
勝部はこう捉える。
従来の国の福祉には生活保護をはじめ介護保険障害者福祉などさまざまな制度があるがどれにも当てはまらず救いきれないケースがある。
例えば孤独死。
生活保護を受けるほど貧困ではなく介護保険の対象となるほど高齢でも虚弱でもないケースで後を絶たない。
更にごみ屋敷。
法律がなくほとんどの自治体では具体的な対応策を持っていない。
「制度の狭間」にある人は自らSOSを出す事ができない場合が多い。
CSWはこうした人たちを地域から見つけ出し行政と連携して支えるのが仕事だ。
この日勝部がもう一軒向かった先があった。
ものが散乱するいわゆるごみ屋敷。
「悪臭がひどい」という近所の相談を受け訪問を続けている。
(ノック)こんにちは。
だが本人とはまだ一度も会えていない。
そんな状態が実に2年も続いている。
勝部がずっと続けてきた事がある。
相手への思いを書き込んだ名刺を残す事だ。
勝部が伝えようとするのは一つのメッセージ。
1か月後の事だった。
2年間会えなかった。
どうやって相手の心に近づいていくか。
「片づけなさい」とは言わない。
あくまで本人の意思を尊重し続ける。
一つ一つ相手の気にしている心の壁を取り外していく。
すいません。
はいどうも。
失礼します。
2年間通い続けついに一歩を踏み出した。
また孤立死があったという事。
孤立ではないんやけどな独居死っていう事になっちゃうんだけど。
日々困難な問題に直面するCSWの仕事。
それを支えるのがこの地域で生まれた独自の仕組みだ。
その仕組みには勝部さんの強い思いが込められている。
皆さんおそろいで。
はいそろっております。
人口40万の豊中市。
勝部さんたちは小学校の校区ごと36か所に地域の課題について相談する窓口をつくった。
この窓口で相談に乗る係をしているのは研修を受けた住民。
孤立した人がどこにいるのか。
問題を抱えながらSOSを出せない人を地域で掘り起こせるのが強みだ。
その窓口で集まった課題について解決策を話し合う場がある。
CSWが主催するこの会議で住民と市の職員そして福祉施設の担当者などが直接話し合い知恵を出し合う。
それを受け市の担当者たちが課題ごとにプロジェクトを立ち上げ解決の仕組みづくりを行う場もある。
ごみ屋敷に住む人と会う事ができた1週間後。
勝部は近くの住民と民生委員を集めた。
近所の人々は困りながらもその人の事を心配していた。
片づけのあとも本人が孤立せずに暮らしていけるか。
そこには住民たちの協力が欠かせない。
約束の日午前9時。
本人が既に片づけ始めていた。
おはようございます。
勝部たちも駆けつけ総勢5人の職員で作業が始まった。
この日はまず家の裏をきれいにする事にした。
こっちのこんなやつ捨てるよ。
いい?これ捨てるね。
会議に出席した住民が加わり始めた。
その様子を見てこれまで何度も苦情を訴えてきた人も作業に加わりだした。
そして会話が生まれた。
これはすばらしい。
3時間後裏庭が姿を現した。
市の清掃車が到着。
この日の片づけは無事終了した。
2週間後勝部が再び家を訪ねた。
そこには一人で片づけを続ける本人の姿があった。
あの日以来近所とのつながりも生まれ始めていた。
近所の見守りがこれから力強い助けになる。
ついにここまでこぎ着けた。
時に勝部の仕事に「ほっておけばよい」と疑問を投げかける人もいる。
だが勝部はこう考える。
この日勝部さんはコミュニティソーシャルワーカーを目指す人たちの勉強会に招かれた。
今全国で住民と共に地域の問題に向き合おうとする動きが広がっている。
コミュニティソーシャルワーカーのパイオニア勝部麗子さん。
しかしこれまでの道のりは険しいものだった。
大阪・豊中に生まれた勝部さん。
小学生の頃今につながる出来事があった。
給食費を払えず突然友達が姿を消した。
寂しさだけではない何かを感じた。
その後一旦は教師を目指したが目の前の人を救いたいと福祉の道に進む事を決めた。
22歳の時福祉の現場を知るために思い切って大阪・西成の労働福祉センターでアルバイトする事にした。
そこで見たのは仕事にあぶれ野宿を繰り返す人々。
住所がなければ生活保護さえ受けられない。
制度の狭間の問題を初めて知った。
「1人も取りこぼさない社会をどうしたらつくれるか?」。
勝部さんは自分が生まれ育った町の社会福祉協議会に入った。
社協の目的は住民が主体となって地域の福祉を向上させる事。
だが現実は厳しかった。
行事にはボランティアが集まるが個人を支えようと協力を求めても理解がなかなか得られない。
目の前の問題を抱えた人を救えない。
働き始めて8年後勝部さんに大きな転機が訪れた。
勝部さんの住む豊中は大阪最大の被災地となった。
そんな中勝部さんはある事実を知る。
住民たちのつながりのある地域では建物が倒壊した現場で人々が助け合い命が救われていた。
勝部さん自身も夫と子供と共に家財道具で身動きがとれなくなった時近所の人の声に救われた。
「やはり一番大事なのは住民がつながっている事だ」。
勝部さんは改めて地域で支え合うためにボランティアを募った。
震災を経験した住民たちの反応は確実に変わっていた。
しかし地域につながりが生まれると逆にたくさんの課題も見えてきた。
ごみ屋敷やひきこもりなど地域や家族から孤立する人たちの存在。
でも解決の手だてがなかった。
勝部さんは動いた。
福祉の研究者や住民行政とも話し合いを重ね解決の方法を探った。
見えてきたのは行政と住民を結び付け問題を解決する新しい専門職の必要性だった。
2004年コミュニティソーシャルワーカーの制度が出来るとその第1号として着任。
ごみ屋敷の問題では本人の負担が少ない形でごみを片づけられる仕組みをつくった。
認知症の人の徘徊に対してはメールを利用して住民が捜し出すシステムを開発した。
走り続けて10年。
勝部さんは今も新しい問題に直面し奔走している。
そんな中でうれしい事がある。
それは住民同士が知恵を出し合い苦しい人たちを発見し支えているという話を聞く時だ。
3月半ば。
今日はなんか一段とお花がいっぱい。
きれいになってる。
(玄関のチャイム)勝部は1年前から気にかけている男性を訪問した。
13年前脳卒中に襲われ今も左半身にまひが残っている。
鶴田さんはかつて計測機器などを修理するエンジニアとして働いていた。
だが病気の影響で退職。
その後再就職に挑戦したが不採用が続き生活はすさんだ。
支援が始まった1年前。
独り暮らしの鶴田さんは酒に溺れ自暴自棄になり自宅で倒れているところを発見された。
孤独だった鶴田さんをもう一度社会へとつなぐ挑戦が始まった。
初めて会ってから1年弱が過ぎた今年3月。
鶴田さんは精神的にも落ち着き前向きに考えるようになっていた。
おっ?おぉ〜。
おぉ〜!すご〜い。
(拍手)鶴田さんは今新たな目標を持っていた。
自分と同じ立場の人を支える仕事がしたいという。
(勝部)またあした。
鶴田さんは既に車椅子をレンタルする事業の準備を進めていた。
ここまで立ち直れたのは常に気にかけてくれる人の存在が大きかったという。
これは留守電が残ってます。
(留守番電話のアナウンス)「用件の1」。
鶴田さんは勝部たちと共に市役所にやって来た。
介護保険を利用した車椅子のレンタル業を始めるにはどんな条件をクリアすればいいか聞きに来た。
しかし…。
開業までまだ道のりは遠い事が分かった。
それから2週間後。
勝部は鶴田さんをある場所に誘った。
(2人)おはようございます。
ここでは高齢や障害などのために働く事が困難な人たちの就労支援を行っている。
勝部は鶴田さんには事業を起こす前にまず週に数日働き始めてほしいと考えていた。
しかし実際に試してみると仕事をするにはある程度の習熟度が必要だと分かった。
(勝部の笑い声)時に勝部のもとには緊急の連絡が舞い込む。
この日マンションで孤独死が起きた。
亡くなったのは70代の男性。
3年前に妻に先立たれ独り暮らし。
近所づきあいもほとんどなかったという。
誰も取りこぼさない地域をつくりたい。
しかしそれでもなおこぼれ落ちていく命がある。
就労相談に行った10日後。
鶴田さんに異変が起きた。
まぁすわすわすわすわ…座って下さいよ。
(取材者)はい。
鶴田さんは5か月控えていた酒を飲んでいた。
仕事の事に加え体調や自宅の老朽化にかかる費用の事。
いくつもの不安に鶴田さんはさいなまれていた。
(チャイム)
(鶴田)え?それから数日。
鶴田さんの家を訪ね続ける勝部の姿があった。
鶴田さんは連日酒に手を出してしまう。
勝部はそれをとがめる事なく寄り添い続けた。
孤独だった鶴田さんを見守る輪は近隣にも広がっていた。
近所の男性。
姿を見れば話しかけ励まし続けた。
3週間後鶴田さんに知らせが舞い込んだ。
週2日の就労体験ができる職場が見つかったという。
こんにちは。
ここは障害者の就労訓練を行う事業所。
食材の宅配サービスを行っている。
実は鶴田さんは障害を負ったあと再就職を目指し運転免許を取っていた。
3週間後。
公園の駐車場に向かった。
これが5年ぶりの運転。
スタッフが同乗する。
慎重にスタートした。
右手だけで器用にハンドルを操る。
練習を1時間重ね公道に出た。
交通量の多い市街地を抜け1km離れた事業所まで無事に戻った。
(男性スタッフ)1km2kmぐらいです。
将来補助員付きで配達を任せたらどうかという話になった。
長いとこはさすがに難しいですけど…
(主題歌)勝部も交えて今後の方針について話し合いが持たれた。
孤立から社会へ。
再出発への道を歩み始めた。
2014/07/07(月) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「コミュニティソーシャルワーカー・勝部麗子」[解][字]

ゴミ屋敷、孤独死、ひきこもり。既存の“法や制度の狭間”に陥り苦しむ人々を、地域住民とともに支えるコミュニティソーシャルワーカー。その第一人者勝部麗子に密着する。

詳細情報
番組内容
ゴミ屋敷、孤独死、ひきこもり。既存の法や制度では救いきれない“制度の狭間”に陥り、自らはSOSを出せない人々を「地域の課題」と捉え、行政と連携しつつ住民とともに解決に取り組む、コミュニティ・ソーシャルワーカー(CSW)という仕事が今、注目を集めている。その第一人者が大阪・豊中の社会福祉協議会の勝部麗子。「一番厳しい人を見捨てる社会は、誰もが見捨てられる社会」と語る勝部の終わりなき闘いの日々を追う。
出演者
【出演】勝部麗子,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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