「TOKYO」。
(歓声)正月の紙面編成だが目玉はやはりこれだな。
既に取材に取りかかっている者もいると思うが今回の大方針。
紙面は5ページ。
各スポーツ紙オリンピックネタは必ずやる。
2020年を目指すホープとかその手は鉄板ネタだがうちとしては独自性を打ち出したい。
そのためにだこういうものはどうかといった提案も欲しい。
大特集を盛り上げるようなものを一発。
いいな!?
(一同)はい。
お先。
お疲れです。
(先輩)またそれか。
インタビューは相手を見て大事な言葉だけメモ。
(佐藤)あざっす。
でどうなんだ?取材の方は。
あ〜ボチボチっす。
「ボチボチっす」ってな…。
なあザトお前の記者としての強みは自分がアスリートだったって事だからな。
まあ強みがあるとすればの話だけど。
はあ…。
アスリート同士にしか分からない感覚ってものがあんだろ?何か。
まあ挫折したアスリートっすから。
そういう痛みも含めてだよ。
今日もチャリか?はい。
駒沢だっけ?競技場の近くです。
どのぐらいある?20kmぐらいっすね。
通勤も長距離ランナーだな。
また膝壊すなよ。
じゃお先。
お疲れさまです!
(キーボードを打つ音)
(キーボードを打つ音)ふぅ〜。
あの…。
(山下)こんにちは。
あっこんにちは。
何をしてるんですか?はい走ってます。
ああ…いやそうじゃなくて。
練習をしています。
練習?はい練習をしています。
ああ…。
すばらしい競技場ですね。
こんなに走りやすいトラックはどこにもないです。
そうですか。
ここで練習できるとは思いも寄りませんでした。
そう。
オリンピック競技場ですからね本当に幸運です。
オリンピック?でも思ったより観客席が小さいですね。
観客席何人くらいでしょうか?2万ぐらいだったかな。
そうですか。
11万人収容の計画と聞いておりましたが…。
そうですか2万ですか。
11万!?やはり物資に事欠く時世ですからしょうがないですね。
それでもすばらしい。
あの…。
本番でここを走りたいものです。
本番?はい。
では私はもう一本いってきますので失礼。
あ…。
あの!君は…。
あっ失礼しました。
私山下と申します。
佐藤です。
では失礼します。
本当に出来るのかね?こんなすごいスタジアムが。
8万人収容らしいっすね。
見てえな〜開会式。
いや〜昭和39年のオリンピックもすばらしかった。
国立競技場の青い空にブルーインパルスが描き出した五輪のマーク。
いや〜感動的だった。
先輩生まれてないっすよね?…だな。
ハハッ。
あっ先輩。
うん?2020年って駒沢でも何かやるんですか?駒沢?駒沢競技場か?さあやらねえんじゃないのか。
前の東京オリンピックの時はサブの会場だったらしいけど。
そうなんすか。
駒沢ってそもそもその時造られたんだよ。
だからあそこ駒沢オリンピック公園っていうだろ。
ふ〜んそれですか。
何だよ?駒沢がどうかしたのか?いや駒沢に11万人収容の計画があるとか聞いたもんで。
11万…駒沢が?何の話だよ。
ひょっとしてそれあれかな?戦前の話かな?戦前?うん。
幻の東京オリンピック。
何すか?それ。
戦前にな東京オリンピックの計画があったんだよ。
戦争で中止になったがそんなんで実現はしなかったんだけど。
そうなんすか。
その時の計画かな。
幻の東京オリンピック…。
ザトそれ調べてみたらどうだ?正月特集でオリンピックスタジアム物語とか。
これいけんじゃねえか?ですか?ですだ!いつまでもアスリート崩れの一兵卒じゃつまらんだろ。
ここらで一発署名記事でも狙ってみろ。
はぁ…。
戦前に東京オリンピックが計画されていた。
その事実はネットで調べただけでもあっけなく情報が出てきた。
1940年昭和15年の事だ。
でもオリンピックは結局開かれなかった。
昭和15年の東京オリンピックに一体何があったのだろうか?詳細な記録が残されていた。
400ページに及ぶこの文章には東京オリンピックがたどった運命が全て記されている。
オリンピックの東京招致は昭和5年当時の東京市長永田秀次郎の発案で始まった。
そこには2つの理由があった。
一つはオリンピックが開催される1940年昭和15年が皇紀2600年にあたりこれを祝うイベントにオリンピックの開催を思いついた事。
そしてもう一つの理由「報告書」にはこんな言葉が躍っている。
「復興成れる我が東京でオリンピックを開催したい」。
1923年大正12年9月1日。
東京を大地震が襲った。
マグニチュード7.9関東大震災だ。
死者行方不明者は10万人を超えた。
その7年後昭和5年に2度目の市長となった永田は東京の復興を加速させその繁栄を招きたいと願った。
そのために思いついたのが東京オリンピック開催だったのだ。
こうして東京市はオリンピック開催地への立候補を表明した。
そして臨んだ1936年のIOC総会。
投票の結果は2位ヘルシンキ27票。
東京36票。
東京は1940年を目指して動き始めた。
そしてその計画も姿を現した。
オリンピックスタジアム収容人員11万人。
建設予定地は駒沢。
(山下の荒い息遣い)こんにちは。
ああ。
佐藤さんでしたね。
君は…。
山下です。
覚えてるよ山下君。
今日は少しいいタイムが出ました。
へえそう。
でも30分台をコンスタントに出せるようにならなければ。
30分…1万!はい。
お詳しいですね。
昔やってたから5,000と1万。
そうですか。
私も5,000と1万です。
まあもう昔の話だけどね。
今はただの新聞記者。
記者さんでしたか。
陸上をご担当ですか?ひょっとして佐藤さんは村社さんの取材をなさった事がございますか?村社さん?はい。
村社講平さんです。
いや多分ないと思う。
そうですか。
その村社さんがどうか…?ああ…目標です。
1万m30分25秒。
村社さんがベルリンオリンピックで出された日本記録が大目標です。
ベルリンオリンピック?はい。
もし村社さんを超える事ができれば東京オリンピックへの道が開けます。
東京オリンピック?はい。
失礼しました。
記者の方に余計な事をベラベラと。
村社さんにお会いになったらこの事はお話しにならないで下さい。
ああ…分かった。
ありがとうございます。
では私はあと一本。
失礼します。
「村社講平。
1936年ベルリンオリンピックの5,000m1万mに日本代表として出場。
ともに4位入賞を果たす。
小柄な村社が当時世界一の長距離王国だったフィンランドの3選手を従えてレースを果敢に引っ張る姿に観客は熱狂。
村社は同大会の英雄となった」。
1万mのレースはレニ・リーフェンシュタールの「民族の祭典」に収録された。
(テレビ)
(テレビ)
(観客)「MurakosoMurakoso」。
1934年村社講平。
1935年村社講平。
1936年1937年1938年1939年…。
6連覇。
はぁすげえな。
回想1万m30分25秒。
村社さんがベルリンオリンピックで出された日本記録が大目標です。
もし村社さんを超える事ができれば東京オリンピックへの道が開けます。
(ため息)回想
(歓声)佐藤頑張れ!
(歓声)
(鼓動)よ〜いスタート!はぁ先輩…。
どうだ?スタジアム物語は。
ボチボチっす。
お前はいつでもボチボチだな。
先輩。
うん?山下っていう長距離の選手聞いた事あります?5,000と1万なんですけど。
山下?山下何?実業団か?学生か?いや…山下っていうそれしか。
何だ?それ。
そんな選手いたかな…。
すいません忘れて下さい。
ほい。
ありがとうございます。
あの先輩。
うん?現役時代先輩のベストってどんぐらいでしたっけ?1万か?はい。
29分50秒。
まあ平々凡々だな。
俺は28分03秒っす。
自慢かよ!いやそうじゃないっすけど。
今1万のオリンピック代表に選ばれるのってどんぐらいでしたっけ?A標準で27分台だな。
Bでちょうどザトの記録ぐらいだろ。
そうっすよね。
30分台じゃ話になんないっすよね。
何だ?何かネタか?いや昔の日本記録を調べてたら戦前は30分台なんすよ。
そっか。
30分25秒。
村社講平っていう選手がベルリンオリンピックで出したんですけど。
ああ村社講平さんな。
知ってるんすか?一応これでも陸上担当だからな。
村社さんって日本選手権6連覇もしてんすよ。
そりゃすげえな。
さすが伝説の名ランナーだよ。
でも30分25秒か…。
その時代にタイムスリップしたら俺もオリンピック代表か。
…っていうかメダリストか!ハハハ。
まあザトは故障さえしなけりゃオリンピックも夢じゃなかったのにな。
いやあれが限界っすよ。
記録って何でどんどん伸びるんすかね?まあ体格もよくなってるしな昔より。
あとあれだろトレーニング方法の進化。
科学的トレーニングっすか。
インターバルトレーニングなんて今でこそ小学生だってやってるけど戦後だからな。
あっそうなんすか。
村社さんの時代にはひたすら走って鍛えてたんじゃないのか。
ザトベルリンオリンピックって何年だ?1936年っすね。
じゃあ例の幻の東京オリンピックは1940年って事だな。
はい。
村社さんの6連覇もそのころだよな当然。
何すか?いや…もし東京があったら村社さんどうだっただろうなと思ってな。
狙ってたかね?スタジアム物語も悪くはないけど…。
どうだ?そっちの方攻めちゃ。
元オリンピック候補の記者幻の代表を追うってか。
ベルリンオリンピックの英雄となった村社講平さん。
4年後の東京にどんな思いを持っていたのだろうか。
村社さんの娘さんに会う事ができた。
どうもありがとうございます。
学生の頃にマラソン大会に出て1位になってそしてそれがきっかけだったみたいです。
野山を駆け巡ったりそういうふうに走ってたのはいつもそうしてたみたいです。
よく色紙に「走即人生」って。
走即人生…走る事すなわち人生ってよく書きますんですけれども。
やはり好きだからできたと思いますね。
本を1冊出してるんですけれどもその最後に「明日もまた走りたいと思う」という事を書いておりますので本当にそれは好きだったのだと思います。
92歳で世を去るまで陸上に情熱を傾け続けた村社講平さん。
戦後は高校駅伝の創設にも関わった。
生前村社さんは娘さんにベルリンオリンピックの自慢話や東京オリンピックへの思いを語る事はなかったそうだ。
娘さんが村社さんの遺品を見せてくれた。
これが父の日記でして学生の頃からもう毎日書いておりましたようです。
(恵子)一日にその日にどれくらい走ったとかっていうのも記録しているようです。
(恵子)これは毎日の日記帳ですので。
村社講平さんの陸上人生がつづられた日記。
ベルリンオリンピック1万m決勝の日見事4位入賞を果たした伝説のレース。
「フィンランドの三名に名を成さす。
部屋に帰り泣くだけ泣く」。
オリンピックでの激闘を終えたあとも村社さんは休む事なくすぐにトレーニングを再開している。
東京は1940年を目指して準備に取りかかった。
「報告書」準備篇はこんな言葉で始まっている。
「オリンピック大会を開催する事になった東京市民の感激日本国民の歓喜はがぜん沸騰した。
宿望ここに成れり」。
計画が動き出した。
競技場の設計図も作られた。
招致運動の時点ではなんと収容人員15万人の計画をぶち上げたオリンピックスタジアム。
その後の見直しで縮小されたがそれでも収容人員は11万1,596人。
建設地は駒沢と決まった。
大会の日程も決まった。
開会式は昭和15年9月21日土曜日午後3時駒沢オリンピック競技場。
競技の初日は翌22日陸上競技で幕を切って落とす。
この日の締めくくりは午後4時半にスタートする1万m決勝。
村社講平さんにメダル獲得の期待がかかる1万mだ。
日本選手権6連覇をひっ提げて東京オリンピックを目指しただろう村社さん。
(荒い息遣い)こんにちは佐藤さん。
山下君…。
はい。
山下君は…山下勝君?はい。
専修大学の山下勝君?はい。
専修大学陸上競技部山下勝です。
あの…山下君が目指してる東京オリンピックっていつ?は?あっ何年?15年ですが。
昭和…。
はい昭和15年ですが。
そっか。
いや何でもない。
そうか山下勝君か。
はい山下勝です。
今日はいまひとつでした。
このところなかなかタイムが出ません。
そう。
はい…。
あの佐藤さん。
佐藤さんは現役の頃どのくらいのタイムで走られたんですか?え〜っと1万のベストが28分03…。
え!?ああ…!32分03だったかな。
すばらしいですね。
いや大した事でも…。
いえすばらしいです。
よほど厳しい練習をなさったんでしょうね。
毎日走ってたよ。
インターバルトレーニングとかもめちゃくちゃやってたし。
インターバルトレーニング?それはどんな練習でしょうか?ああ…何て言うか負荷の高い走りと低い走りを交互に繰り返す。
まあまあ簡単に言えば。
そうですか。
そんな練習があるんですか。
それがね心肺機能を鍛えてくれるんだ。
それは外国の練習方法ですか?そうだね多分。
そうですか。
私はひたすら走るだけです。
そうですか…。
村社さんもそのような練習をなさっているのかな?村社講平さん?はい。
あの佐藤さん是非その練習方法を教えて下さい!そのインターバルトレーニングという練習です。
いいけど…。
ありがとうございます。
ああ…。
よくここまでたどりついたものですね。
震災の時私は5歳でしたがその時の恐怖ははっきりと覚えております。
震災…。
はい関東大震災です。
佐藤さんはその時どちらに?え〜…東京。
そうですか。
よくぞご無事で。
まあ運がよかったのかな。
こんな時代が来るなんてまるで夢のようですね。
この東京にオリンピックがやって来るなんて信じられない思いです。
山下君。
はい。
東京オリンピックは…。
はい。
いや何でもない。
あのころは走りたくても走る事のできない方々がたくさんいらっしゃったでしょうね。
そういう人々のためにももしオリンピックに出る事ができたら精いっぱい走らねばなりません。
走りたくても走る事ができない人のためにか…。
佐藤さん早速お願い致します。
そのインターバルトレーニングを!分かった。
じゃあまずは1周を五分の力で走ってきてそのあとスピードを切り替えるか。
はい。
じゃあいくよ。
はい。
よ〜い。
(手をたたく音)その夜から山下君と僕の東京オリンピックを目指す日々が始まった。
2014/07/20(日) 13:05〜13:50
NHK総合1・神戸
幻の祝祭〜1940年東京オリンピック物語〜「前編」[字]
1940年東京で開催予定だったオリンピックは戦争の時代の中で消えていった。深夜の陸上競技場に甦るなぞのランナーと若き新聞記者の出会い。スポーツと平和の意味を問う
詳細情報
番組内容
1940年に一旦は開催がきまっていた東京オリンピックは戦争の時代の中で消えていった。そして今、深夜の駒沢陸上競技場にひとりのランナーがよみがえる。戦前の日本長距離界で至宝といわれた選手だ。スタンドから見つめる新人新聞記者、彼もまたかつて陸上選手としてオリンピックを夢みた男だった。二人は出会い、深夜のトレーニングを繰り返していく。そして知られざる戦争とオリンピックとの歴史が少しづつ明らかになっていく
出演者
【出演】阿部力,森廉
ジャンル :
ドラマ – 国内ドラマ
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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