(ナレーション)
1990年代初頭京都のとある古書店に色鮮やかなアンティークの絵葉書が陳列された
赤と黒を基調とした退廃的なデザイン
大正時代女学生たちに圧倒的な支持を受けたという
画家の名は小林かいち
その名が世に知られるようになったのは20年前
性別生没年などほとんど不明
謎の叙情画家と呼ばれていた
大阪梅田「阪急古書のまち」
日本中の骨董が集まるこのまちでショーウインドウに飾られた4枚1セットの絵葉書
画家小林かいちの作品である
かいちの作品は今高値で取り引きされている
(廣岡さん)非常にデザイン性が優れてるっていうことと大正時代の作品なんですけれどもその当時にアール・デコという技法がはやりましてそれを非常によく取り入れてデザイン化されてあるということから非常に今人気になっておりますね。
今からおよそ20年前渋谷の松濤美術館でフランス人の絵葉書収集家フィリップ・バロスによる「絵はがき展」が開催された
図録の表紙を飾った絵葉書の一つにかいちが描いた「君待つ宵」があった
この「絵はがき展」でかいちの名が知られそしてその作品が初めて鑑賞されたといわれている
このとき松濤美術館に足を運んでいたのが帝塚山学院大学山田俊幸教授である
山田教授は大正昭和初期の近代詩を研究しておりかいちの絵に心が動いた
非常にどぎついカラーなんだけど独特の雰囲気があって多少退廃的でねまあ今で言ったらゴシックってやつですよね。
絵と同時に叙情…リリカルなところがあってメランコリーでっていう。
まあ大正から昭和にかけての叙情詩の世界と非常に近いものだったんでまあ研究というか興味を持ったってことですね。
うん。
山田教授がかいち研究の第一歩として目を付けたのは集めたかいちの絵葉書に刻印されていた「さくら井屋」の名前だった
京都三条新京極
土産物店が立ち並ぶこの界隈で角の一等地にあったのが「さくら井屋」
平成23年に閉店してしまったが老舗の土産物店で木版刷りの絵葉書を多くそろえておりかいちの作品は大正後期から昭和初期までこの「さくら井屋」で売られていた
4枚1セットで売られる絵葉書には物語が込められている
かいちの代表作…
主人公の女は恋人を待ち不安になり涙を流し…
そして酒に酔い潰れる
大正時代かいちの絵は女学生に絶大な人気があった
(山田さん)気分は非常にふさいでてセンチメンタルっていうかな感傷的な気持ちになって。
でそういうのってまあ青春の一種のね若い人たちの気持ちの一つの表れ。
更にかいちの作品の多くには目鼻が描かれていない
(山田さん)対照的に顔を描かなかったということで逆に見てる人の気持ちというかな…つまり見てる人間がその主人公になる可能性っていうのが非常に高いような気がします。
だから…物語の中に入り込むといったらいいんですかね。
大正時代の文豪谷崎潤一郎の小説「卍」の中にもかいちの絵が登場する
物語は女性同士の禁断の愛
かいちの絵封筒が文通に使われている
(山田さん)かいちのものってちょっと間違えるとどうかなと思うようなね絵柄も結構あって。
でじゃあそれを誰がやり取りするのかっていうのが谷崎のものでよく分かった。
で今でも街歩いてるとドクロのTシャツ着た子だとかいっぱいいますよね。
だからああいう趣味と非常に近い。
まあかいちは…僕も面白いとは思ったんですがやっぱり若い子たちが非常に興味を持った。
で実はうちの図書館で…いちばん最初の「小林かいち展」らしいやつはうちの図書館でやってるんですね。
そこでスタッフとして展示手伝ってくれた子たちは…夢二とかいちでまとめたんですが夢二よりもはるかにかいちに興味を持ってた。
でやっぱりこれが今の若い人たちの気持ちにすっと入る絵なんだろうなっていう。
まあかいちの特徴としても例えばメランコリーとかねゴシックとかメルヘンチックなところとか今の若いデザイナーたちが描こうとしてるのが結構それに近いんですよね。
京都で人気を博したかいちの絵葉書は昭和16年ごろから新作が出なくなった
戦時中に修学旅行が禁止され京都へ来る女学生が減ったからではないかといわれている
こうしてかいちは闇の中に消え去った
しかし平成の世になり展覧会や山田教授の研究によりかいちのデザイン性が注目を浴び生没年不明の謎の画家として紹介されるようになる
そして劇的な出来事が起きる
遺族が名乗り出たのである
かいちの次男小林嘉寿さん
かいちの展覧会に足を運び山田教授に会い自分の父だと分かった
いやもうびっくりしましたね。
はい。
僕の知ってるおやじっていうのは着物の図案家でしたから。
でその…今皆さんがわあ〜っと言われております小林かいちっていうのはうちの母と結婚する前の…だからもう随分僕の生まれる前の話なんでね。
だからそういうことも父はあんまり僕らの家では話しすることもなかったし。
学者タイプというんですか。
新たな事実が分かった
かいちは晩年着物の図案家として生計を立てていた
京都堀川にある「鷲見染工」
かいちはここで京友禅の下絵を描いていた
しかし店の者には自分が絵葉書を描いていた画家だとはひと言も言わなかったという
へえ〜。
考えられへんな。
う〜ん。
あんまりお話ししはる人と違いましたなぁ。
あんまり物数は言わはらしませんでしたわ。
ただやっぱり鉛筆は立ちましたね。
あんだけの絵を描ける人っておへん。
うん。
私そやから考えられへんのですねん。
写生的なねバラでもなんでもこうふわ〜っと咲いたように描かはる人がこんなことがあの人に描けんねやろかと思って聞いたらあれがあるからこれが描けるいう人もいはりますねん。
「鷲見染工」の初代はかいちの腕を見込み孫たちの産着の図柄をかいちに依頼している
一点物として誕生した京友禅は今なお鮮やかな色彩のまま残されている
手の込んだ作風から推して半年はかかったと思われる
値を付けて売るものではないからこそ着物の図案家として出せる力を存分に発揮したのではないかと思われる作品である
かいちが図案家の仕事に就いたのは戦後と考えられている
以降かいちがモダンな絵を描くことはなかった
嘉寿さんの家に絵葉書の類いはまったく残っていなかった
だがこの一枚舞妓の版画だけは嘉寿さんの母親が大切にしまっていたという
鴨川でたたずむ舞妓
かいちの絵葉書作家時代の色遣いと図案家時代の写実性が混ざり合う
かいちはこの絵を描きながら何を思っていたのだろうか
「京都のアール・デコ」と称された男は画家を目指したのかそれとも図案家を目指したのか
それは今もって謎のままである
雅な宮中行事を伝える王朝の和歌守冷泉家乞巧をご紹介します
2014/07/20(日) 06:15〜06:30
MBS毎日放送
美の京都遺産[字]
「謎の叙情画家・小林かいち」
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
福祉 – 文字(字幕)
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