古くから多くの画家を虜にしてきた神秘の青。
17世紀オランダの巨匠フェルメールも魅せられた色です。
20世紀に入ると若き日の天才ピカソが青の時代を生き日本では戦後を代表する画家東山魁夷がこの色に心酔しました。
そして今日ご紹介する画家も青の虜になった一人。
若き日より横山大観をうならせ岸田劉生を嫉妬させた驚異の写実で画壇の寵児となった日本画家です。
画家は奥深い京都の山里で青に取りつかれたように渾身の一作を描き上げました。
しかしそれは単なる青ではありません。
生まれ持った感性と人並み外れた高い技術が生み出した至高のブルーワールド。
琵琶湖に程近い美術館にその作品はあります。
では吸い込まれるような青の世界に会いに行きましょう。
今日の一枚…。
夜明け前の薄闇に沈む初夏の京都の山里風景です。
まず見るものをひきつけるのは画面を覆い尽くす青一色の世界。
幻想的な情景の中に深い静寂が漂います。
山のふもとには朝の農作業を終え刈り取った草を頭にのせて家路を急ぐ3人の女性。
前景の集落には赤子を抱いて子供と話す母親の姿とその傍らで牛を洗う男は父親でしょうか。
目を凝らすと一本一本の木立の表情から葉のグラデーションまで驚くほど細やかな筆致で描き込まれています。
山里のありふれた風景でありながらどこか神秘的な風景に見えるのはやはりいちめんの青のせいでしょうか?もちろんただ塗り込めただけではありません。
光り輝くような青の世界を生み出すために画家はある仕掛けを施したというのです。
それはいったい?速水御舟。
近代絵画確立の時代独自の道を切り開いてきた日本画家です。
あるときは紅蓮の炎に焦がされ舞う蛾の群れで写実と象徴の融合に挑みあるときは琳派とキュビズムを取り入れ未知なる表現に可能性を示してくれました。
登っては降り登っては降り決してたどり着いた地に安住することはありません。
今日の一枚はそんな画家にとって最初に登った梯子。
24歳の作品です。
さてその一枚に関してとある出版社で議論が行われているようです。
(青田)来月の特集はぜひこの青の名作『洛北修学院村』でいきたいと思います。
う〜ん…あんまりメジャーじゃないしな。
御舟ならほらあの『炎舞』とかのほうが有名だし。
青一色で描かれてるってだけだろ。
どうですかね編集長。
はぁ。
いやいや御舟の若い頃の代表作だしこの青もただの青じゃないんですよ?すごいテクニックが使われてるんですから!やっぱりすごいのは青だけってこと?違います。
他にもあるんです。
あれ?でもこの絵青ってことだけに気を取られちゃうけど色以外の部分を見ても他の作品とはかなり変わった感じがするね。
赤塚先輩何か気づかれましたね。
うん風景画でこんな全面に細かく描き込んでるのはあんまりないしね。
うんうん。
それにこれ目線が変なんだよね。
俯瞰の絵なのかと思いきやなんかそうでもないみたいだし。
この一枚がそれまでと違うのは当たり前なんです。
だってこれは御舟のほんとの意味での最初の作品なんですから。
それどういう意味?確かにそれ以前の作品に比べるとかなり緻密。
木々の葉や木の実が一つひとつ丁寧に描き込まれています。
更に場所によって仰ぐように描かれていたり俯瞰で描かれていたりと視点がバラバラ。
どうやら単なる青の際立った絵というわけでもなさそうです。
そこには新しい日本画を求めた画家の執念が。
新緑を走り抜ける叡山電車が到着したのは…。
京都市左京区修学院。
比叡山の裾野に広がる緑豊かな山里は今も速水御舟が生きた時代の面影を残します。
画家は修学院の人里離れた尼寺で3年間修行僧のように画業に打ち込みました。
ここで御舟は今日の一枚を描き上げます。
何が画家を青の世界に導いたのでしょうか。
御舟は東京浅草橋で質屋の次男として誕生しています。
幼い頃から絵の技量は群を抜いており16歳にして展覧会で初入選。
その才覚は周囲を圧倒させるものでした。
そして10代で運命的な出会いを果たします。
御舟が兄貴と慕った今村紫紅です。
紫紅が生み出した叙情的な風景画を細長くトリミングして描く新南画風。
この斬新なスタイルで若手画家を率い日本画に革命を起こそうとしていました。
速水御舟を研究している山種美術館の山妙子さんに伺ってみると…。
紫紅の言葉です。
しかし紫紅は36歳という若さで他界。
破壊と建設。
紫紅の言葉を胸にその死の翌年御舟は22歳で修学院村にこもることを決意します。
そして2年紫紅の影響から脱した独自の画風にたどりつくのです。
完成したのは新南画風にはない緻密な描き込み。
画面に寄れば寄るほど御舟が修学院村の暮らしを観察し尽くしていたことがわかります。
更に空間構成にもこだわりました。
もとになった下絵です。
山や農家の部分は別々にスケッチされています。
実は『洛北修学院村』は1か所の風景を描いたのではなかったのです。
細密描写も斬新な構図もすべては新しい日本画への挑戦でした。
更に青にも御舟ならではの独創的な工夫が。
いろんな角度から修学院村のすばらしさを凝縮した絵ってことか。
そうなんです。
でいよいよ本題の青です。
御舟の群青の使い方はすごいんだから。
ていうかさ青青ってうるさいけどこれ緑だって使ってるじゃない。
それを青のほうが偉いみたいに。
ねえ編集長。
いやまあそうだね。
おっ。
いや〜緑川さんよく言ってくださいました。
何だよ。
この緑青と群青2つが合わさって幻想的な世界が生まれるんですよ。
どういうこと?青の秘密を解き明かしてくれたのが使うのは群青と緑青それに群青を黒く焼いた焼群青。
もともと鉱物である岩絵の具は粒子が大きいため混ぜても水彩や油絵の具のように溶け合うことはありません。
一般的に中間の色合いを出すためには混ぜずに薄く1色ずつ重ねて塗っていきます。
ところがそれでは下の層の絵の具が光をうまく反射しないためきれいに発色しません。
そこで御舟は群青と緑青焼群青を1つの皿で混ぜました。
もちろん絵の具は溶け合わないものの混じり合います。
御舟はその状態の絵の具を画布に移しとっていったのです。
それはなぜか。
混じった状態の絵の具を画布に塗ると3つの色の粒子がその表面に並びますするとそれぞれの色が反射して美しく発色するのです。
更に御舟は絵の具の配合を変えて混ぜながら塗り重ねていきました。
塗り重ねることによってその光の反射は複雑に絡み合い見る者の目にはやわらかく光り輝くように映ります。
それは速水御舟が京都の山里修学院村に籠り試行錯誤の末に生み出したまったく新しい日本画の表現でした。
(宮廻さん)こういうふうにこう細部にわたっても絵の具の分量を調整しながら微妙なニュアンスの色合いを作り塗り重ねています。
木々の部分は緑青の量を多めに影になる幹の周辺は群青を多めに。
画面全体が幻想的に光り輝いて見えるのはそれぞれの粒子たちが混じり合い美しく反射しているからです。
さまざまな表情の青がとけ合う幻想と神秘。
日本画の常識を打ち破る御舟の気迫が生み出した色彩世界。
ここまで青に力を注いでいたとは御舟の執念すら感じさせるな。
ここまでほぼ一色で描くなんて大胆なことをした画家はいないんじゃないですか?
(緑川)まあそうかもしれないな。
おいおいお前ら日本には昔から一色ですばらしい絵を描いてきた画家がたくさんいるじゃないか。
えっでも赤ではそんな画家いないですし。
緑でもいないし。
あっ黒崎編集長もしかして。
気づいたか。
速水御舟が挑戦したのは青の水墨画だったんだよ。
編集長キャッチコピーとしては悪くないんですけど一色で描かれてるところ以外に共通点なんてあるんですか?あるさそれはな。
亡き今村紫紅の遺志を継ぐように新しい日本画建設のために試行錯誤してきた御舟。
この絵と水墨画の関係とはいったいなんなのか。
その裏にはまたもや常識を打ち破る新たな試みがあったのです。
墨一色で表現される水墨画。
雪舟や長谷川等伯などによる数多くの傑作が残されています。
速水御舟も晩年表現の豊かさにひかれ水墨画に挑戦しました。
24歳の若さで描いた水墨画の表現からヒントを得ているというのですが。
実は今日の一枚には普通の風景画とは異なる点がもう1つあるのです。
それは色の濃淡。
一般的に風景画は遠景をぼんやりと薄い色で表し手前を濃くはっきりと描きます。
しかし『洛北修学院村』はその法則を無視するように山や木立を濃く平地を薄く表現しているのです。
実はこの描き方水墨画と同じだというのです。
白黒にするとよりわかりやすいでしょう。
確かに立面と水平面で色の濃淡を変えています。
青一色の世界にいかに深みを持たせるか考えた末にたどり着いたのが色の濃淡で立体感を出す水墨画の表現でした。
若き御舟は破壊と建設を胸に新しい日本画を追い求めました。
しかし新しさだけでも人の心はつかめないことに気づきます。
先人の知恵も取り入れながらようやくにして登り詰めた新しい梯子の頂。
その美しく深々とした青の世界はまさに御舟だからこそ描けた一枚だったのです。
(青田)編集長なんだか感動です。
新しいことばかり求める画家だと思ってたけど伝統的な日本画の大事な部分はしっかりと踏襲してるんですね。
昔からずっと変わらない美しい洛北の自然を描いたのも過去と未来をつなぐ絵を描きたかったからなのかな。
いい話じゃないですか。
編集長これ来月の特集でぜひやりましょう。
よしじゃあ。
来月はこの作品で記事を作ってくぞ。
(青田たち)はい!御舟にインスピレーションを与えてくれた修学院村は今はもうありません。
村が地図から消えた4年後画家は40年という短い生涯を閉じました。
新しい日本画を作るために一度すべて壊しました。
しかしすべてを捨てたわけではありません。
先人の残した技術と新時代の感性をこの一枚につぎ込んだのです。
速水御舟作『洛北修学院村』。
100年の時をこえてなお青く光り輝く幻想世界。
関東地方に梅雨入りが発表された6月5日。
2014/07/19(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち 速水御舟『洛北修学院村』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の一枚は、至高のブルーワールド、速水御舟『洛北修学院村』。
詳細情報
番組内容
今日の一枚は、青で覆われた日本画、速水御舟『洛北修学院村』。夜明け前の薄闇に沈む初夏の京都の山里が描かれています。幻想的な情景の中に深い静寂が漂い、ありふれた風景ながらどこか神秘的。修学院村に籠った末、取り憑かれたように描き上げた御舟ですが、その背景には兄と慕った人物の“破壊と建設”という思考が。浮世離れした世界観の先に、何を描こうとしたのでしょうか?また“青”に施された御舟ならではの工夫とは…?
ナレーター
小林薫
音楽
【オープニング・テーマ曲】
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
【エンディング・テーマ曲】
「終わらない旅」
西村由紀江
ホームページ
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ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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