今回は16世紀日本の物語。
当時の国民1人あたりの鉄砲保有数は日本が世界一だったと言われています。
そこには16歳の青年と美少女の存在が。
秘密を探るため大家さんが…。
まあすごい。
ここに何て書いてあるかわかりますか?この世でいったい何が起こったのか?
今年5月まで日本科学未来館でモノづくりをテーマにしたTHE世界一展が開催されました
伊勢神宮をはじめとする古代の建築技術や世界的ヒットとなった商品などおよそ200点を展示。
モノづくり大国日本の歩みが紹介されました
日本のモノづくりって長い歴史があるんですね。
メイド・イン・ジャパンは海外でも信頼されているのよね。
うん。
おっ。
(呼び鈴)また池上先輩から手紙が届きましたよ。
池上彰さんからの手紙。
今回の用件は?「寺脇博士元気かな?」。
「日本人は持って生まれた器用さや勤勉さから高い品質の製品を数多く作ってきました。
16世紀においても日本はあるものに関して世界一の大国でした。
それは何だったのか?ヒントはちょっとぶっそうなものです」。
「池上彰より」と。
さすがは池上先輩おもしろい見方をするな。
さあ何だと思いますか?16世紀で物騒なもの?ええ。
もしや鉄砲?正解!さすがは大家さん。
その頃日本は鉄砲大国だったんです。
はあ〜ん〜でも無って何ですか?無って。
あっ!あっ!
(2人)無鉄砲!あ〜!って私たち無鉄砲?まあそれはねあの池上先輩独特の愛情表現ですからねフフフッ。
まあそれはそうと鉄砲が種子島に伝わったのは1543年ですよね?もう16世紀の半ばじゃない。
そっから50年で鉄砲大国にのぼり詰めたなんて信じられない。
そうでしょ?日本がなぜ鉄砲大国になったのか。
そこには16歳の少年と美しき女性の存在がありました。
16歳の少年と美しき女性?いやそんないや16歳は言いすぎよ。
そっちじゃない。
えっえっ?鉄砲を伝えた国ポルトガル。
ある場所に行けば日本のモノづくりの強さがわかるといいます。
武器の歴史を聞いていると。
奥から持ってきたのは。
わあ!これは日本で作られた火縄銃です。
よく見ると。
なんか書いてありますよ。
あっ竜ですね。
竜の絵が彫ってあります。
1つ聞いてもいいですか?はい。
聞きたいことがあるんですか?おっあっ分解できる。
わかりますか?これは恐らくこの銃を作った人の名前が彫ってありますね。
馬場さんという方と榎並さんという方が作ってます。
500年も前の日本の職人の名前のようです。
でもなぜこの日本人が作った鉄砲がポルトガルにまたこうまるで逆輸入のように入ってきてるのはなんでなんですか?ヨーロッパにも逆輸入されていた日本の鉄砲。
その始まりにはある青年の活躍があったんです。
鉄砲大国の始まりを作ったのはこの人物。
種子島の領主種子島時尭です。
時尭が数え年でまだ16歳だった時に領地の種子島に中国船に乗ったポルトガル人が漂流しました。
時尭は彼らが持っていたあるものに衝撃を受けます。
この火縄銃です。
彼らは持っていた銃をド〜ンと撃ちます。
時尭や家来はその音や威力に目を丸くして驚いた。
そりゃびっくりよね日本に鉄砲はなかったんでしょ?はい時尭はこの鉄砲に興味津々。
鉄砲2丁と2,000両相当の銀を交換しました。
ねぇねぇ2,000両って今のお金だと…。
1丁約5,000万円。
2丁でおよそ1億円です。
1億円!?うわぁ今だって豪邸が買えちゃうわよ。
ボンボンの道楽かしら。
いえいえ興味本位じゃありません。
彼は鉄砲を手にすると刀作りの職人を呼び出しこれと同じ鉄砲を作れと命じたんです。
2丁のうちの1丁を分解して作り方を調べろと。
えっ?5,000万円をバラバラに分解しちゃったの?ずいぶん無鉄砲ね。
そうなんですよ。
ではここでクイズです。
時尭が刀職人から日本第一号の鉄砲を受け取ったのは何年後だったでしょうか?え〜はい!はい大家さん。
3年後くらい。
ピンポンピンポンピンポンピンポン。
ではありません残念!翌年の1544年には完成していたんです。
たった1年で?すごい!日本には古くから日本刀を作るという技術がありました。
刀職人はそれを鉄砲作りに活かしたんですね。
確かに当時の職人の腕もすばらしかった。
でも1人の女性が大きな役割を果たしたんです。
女性?ええ。
種子島時尭に仕えた刀作り職人の娘若狭です。
若狭は刀作り職人の娘でした。
美しかったそうですよ。
若狭の父は鉄砲作りに苦心しなかなか完成しません。
そこでポルトガル人に作り方を教わろうとしました。
するとポルトガル人はこう言いました。
娘の若狭と結婚させてくれるんだったら教えてもいいよ!と。
父親としてはつらいわね〜!結婚するなら一緒にポルトガルに行くことになります。
しかも船で行くんでしょ?船でね長い時間かけてね。
私絶対無理。
まぁそうでしょうね普通はね。
しかし若狭は悩みました。
彼女は父親が鉄砲作りに悩む姿を見ていたからです。
それで?それでどうなったの?若狭は結婚を受け入れました。
そして国産の鉄砲第一号が完成するのです。
若狭はポルトガルへと旅出ちました。
歴史の裏には女性ありなんです。
おもしろいわね。
ああもう我慢できない!私種子島に行ってくるわ!えっ!行ってらっしゃい…これから?これからですか?だから続きはあとで聞かせてね!あとでって…。
行ってきます。
今から?手ぶらで行ったね。
手ぶらでね。
そうですね。
まもなく到着です。
研究室を飛び出した大家さん。
鉄砲伝来の地種子島へ。
島の自慢はロケット発射とポルトガルとの交流。
あっあれは!もしかして種子島時尭。
ですよねちょっと近づいて見てみたい。
島の高台に立つ…。
凛々しいですね。
16歳の青年領主の左手には鉄砲が。
こんな感じ。
この島をこの自分がこう全部見守っているぞと。
更に海の向こうまで見てるぞって感じがしますね。
はじめまして宮崎と申します。
地元の歴史家に時尭について話を聞きます。
時尭という若い本当に優れた領主が出たんですね。
16歳っていったら多感な時代。
例えばもうなんだかとってもおじいちゃまだったりとかあるいはあまりこうそういうことに関心のないような人物だったら…。
たぶん鉄砲は早くは伝わらなかった。
戦国時代はまだ延びてたかもしれないです。
島にはこんな博物館も。
通称鉄砲館。
お〜っ!まあすごい!戦国時代や江戸時代に…。
なかでも貴重な品が…。
こちらがね。
これが?例の。
当時時尭が1億円で買ったといわれる初伝来の鉄砲。
そのうちの1丁です。
これそのもの本物なんですか?そうですそうです。
それをですね刀鍛冶に命じて作らせたのがこれと。
種子島で作られた…。
形もちょうど同じくらいの大きさです。
そうですね。
よく似ているんですよ。
似ているだけではなく国産第1号には装飾まで施されていました。
これを分解してすぐに…。
もう完成してる形に作れてるっていうのはすごいですよね。
わずか1年で国産品を完成させた刀職人の技。
宮崎さんある所へ案内されました。
あっ見えてきましたね。
ここなんですよ。
はあ〜。
ここは鉄砲作りを担った刀職人の墓地。
その片隅に…。
こちらですか?そうですそうです。
若狭の墓。
小さな小さな墓石です。
伝承では…。
でも鉄砲作りの功労者のお墓がなぜこんなに小さいのでしょう?説がいろいろありましてね。
この2つの考え方があります。
だからあまり大きく作らないと。
15歳。
ねぇ…。
さて大家さんも帰ってきたので再開しましょうかね。
はい。
その後日本の鉄砲はどうなったのか?相内君。
はい。
鉄砲伝来の頃日本は戦国時代。
武将たちは競って種子島の鉄砲を欲しがりました。
そこに目をつけたのが堺の商人たちです。
堺の商人は鉄砲を大量生産しました。
もう大量生産?すごいわね〜。
これは世界に先駆けた産業革命でした。
堺の商人たちは大量生産した銃を全国に売りまくる。
1550年代に入ると日本の鉄砲の数は全国で30万丁を超えました。
これはヨーロッパが保有する鉄砲の数をはるかに上回る数でした。
鉄砲伝来は1543年でしょ?10年でヨーロッパを超えちゃったの?はい。
鉄砲をたくさん使ったことで有名な戦いが1575年に起こった長篠の戦いです。
信長は3,000人の鉄砲隊を使い当時最強と言われた武田軍の騎馬隊1万人をやぶったと言われています。
そして1600年天下分け目の関ヶ原の戦いでは更に増えて鉄砲がおよそ5万丁も使われたと言われています。
1つの戦いで5万丁?この頃日本が持つ鉄砲の数は世界中の実に50%を占めていたと言われる。
50%?そう。
たった2丁の鉄砲しかなかった国が50年で世界の半数の鉄砲を持つ国になったんです。
種子島鉄砲館には日本独自に進化したさまざまな鉄砲が残っていました。
こういうふうにバリエーションがたくさん出てきますけどもやはり…。
だって口径どのぐらいありますか?貫目っていうんで弾が1貫目抱えの大筒というんですね。
こうやって踏ん張ってさらしで巻いて体に。
えっこれを?そうです。
体に?体に巻いてですねドーンとこう…。
そしてああいうロケット弾みたいな棒火矢と言われるやつ。
後ろのほうに火薬を詰めてそして飛ばすんですね。
そうすると…。
ミサイルですよこれ。
ミサイルです。
城攻めに使われた棒火矢。
4キロも飛んだと言われています。
床の間に置いとくんですか?床の間なんかに置いて。
賊が来たときにカチッてやるとバッて出る…。
戦国時代の職人たちはさまざまな鉄砲を生み出していました。
さあではいただきましょうかね。
(2人)いただきます。
鉄砲と同じくポルトガルから伝わったといわれるカステラをいただきます。
ポルトガルのカステラと日本のカステラって全然違ったんですよ。
そうなの?はい。
食べたのか?向こうで。
食べました。
ポルトガルのカステラは丸い形をしてて生地がちょっとふわふわしていてケーキのスポンジみたいな…。
でもこう伝わってきたものを日本人の好みに合うようにこうやってまぁ改良というか…合わせて作ってきたわけでしょ?向こうの技術を習ってそのまた更に上にいくというこの…。
確かにね。
細かい作業が。
急にね大家さんも種子島へ行かれたんでびっくりしましたけども。
若狭ちゃんのことを考えてね…おセンチになっちゃった。
「若さゆえ〜」「悩み〜」このノリはもう2人にしかわかりません。
私わかんないです…。
懐かしいわ〜。
鉄砲作りを教わるためにポルトガル人に嫁いだ刀職人の娘若狭。
宮崎さん種子島で若狭に出会っていたんです。
ほらほら!あのおっきなきれいな船!鹿児島と種子島を結ぶフェリーにわかさの名前が付けられていました。
すると宮崎さん突然ある場所へ向かいました。
さあここは…。
探しますよ!鉄砲作りと深い関係がある場所だそうです。
まず浜に…。
ははぁ〜もしかしてもしかしてこのね砂浜のこの黒いところがそうなんじゃないかしら?浜に点在する黒い部分。
実は…。
種子島は砂鉄の産地。
鉄がとれたため古くから刀鍛冶の技術が養われたのです。
さあ鉄だかどうだか調べよう。
何ですかそれ?え?これ旅にはつきものでしょう。
磁石。
なんと磁石を持参。
集まれ。
ほれほれ。
種子島の自然の恵み。
鉄砲職人の娘の献身。
そして好奇心旺盛な若き領主。
鉄砲作りが種子島から始まったのは偶然ではなかったのかもしれません。
《モノマネから始まった日本の鉄砲作りだが数だけでなく性能も世界トップクラスだったといわれる。
17世紀頃には堺の商人が開いた貿易ルートを通してヨーロッパやオスマン帝国にまで輸出していたといわれている》モノマネから始まりよりよいものを作り出す。
モノづくり大国日本はこの頃から始まっていたんだな。
よし私も何かモノマネをね。
森進一。
ヘヘッ…。
やめとこうか。
五木ひろし。
「おとな旅あるき旅」今回は神話の国出雲・松江の旅
2014/07/19(土) 18:00〜18:30
テレビ大阪1
137億年の物語【鉄砲伝来の物語その2〜日本は銃大国だった!?】[字]
今回の主人公は「種子島の人々」。宇宙が始まってから現在までの歴史を描きます。池上彰の監修で、寺脇博士と相棒の相内助手がドラマ仕立てで解説。
詳細情報
番組内容
1543年、ポルトガル人から鉄砲の存在を知らされた種子島の領主・種子島時尭(ときたか)は、ある行動に出ます。彼はすぐに刀づくりの職人に、伝えられた銃と一緒のものを作れと命じるのです。それがきっかけで日本は世界一の銃大国に!?
今回は宮崎美子が種子島を取材。ポルトガル船が漂着した現場で見たものとは?さらに銃の製造のカギを握った美少女の存在に迫ります。
この番組は…
話題のベストセラー本「137億年の物語」を映像化。「137億年前に宇宙が始まってから今日までの全歴史」という壮大なテーマを紐解く。
寺脇康文が扮するちょっと変わり者の寺脇博士が模型やイラストなどを駆使して、わかりやすく歴史を解説。世界史が大好きな大家の宮崎美子、世界中の歴史現場を取材する助手の相内優香。ドラマ仕立ての不思議な歴史報道番組。
出演者
【博士役】
寺脇康文
【研究室の大家役】
宮崎美子
【寺脇博士の相棒・助手役】
相内優香(テレビ東京アナウンサー)
【著者】
クリストファー・ロイド
監修
池上彰
ホームページ
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ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ニュース/報道 – 解説
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