2NHK高校講座 世界史「十字軍の時代」 2014.07.18

歴史の大海原を旅するキャプテン歴史アイドルの小日向えり。
世界中のさまざまなゲストと一緒にいざ船出しよう!
(小日向)私の歴史の部屋へようこそ。
今日はイタリアから料理研究家のイケメンがまた来てくれます。
(ベリッシモ)チャオ!チャオ!ハハハハ久しぶり〜チャオ!ベリッシモさんお久しぶりです。
2度目のご出演になるイタリア出身の…
今日はどんな歴史を紹介してくれるのでしょうか
今日は十字軍の時代についていろいろ話したいと思いますが知ってますか?十字軍?十字架を掲げて戦った軍隊?そうそう。
何のために戦ったんですっけ?戦った人たちの事ですね。
この時代僕にとってちょっと暗いイメージあるんですね。
暗いイメージ?そう。
前回は古代ローマの話をしたんですけど。
イタリアでは文化のピークっていうと古代ローマとそしてルネサンスですね。
その間に中世期があって暗いイメージあるんです。
あまり面白い事がないんですね。
あぁそうなんですか。
この十字軍について今日この方に紹介してもらいたいと思います。
ジャジャ〜ン。
あっかっこいいですねぇ。
かっこいいですか?この方はフリードリヒ2世っていいます。
イタリア語ではフェデリーコ・セコンドっていいますね。
フリードリヒ2世ですか。
そうです。
じゃあ彼にお願いしましょうか。
フリードリヒお願いします。
お願いします。
緊迫した争いが絶えないイスラエルの都市…ここは…3つの宗教の聖地だ。
これまでこの聖地を争奪しようとさまざまな民族が争ってきた。
その争いの発端となった出来事が今日の話だ。
語るのは私シチリア王にして神聖ローマ皇帝の…今回紹介する時代は…この時代私たちキリスト教徒は聖地奪還を目指し十字軍を結成。
イェルサレムを支配していたイスラームの人々と争い200年にわたって戦いを続けた。
その長い争いの時代にあっていっときイェルサレムに平和が訪れた事がある。
それは私が神聖ローマ皇帝だった時だ。
今回は現代にも続く宗教対立を生み出したともされる十字軍の時代を私フリードリヒ2世がご紹介しよう。
イェルサレムと十字軍が関係してたんですね。
そのころ日本は平安時代から鎌倉時代にかけてなのでちょうど武士の時代になってきたころですね。
このフリードリヒ2世ってどういう人なんですか?彼はねすごく頭が良くてみんなに……って呼ばれてたんですね。
世界の驚異!?そう。
やっぱりね3歩先考え方が進んでたからみんなびっくりして…。
じゃあ頭が良すぎてみんなが驚いてしまうぐらいの。
そう。
驚いて困るっていう感じですね。
それでそのフリードリヒ2世の時代ってどういう時代だったんですか?じゃあフリードリヒ2世に聞いてみよっか。
はい。
それでは私が十字軍の時代についてお話ししよう。
11世紀西ヨーロッパはローマ教皇と皇帝との叙任権闘争を経て教皇の権威が強まり本格的なキリスト教社会になっていた。
人々の宗教熱も高まり聖地イェルサレムに巡礼したいと望む人が増えていた。
しかし当時イェルサレムを支配していたのはイスラーム勢力だった。
そこで当時のローマ教皇ウルバヌス2世は聖地イェルサレムを取り戻すため遠征軍を派遣しようと呼びかけた。
これが十字軍だ。
実は当時のイェルサレムはイスラームの支配下にあってもキリスト教徒やユダヤ教徒もおおむね平和に共存できていた。
しかし教皇は自分の権威を更に高めるために十字軍を結成したのだ。
1099年第1回十字軍がイェルサレムに一気に攻め込んだ。
イェルサレムにいたイスラーム教徒4万人のほかユダヤ教徒やキリスト教徒など多くの老若男女が犠牲になった。
当時の十字軍兵士たちはたくさんの異教徒を殺す事が宗教的に正しい行いだと思っていたのだ。
こうして十字軍はイェルサレムを占領した。
これはイスラーム世界にとって衝撃的な事件だった。
イスラームの指導者はジハードつまり異教徒に対する聖なる戦いを呼びかけた。
そしてイスラームが聖地を奪回。
これに対し教皇は再び十字軍を招集。
こうした十字軍の争いは数十年置きに繰り返された。
当初はヨーロッパの人々の信仰心で支えられていた十字軍だったが次第に教皇の政治的な野心や諸侯の領地獲得のために行われるようになっていった。
この十字軍でヨーロッパが一丸となっていた時代に私フリードリヒ2世が誕生。
時代の流れに反した道を進む事になる。
イスラーム教徒をたくさん殺してひどいですねぇ。
ひどい話ですよ本当にね。
だから私たちも学校で勉強する時あんまり良くない歴史として勉強する事があるんですね。
私もそういうふうに習ったしテレビの歴史ドラマにもそういう裏の事とかあと悪いシーンもちゃんと入ってますから最近みんなそういう悪いイメージ持ってると思いますねぇ。
十字軍に対しては。
そうそう。
なるほど。
じゃあ十字軍の時代にフリードリヒ2世は何をしたんですか?それはもう本人に説明してもらおうか。
お願いします。
お願いします。
十字軍の時代キリスト教世界で最も評価が低かった皇帝それがこの私だ。
まずは私の生い立ちからご紹介しよう。
私は地中海の中心に位置するシチリア王国の王子として生まれた。
僅か3歳で王位についた私を支えてくれたのは異文化が共存する世界だ。
当時シチリアやスペインなど地中海地域では異文化の交流が盛んだった。
これらの地域にはさまざまな勢力が支配してきた歴史があるからだ。
私の国でも王はキリスト教徒だったがイスラーム文化を認め王宮にはイスラーム教徒が多くいた。
彼らの知識や科学技術はすばらしくおかげで私は学問への関心が深まった。
更に王宮ではさまざまな言語が使われていた。
この絵に描かれているのは…その隣には…そしてギリシャ人の書記もいる。
ここで育った私はアラビア語も流ちょうになっていた。
こうして私はさまざまな文化に囲まれそれらを吸収して成長していったのだ。
ところが!突然大きな転機が訪れる。
1220年教皇から神聖ローマ皇帝の冠を授かる事になったのだ。
そしてイスラーム世界の文化に親しんできた私が十字軍を率いて戦う事になってしまった。
「私は聖地イェルサレムを征服する事をローマ教皇に約束して誓います」。
シチリアのように他宗教に寛容だったキリスト教徒がいた地域もあったんですね。
うんありましたね。
今はシチリアっていえばやっぱりバカンスの島ですね。
私も子供のころ何回も遊びに行ったんですね。
海がきれいで。
そしてローマに比べると全然別世界です。
シチリアに行けばギリシアの建築も楽しめるしイスラームの文化も入ってるしすばらしいですね。
じゃあシチリアって日本でいう沖縄みたいな所かな?沖縄もリゾート地だしやっぱり中国とか日本とかいろんな所からの文化が来ている所なのでそういうふうかなと私は思いました。
似てるところありますね。
それにしてもフリードリヒちょっとピンチですよね。
イェルサレムに行くんですか?じゃあ聞いてみよう。
フリードリヒ!神聖ローマ皇帝となった私は十字軍を率いてイスラーム世界と戦わなければならなくなった。
相手はアイユーブ朝。
君主はアル・カーミルだ。
彼はそれまで十字軍をことごとく退けてきた英雄だ。
しかし私は戦いたくなかった。
幼いころから親しんできたイスラームの世界に憎しみなんて全く持っていなかったからだ。
私はしぶしぶイェルサレムに向かった。
現地で待ち受けていた十字軍には熱烈に歓迎された。
しかし彼らの期待に反して私はある事に乗り出した。
外交交渉だ。
私はアル・カーミルにアラビア語で手紙を書き率直な気持ちをぶつけた。
「私にイェルサレムを引き渡してくれ。
そうしない限り私は国に戻れない。
キリスト教徒たちに対して面目が立たないのだ」。
当然アル・カーミルは難色を示した。
彼もイスラーム教徒たちに配慮しなければならない立場だ。
だが私は粘り強い交渉を続けた。
そして5か月にわたる交渉の末に合意にたどりつき10年間の休戦協定を結ぶ事ができた。
第1条は私の要求を全て受け入れた形になっている。
しかし第2条はこうだ。
イェルサレムを共に管理しようという事だ。
これはそれまでにはない新しい発想だった。
この協定を実現するためにアル・カーミルにはだいぶ譲ってもらった。
だからもしもローマ教皇が私を差し置いてイェルサレムを攻撃した時のため私は第8条にこう記した。
こうして私は一滴の血も流さずに聖地イェルサレムを取り戻した。
十字軍の歴史の中でただ一度の事だった。
休戦協定締結後に私が神殿の丘を訪れてみるとイスラームの祈りが行われなくなっていた。
私は役人を呼びすぐに以前と同じように祈りを続けるように言った。
イェルサレムに来たらイスラームの人々の祈りの声を聞きたいと思っていたのだ。
しかし休戦協定を結んだ事はキリスト教世界から激しく非難された。
アル・カーミルも同じくイスラーム世界から非難された。
10年の休戦の後争いは再開された。
結局十字軍遠征は200年の間に合計7回も行われた。
それでもイェルサレム奪還は失敗に終わりヨーロッパの人々の宗教熱は冷め教皇の権威も衰退していったのだった。
こんにちは。
(大月)こんにちは。
ルーバルには先生ですね。
ちょっと質問があるんですけど。
十字軍の戦いどういう意味があったんですか?1つはヨーロッパの人々が十字軍に参加する事によってどうなったか。
これは一緒の軍隊…十字軍に参加する事によってイスラーム教徒の人たちを共通の敵にする事によって一体感を持つようになったんですね。
そのヨーロッパの共同体としての一体感ってのが彼らの歴史の中で大きな意味を持った。
これがまず1点ですね。
でもう一つ。
これはイスラームの人々の側の話なんですけど。
それまでのイスラームの人々はとても寛容でした。
ところがです。
ヨーロッパ人が十字軍でやって来て戦争した訳ですね。
そうする事によって…これはよくなかったね。
このあとイスラーム教徒の人々の中にキリスト教徒に対する反感敵対意識が大きくなっていくというね。
これは不幸な歴史ですね。
十字軍がもたらした後の世界に対する影響という事も今日は併せて考えてほしいなと思います。
よく分かりました。
先生ありがとうございます。
えりちゃん。
今日の十字軍の歴史どうでしたか?フリードリヒ2世は話し合いで解決しようとしたすごい進んだ考えの持ち主ですてきだなって思いましたね。
やっぱりここが違いますね。
その人頭良かったんですね。
今日は暗い話だったんですけどシチリアに集まったイスラーム文化などがヨーロッパに広がっていって華やかなルネサンスの時代につながるんですよ。
また華やかな時代が来るんですね。
そうそう。
十字軍の戦いから700年たった2000年3月ローマ法王が初めて過ちを認めた。
しかしイェルサレムを巡る宗教対立はいまだに根強く残っている。
十字軍との戦いの中で私たちの家系から340人もの学者たちがまさにこのモスクで殺されました。
なぜそんなひどい事が起きたのか分かりません。
でも私にとってこの街は何が起きても私の街なんです。
11世紀ヨーロッパの人々の宗教熱が高まりローマ教皇がイェルサレム奪還を目的に十字軍を結成。
イスラームの支配下にあったイェルサレムに攻め込んだ。
異文化が共存する地中海で成長したフリードリヒ2世は武力を一切使わず交渉によってイェルサレム奪還に成功した。
十字軍の戦いは200年続き失敗に終わった。
イスラーム世界に異教徒への敵対意識を生み現代にも続く宗教対立の原因となった。
2014/07/18(金) 14:20〜14:40
NHKEテレ1大阪
NHK高校講座 世界史「十字軍の時代」[字]

歴史好きな「歴女」の部屋を、世界各国にルーツを持つゲストが訪れ、歴史上の人物のメッセージを届ける…聖地の平和を実現した異色の神聖ローマ皇帝

詳細情報
番組内容
「宗教対立の原点となった十字軍」「イスラーム文化に親しんだ若き神聖ローマ皇帝」「血を流さずに聖地回復をしたその秘策とは?」を学ぶ。学習ポイントは「十字軍の背景」「地中海と異文化交流」「十字軍とフリードリヒ2世」。【司会】小日向えり【ゲスト】ベリッシモ・フランチェスコ【講師】大月康弘(一橋大学教授)【語り】平田広明
出演者
【講師】一橋大学教授…大月康弘,【ゲスト】ベリッシモ・フランチェスコ,【司会】小日向えり,【語り】平田広明

ジャンル :
趣味/教育 – 中学生・高校生
バラエティ – その他
趣味/教育 – 大学生・受験

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32721(0x7FD1)
TransportStreamID:32721(0x7FD1)
ServiceID:2056(0×0808)
EventID:15313(0x3BD1)