きのう午後、男がいない隙に女子生徒が自力でほどいて脱出したということです。
女子生徒は軽い知的障害があり、「男にキスされた」「男の好みの服を着せられ写真を撮られた」などと話しているということです。
調べに対し富永容疑者は容疑を認
(黒柳)今日のお客様はアンミカさんモデルさんです。
どうぞお歩きください。
モデルさん歩きで入ってきていただいてこちらまでどうぞ。
テレビでもたくさん出ていらっしゃるんですけどお座りいただいて。
ようこそおいでいただきまして。
うれしいです。
どうも。
ありがとうございます私こそ。
本当にお美しいアンミカさんなんですけどいかに『徹子の部屋』に出てくださりたかったという証拠があります。
とても面白い証拠なので皆様にもご覧いただきますけどよくいらしてくださいました。
よろしくお願いします。
さてアンミカさんなんですけども『徹子の部屋』にとても出たかったと仰ってくださってうれしいんですがその証拠がございますのでなんか証拠を…。
テレビ朝日の1階の?そうなんです。
収録で伺わせていただいた際に1階に『徹子の部屋』の…。
違う仕事でいらした時に?はい。
ブースがありますよね。
それでお人形の徹子さんと一緒にボタンを押して音楽が流れるっていうのをちょっと楽しませていただきまして。
ボタンを押すとテーマが出るんですってね。
私も行きたいなと思ってるんですけど。
はいご覧ください。
これですこれ…。
随分だけどこれ本当にこの『徹子の部屋』でやってるように見えますね。
大行列でしたよ大人気で。
行列?あっそうですか。
ちょっと私が斜めになってるみたいな感じがしないでもないですけど。
でもこれ上手にできていてちょっと似てましたかね私にね顔がね。
これでね何か夢をかなえるには私昔からそうなんですけどずーっと何もないところから育ってきて想像できることは全部願いがかなうと思ってるんです。
あっそう。
すごい。
この撮影をしてこういうふうにご一緒させていただくようになってああやっぱり実現するんだと。
ありがとうございます。
そうなんです。
この方の人生はご自分で切り開いてここまでいらっしゃったということで。
セレブ婚と言われています。
セレブの方とご結婚なすったんですけどパリコレにもお出になったしそれからCDもお出しになったと。
色んなことかなっているんですけども。
モデルさんでいらっしゃって背とっても高く見えるんですけどお歩きになるモデルとしてはちょっと小さいんですって?そうなんです。
ほぼ約10センチほど低いですね。
全然そういうふうに見えなくて。
なんかすごい大きな方がお入りになってきたっていう感じがしたんですけど。
そうすると100…。
171センチ弱ぐらいですね。
171センチですか。
普通の方よりとっても大きいんですけども。
ご自分を磨いてそれでセレブ婚というところまでなんですけど。
そこまではだいぶ後のことで。
あなたがお書きになった本の帯を拝見したんですけどあんなことお書きになっちゃっていいのかなと思ったんですけどこの方がお書きになったんです。
あそこの帯のところに書いてあるんですが「四畳半に大家族の極貧生活。
ブスと言われ続けた私が最高の幸せをつかんだ黄金のルール。
」っていう…。
「つかめた黄金のルール。
」っていう。
その黄金のルールっていうのを伺おうと思うんですけども。
「絶対美しくなれる」「セレブ婚もできる」。
それをご自分で開発なすった方が今日のお客様っていうことになるんですけども。
はい恐縮です。
それでなんかご両親を割と早くお亡くしになったりとかも色んな…。
そうなんです。
うちは元々韓国の済州島から親が日本に来て日本語が初めは喋れないまま私たち兄弟5人を一生懸命育ててくれて。
四畳半に本当7人家族の…。
5人兄弟ですって?あなた。
5人兄弟で本当ほぼ年子なんですね。
あららら…。
私が真ん中で兄姉妹弟。
兄弟姉妹が全部そろう大家族です。
あっ本当だ本当だ。
可愛い。
可愛いですよね。
本当に貧しかったんですけどそれは本当に生活が大変ということだけで心が貧しくなかったんで。
お家にいても例えばちょっと食べるものに困るとか明日着る服とかがなかなかなくて人様からもらってもいつも兄弟5人がくっついてキャッキャキャッキャ言ってる明るい家族でした。
お母様もそうだったんですってね。
そうなんです。
何しろ3歳の時に今仰ったように韓国生まれでいらっしゃって3歳の時日本にいらっしゃって大阪のほうにいらっしゃって。
そこから生活が始まるんですけど。
お父様とお母様と。
これどっちがあなたですか?ちっちゃい男の子みたいなほうが私です。
口に手突っ込んでるみたいな子があなたですよね。
5人兄弟の年子で真ん中だそうですけども。
それでよそのお家のお二階の四畳半に住んでらしたので…。
もう普通のお家の1軒に1つ自分のお家専用の扉があるっていうことも小学校に上がるまで知らなかったぐらい…。
よそのお家いらしたらびっくりしたんですってねお玄関があるのでね。
あと2階が騒がしいのでどういう人が住んでるんですか?って聞いたことがあって。
「いやこれはうちだけのお家です」って言われたことがあったりだとか。
あっそう。
まあお二階だっていうとなんか横の階段から上がっていってという感じで。
お風呂もなかったしあれなんでそこのお家の方がいらっしゃらない時パッてお風呂入ったりとか色々そういう生活してらしたんで…。
でもちっともそう今仰ったように貧しいっていうふうにはご自分ではお思いにならないで。
そうですね。
やっぱり他のお家と物心がついた時には経済的に苦しいんだっていうことはわかってたんですけど。
でもやっぱりお父さんお母さんが「貧しいけれども兄弟仲がよくて健康で無駄なものがなくてこれはこれで楽しいでしょ?」っていう…。
あと一人一人にたっぷりの愛情を注いでくれたのですごく幸せでした。
ラッキーでした。
でも夜中の3時に兄弟で起きてリュックサック背負って野菜市場…夜中の3時ですよ皆さん。
野菜市場へ行くんですって?そうなんですよ。
青果市場の方に…うちがラーメン屋さんをいっときやってちょっとだけ生活が人並みぐらいになった時にその方々に朝ラーメンをただで食べさせてあげる代わりにちょっと当たって色が悪くなった果物なんかを朝3時にみんながカルガモの兄弟みたいに縦に並んでリュックとかビニール袋背負っていってそこでフルーツをたくさん頂いたりしてお家で食べたりしてました。
それでもちろんテレビもないし。
だからといってなんか寂しいという思いもなくみんなでいろんなこと…作って遊んだんですってね。
そうなんです。
ないっていうことはすごく想像力を生むというか工夫をして生きようっていうふうに思うんですね。
遊びもそうでチラシがあるとチラシをハサミで切ってそこに載ってる食べ物とか物でままごとができたり…。
そうよね。
はい。
あと親も百人一首とかあとチェスとかをお友達からもらってきて足りない駒は作ったりしてそれで遊んだので兄弟が5人いると本当絆も強くなりましたし遊びでも生き方でも工夫するという癖がつきました。
ましてや年子って仰いました?はい。
年子の5人ですから話は合うでしょうねそりゃね。
あんまり離れていなくって。
はい。
それでお父様お仕事はその時何か?はい。
その時はやっぱり日本語を覚えて一生懸命工場で住み込みで働いて。
私たちは住み込みで働いてる社宅みたいな1人用の住まいっていうところに7人で住ませていただいたりしてたんですけど。
だから四畳半だったんですね。
はい。
母はただいち早く日本語を覚えて美容部員に。
すごいですねお母様。
はい。
それはなぜかというと3歳の頃に私が実は階段から日本に来てすぐ落ちる大ケガをしたんですね。
口元にケガを負ってしまいまして。
人前で笑うのにも唇が上までめくれ上がって。
歯茎の上の中のところを切ってしまったので。
あら可哀想にね。
今もう全然わかりませんよね。
でもこれはお母さんのリハビリのおかげで手術も一切せずに。
もうその口元のせいと3月の末生まれでちっちゃかったものですから。
しかもちょっとぽっちゃりしてたんですね。
それで外見のコンプレックスがすごくて。
お子さん同士ってやっぱり残酷ですよね。
素直だから「美佳ちゃん口大きいね」とか「ぽっちゃりしてるね」とかいう…。
それでもう自分に自信がなくていつも下ばかり向いてる子供でした。
ちょっとお写真があります。
そのお小さい時に…この右側のお嬢さんね。
そりゃ確かにブスと言われっていう…。
このお美しい方が右側の子。
左側が…。
お姉さんです。
年子だからねちょっとしか…。
この右側の子ね…よりによってっていう写真なんですけど。
でも残ってる写真がこれなんで。
そうなんです。
うち火事にもね見舞われてちょっと写真があまりないんですよ。
でもこの子ですからみんなに可愛いねって…。
お姉ちゃんはきっと可愛いねってね…。
言われ続けてましたね。
あなたはブスと言われって…。
これ自分で書いてらっしゃるんですけどね。
まあどんなにブスと言われたって大きくなってこんなお美しくなるんだからねそれはかまわないんですけどでもやっぱりお母様はいつも口角を上げるようにって教えてくだすったんですって?そうなんです。
やっぱりちっちゃい時にねいくらそういうふうに言われても大人になって美人っていうのは一緒にいて居心地がいい人が美人だから。
あっそう。
居心地がいい人。
はい。
だから大人になって居心地がいい美人になるには…。
それでは美しくなるお母様の4つの教えとは?はい。
まずはですね姿勢ですね。
胸の真ん中に目があると思ってこの目を志と呼んで志を高くっていう。
なるほど。
はい。
イメージでいつもいると。
そうですよね。
こんなふうになってたらとっても目が具合悪いですよねやっぱりね。
こういうとこにちゃんとないとね。
目はここにあって。
はい。
私やっぱり人に…相手を見ると自分も見られるって緊張感が生まれて体を相手に向けることができなかったので姿勢をよくして相手と喋る時も胸の目で相手に向くオープンハートっていう原理でお話をするっていうことが1つ目です。
なるほど。
ここにみんな目がある心があるということで。
2つ目が口角を上げる。
これは私の歯茎の辺りのリハビリにもなったんですけど口角を常にんって口元に笑みをたたえてると笑顔って相手にもうつって。
そうですよね。
相手も笑顔になって自分も笑顔になれるのでと…。
口角をちょっと上げて。
はい。
次に?3つ目が相手の目を見るということなんですけどやっぱり緊張するので5秒以上見ないと。
どうしても目をそらしたい時はできるだけ相手と自分の間に目を落とす。
よそを見ないで相手との間に目をちょっと落として。
はい。
そして4つ目が相手のお話をきちんと聞くことがお話し上手になるからっていうこととわかりやすい言葉でゆっくりお話しするようにっていう。
すごいですねお母様ってね。
だって美容部員ではいらっしゃったにしてもそういうことご専門じゃないはずなのにねでも美しく見えるように。
でも本当にあなたがお美しくなったのは今仰ったようにご自分で切り開いたってさっきご紹介したんですけど。
やっぱりお母様やなんかのそういう色んな…。
お父様のお力もあったんですよねきっとね。
はい。
父もすごく声を荒げたりしない優しい方だったんですけど何かやりたいっていう時に必ず厳しい目標を。
私が初めて珠算を…そろばんを習いたいって言った時も新聞配達お兄ちゃんがしてるのにちょっとついていけたらとか。
あとモデルを高校卒業して…大学進学よりモデルをやりたいって言った時は家を出てお金の大切さっていうのをわかるために一人暮らしをして一流モデルになるまで家に帰らないとか。
あと新聞を必ず読んで社会がどこに向かってるかをチェックして自分が求められる人になるために資格を取りなさいとか。
そういうことを教えてくれましたね。
でもお父様はそういうふうにはっきりと仰ってくださったんで…。
でもあなたあれですね?そういうお話しなさるとなんか涙いっぱい出ますね。
ちょっとね出ちゃいますねすいません。
やっぱり早く亡くなったんで。
はい。
あっ…じゃあお母様とお父様はあなたが何歳ぐらいの時?亡くなったの。
母はもう小学校の高学年ぐらいから…。
そんなに早く?早くに…もうずっと途中から入院はしてたんですけれども。
あっそうなの。
ずっと意識がないまま中学の途中から。
16歳になる時にもう息を引き取ったんですけど。
あっそう。
じゃあそういう色んなことはお母様がお元気な時に…ちっちゃいあなたに教えてくださったのね。
そうなんです。
お父様はおいくつの時?お父さんは今から十数年前ですね。
あっそうですか。
でもあなたお若いから十数年前っていってもね随分まあ…。
もっとお父様長生きしてくださればよかったっていう年齢だと思いますけどもね。
でもとにかくモデルになろうというふうにお決めになって。
それでオーディションかなんかお受けになったの?母親がやっぱり命が長くないということがわかって意識があるうちにモデルになったって報告はしたいと思ったんですね。
っていうのも母が「きっと美佳ちゃん大きくなったらいつも可愛く見えるしぐさ4つの魔法を勉強してるしこれで背が伸びたらモデルになれるかも」ってずーっと言ってくれてたんですよ。
きっとお母さん喜ぶに違いないと思って。
それが15歳の時ですね。
中学3年生からモデル事務所のオーディションを受けるようになって。
ただ20社ほど大阪の事務所に書類を送ったんですけど全部返ってくるんですよ。
そうなんですってね。
これもまたすごいんですけど。
それで私むきになってある1社に5〜6通送ったら全部返ってきたので電話をしたんですね。
で「きっと私は実際見ていただくと写真写りが悪いので実物を見てください」。
「弊社にとって得だと思います」とか自分を売り込んでね。
すごいの。
御社にとって得だと思う…はい。
それで実際いらしたの?そこに。
実際に行ったら「実物もちょっと」と落とされたんですよ。
それ随分でもショックですよね。
ですけどまだ中学生でセーラー服も着てたので「またこういう都会に出てきたら遊びに来ていいよ」って社交辞令で言ってくださったのを真に受けて毎週火曜日に行くようになったんですね。
あっそうなの。
そこからちょっとしたチャンスがあって再度レッスンを受けてモデル事務所に所属できるようになったんです。
でもさっきの「実物をご覧になれば写真写りが悪いと思いますから会ってください」と仰っていらっしゃった時あなた8駅ぐらい自転車でこいでいらしたんですって?はい。
どこ行くのもお金をかけず自転車で。
中学高校とも6年間新聞配達をして。
私たちは上の人が下の兄弟を育てていくとか学費を払ったり習い事をさせてあげるっていうのももう自分たちで決まってたので。
あっそうなの。
偉いわね。
でもねそれで…それから部活もあったしそれからアルバイトもあったしそういうことでね新聞配達とか色んなことをなさりながらとにかくどうにかこうにかモデルの事務所に入れて…。
そこでレッスンを受けるようになって。
はい。
もうみんなより1時間早く事務所に行っていつもレッスンを受けて。
でちょうど合格発表の時に顔が特別可愛いわけじゃないし背も今より10センチ…ちょっと低かったんですね。
あっそうなんですか。
はい。
高校で伸びたので。
それで背が高いわけじゃないし社会人になってモデルになるのは無理だから学生の間だけ事務所に入ったっていうことで所属していいよって言っていただいて入ったんです。
複雑な気持ちでしょうね。
はい。
でもまあそこにお入りになって。
でもそうこうしてるうちにすごいなと思うのはあなたが「いやパリコレだわ」ってその時に。
そうなんです。
時代がちょうどアバンギャルドといってエレガントなものから小柄なアジア人の方とかがヒップハングのジーンズをはいてセンターパーツのロングのヘアでっていうそういう人が求められてたいい時代だったんですね。
それで私もいけるかもと…。
しかも父が「一流モデルにならないと家に帰るな」って言ってたので一流モデルといえばパリコレだと思いまして。
お金全然なかったんですって?その時も。
チケット代以外は5万円ぐらいしかなくて。
私も今みたいに携帯があったわけじゃなかったので人づてに聞いて思い立って行っちゃったんですね。
でも全然相手に…どこにも知ってる方いらっしゃらなかったんですって?パリに。
そうなんですはい。
ヘアメークのお姉さんが…コレクションで仲よくなった方が今日も私のヘアメークしてくださってるんですけど。
お住まいを貸していただいたりしてオーディションを受けたんですが全滅で。
全滅?駄目だったの?パリコレ。
駄目でした。
1回目は全部…。
あなたのタイプがいいはずなのにね当時としては。
でも足りないことがあって。
3社だけアジア人のモデルを見てくださるっていう事務所があって行ってきたんですけど。
やっぱりあなたは今着てる服も自分もよく見せれてないっていうことで全滅で帰ってきて。
つまりそれはあなたが自分の洋服を選ぶ時ちゃんとしたあなたに似合うものを着ていないっていうのかしらね。
そうですね。
やっぱり服を見せようと思ったらまず自分のマネキンとしての体形を理解して与えられた服をよりよく見せて。
自分もなおかつカッコよく見えるという最低限のセンス。
そういったものが…ただでさえ身長が低いというバランスのハンディがあるのにプラスαがないから魅力がないとはっきり言われたんですね。
なるほど。
あなた腕すごい奇麗ですけど腕はなんか体操かなんかしてらっしゃるの?してます。
肩甲骨といって腕の付け根の背中の「天使の羽」といわれる部分。
ここをすごくうまく使って肩甲骨の後ろを動かしたり腕を後ろにできるだけ引く体操というのをしながら二の腕の辺りに肉がつかないように。
すごい奇麗ですもんねすっとしててね。
ありがとうございます。
ごめんなさい。
あなた何歳?あっ私…。
見当がつかないですけどね。
42歳で…。
えっ!あっそう!もっとずっと若く見えてたんですよ。
腕なんか拝見したり色々して。
42歳。
あっそうですか。
ありがとうございます。
うんと若く見えたんですけど。
それで日本にお帰りになって。
それで色々そういう至らないところを…自分のセンス?センスも磨かなきゃっていう。
そうです。
色んなお洋服屋さんに行って。
服ってやっぱり好きと似合うが違ったりするので。
はたから見た時の似合うがわかるようにプロの方にアドバイスを頂いたり色んなフィッティングをして回ったり。
あとはまあそれでも自称アルバイト生で高校を卒業してからは前の事務所も辞めてたのでもうずーっとアルバイトをしてるだけの自称モデルが数年間…。
自称モデルなのね。
はい。
だったんですけどたまたま京都のディスコクラブで面白いファッションショーがあるみたいだよってお友達に誘っていただいて。
ただその日私また運悪く財布を落としてしまって。
でね京都に行くには往復3000円ぐらい大阪からかかるから断ったんです。
だけどすごい…神様からの…何ていうんでしょう?メッセージなのか父からお手紙が初めて来たんですよ。
お父様からお手紙が?はい。
であの本当…「チャンスって突然後ろから来るから前からは来ない。
だから突然来る時のために備えてとりあえず頑張るんだよ」っていうような…。
お父様のお手紙?はい。
それでなんかふと思い立ってそのディスコクラブに行ってみようと思って…。
本当はやめようと思って…お財布も落としちゃったし。
そうなんです。
だけどお父様のお手紙で後ろから押されるような感じでそのディスコ行っていらしたの。
はい。
するとそこで新進デザイナーの方々が手作りのファッションショーをしていてそこで声をかけていただいた…。
なんか写真家がそこにいらしたんですって?そうなんです。
ドイツ人のカメラマンの方がいらっしゃって。
その方に「今日ファッションショーで使ったデザイナーさんでファッションシューティングするからモデルをやらないか?」って声をかけていただいて。
それからそのデザイナーさんとも親しくさせていただいて。
そのデザイナーさんのものをあなたお召しになって。
それでその…なんか表紙にお出になったんでしょ?その表紙がまた外国で見られる表紙で。
そうなんです。
まさかそんな大きな…。
これですね。
『THEFACE』っていう。
あっ本当だ。
すごい。
ロンドンの本当にすごく一流の方々が最新のすごく前衛的なものを載せてるということで有名な雑誌なんですけどこの撮影を…。
この顔はね独特ですよね。
その当時カッコいいとされた…。
そうそう。
でも山下隆生さんというデザイナーのお洋服でたくさんの広告を撮っていただいて。
そこから山下さんがもう…海外でも非常に人気が…火がついて。
パリ・コレクションに出るっていう時に私も連れていっていただけたんですね。
あらー。
今度は全然違う立場ですよね。
はい。
ゼロからの挑戦とは違う立場で行かせていただいて。
だからよく皆さんに…プロフィルだけ見ると「パリコレモデルを経て」とか書かれてるんですけど本当にそこに至るまでいつも遠回りで真っすぐ…。
パリコレも初めは全部落ちたんですよっていう感じ…。
でもその日あれですよね?お父様のお手紙が来なければそしてやっぱり行ってみようかなと思ってそのショーに行ってご覧にならなければそういうチャンスは来なかったっていうことですよね。
やっぱ不思議なものですねそういうのってね。
本当に思いますね。
なんかこういつも自分が何かこれを安定して手放したくないって思う何かがあるとスペースがいっぱいでチャンスってなかなか来ないのかなと。
私安定したことが幼い頃からなかったのでこの安定を手放したくないっていうものがなかったんですね。
だからいつでも何かよさそうと思ったら飛び込んでいけたっていうのは逆に親に感謝ですね。
でもそれは本当に運命でさっきのお手紙も…お父様のお手紙も。
本当はじゃあ行こうかなと思った時に家に戻ったの?そうなんです。
財布を落としてしまったので一度お家に帰ってちょっと小銭を取りに行こうと思ったら父から手紙が来てたんですね。
あっそう。
それで…。
不思議です。
それで結局行くって…そのねファッションショーにいらっしゃるっていうことになって。
それからアンミカさんといったら大変なモデルにおなりになったんですけど。
今ここでセレブ婚をなさったっていうことで大変なんですけど。
どうやったらセレブに会えますか?ってみんなに聞かれるでしょ?いやあの…ねえ。
ありがたいことにたまたまある番組の慰労会のゴルフ会で出会ったんですよ。
たまたま出演者の中でゴルフをする女性が私だけだったので呼んでいただいてご一緒させていただいて。
あら。
いい方?もうすごく優しいですね。
年もそんなに特に年上っていうわけでもないんですって?1つ上なので。
みんななんて運がいいと思うでしょうね。
見て皆さんこれ。
この方の船ですか?これ。
はい。
新婚旅行でカプリ。
カプリ島ですね。
あっカプリへいらしたの。
ご自分の船で行く…。
でもハンサムな方ですね旦那様ね。
ありがとうございます。
本当に素敵。
セレブ。
本当にモデルのような夫婦ということになるわけなんですけども。
今が一番幸せですね。
でもやっぱりあちらは元々セレブなんで私は雑魚寝してましたって言うと雑魚寝って何だかよくわかんないとかって。
そうなんですよ。
四畳半で暮らせるわけないってずっと言われていて。
彼のお家にしたら玄関ぐらいなので。
それで私が「暮らせる」。
「どうやって寝るの?」。
「雑魚寝」。
雑魚寝を知らなくて調べて…。
「ああ魚が雑に群がる感じ。
わかった」「寝れるね」って言われました。
相当おかしいわね。
でもそういうの字引に出てるのね雑魚寝ってね。
そうなんです。
あっそうなの。
でもそういうのすっかりわかってくださってる旦那様だとね…。
バックボーンも含めて私の家族も大切にしてくれるので。
あっそうですか。
はい。
じゃあお亡くなりになったお母様もお父様も安心していらっしゃるでしょうねきっとね。
はい。
先祖が許してくれる人と結婚したいって…。
元気です。
仲いいです。
そうですか。
皆さんアンミカさんのようにご自分で道を切り開いてください。
目は胸のとこですよ。
じゃあね。
ありがとうございました。
上沼恵美子さん続いては『おしゃべりクッキング』です。
どうぞ。
2014/07/17(木) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋[解][字]
〜四畳半の極貧生活から“セレブ婚”を〜アンミカさんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
タレント活動のほか、エッセイや講演なども好評!さらには歌の上手さからCDデビューも果たすなど、多方面で活躍しているモデルのアンミカさんが登場。
◇番組内容
韓国で生まれ3歳から大阪で育ったアンミカさん。四畳半に家族7人で暮らすなど生活は大変だったが両親は愛情たっぷりに育ててくれ、とても明るい家庭だったという。母の一言でモデルを目指したがもちろんお金もコネもない…いかにして夢を叶えパリコレ舞台に立ったのか。そこには母が教えてくれた美人になる為の4つの魔法と、運命を左右した父の手紙の存在がある。今日は自分で道を切り開いた彼女の“美しさ”の秘密が明らかに!
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
◇解説放送
小松靖(テレビ朝日アナウンサー)
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
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