100分de名著 遠野物語(最終回) 第4回「自然との共生」 2014.07.02

柳田国男が世界に向けて書いた「遠野物語」。
そこには厳しい自然の中で野生動物たちと共にある暮らしがつづられています。
人間と動物は対等に共存してきました。
自然界とも…今に伝える遠い記憶。
自然と人間の関わりを見つめ直します。

(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…さあ柳田国男の「遠野物語」。
伊集院さんすごく何か「遠野物語」めちゃめちゃはまりそうな感じになってますよね。
いや〜はまってますね。
僕の今までのいろんな思い出の中で僕版「遠野物語」に残すとしたら何だろうみたいな事までちょっと考えていますけど。
そんな感じになってきておりますが今日は「遠野物語」を語る上で欠かせない「自然との共生」をテーマに深く掘り下げていきたいと思います。
指南役は東京学芸大学教授石井正己先生です。
どうぞよろしくお願いいたします。
さて「自然との共生」って今でもほんとよく使う言葉ですよね。
流行語のように今は使われますね。
「共生」というのは共に生きると書くわけですけれども…それではまず猟師が野生動物と戦うお話からご覧頂きましょうか。
遠野の人々は動物も人間のような感情を持つ畏敬すべき存在だと考えていました。
メスオオカミが子供を殺され復讐にやって来た時素手で応じる猟師の話があります。
子供への愛情から襲ってくるオオカミに対し武器を用いて戦うのは卑怯だと考えたからです。
クマと素手で戦う猟師が激闘の末勝利を勝ち取る話も伝えられています。
すごい戦い。
激闘ですね。
人間も「熊」。
熊っていう人間対クマみたいなちょっと落語的な面白さも入ってくる。
オオカミと戦う男の名前は「鉄」鉄のように…鋼のような男だという名前を持ってますしクマと戦う男はまさに「熊」という。
ですからそういう意味で言えば言葉のあやもあって厳しいけれども面白いというそういう印象を与えるのかもしれませんね。
ここで鉄砲を使わないと素手で戦うという事が意味するものって何ですかね?オオカミもクマも野生動物で人間もただの動物だというふうになった時には…そこの読み解き方とても大事な気がしますね。
だってある意味ナンセンスっちゃナンセンスな話だし。
だって殺されちゃいますよ。
自分の仕事が狩りだからより効率的に狩ればいいんだというだけの事を考えたらこんな事全く理解できない話ばかばかしい話ですよ。
ですから私どもは今こういう狩猟の世界から随分遠のいてしまっていて遠野でも100年間の間にこういう生き方というか暮らし方というのはもうなくなっているわけですね。
さてところで岩手といえばもう一人偉大な作家がいますが宮沢賢治も有名ですよね。
猟師と野生動物の関係を描いた物語は宮沢賢治も書いているんです。
ちょっとこちらをご覧頂きましょう。
淵沢小十郎という熊捕りの名人がある夏木の上に大きなクマを見つけます。
クマはまるで「撃たれてやろうか」と考えているようでした。
そして木からどたりと落ちてきて銃を構えた小十郎に両手をあげて叫びます。
するとクマは言います。
ちょうど2年目の朝そのクマは小十郎の家の前で死んでいました。
きちんと約束を守って命を差し出したのです。
もう何か対等…対等どころかクマの方がとても悟っているようなお話ですね。
人間よりすばらしいですよね。
そうですね。
自ら約束して命を最後には差し出す。
ちゃんと約束を守るという。
ですから人間は約束を守らない事があるけれども…お話の中では2円で安く買いたたかれるという事ですけれども狩猟で暮らしている人々と町の中に俗な経済社会が浸透していてその中で生きている人々がいて…宮沢賢治は実はこの花巻の出身。
花巻は遠野のすぐ隣なんですね。
しかも宮沢賢治明治29年生まれで昭和8年に没というもうほぼ時代も重なってるんですね柳田と。
賢治が「遠野物語」を読んだかどうかというのはこれははっきり分かりませんけれども佐々木喜善とは晩年に親しくつきあい手紙の交流をし実際にもう病に伏せっている宮沢賢治を訪ねて長時間にわたって話をしたという事が日記に出てきます。
ですから同じ時代の空気を吸いながらこの佐々木喜善も宮沢賢治も生きていた。
それまでの伝統的な生活の中に新しいその鉄道とかあるいは電信電話とかそういった新しいものが入ってきて…そう思いますね。
これも何かちょっとオオカミに対する敬意というか。
やはりオオカミのものはオオカミのもの人間のものは人間のものでそれを勝手に入り込んで自分のものだというふうに都合よくしてはいけないそういう考え方ですね。
とって売っちゃったりしたら駄目?もちろん。
「此皮ほしけれども」というのは多分自分で敷物にしたいとかというよりはこれを売ってお金にしようという経済原理の方が強く働いているように思いますけれどもでもそういう事は許されないんだと。
でもそういう事を言わなければいけないという事は逆に言えば…ですからおじいさんは孫にそういう事をしっかり教えておかなきゃいけないというそういうお話だと思います。
少なくとも佐々木君は何でとらないんだろうと思ったわけですもんね。
思ったからおじいさんに。
ちょっとこっち側の今側の考えに近いですよね。
だからこれをね「ばかばかしい事言ってら」って現代人が思うのか「これの中に何か正しい事が隠れてるはずだ」と思うのかで大きな読み方の差が出ますね。
そうでしょうね。
さあここで山の動物と人間のちょっと愉快なお話を紙芝居でご紹介したいと思います。
主人公はこの左の人でございます。
お姉さんのおうちでもらったお餅をこの懐に大事に入れております。
愛宕山の麓を歩いていた菊蔵さん大酒飲みの親友藤七さんに出会います。
藤七さんにこにこ笑いながらここで「おいおいちょっと相撲を取ろうぜ」と言います。
テンション高いですね。
誘ってきました。
「よしきた!」という事ではっけよいのこった!この藤七さんは弱くって菊蔵さんがあっけなく勝利してしまいます。
藤七さんが「降参!」。
ところが菊蔵さん「あれ?あれ?姉ちゃんにもらった餅がねえ」。
お餅がなくなった事に気付きます。
「ありゃ〜さてはおらキツネに化かされたか」と勘づきましたが恥ずかしいので人には黙っていました。
そして後日藤七さんにその話をすると「え?相撲なんかとってないよ。
だってその時俺は浜にいたんだ」と言われてしまいました。
あららららら…いよいよキツネに化かされていたんだと確信した菊蔵さん大ショック!恥ずかしいのでなが〜い間誰にも言わずに黙ってたんですけれどもある年の正月休みの宴会でついに白状。
大いに笑われたとさ。
おしまい。
ショッキングな終わり方でもなくほのぼのとした。
「遠野物語」のこれまでの感じとは随分感じが違いますね。
愉快ですね。
ちょっと違いますね。
「遠野物語」というのはどちらかというと悲しい話がもう圧倒的に多くて。
この話はそういう意味では珍しい笑い話。
キツネに化かされるというのもよくよく考えてみれば実は何か不思議な体験をするわけですね。
それが一転して語り方によっては面白い話になる。
実はこの前の話にもこの菊池菊蔵の話が出てくるんです。
登場人物は同じ。
ええ同じなんですね。
菊蔵の子供が糸蔵という5〜6歳の子なんですけれどもこの子が病気になって。
その時に山の神の声が聞こえてきて「お前の子はもう死んでいるぞ」と。
それで奥さんと一緒に大急ぎで家へ帰ってみたらその子は亡くなっていたという。
子供が急死した悲しい話。
えっ?すごいな。
それがこの笑い話の直前のお話に入ってる。
実は遠野には笑い話ちょっと猥雑な話もたくさんありましてそういう悲しみと笑いとのバランスの中で人々が生きている。
多分ここにはあるんだろうと思います。
菊蔵さんが急に人物として生き生きしますよね。
ただ子供が亡くなったかわいそうな話の人かわいそうだった人というのからでもそこだけじゃないというのが出てくる事ですごくまた真実味を増すというか。
うん。
かつて鳥の鳴き声は自然界からのメッセージを伝える重要な情報源でした。
これは先生人が鳥になってしまったという。
この馬追鳥というのはアオバトという鳥だというふうに言われていますけれども奉公人が馬が見つからなくてアーホーアーホーといって追っている間についに探せなくてこの馬追鳥アオバトになってしまったというそういう話ですよね。
そしてその鳥は凶作を知らせる。
自然界のメッセージを鳥が伝えるというその声を聞く耳を持っているかどうかという事が大げさに言えば生き死にに関わるというふうに考えたわけですね。
もう一つはオット鳥という鳥の話があります。
これはコノハズクだというふうに言われていますけれども佐々木喜善が昭和6年に出した「聴耳草紙」という本の中にその話がやはり出ていまして…実はこの話は自分が幼い時におばあさんから聞いたんだとそういうふうに記されています。
「齢寄達の話に拠ると」という一節はやはり重要で若い人たちはもうそういう事を言わなくなっているそういう認識が多分あるんだろうと思うんですね。
わざわざ書くんですもんね。
おばあさんが生まれたのは江戸時代の天保年間ですけれどその少し前に天保の飢饉というのがあってまさにおばあさんにとっては生きるか死ぬかのような時代を生き抜いてきたんだろうと思うんですね。
ところがやはり明治になってから生まれた佐々木喜善には鳥の声よりもむしろ科学とか情報。
天気予報が始まっていますからそちらの方で今年の夏は寒くなりそうだとか。
まさに我々の生き方ですよね。
そこの読み解き方も奥深いですね。
そうですね。
おばあちゃんに聞いたという事をわざわざ言ってるって事はこれは自分の知識としては違うんだけどねという事ですよね。
自分の考えとしては。
面白いのはですからおじいさんは山のルールを教える。
これはある意味で狩猟民的なそういう世界ですよね。
おばあさんは飢饉の警戒を伝える。
これはある意味で農耕民的な世界で。
おじいさんとおばあさんが伝えるメッセージがそれぞれバランスを持って孫に伝えられている。
ここもやはりこの家庭の在り方が見えるように思いますね。
手なずけるという言い方をするとちょっと語弊があるかもしれないですけどもう自分たちは絶対的にある程度自然には勝てるんだよという中でじゃあ自然にもちょっと余裕をあげようかみたいのを共生みたいな感じに僕はなってるような気がするんです。
私たちが自然の猛威というのを知るのは例えば前回触れました津波などは強烈な打撃として出てくるわけで。
人間だけしかいないというそういう世界ではなくて…そういうかつての人間のものの考え方があったんだという事はよく分かりますね。
それがまさに共生の思想ではないかと思います。
だから柳田国男すごいなと思うのって東大出てエリートで役人でそれも日本の農業を近代化したいみたいな役人だからこそそこに気付くというのがとてもかっこいい事で。
「近代化するんだからいいだろう昔の迷信は」と言ってもおかしくないじゃないですか。
多分まあ俗に言えば上からの近代化ではなくてその暮らしてきた人々彼が後に「常民」と呼んだ人々のそういう生き方が分からなければ近代化はうまくいかないだろうとそう思っていたんじゃないでしょうかね。
ここで改めて序文の一等最初の冒頭文をご紹介したいと思います。
これいろいろ解釈もあるようなんですが先生この一文の意味は?一つにはこの「外国」というのを西洋近代化が進んできて外国のようになってしまった日本人にこの「遠野物語」を読ませたい。
そういうメッセージだというとり方があります。
ただ柳田国男は昭和10年の増補版が出た時の「再版覚書」という中で実はこの言葉についてこんなふうに言っているわけです。
「あの当時自分の友人などで西洋に行く者がたくさんいた。
そういう人たちに読ませたい」。
ですから柳田の言葉によれば海外へ出ていく日本人あるいは日本へやって来る外国人。
そういう…私は文字どおりそのようにとっていいと思っているわけです。
何か「此書を外国に在る人々に呈す」で2つ説がありますよと。
外国化していく日本人という説もあるけどどうやらそうじゃないんじゃないかと。
ほんとに外国にも通用する書としてこれを書いてますよという何か両方とも刺さりますね。
ちゃんとこれを自分のものにこのあときちんと読んで自分のものにした上で外国の人に読んだ感想も聞きたい。
でもこれが古き日本だけじゃなくて私たちの心の中にもまだあるって信じたいしその世界にやっぱり通じていたいなと思うし。
多分武内さん言われるように「遠野物語」という私たちの…そういう読み方ができると思うんですね。
それは多分日本人だけではなくて世界にそういった問題というのは多分ある。
柳田国男はこれはローカルな話ではなくてこういった話は東洋とか西洋とか世界に広がる問題を持ってるんだという事をほのめかしているんですね。
何かみんなで話すと面白そうという。
その感じ方がいろいろ感じられるほんとにエッセンスがいっぱい入ってるからそれはすごく今から楽しみ。
僕は毎回終わったら全部読むを繰り返してるので今回も終わったら…それがすげえ楽しみで逆に言うと早く終わらないと読めないという。
ようやく解禁。
本当に先生どうもありがとうございました。
いいえこちらこそありがとうございました。
楽しかったです。
遠野の人々の素朴な話に普遍性を見た柳田国男。
晩年柳田はこう語りました。
2014/07/02(水) 05:30〜05:55
NHKEテレ1大阪
100分de名著 遠野物語[終] 第4回「自然との共生」[解][字]

日本民俗学の祖、柳田国男の遠野物語を読み解く。遠野物語には動物も数多く登場する。そこに描かれている人間と野生動物の間には、ある緊張関係が見られる。その意味とは?

詳細情報
番組内容
村人がオオカミの子を殺したため、怒った母オオカミが馬を殺すようになった物語では、不必要な命は奪うべきではないという人々の心情がうかがえる。自然界には、自然界ならではのおきてがある。人間もそれを破ってはならないのだ。こうした考えは、宮沢賢治の作品にも大きな影響を与えたという。第4回では、オオカミと人間との戦い、人を化かすキツネ、飢きんの前兆となる鳥の鳴き声などの物語から、自然と共に生きる人々を描く。
出演者
【ゲスト】東京学芸大学教授…石井正己,【司会】伊集院光,武内陶子,【朗読】柄本佑,【語り】小山茉美,【声】平野正人

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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