徹子の部屋 2014.07.14

警察は、普段かかってくるはずのない電話やメール、お金の話に気をつけて欲しいと呼びかけています『徹子の部屋』でございます。
今日から3日間『徹子の部屋』に出てくださって亡くなった方の追悼をお送り申し上げます。
どの方も本当に心優しい方で私に心を開いてお話をしてくださいました。
どの方もお元気で生き生きとしていらっしゃいます。
その方々のお姿を皆様も覚えていていただきたいと思って追悼をお送り申し上げます。
まず最初はやしきたかじんさんです。
それから俳優の蟹江敬三さん。
そして中華の料理人の周富徳さん。
女優の淡路恵子さん。
そして日本相撲協会の前理事長の元放駒親方。
魁傑さんとして私たちは親しくさせていただいておりました。
まずはやしきたかじんさんからです。
もう皆様よくご存じのようにやしきたかじんさんは『やっぱ好きやねん』という歌で歌手として流行なさいました。
それからまたおしゃべりは本当にお上手で関西では視聴率男と呼ばれるような感じでもうお口から仰ることは本当にタブーのない方で胸のすくようなしゃべり方をなさる方でいらっしゃいました。
『徹子の部屋』には1度だけのご出演でしたけれども軽妙な語り口で私もびっくりいたしましたことを覚えております。
ではやしきたかじんさんからですどうぞ。
お名前なんですけどこれは変わってらっしゃる…。
「やしきたかじん」って平仮名もすごいですけどこの漢字がなんかすごいんで…。
ご本名なんですって?そうですよ。
これ本名なんですよ。
だから漢字あるんですよ。
これはねちょっと見ていただきましょうか。
「蒲鉾」みたいな字ですねちょっと。
よく言われたんがね「いえぼこ」さんってよく言われたんですよ。
本当にね。
「いえぼこ」さん。
これ蒲鉾の「鉾」じゃないですね。
ちょっと違うかもしれない。
あれはまた違いますね。
でも「ほこ」の字ですよ「ほこ」っていう字ですよね?「いえぼこ」さん。
あと勝手に「いえうら」さんとかね。
なるほど…。
こっちもまたあれですよね。
最高に間違えられたのは「いえほうりゅうにん」さん。
「いえほうりゅうにん」って…中国の方かと思いましたね。
そうでしょ?「いえほうりゅうにん」さんって…。
へえー…「家鋪隆仁」。
だから学校行ってもね高校なんかでも中学でも先生がまともに読んでくれないんです。
一番笑ったのはやっぱり漢文の先生がね…。
漢文の先生ったらほら漢字が得意じゃないですか。
だからこの先生だけには期待しよう思ってずっとこう…。
僕42〜43番やったんですよ出席簿。
「や」ですから。
「や」は終わりのほうですね。
「次俺や次俺や」と思ってね。
ほんなら「えー42番…」とかってやっぱりね考えてはるんですよ先生が。
「うーん…42番やっほう君」。
ハハハ…。
私こだま違うねんからね。
漢文の先生が?漢文の先生が「やっほう君」言うねん。
「やっほう君」はないやろうね。
私もまた「はーい」言いましたけどね。
へえー「家鋪隆仁」。
これで驚いたら駄目なんですよ。
これで驚いちゃいけないんですか?これまだね一応私を産んだ…父がおるんですよ。
産ました。
これがねまた…とんでもないんですよ。
ハハハ…。
笑っちゃいけないけど。
おやじの名前笑わないでくださいよ。
もうこうなったら思う存分笑ってください。
おやじがね家鋪権三郎いうんですよ。
すごいですね。
すごいでしょ。
悪いけどすごいですね。
まだこれでねとどまらないんですよ。
まだあるんですか?うち男4人兄弟なんで。
私次男なんですよ。
長男がおるんです。
フフフ…。
すごいでしょ。
だってもう…。
笑っちゃいけないけど。
おやじが家鋪権三郎。
私が家鋪隆仁。
長男が家鋪…これ何て読みます?「ひでお」?はあはあ…。
いいです。
これは非常にミディアムな考え方ですよ。
おやじは許せへんかった。
これを最後まで…。
秀王?秀王!ヤッホーヒデ…。
ヤッホーちゃう…。
「ヤッホーヒデオー」じゃない…。
ヤン坊マー坊みたいな…。
天気予報や。
家鋪秀王。
だから小さい時なんかねお兄ちゃんと遊ぶ時に言わないじゃないですかねっ?「ひでお兄ちゃん遊ぼう」とか言うでしょ?ほんだら権三郎が奥からガーッと走ってきて頭グアーッ殴って「“ひでおう”兄ちゃんってはっきり言いなさい!」って。
ひでおう!「“おう”兄ちゃんとはっきり言いなさい」。
すごいですよ。
遊ぶまで血だらけですよ。
やしきたかじんさんの歌というのはどういうのが?あるんですよ。
ある…。
そうでしょ?おありでしょ?ヒット曲も。
ヒット曲はないんですけどね。
「やっぱり好きやねん」という。
ノーノーノーノー。
『やっぱ好きやねん』。
「やっぱり」じゃない。
『やっぱ好きやねん』。
これは案外ねカラオケなんかでよう歌われてるんですよ。
『やっぱ好きやねん』。
ええ。
ちょっと『やっぱ好きやねん』やっていただけます?はい。
ヨイヨイ…ちゃう…。
その膝のとこでこれやられるとね。
あっいけないんですか?まあいいですけどね。
「やっぱ好きやねんやっぱ好きやねん」というそういう感じの歌なんですけどね。
難しいですねその…「ねーん」っていうところ。
そうなんですよこの…。
ここがね素人の方やっぱ歌えないんですよ。
「やっぱ好きやねん」「やっぱ好きやねーん」これが歌えないんですよ。
2回やっても同じでした?今。
ちょっとだけ違いましたね。
ハハハ…。
いやこれは面目ない本当にね。
でもそこのところのこぶしっていいますかね。
コロラチューラのほうでいったら楽譜で書くの大変ですよね。
大変なんですよこれは。
「アアアアアアアアー」とこういうふうになるんですから。
それもう一回できます?「アアアー…」できませんね。
でも「やっぱ好きやねん」っていうその関西弁はいいですよね。
「やっぱり好きなんだよ」というのに比べたらねやっぱり。
『あんた』いう歌聴いたことございません?知らないそんなの。
「そんなの」って私の歌なんですけどね。
ごめんなさい。
いやいいんですけどね。
「そんなの」なんて間違って言ってしまって。
これカラオケ好きな方はベストセラーなんです私の。
じゃあやってみてください。
「うちのことはえんやこらせ」これ嘘ですよ嘘です。
なんだ!本当かと思うじゃないですか私。
本当は「うちのことはええからね」なんですけどね。
ちょっと笑かさなあかんかな思うて。
「あんた」っていうのはどこに入るんですか?はっ?『あんた』っていう曲なんでしょ?そうなんです。
「あんた」っていうのは別にどこにも入らないんですか?歌詞で。
入ってきます。
どこのところで?途中から参入してまいります。
参入してくる?うん。
「あんたいつでもそうやもん」…とかねこういうふうな歌なんです。
関西の言葉ができなくてもちょっとそういうのやってみたいって関西エリア以外の方は思うでしょうね。
そうですよ。
東京でだから私何べんも聴いたことあるんですよ歌ってる方を。
そう思いますええ。
とてもいわゆる関西の感じが出てるんでしょうね。
そうでらっしゃるんですか。
『ICHIZU』知りません?えっ?『ICHIZU』いう歌。
『ICHIZU』?知らない。
「いけず」違いますよ『ICHIZU』。
『ICHIZU』…『ICHIZU』ねはい。
「ICHIZUICHIZU不器用だから」「随分あくの強い」ってさっきちょっと申し上げたんですけども随分…悪役っていうのじゃないけどそういう例えば…悪役も随分なさいました?そうですね。
いわゆる悪役っていうのかな?そういうのもだいぶやりましたね。
僕悪役っていう言葉があんまり好きじゃなくてね。
悪役っていうのはなんか…何ていうんですかね?ガバッてこう型にはめたっていう言葉でね。
それで非常に…そういうふうに悪役俳優っていう呼ばれ方には随分反発した時期がありましたけどねはい。
ずーっと同じような役が続いてた頃はねなんとか違う…違うようにしようとまあ随分色々工夫しましたけどね。
そうですね…。
あっ沈黙が長くなっちゃった。
フフフ…。
沈黙が長くなっちゃった?よろしいんですよ。
そういうやはり「沈黙は金」っていうぐらいなもんでねこんな高い電波料の中で沈黙しちゃうなんていうのはなかなかねユニークだと思います。
なんかご結婚なすった当時は随分奥様が一生懸命働いて…舞台やってらした頃ですか?なかなか舞台収入にならないから。
ええ。
えー…そうですね。
舞台やってた頃はほとんど収入ありませんからね。
まあヒモ生活が長かったですね。
5〜6年はやっぱり食べさせてもらったですかね。
随分お若い時結婚なすって?23で結婚しちゃったんですよね。
なんか青俳の研究生だった…。
ええ。
一緒に入った同期生っていうんですかね。
同期生?あっそう。
じゃあ奥様は色々色んなことして一生懸命働い…俳優じゃなく働いてでしょ?だから。
そうです。
だからもうすぐ僕ね…「僕だけに専念したほうがいいんじゃない?」っつって辞めましたけどねすぐに。
「俳優はあなただけが専念したらいいんじゃない?」って言って奥様は女優を諦めた…。
いや僕が。
「俺だけに専念しろ」っつって。
あっ!奥様にあなたが「俺だけに専念したらいいんじゃない?」って仰って。
あらすごい。
それでヒモの生活に?ヒモ生活に入りましたね。
でもヒモっていったってごろごろしてるわけじゃないんでしょ?そうですもちろん。
一生懸命…。
俳優の道にいそしんで?ええ。
芝居の勉強をしてましたから。
芝居の勉強。
そりゃそうしなかったらなかなか暮らしてはいかれませんもんね。
舞台だけでは。
ええ。
じゃあその点随分奥様は一生懸命専念…あなたに専念しておやりになって。
ええ。
随分色々助けてもらいましたけどね。
そうですか。
はい。
でもそうすると奥様にしてみるとそのあとあなたが色んな…今度映画とかテレビとかの分野で色んな役をおやりになるようになったらば随分奥様としては何といいますかしら…いい鑑賞者っていうんですか?そうではありましたか?うーんあんまりいい鑑賞者…そこどうかな?時々的確な意見を言ったりする時もありますけどね。
まあでも…。
んっ?今でも…今でも?いやいや。
「でも」って仰ったの?ごめんなさい。
いいんです。
でも自分も女優になろうと思って…例えば研究所へ入ってらした方でしょう?はい。
その時に好きな人に会ってその人は「俺に専念しろ」って言うんで女優を辞めて色んなこと…お金の入ること色んなことして旦那さんがいい俳優になるようにとなったらやっぱり人一倍やはりいい俳優になってもらいたいっていう気持ちは強いと思うのね。
うんそうでしょうね。
ねえ。
だからやっぱりどうしても…。
あっ!一緒に映画見にいらしたことが…日活ポルノ?日活の映画も何本か出ましたね。
それを奥様とご一緒にご覧になったんですって?えー…そうですね。
日活の映画の場合はあんまり女性一人で行くとよくないだろうっていうんで一緒についていきましたけど。
とても奥様が感動なすったんですって?感動してましたね。
ああ…。
お父様のチャーハンがおいしかったんですって?そう。
これはね学校から帰ってくるとやはりおなかすいてるんですよ非常に。
であるものは…家庭には大体あるのは白いご飯は残ってる。
で僕は自分でお父さんのチャーハンがおいしくて忘れられなくてしょっちゅう作るんですよネギだけで。
それでおいしく食べられてそれでずーっとチャーハン。
じゃあお父様のチャーハンはおネギだけのチャーハン?ええ。
まあ家庭ではネギだけでこう作ってくれて。
でちょっと卵ある時とない時があるんです。
なるほどね。
卵入ってればいい時であとはおネギだけで。
だけど本当においしい…。
中国料理屋さんでおいしいチャーハン出すところは料理が大体おいしいって…。
そうです。
僕の考えはそう。
一番ね皆さん…。
大体コックさんはねチャーハンっていうのは一番下のほうの人がやる。
大事に見てない。
一番大事なのは僕から言わせればチャーハンがおいしいかまずいかで。
一番難しいんですその香り。
よく皆さんも食べに行く時にべちゃべちゃのチャーハンか香ばしいチャーハンか。
そう。
やっぱり上手な人が上手にチャーハン作ったのを出すお店がいいっていうわけ?そうです。
料理も必ず大丈夫です。
周さんはお若い時に中国飯店という新橋…田村町ですかね?昔の。
そうですはい。
あそこで修業をなさったそうですけれども。
その時に親方っていうか…親方?親方ですね。
背中に目をつけて勉強しろと仰ったんですって?そうですね。
要するに反射神経のことを言って…。
要するにもたもたしてるとあの中もう戦場ですから。
こっち見てても後ろで例えばお客さんが呼んでてもわかるぐらい神経使わないと。
なるほど。
でアルバイトも随分色んなものなさったんだそうですけどその中で反射神経がいかに周さんがよかったっていうのはボウリング場で…。
今は全部ピンっていうのは並べるのは自動ですけど昔手でやってた時代…人間が。
拾って上放り投げてガチャンと下ろすんです。
きちっとね。
でこう…ガチンとこうまた上がると立ってるんです。
その代わりすぐ人間が上上がんないといけないのね。
球が来ちゃうから飛んできちゃうから。
大変な時代でしたけど私もその時代にもやってましたけど。
普通の人は1レーンっていうのを持つのやっとだったけど周さん2レーン持って両方できたんですって?すごいですね。
球が飛んできてガランガランっていった後全部拾って入れ物の中に入れてガッチャンってやってバッて上上がんないと球が来ちゃって次の人が投げるかどうかを見て今度急いで素早く…。
穴があるんですよね。
あの穴から見てるの?で次の人が投げたらすぐ…。
2レーンやるとダブルのバイト料がもらえるんです。
へえー。
横浜で?PX。
あっ駐留軍の。
そうです。
あの当時はね青山しかなかったんです日本は。
それとあとあのPX。
そうだったんですか。
僕なんか横浜に住んでますからそこへアルバイト行って。
一番いい稼ぎだったんですよ。
やっぱりそういう敏捷さが今日…。
動きは意外と速かったんです。
お料理人には大事なことは何が大事だとお思いですか?やはりさっき言った…どの仕事にも通じますけど反射神経。
常に火使ってますしこの動作も必要ですね。
やはり今でもたばこは吸ってらっしゃる?ええ。
おかげさまで吸い続けております。
あっそう。
やはりたばここの頃お吸いにならない方多いけどやはり昔からやはり淡路恵子さんのイメージっていうとおみ足が長くてねパッと足を高々とお組みになりましてそしてたばこをパッとね。
爪も奇麗にして指輪もして…たくさんしてそしてたばこをパッと。
それはもうお変わりないのね。
二十歳ぐらいからね私はねホステスなんていうのはやったことないのにいきなりママなんですよ。
それがすごいわね。
それで今もママでしょ?入ってくるとね「んっ?のり平さんどこ?」とかね「森繁さんどこ?」って言うお客様いるの。
ふざけて。
あら…。
うん。
でもあれですね。
やはり今ちょうどそういう高級クラブにね六本木の高級…高級でしょ?まあ高級クラブらしいですね。
いいクラブですよ雰囲気の。
六本木のねそういった高級クラブにいらっしゃるお客様ってある年齢の方だから淡路さんのご活躍をご存じの方やはりいらっしゃる?そうですね。
大抵皆さん見て…。
若い時ね淡路さんを見て育ったなんていう方もいますね。
だって今のあれでしょ?「三木のり平さんどこ?」「森繁さんどこ?」って言う方は『社長』シリーズっていうんですか?東宝の。
そうですそうです。
それにずっと出てらして…。
それから『駅前』とかも出てらしたでしょ?そういうのご存じの方なわけでしょ?そうですね。
若い方で淡路さんの映画時代…。
だってすごい長いブランクでしょ?そうよ。
私はもう20年かな?出なかったから。
でもね私思うんだけどすごいわね。
20年ブランクあったら普通もうみんな大概ちょっとね忘れちゃうし。
お顔もお姿も随分変わる方多いのに。
その間本当出てらっしゃらなかったもんね。
そうですね。
その間はもう子供を産む専門でしたからね。
次々男の子ばっかりよくね4人も。
男の子ばっかりねそして。
そうなのね。
なんか「ママどこ…」「銀座前どこにいたの?」って言う人もいるんでしょ?言われるの。
私もうびっくりしちゃうのよ。
「ママここもう何年ですか?」とかね。
それはつまり淡路恵子さんって知らない若い人。
知らない人。
えっ?って私もびっくりしてもう周りにいるお店の女の子なんてクスクス笑っちゃうのね。
もうずーっとママをやってる人だと…。
銀座にいた人だと思って。
よっぽど板についてるのかしら。
だけど二十歳の時から役柄でやってらしたっていうのは役柄ったらなおのことほらなろうとするわけだから。
誇張っていうかねある程度ね。
それだけれどねおかしいわよ。
例えばママになるからママに…ママは…とかじゃないのね。
家でお母さんやってるまんま出てきてそのまんまなのよ。
お家でもそういう感じなの?普段お家で。
家にいてもそうだし家もお客さん来るしみんなに水割り作ったりなんかもさっささっさするでしょ。
その癖が出ちゃうからついこうやるとママはしないでくださいって。
あっクラブではね。
いいのよしなくて。
こうやってお話ししてればいいのよ。
私はつい世話焼きだから見てられないわけよ。
女の子に言うのも…ねっ?気がついたら自分でするっていう癖が…ついてるからああってなくなると自分がしたほうが早いわけよ。
「ちょっと…」って言ってそれがまたボーイさん呼んで何とかする前にもうできちゃうわけよ。
でもどうせ家にいたって夜起きてんだからだったら表に行って働いたほうがいいっていうとこなんですって?それはあるのね。
私はほら…眠れないしあんまり色んなことあって眠れない時期が多かったし。
色々人間ってあるでしょ?人に言えないようなことが。
そういうことで私は大体もう…寝るのが3時4時ぐらいの時が多いのね。
あっそう。
で自分で自分の部屋で嫌なこと考えながら飲んでるお酒は体壊すかもしれないけれど行って「ママ」って大事にされたり。
昔のね映画見てた方と映画の話をしたり。
それと私たちの世界にはないようなお仕事を持ってる方たち…男の人の仕事って色々あるでしょ?そういう仕事の話を聞いたり。
男の人って素晴らしいなってこんな年になって初めて思うわよ。
割とお早く芸能界お入りになってSKDから…。
16でしょ。
二十歳で結婚しましたでしょ。
だから歌手とか役者とかそういう世界しか知らないでしょ私って。
ところがやっぱり男ってこうやって仕事をしてこういう息抜きが必要だとかね。
男の人の大変さっていうのはもうお店へ出てよくわかった。
素晴らしいことは本当に悔いなく…。
現役のお相撲を取ってらした時から親方におなりになる時に悔いがもうなかったと伺ってますけどそうでしょうか?そうですね。
まあ自分でも精いっぱいやったと思ってますのでね。
もうあとは…それでもう悔いが残るっていうようなことはなかったですね。
そうですか。
そして大関・魁傑でいらした時のとってもお偉いのはですねとにかく1回もお休みなすったことはないんでしょ?「や」っていうのが。
よくほら「ややややや」ってこうなっちゃうでしょ?お休みになると。
あの「ややや」が1回もなかったそうですね。
937回お取りになりました。
ええ。
記録はよく覚えてないんですけどね。
休みは確かなかったと思います。
一番最後の日が休みですね。
引退する最後の日が休みです。
あらー…。
じゃあ初土俵から引退までつまり休場なすったことがなくて937回お出になったのは全部続けてずーっと「や」がなくて最後の日に「や」だったんですか?そうですね。
もうあの…前の日に辞めるっていうことを決めましたので。
ですからその取組はもう決まってますのでね。
確かあれ12日目だったんですかね?その日だけは相撲を取らなかったですから。
その日だけ不戦負けですよね。
でも親方におなりになる時に奥様なんかにはやはりご相談になったんですか?それともご報告っていうんですか?そういうの。
辞める時ですか?引退しようという時。
自分で決めたんですよ。
それはもう相談したってしょうがないですもんね。
だってうちなんかもう相撲のことなんかですねそれは自分が取っててもやっぱり勝負のことなんか家に帰って話しなかったし自分が取ってる時見てたでしょうけれどもうちのもんもそんなことは全然話しなかったですね。
やっぱりご自分でお決めに…。
ええ。
自分で決めたんです。
でもやっぱり時間かかりましたか?これで本当に引退しようと…。
さっき一番最初に伺ったことにつながるけど。
そうですね…。
やっぱり考えましたけどね。
だけど決めたらもうあとは早かったですとっても。
そうですか。
ええ。
どうもありがとうございました。
放駒親方はその後日本相撲協会の理事長に就任なさいました。
そしてあの相撲界を揺るがした八百長問題の対処にも果敢に尽力なさった方でもいらっしゃいました。
それでは明日の「追悼特集」を申し上げます。
明日は俳優の宇津井健さん。
フリーアナウンサーの山本文郎さん。
歌手の安西マリアさんです。
どの方も本当に心を打ち明けて話をしてくださって生き生きとしてらっしゃいます。
どうぞ明日をお楽しみに。
続いては上沼恵美子さんの『おしゃべりクッキング』です。
2014/07/14(月) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋[字]

〜追悼特集