日本の話芸 落語「杖(つえ)」 2014.07.13

(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)
(桂米丸)ようこそのご来場御礼を申し上げます。
何をやるんだろうとお思いの方がおいででしょうけれども落語家が座れなくなっちまっちゃしょうがないですね。
膝を痛めましてこういうスタイルで現れましたけれどもやるほうの私のほうとしましてもこの感じは今日が初めてなんでございます。
(笑い)やってるのはもう70年近くなる年なのに初めてというのはやっぱり何となくねやってるうちにだんだん自分の気もほぐれてくるだろうと思うんですけれども「まぁいいからやってみなよ」っていうところでご勘弁願いましてよろしくお願いを申し上げます。
(拍手)この年でもねおかげさまでお客様忙しいんですよ。
ここへ来る前に今日2か所ですよ?病院ですけどもね。
ええ。
(笑い)病院も混んでますからねお医者さんに「お客様いっぱいで結構ですね」つったら先生が「お客じゃないんですよ〜。
患者ですよ」なんて言ってましたがね。
私は病院に行って自分の本名を思い出したですよ。
それまでが「米丸米丸」できちまいましたですからね。
呼ばれる時も「米丸さん」とか中には「師匠」なんつって下さる方もおいでになりますけれどもそれが病院行ってね「須川さ〜ん」つうと今こうやってね。
「いないんです…?あなたそうでしょ?」。
「あっそうか私そうです」。
自分の名前忘れるようじゃこれしょうがないですね。
でもまぁ世の中便利になっていきますね〜。
「何が?」ってまぁ電車に乗ったりもしますよ。
足が悪くたって乗れる時には乗って。
階段っていうのはエスカレーターと違って足こう乗ったって動かないですけどね階段は上りのほうが楽ですね。
不思議ですね。
下りる時はちょっとやっぱり危なっかしいですよ。
ええ。
エスカレーターズ〜ッとこう…こちらっ側並んで上りの時にこちら側だけ人…1列空けとくんですんですね。
で急ぐ人トントントントントントンと駆け上がっていく。
こう上っていくと私じゃないんですけれどね自分の前に女の人ご婦人の方…そんな若くはなかったですがねレインコートのようなの着てベルトをこう締めてました。
そのベルトがね後ろがちょっとねじれてたんですね。
ところがその次に乗った人のちょうど目の前がねじれたのが来てるんですよ。
とこう…几帳面な人なんですねその方ねええ。
子供の時から親御さんから「駄目ですよ〜ちゃんと着なさいちゃんと結んで」とかって言われつけてる人ですから前にねじれてるのを見ると「気持ち悪くてしょうがないから直してやりたいなこれは」。
直したいったって元から通し直さなきゃ直らないんですけどね「ウ〜ン」とついそこへ手を伸ばしてね直してやる。
でズ〜ッと上まで行った。
そしたら女性が振り返って「何するのさ〜」って言うのかと思ったらね「どうもありがとう」っつって。
(笑い)「変だな〜」と思ったらご夫婦だった。
(笑い)もうね自然のほうが随分おかしい事がありますよね。
で私自身もそそっかしいしね年取ると忘れっぽくなりますけどね病院に行く時でしたかね地下鉄でしたよ。
いろんなのがありますけどね載せるとス〜ッと改札通れますよ。
昔は全部切符切りがこうやって。
ところが聞こうと思ったって駅員さんいないからね何かした時に「あの〜」ったって大変ですよ。
私の前に通った女性はね若い女性ですよ。
持ってる…和服着てましたね。
感じのいい風呂敷のバッグになってるやつそのままヒョッと載っけてス〜ッと通ってっちゃった。
きっとその下に入ってるんでしょうね。
それをちゃんと磁気で感知してス〜ッと通れる。
私そのあとねじかにピョッと載せたのにねピュ〜ッと閉まっちゃった。
(笑い)「何だ機械にばかにされたのか」と思ってねヒョッと見たらね病院の診察券。
(笑い)今みんなカードがねそれぞれね何てんですか同じ大きさで同じ形してますからねあれ変えたらいいと思うんですよね。
「ご自由に自分の好きな形にして下さい」つってその分料金取りゃねまたいいと思うんですよ。
若い女性だとかなんかお互い恋人同士だったらねちょっと形を変えてハート形にするとかなんかしてね若さを表わして。
病院へ行く人なんかはね間違いないようにってね三角にしちゃったりして。
そんなの良くないですね。
人間の角が取れなきゃいけない年なんですからね。
そんな事考えたりするんですよ。
「米丸さんどういう所でね新ねたは考えるんですか?あなた新作やってますけれども」なんて言いますけどね落語を作ったり何かするっていう時には机へ向かってこんな事やるっていう事よりもヒョッと浮かんだ時のほうが面白い事がありますね。
「そりゃ何だ?」ってぇと人混みの中へ行ったりなんかさっきのエスカレーター乗った時とかなんかっていう時のほうがそれはあるんですよ。
そういう時はねヒョッとした時にメモをするのが一番いいんですね。
ええ。
その時のために鉛筆入れとくんです。
ただメモする物が何もないとねそのまま覚えとこうと思ってると駄目ですね。
忘れちゃうんですよ。
ええ。
その時は悔しくてしょうがないですね。
電車の中でこう揺れてる時に思い出して降りてちょっと行くと「今いい事浮かんだんだがな何だったっけな。
あ〜メモ用紙用意してこなかったな〜。
あ〜持ってこなかったあ〜惜しかったな」。
そんな事を感じます。
夜ね寝る時にね枕元にねメモ用紙だとか帳面だとかノートなんか置いとく。
学者の先生でしたかね小説家の方でしたかねいらっしゃる。
夜中に目が覚めてねいい事浮かぶとそこへヒョッと起き上がってメモしてで翌日それを小説の糧にしたっていう事を私本で見た事がある。
で私もそれやろうと思ってね枕元へ帳面と鉛筆置いといた。
それからどうした事か夜中に目が覚めなくなっちゃったの。
(笑い)両方うまい具合にはいかないもんですけどね。
まぁいろいろな事がありますよ。
今日はね年を取って経験した噺をこれからちょっとやらせて頂こうかなと思ってるんですが。
「忘れっぽくなるっていうのはこれはしょうがない自然なんですよ」って言いますけれどもお若い方だって結構忘れるっていう事はありますね。
新宿の末廣亭という寄席のすぐ傍に交番があるんですけどね年配の方だとか中年ぐらいの方でもねよくそこへ来てね。
お巡りさんも親切ですねご年配の方やなんか…。
「すみません」。
「ハア〜何ですか?」。
「忘れ物したんですけど」。
「ハア〜何を忘れたんですか?」。
「それを忘れたんですけど」。
(笑い)そういう事言われてもね「あ〜しょうがないなからかわれてんじゃないだろうな」と思ってもねやっぱり親切に。
年を取ってくると親切にされるって事はうれしいですね。
私もね頭がこういうふうに白くなってからですよその前からね電車に乗ったりすると席譲られた事がありますよ。
もうこの年になるとあれですから10年ぐらい前にね初めて席をね譲られた時というのはねショックでしたね。
「あ〜私もそう見るに忍びないくらいの電車に乗ってあれなのか」。
「ありがとうございます」っていう言葉が出なかったですよ。
「誰に譲ったんだ?」って回り見ると「この中じゃあ私だ」なんていうのに気が付くまで時間がかかったんだ。
このごろ図々しくなっちゃってね「降りないか」なんて顔して。
人間って勝手なもんですね。
そうかと思うとそういう顔して立ってるとね席譲ってくれる人がねとんでもないほうから呼んで「ここは出ますよ」って教える人がいますよ。
そういう人がね親切だと思うでしょうけどね見たら私より年上の感じのする人なんだ。
(笑い)これはあんまり感じ良くないですね。
ええ。
「私より上のくせに私に譲ると自分はよっぽど若い気でいるのかな?」なんて。
「了見というのはちょっとしたところで出ちまうんで気を付けなくちゃいけないな」って事を思いますね。
「あなたあなた。
今日会社行くのにね雨が降ってますけどね傘持ってくのやめなさい。
濡れてったほうがいいわよ。
癖になるから。
あなたったら忘れっぽいんだからもう雨上がるとすぐ忘れてきちゃう。
ええ?会社に3本置いてあるっていうじゃないの。
本当に会社なの?あ〜分からないわ。
忘れてきた所言えないから『会社へ置いてきた』って。
それなら今日ね濡れていってね帰りに3本の傘をね会社から持って帰ってらっしゃい」。
「女房に言われるまでもなくどうして私はこうそそっかしいんだ」ってんでね雨に打たれて会社へお出かけになって電車に乗って腰掛けが空いたからヒョッと腰を下ろして…。
「あ〜忘れないで帰る方法はないかな〜。
手のひらに傘とかなんか書いておこうかな〜」なんて思ってるうちに降りる時に…。
「あ〜そうだな〜」。
顔見て。
隣の人の傘を自分の傘だと思って持っていきそうになって…。
「私の傘ですよ」。
「どうもすみません」。
会社へ着いたって仕事が手につかない。
退社時間がきたから3本の傘抱えるようにして電車に乗る。
腰掛けが空いたからヒョッと腰を下ろすと隣を見る。
偶然隣に今朝腰掛けてた人と顔が合って隣の人が3本の傘見るとニコッと笑って「だいぶ稼ぎましたね」。
(笑い)タイミング良くいっちゃったんですね。
楽屋ではね傘はね間違えてね持っていく人がいるんですよ。
まぁそういった年代の人が多くなってきたせいですね。
傘自体もね同じような傘がありますからね。
昔は傘は随分貴重なというかお値段が高かったですけどこのごろはビニールの…。
年取るとああいう安い傘でもね透き通って向こうが見えるような傘のほうが安全ですね。
こうね危なくないってんで。
別に見栄はる訳じゃないですけどね昔はコウモリ傘なんてんでねコウモリ傘っつうか黒っぽい傘でね視界が悪いですよ。
今はよく見える。
だけどいい傘持ってる人いますから。
楽屋でね間違えると不思議ですねいいほうの傘持っていきますよ。
(笑い)似た傘でね。
残ってるのは悪い傘。
仲間のね弁解する訳じゃないんですけれどもね了見の悪い奴が落語家にみんなそういうのがいるのかと思われたくないですよ。
みんな気はいいんです。
噺家になるくらいの人だったからね。
というのはどういう訳かっつうとその次に雨が降るとまたそのいい傘間違えて持ってったのをまた持ってそこへ来ますからそこで取り返される訳ですよ。
(笑い)本当に了見が良くなければ一旦いい傘持ってったら二度と持ってこないでねまた悪い傘持ってきてまた帰りにいい傘持ってってだんだんいい傘増やしてくってそういう了見の人はいないですね。
でも間違えられると嫌なもんですからね私もね。
浅草でね傘屋さんで知ってる所があったんでね…。
「ね〜傘ねよく間違えられるんだけど珍しい傘無いかな〜?柄の変わったやつ」。
そしたらそれから1週間ばかりして。
「師匠師匠師匠。
傘これこの柄どうです?これいいでしょう?この柄柄の所が。
これはめったに無いですよこの傘は」って出されたらねここがこう丸くなってんのね?これは普通ですよ。
そこのね模様が変わってんですね。
ダイヤモンドなんていう宝石が入っている訳ないんでガラス玉みたいのでもねいろんな色なのがピカピカピカッと光るやつなの。
ね?「あ〜これはいいですねこれねこの傘ね。
フ〜ン。
うん。
どのくらいするんですか?」。
そう高くはない。
普通の傘の倍ぐらいしましたけど。
「これいいこれならいいや」。
良かったですよその傘買っといて。
というのはね自分自身も忘れなくなったですよ。
雨が上がってもね楽屋の靴を履こうかななんて思った時にねピカピカピカッと光る物この柄が光るからね「あっこれ私の傘だな。
雨は止んだけど持っていこう」ってんで。
で他の人も…。
「珍しい柄の傘ね。
誰だろう?これ。
ええ?そう?ああ〜そう。
いいね」なんてんです。
それくらい目立つ傘ですからね買っといて良かったと思った。
ところがですね驚きましたね電車へ乗って…。
私新宿の末廣亭へ出てましてね山手線乗りましてね外回りっていうのか内回りっていうのかな?品川のほう行こうと思って乗ったんです。
でちょうど寄席の昼席出て私が高座降りて乗るとね3時半ごろですからね。
ちょうど電車としては割合に空いてるほうなんです。
で乗ってね降りる事考えますからあんまり奥のほうまで行かないでね席が空いてましたからねヒョッと腰を下ろして傘こう持ってこうやって…。
で私がね席が空いたから腰掛けてこうやってると…。
ところが私はね悪い癖なんですよ電車に乗るとね寝ちゃう癖があるんですよ。
起きてても「寝てるんじゃないか」って言われるんですけども。
はっきりしない目なんですけどね。
こう寝てる。
パッと目が覚める。
驚きましたよ私の目の前に立派な紳士が。
髭生やしてる。
55〜56という。
ヒョッと見て驚いた。
そのピカピカピカッと光るその傘をね私の傘を持ってるんですよ堂々と。
「エエ〜ッ?」。
私のねこの腰掛けてる膝の所にねピタッとくっついてるですよ本人が。
嫌らしいですよ。
電車空いてるんですよ?向こうも空いてるしこっちも空いてるんだからそっちこっち空いてるのに何で私の前のこういうふうに堂々とね?立ってるんだよ。
「ハア〜理由は分かったよこの傘を狙ってたんだなハア〜」。
「あの〜その傘は…」。
私はトロトロッとして寝てる間に手から放してたの。
膝の間に置いちゃってるんです。
向こうは堂々とこうやってその傘を持って吊り革へつかまる。
「その傘は私の傘なんですけど」。
口の中でモソモソそれだけは言ってるんですけど外に出てこない。
ついに意を決して言おうかなと思ったら電車が渋谷へ入りましたらその人ねその傘持って行っちゃったの。
「その傘私のです〜」ってこう言おうと思ってヒョッと腰を上げたら私の傘下に横になってる。
(笑い)「ハア〜?」。
同じ柄の傘を持ってたんですよその人が。
「ハア〜ッどならなくてよかったな〜ハア〜ッ」。
戒められたですよ私は。
ね?「自分がこの傘持ってるのは東京で私一人なんだ」というその思い上がった気持ちを戒められたという。
ただそれだけの事なんです。
(笑い)まぁ妙な事ってぇのは随分あります。
まだおかしい事ありますね電車に乗って皆さんもお気付きになるでしょうけども。
まぁ奥へ入らないのが普通ですよ。
乗ったら降りる事考えなきゃね朝の混んでる電車なんか乗れない。
腰掛けても自分の目の前に…ドアがここにありますから乗るとスッと行って反対側に乗り込む。
この傘がねドアが開いてドアの所に引っかからないようにね引っかからないようにこの傘がそこにブランとぶら下がってんです。
自分の後ろの所に。
そこに寄りかかってこうやってる人もいる。
駅員さんから聞いた事がある。
電車に乗ってあそこへ傘引っ掛けた人は10人のうち5人は忘れていく人が多いんですって。
「あ〜あの人…」。
空いてるんです電車はねだからよくズ〜ッと見渡せる。
「あ〜あの人あの傘忘れなきゃいいな」と思ってた。
案の定電車がズ〜ッとね渋谷の前の代々木過ぎた原宿辺りの所へ来ましたらその人その傘を引っ掛けたままス〜ッと降りちゃった。
そしたら人がいいんですね自分の隣に腰掛けてた男の人が追っかけていくように「もしもし傘忘れましたよ。
傘傘〜傘忘れたよ〜」って言うのにどんどん行っちゃったんだ。
そしたらその人の隣に腰掛けてる人がね「あっその傘私のです」ってんです。
気が付くのが遅すぎたですよ。
さんざそこへ置いたままですから。
そしたらその傘こうやって「あんたの傘?フンフン…」。
そしたらね「すみません」とも何とも言わないんですその人が。
ひったくるように。
「俺の傘じゃねえか。
フン」。
ところが人間というのはしばらく経つと反省するんですね。
「あ〜この人が大きい声出してくれたから私の元へ戻った」。
しばらく経つとその人の所へ顔をズ〜ッと向けて…。
「さっきはどうもすみませんでした」。
それを私が反対側からズ〜ッと見てたの。
(笑い)ただそれだけの事なんです。
(笑い)噺というのはちょっとした事から長い噺ができたりなんかするんです。
まだその先はできないんですけど。
(笑い)まぁいろいろな所の店先へ行ってみるといろんなお客様に出くわすもんですけど。
「いらっしゃいませどうも。
いつもどうも。
どうもありがとうございます。
今日は何か?ええどうぞ」。
「お〜いろいろありますね。
ええ私もね年が年ですからねええ杖をね欲しいなと思ってたんですよ。
変わったのがあります?」。
「ええ。
このごろはねモダンなのがございますしええ。
ご旅行なさるお方ご婦人の方などねうん。
向こうへ行ってちょっと山登りなんかするなんて方はね携帯用のがありまして折り畳みになった杖なんかもございまして。
いえそれはねご婦人用じゃございません。
男の人が使ってもいいんですよ。
模様がついてますけど今派手なくらいなほうがね喜ばれますよ。
ハア〜。
まだ向こうにもいろいろございます。
家はねもうこういったステッキだとかこれだけじゃあなた商売になりませんもんね。
奥のほうにまだ他の品物もございます。
どうぞまぁお時間ございましたらどうぞ見てゆっくり見てって下さい」。
「そうですねそうゆっくりもしちゃいられないんだけどね。
それはどうなの?それちょっと見せて。
あ〜あっあ〜なるほどねうん。
いいね〜うん。
値段が良くないね高いね。
もうちょっと安いの無い?いやいやいいんだ。
それは?それは?」ってこう言ってるうちに…。
「あ〜それはどういう?」。
「これはね皆さんに評判がよろしゅうございましてね何と申しましょうかねちょっとね細めですけれどもね案外頑丈に出来ております。
長さは合うんですええ。
切ったりすれば…」。
「切っちゃもったいないです」。
「そういうのもありますけども合わせりゃいろいろあります。
大きさでもいろいろありますが。
これはね今1本しか無いんですよ。
評判がよろしいんでね。
問屋へ聞いたところがね他に出払ってるなんて言うんでねこれはいいというとやっぱりお客様見て分かるっつっちゃ失礼なんですけれどもそれよろしい…」。
「うんいいですね。
じゃあこれ1つ頂こうかな。
うん。
これちょっとここへ置いといてね…」。
で他のを見ようとしますといつ現れたのか自分の隣にヒュ〜ッと人が立つというと今自分がヒョッと置いたやつを…。
「これいいね。
これいいじゃない。
ね〜大将これどのぐらいするの?これいいね。
これもらうかな」。
「今こちらのお客様が先に…。
今他のを見てますからこちらの方」。
「この人がね?あっそう。
いい物はみんなあれだよな。
私は見ていいなと思うとサッと買っちゃう。
ええ。
もう躊躇してないんだ。
人間は決断力が肝心だね。
いろいろ見てるうちね迷っちゃうんだよ。
うん。
だいぶ迷ってんだよ」。
「あなた嫌な事言いますね。
何ですよ迷ってるって。
決断力が…。
いいから私はここへ置いたんですよ。
ね?ええ?『待ってるから早く見ろ』?何だよ。
あなたにそんなせかされてね…。
私は今日は時間があるからゆっくり見ようと思ってここへ立ったんだよ。
それなのに何…」。
「どうかしたんですか?」。
「あ〜どうもこれは。
組合長さん。
お蕎麦屋さんの旦那なんですけどね。
えっ?『今休憩時間だから』?『大きな声がするから』?いやどうも。
こちらのお客様ねちょっとこの1本しか無いんでねうん。
もう一本ありゃね。
こちらの方なんですけど…。
先客があるってんでね今ね」。
「そりゃまあね〜やっぱり買うんだから自分のいいの見たほうがいいよ。
ね?だけどさあなたが欲しいの?あ〜そう。
いい物はみんなそうだよな〜。
あんまり待たせるってのもどうかと思うからな〜。
じゃんけんしちゃったらいいじゃない?じゃんけんを」。
「あんたねじゃんけんて簡単に言うけどね私ゃじゃんけんなんか嫌いなんです。
子供の時からじゃんけんで勝ったためしがない」。
「あ〜じゃんけん弱いとかなんか…こつがあるのじゃんけんなんか。
ああ〜。
教えますよじゃんけんに勝つ方法やりましょう一遍私と」。
「私はね杖を買おうってんですよ。
じゃんけんを習いに来たんじゃないんですから」。
「じゃあ覚えときなよどうにもね一遍やってごらんなさい。
じゃんけんって一遍やんなさい。
一遍やってみなさいね?こつ教えるからねじゃん…やってみなさいよ」。
「何でそんなこと…」。
「じゃんけんじゃ〜んけんポン。
フフフ私が勝ったでしょ?」。
「ええ。
いいじゃないですかこれ別に関係ないんですよ?やってみようってのを私ゃ…」。
「あんた緊張し過ぎてるんです。
ね?物事でも何でもカ〜ッとなるとねパーを出すのがね多いんです。
最初に緊張すると。
ね?『あ〜これはパーを出すな』と思うから私がチョキ出したの。
パーは出すな。
パー出すのはパーだってぇくらい」。
「何だよ?余計な事言うじゃない」。
(笑い)「私はね杖を買いに来たのにパーだとか何かね〜…」。
「そんな事ないよあなた」。
「まだなんだね待ってんだけどまだかね〜?」。
「買いますよ買やぁいいんでしょ?買いますよ。
いくら?ええ?お代はいくらするの?ああ〜じゃあはいじゃあ払いますから。
じゃあこれね。
これ1本しか無いんでしょ?1本しか無いフッ問屋にも無いのね?フッ。
問屋にも無いんだってさ。
気の毒ですね。
あなたが欲しいってのをね私これ買いますはい。
じゃあね。
はいはい」。
欲しいのを手に入れます。
それから1週間ばかり経ちまして。
「やっぱり自分で気に入って買って良かったな。
うん。
あ〜ちょうどいいちょうど腰の所にちょうど杖がある。
ちょうどいいうん良かったな〜ハハハハ。
そうだあの店へ今日行ってみるか」。
「あっどうも。
この間はありがとうございました。
ハ〜ハ〜ハ〜ええ。
お似合いになりますけども。
ハア〜?ハア〜そうですか。
はい」。
「あれっ?ね〜大将あそこの奥にいるの誰?あれ。
見たねどこかで見たような人だね。
あれお店の人?机の所でこうやって見て私と目が合ったらス〜ッとこうそらしたねあれ。
あらっあの人じゃない。
この間私がこの杖買うって時隣にいて『私が先に買う』っつったあの人…。
あの人誰?あの人」。
「主人でございます」。
「ご主人?冗談言っちゃいけないよあんた。
ええ?何だいそれじゃそれはあんた…」。
「何かどうしたんですか?大きな声で」。
「あらっ組合長さん。
あなたまで顔を揃えてみんな顔揃ってんだね本当に。
じゃあそれ皆さんに乗せられちゃって騙されちゃったんだ」。
「そんな声しないの。
もうここの通りはね多少はね勘弁してもらってんですよ」。
「なぜだい?」。
「ここさくら通りってんで」。
(笑い)
(拍手)2014/07/13(日) 14:00〜14:30
NHKEテレ1大阪
日本の話芸 落語「杖(つえ)」[解][字]

落語「杖」▽桂米丸▽第659回東京落語会

詳細情報
番組内容
落語「杖」▽桂米丸▽第659回東京落語会
出演者
【出演】桂米丸,斎須祥子,丹羽こと,古今亭半輔,瀧川鯉○,三遊亭遊松

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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