ただ静寂と沈黙の世界です。
ノルウェーのフィヨルドは気が遠くなるほどの歳月をかけて氷河が生み出した神秘の景観です。
思わず深呼吸したくなりますね。
そのフィヨルドの谷間に。
ボルグンという小さな村があります。
長い冬が終わり待ちわびた春の到来です。
人口およそ900人。
この小さな村に世界でいちばん美しいと謳われた木造建築があります。
ほらあそこに…。
ポツンと。
黒光りしています。
なだらかな曲線はどこか優しげです。
これはいったい何か?今日の作品…。
高さ25m木造のキリスト教の教会です。
えっこれが教会?と思われることでしょう。
でも…。
破風の上に取り付けられた十字架がこの建物が祈りの場であることを控えめに示しています。
何層にも重ねられた鋭い傾斜の切り妻屋根がひだ付きのスカートのように覆っています。
屋根の表面にはうろこのようなこけら板。
全体が黒光りしているのは松ヤニのタールが塗られているためです。
ですから黒一色に見える外壁は日の光を受けて微妙な色合いの変化を奏でています。
800年以上の風雪に耐えたその姿は威厳と風格をたたえています。
小さな墓石がその周囲に並んでいます。
屋内には更に見事な空間が広がっていますがそれはまた後ほど。
この教会には魔力があると思う。
専門的な知識がなくても高度な職人の技は見てすぐにわかります。
ボルグン・スターヴ教会はこの地に暮らす人々にとって昔から大切な祈りの場です。
とはいえ年端もいかない子供にはなかなかそうは見えないようで。
ちっとも教会には見えないさ。
真っ黒でおどろおどろしくっておまけに屋根の上には何かの動物までいるんだ。
どっちかといえば呪いの館だ。
だから前を通るときはいつも早足。
もちろん中に入ったことなんてない。
でも…
今日は絶対に入らなきゃ。
あれ?ヒルダ?なんで?そうなんだ。
昨日ヒルダの大事にしてたぬいぐるみ壊しちゃったんだ
すぐに謝ろうって思ったんだけど泣いてるヒルダを見たら…
だから懺悔しなきゃってここに来たんだ。
牧師さんのいる新しい教会も近くにあるんだけど怖いほうに来たのはこっちのほうが懺悔って感じがするからなんだけど…。
なんでヒルダもここにいるんだろう?
えっ中に入っちゃった。
よ〜し僕も
やっぱ怖いな
ヨーロッパの教会といえば石造りが常識です。
パリの象徴ノートルダム寺院。
まばゆいほどの光が溢れるのはイギリス最大の巡礼地…。
天に届けとばかりにそびえる祈りの塔…。
すべてに共通するのは堅牢であること壮麗であること。
なにより重厚な石造りであること。
しかし今日の作品ボルグン・スターヴ教会は木造です。
どこか奇妙でありながら絶妙の均衡を保っている。
そこにはこの地で培われてきた驚きの技があったのです。
巨大な柱と…。
謎を解く鍵はこの船です。
いったいそれは何か?フィヨルドの谷間にひっそりと佇むボルグン・スターヴ教会は季節ごとにその装いを変えていきます。
では特徴的なその姿はどうやって生まれたのか?それでは中へとまいりましょう。
南側の入り口は女性用です。
獅子の彫刻が守る扉を開けると…。
屋内は30人も入ればいっぱいになりそうです。
しかし不思議と狭く感じないのは天井まで高いせいでしょうか。
天井板はなく屋根まで吹き抜けです。
わずかに開けられた窓は風の目と呼ばれています。
かすかに入る明かりが堂内をうっすらと浮かび上がらせます。
建物を支えるのは12本の柱。
それぞれの柱は半円のアーチによって固定され十字に交差した筋交いでつながれています。
簡素なしつらえの祭壇は後の時代に取り付けられたもの。
その手前の壁に刻まれたブラケット・マスクと呼ばれる顔面の彫刻はどんな意味があるのか?何か言いたげな感じがするのですが。
近くで見てもやっぱ変だ。
何か尖ってるんだ。
そりゃあ教会ってのはあちこち尖ってるもんだけど何て言うかお祈りするって感じじゃないんだよね
ん?話し声がする。
ヒルダ?昔病気の人は教会の中に入れてもらえなかったらしい。
そんな人たちはここから中を覗いたんだって。
ヒルダだ。
やっぱり誰かと話してる。
でもいったい誰と?
ああもう!
うわ何だこれ
複雑な彫刻が施された西の入り口は男性用といわれています。
絡み合う植物のツタ。
そのツタをかじる竜や蛇が見事な彫りで刻まれています。
明らかにキリスト教とは異なる異質な文化。
この意味するところは。
教会の修復責任者を務めるリーさんに伺ってみると…。
ヴァイキングとは8世紀から11世紀にかけてスカンジナビア半島に住んでいた人々です。
武装した船団でヨーロッパ各地を襲って金銀を奪い商人として交易を行い入植した土地を開拓しました。
彼らはまた北の大地で独自の文化芸術を作り上げます。
目をみはるのは精緻に施された彫刻の技。
デフォルメされながらも躍動する生き物たちの姿。
ヴァイキングが勇猛だったのには理由があります。
死を恐れなかったのです。
彼らが信仰していたのは北欧の神々。
闘いで命を落とした兵士は最高神オーディンによって安息の地ヴァルハラで永遠の命を得ると信じていたのです。
ではなぜそんな地にキリスト教の教会が建てられたのか。
遠征先で教えに触れ帰依した王たちが帰国後布教を始めたのです。
その活動が強く進められたのがオーラヴ2世が統治した時代でした。
彼は聖オーラヴと呼ばれています。
キリスト教への改宗は時に迫害を加えながら進められました。
やがて北欧の神々は忘れられていきます。
11世紀に入るとヴァイキングの力は衰退していきます。
入れ替わるようにキリスト教の教えが広まっていきました。
その過程で生まれたのがスターヴ教会だったのです。
ええそうなの。
告白しに来たの。
彼のこと好きなんだけど私にいじわるばっかりするのよ。
えっ?彼も私のことを?そうなのかなぁ。
ヒルダ?えっ?ビッケ!なんでここにいるの?今の話聞いてた?ううん。
ほんと?ほんと。
ねえそれより誰と話してんの?あのおじさんよ。
あのおじさん?やあ坊主。
キミがそうか。
うわっしゃべった。
キリスト教の教会です。
ところが祭壇の手前の壁に刻まれた顔は明らかに異質です。
このような顔は…。
そうこの顔こそ北欧神話の神です。
この地に生きるヴァイキングの子孫たちは自分たちの神を決して忘れることはなかったのです。
ですから新たな神と同居させることで生き続けさせたのでしょう。
それは教会そのものの工法に秘密があったのです。
この教会にはヴァイキングが得意としたある技術が活かされているのです。
ヒントは屋根につけられた炎を吐く竜の頭。
この造形にこそ彼らの誇りが込められていたのです。
それは何か?ボルグン・スターヴ教会は今も現役です。
私たちの取材中村の人々が集まってきました。
建てられてから800年以上の時を経てもこの場所は大切な祈りの場であり続けているのです。
ささやかにつましく暮らす人々の心のよりどころとして。
この地にふさわしい教会として。
なぜスターヴ教会は木で造られたのか?第一に土地的な条件がありました。
巨大な建築をまかなえるだけの石材に乏しかったのです。
しかし権力者のなかには石造りの教会を建てた者もいました。
石造建築は不可能ではないのです。
ならばなぜスターヴ教会はあえて木を使ったのか。
この地の人々には建築材として木を使う豊富な知識がありました。
ヴァイキングたちはその知識を造船に活かしたのです。
船は当時の最先端技術です。
かつて恐怖の象徴としてヨーロッパ中を暴れまわったヴァイキング船は優れた造船技術の結晶でした。
スターヴ教会にはその卓越した知恵と技が活かされているのです。
ではどうやって造ったのか。
工法を見てみましょう。
棟梁の指示のもと7〜8人の職人が建築にあたったと言われています。
ここに主柱を立てるのです。
柱の長さは8m。
樹齢300年を超える松の木です。
この立てた柱が船の帆柱を思わせるため帆柱教会とも呼ばれています。
クギは一切使いません。
屋根の小屋組みを造ります。
この屋根の形こそあの船なのです。
船をひっくり返すとこの教会の屋根と同じ形になるんだ。
強度を増すため…。
アーチには木の根元の特に頑丈な部位が使われました。
木の特性を熟知した職人の技です。
では一面に塗られたタールにはどんな意味が。
松を温めて出たヤニを使う。
自然のもので…。
外洋を航海するための造船技術がここに転用されているのです。
優れた彫刻も教会に活かされました。
ヴァイキングが多用したモチーフが竜です。
そうヴァイキング船との最大の共通点。
それが屋根に取り付けられ十字架よりも存在感を放つ竜の頭です。
ヴァイキング船にも同じものが取り付けられた。
いい守り神だよ。
800年以上の風雪に耐える建築の見事さ美しさ。
そして何よりもスターヴ教会が目指したのは古き神と新しい神との麗しき融合だったのでしょう。
ああだからわしらは今でもこの場所にいられるってわけなのさ。
《そうだったんだ父さんが言ってたな。
僕にもヴァイキングの血が流れてるって》そこでだ少し神様っぽいこともしようと思うんじゃが。
坊主。
僕?お嬢ちゃん。
はい。
向かい合って立ってみな。
よ〜しそのままフンッ!私ビッケのこと好き。
ごめんヒルダのことほんとは好きなんだ。
(2人)えっ!思ってることは腹にためず言ったほうがよいぞ。
ハッハッハッハッハ。
ヒルダさっき言ったこと…。
知らない!明日からどんな顔して会えばいいかわかんないよ神様。
でもちょっと嬉しいかな。
かつて1000以上あったスターヴ教会も現在は28しか残されていません。
フィヨルドを望む小高い丘の上に佇むウルネス教会。
世界遺産に指定されている最古のスターヴ教会です。
ゴル教会は首都オスロの民俗博物館に移築されています。
フィヨルドの奥深くに建てられることが多いスターヴ教会のなかで都市部で見ることができる唯一のものです。
そしてボルグン教会です。
多くの墓石に囲まれた姿はまるで旅立った仲間の眠りを守る一頭の竜。
黒いうろこをきらめかせて。
北欧ノルウェーボルグン・スターヴ教会。
北緯61度2分。
東経7度48分。
フィヨルドの谷間に静かな祈り。
出ていけ!確かな演技力と舞台映えする長身。
2014/06/28(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち 『ボルグン・スターヴ教会』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の作品は、世界で一番美しい木造建築『ボルグン・スターヴ教会』。
詳細情報
番組内容
今日の作品は、高さ25mの木造建築『ボルグン・スターヴ教会』。フィヨルドの谷間にあり、ここに暮らす人々にとっては大切な祈りの場。800年以上の風雪に耐えたその姿は、威厳と風格を漂わせています。そんなスターヴ教会には、この地で培われた驚きの技とある意味が…。さらにスカンジナビア半島に住んでいたある人々の文化が、大きく関わっていたのです。世界で一番美しいとうたわれた木造建築の、高度な技と誇りに迫ります。
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
「終わらない旅」
西村由紀江
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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