サイエンスZERO「“ぼんやり”に潜む謎の脳活動」 2014.06.28

(テーマ音楽)
(歓声)日本代表キャプテン長谷部誠選手と…世界的コンピューター会社の創業者…この2人に共通した習慣とは何か。
それはぼんや〜りと何もしない時間を持つ事。
今この何もしていない時の脳の働きに注目が集まっています。
何でも頭の中が自然に整理された感覚が得られるんだとか。
ではこの時脳では一体何が起きているのか?近年このぼんやりとした時の脳の働きに大きな意味があるのではないかと世界中の研究者が注目しています。
更にこの脳の働きとある病との関わりも明らかになりつつあります。
そう認知症です。
何もしていない時の脳を調べれば認知症の兆候が極めて早く見つけられるというんです。
“ぼんやり”に潜む謎の脳活動に迫ります。
へえ〜ぼんやり!私結構するんですよね。
でもぼんやりするって脳を休めてる時なのかなと思ったら勝手に仕事をしてくれてるって言ってましたけどどういう事なんですかね?ですよね。
そもそもこれまでの脳科学っていうのは計算して下さいとか何か課題をやってもらう時の脳の活動をメインに調べてきたんですよ。
何もやってない時っていうのは「まあどうせ脳も大して意味のある事やってないだろう」っていうふうに思われてあまり研究されてこなかったんですよ。
それが違うという事なんですよね。
こちら見て下さい。
私たちが一日に使うエネルギーっていうのはおよそ2,000kcal。
そのうち400kcalこのお茶わん山盛り1杯分ぐらいのエネルギーを脳が使ってるんですよ。
えっ脳が?はい。
結構使うんですね。
重さで言うと脳っていうのは体重の2%から3%ぐらいしかないんです。
軽いんですよ。
だけどその脳が20%ぐらい使っちゃってるっていう事ですよね。
すごい。
…でこのうち例えば本を読んだりそれから仕事をしたり料理をしたりといった意識的な活動に使うエネルギーの量って奈央さんどれくらいだと思いますか?このうちの…?このうちの。
そうだな…。
この半分ぐらいは使ってるんじゃないですかね。
なるほど。
実は…これぐらいなんです。
えっ!?それだけですか。
一口分もないですよね。
そうですね。
意識的な活動に使われているのはたった5%程度というふうに思われてるんですよ。
じゃあ残りは何なんですか?20%ぐらいが脳の細胞の維持と修復に使われています。
つまり脳が使うエネルギーの大半は我々が知らない所で何かやってる。
「何か」?一体何なんでしょうね?何もしていない時脳は大量のエネルギーを使って何をしているのか。
ぼんやりとした脳の働きに最初にメスを入れた一人マーカス・レイクル教授です。
何もせずぼんやりとした時間を大切にしています。
研究はふとしたきっかけで始まりました。
教授たちが血流の変化から脳の活動領域を調べるfMRIという装置で実験を行った時の事です。
例えば…実験ではまず目を動かすという課題をしてもらいます。
次に課題をやめ何もしていない時の脳活動も測定します。
そしてこの両者を詳細に比較するのです。
すると目を動かしている時に血流が増える領域がありました。
こうして脳の活動領域を推定してきたのです。
ところがレイクル教授はこうして得られた数々の実験データを眺めていた時ある事に気が付きます。
レイクル教授は実験で得られたデータの見方を変えてみました。
課題を行うと血流が増える領域ではなく逆に低下する領域に注目したのです。
その結果意識してさまざまな課題を行うと離れた2つの領域後部帯状回と前頭葉内側が活動を低下させるという現象が浮かび上がってきました。
いわば…ではなぜ意識して課題をしている時に限ってこのミステリーゾーンの活動は低下するのか。
レイクル教授は何もしていない時の脳の部位ごとのエネルギー消費量を調べてみました。
得られた結果がこちら。
赤い所ほどエネルギーを多く使っている事を示しています。
その領域はあのミステリーゾーンとほぼ一致。
つまりミステリーゾーンは課題をすると活動が低下するのではなく…。
何もしていない時に活動が高まる所だったのです。
へえ〜何もしてない時だけ活動している部分があるってすごい不思議ですね。
ですよね。
血流の量が低下する場所があるっていう発見そのものはそんなに驚くべき事ではないんですよ。
どうしてかって言うと脳は全体として血流の量っていうのは大体一定なんですね。
なのでどこかが増えればどこかは減る。
これは当たり前なんですよ。
そっかそっか。
大事なのはその減った領域ですね。
これが我々が何にもしてない時は逆にたくさんのエネルギーを使って活動しちゃってるっていう事なんですよ。
ねえ。
さあどのような働きをしているのでしょうか。
レイクル教授は更にこんな不思議な現象も捉えます。
ある課題を行ったり休んだりこれを繰り返した時にミステリーゾーンを構成する後部帯状回と前頭葉内側それぞれの領域で血流がどのように変化するかを調べたデータです。
何か気付きませんか?奈央さん。
えっ…似てますよね。
では…。
あ〜重なった。
ほぼ一緒ですよね。
そうなんです。
離れた2つの領域では休んでいる時も課題を行っている時もこのように仲良く同じパターンで働いていたんです。
へえ〜不思議。
さあこの不思議な現象は一体何なのでしょうか。
ここからは専門家の方と一緒に見ていきたいと思います。
情報通信研究機構脳機能イメージングチームの宮内哲さんです。
2つの領域がピタッと同じパターンで働いてた現象ってあれは一体何なんですか?これは非常に驚きでした。
じゃあこれ何をしてるのかって言うと実はそこがまだよく分からないんですけれども同期して活動しているという事はその両方の領域が協調してある一つの機能を果たしていると。
これだけピッタリ来るとね何か共通の目的を持ってコンビを組んでるとしか思えないですよね。
何かお互い交信しているような感じ。
情報のネットワークを形成してある一つの特定の機能を果たしているんだろうという事です。
へえ〜!ネットワーク?この現象レイクル博士によってこのような名前が付けられています。
デフォルトモードネットワークですか。
(竹内)デフォルトってよくコンピューター用語で使いますよね。
初期設定の状態とか特に何にもタスクをしてない状態とか。
…という事はだから特に何もしていない時のネットワークっていうような意味ですかね?要するに何もしてない時に活動してる。
何か私たちは何もしてるつもりないのにネットワークが生まれてるっていうのは不思議ですよね。
不思議ですね。
じゃあ何のためにやってるんですか?それも実はよくまだ分からないんですけれどもいろんな研究者の人がいくつか説を出しています。
うん?自己認識記憶見当識?これはどういう事なんでしょうか?
(宮内)まず自己認識。
例えばこれから私がある単語を言いますのでそれが自分に当てはまると思ったらば「イエス」。
当てはまらないと思ったら「ノー」と言って下さい。
イエス。
う〜ん…ノー。
はい。
私から聞かれた時に「自分ってどうかな?」って考えましたよね。
今みたいなタスクをしてもらうと前頭葉内側の領域が活動します。
自分自身に関して何か考える時これが自己認識。
これが自己認識。
それから次見当識。
聞いた事ない。
私は今ここにいてこういう事をしている。
あるいは自分を見てる自分と言ってもいいんですけれども。
自分を見ている自分…?今私はここにいてこういう仕事をしているっていうその認識ですね。
あ〜何か状況だったり?そうです。
それからもう一つ記憶。
海馬って聞いた事ありますか?ありますあります。
何か記憶をつかさどる…。
記憶と非常に関連の深い領域ですがデフォルトモードネットワークの一部にその海馬が含まれている場合があります。
だから記憶に関連した何らかの機能を果たしてるんじゃないかという事を言ってる人もいます。
ほう〜そうなんだ。
どれも意識してやってるような事じゃないですよね。
(宮内)ただ結局自己認識見当識記憶どれでもスパッとは説明できないんですね。
でもよく考えると自己認識見当識記憶これそれぞれ全く別のものじゃないんですよ。
だって記憶のない自己ってありえないですよね。
確かに。
みんな共通の要素がある訳ですよ。
だから何かその共通の要素に対応してるんだと。
それがまだその概念が見つかっていないんですけども何かこの全てに共通した要素があるんじゃないかなと考えてます。
つまりぼ〜っとしていても脳は何にもしてなかったっていう訳じゃないって事ですね?そうです。
例えばこうものを書いていてアイデアに詰まるとぼんやりする訳ですよ。
リラックスして…。
そうすると何かそのうちいい考えが浮かんでるみたいな。
…って事もあるんですね。
という事は長谷部さんはこれ自分なりの方法として心を落ち着かせて整理してそれによって何か次のサッカーのプレーにつなげようっていうそういう事ですかね。
(宮内)長谷部選手が行っているぼ〜っとした状態それと本当に同じかどうかはちょっと分からないんですけれども座禅を組んでる時あるいは何かめい想の時その時の脳活動とこのデフォルトモードネットワークというのは関連してる可能性もあると思います。
ファンクショナルMRIの場合は脳のどこであっても活動した場所がきちっと決まるんです。
しかもそこがどれくらい同期してるか。
それが全部出てきますのでじゃあこの領域って今までの研究ではこういう機能を果たしてるんだろう…そういうことで今までほとんど研究されてこなかった安静時の脳活動というのが従来のもっと基礎的な研究と結びつく可能性が今後出てくると思います。
そうなんだ。
何もしていない時の脳内ネットワーク実はこのデフォルトモードネットワークだけではないんです。
島根県にある健康診断を行う施設です。
ここで行っているのは脳梗塞などの兆候を捉える…それに加えてこんな検査も受けてもらっています。
5分間ただぼんやりするだけ。
実はこれ安静時の脳のネットワークを調べる検査なんです。
島根大学ではこうして得られたデータを2010年から解析してきました。
集まったのは性別も年齢もさまざまな延べ1,000人分。
昨年その一部をまとめたものが論文として発表されました。
その結果がこちら。
何やらたくさんの線があちらこちらに引かれていますが…。
一体どういう事か。
fMRIでの検査では脳を4,000ほどの領域に区切り…そのデータを分析。
そして…この作業を全ての組み合わせで行います。
同じパターンで変化する領域同士を同じ色の線でつなげていくと…。
ほら先ほどお見せした脳のネットワークです。
このうちデフォルトモードネットワークは緑色。
後部帯状回と前頭葉内側はしっかりつながっています。
でもほかにもさまざまな色のネットワークがつながっています。
デフォルトモードネットワークと同じように安静時においてもいろんな脳領域が同調した活動を持って活動をしているという事が明らかになってきてそれが複数あるんだという事が分かってきました。
更にこうしたさまざまなネットワークのつながり方を50歳未満の人たちと70歳以上の高齢者に分けて解析してみました。
左が50歳未満右が70歳以上の高齢者の脳のネットワークです。
何か違いますね。
まずは緑色のデフォルトモードネットワークに注目。
高齢者では50歳未満の人には見られる後部帯状回と前頭葉内側をつなぐ長い線が無くなっています。
本当だ。
一方この部分の赤色のネットワークに注目すると…。
高齢者の方が増えてますね。
なぜか高齢者の方が密につながっている部分があったのです。
ふ〜ん…不思議ですね。
ある領域がいろんな領域とつながりを持つためのコストを考えると…年を取ると遠いネットワークは減っちゃうんですね。
そうですね。
これどうしてですか?身近なものに置き換えて考えると多分分かると思います。
こちらをご覧下さい。
おっ地図だ。
(宮内)脳のネットワークと道路って結構似てるんですね。
だから今脳のネットワークの代わりに道路網で考えます。
高速道路これは言ってみれば離れた所と離れた所を結んでいる道路ですね。
(宮内)そうですね。
もっと拡大して細かく見ていくと高速道路以外に町中のもっと細かい道がたくさん出てきます。
町中の道ある1本が例えば工事中で通れなくなったとします。
それ通れなくなったとしてもいくらでも回り道がありますよね。
ですからあまり困らない。
ところがじゃあ高速道路1本ポンッと切れてしまって通れない。
そうすると行けない訳ですけどもちろん下の道を通っていけば行く事はできますけれども非常に時間かかりますよね。
これを情報のネットワークにもう一回戻してみると離れた領域間のつながりが切れたとしても同じ機能を果たす事はできるでしょう。
ただし非常に時間がかかってしまうという事ですね。
その時間がかかるようになるっていうのはどういう意味ですか?
(宮内)例えばある場面で何かを判断する。
あるいは特定の反応をする。
これもみんな遅くなるって事ですよね。
そうなんだ。
ここで奈央さんに注目してもらいたいものがあります。
デフォルトモードネットワークはこちらの領域から成るネットワークでしたよね。
はい。
アルツハイマー型認知症の方の脳です。
アミロイドβという物質の分布を示しているんですね。
へえ〜そっくりですね。
(竹内)このアミロイドβっていうのはアルツハイマー病の原因の一つといわれてるタンパク質ですね。
これ同じ場所にありますよね。
ねえ!これは何か関係がありそうですよね。
そうなんです。
実は先ほどの安静時の脳のネットワークを調べる検査。
目指しているのは…その始まりは2004年。
アルツハイマー型認知症の人特有のデフォルトモードネットワークのつながり方が明らかになったのです。
例えばこちらは健康な高齢者の脳です。
デフォルトモードネットワークとして同じパターンで同期している領域に色をつけました。
黄色い領域ほどピッタリ同期しています。
一方こちらはアルツハイマー病の人。
同期する領域が減っています。
では同期のしかたは一人一人どれほど違うのか。
アルツハイマー病の人と健康な人に分けてみると…。
アルツハイマー病の人ではネットワークのつながりが弱い事が分かってきたんです。
ではアルツハイマー病におけるデフォルトモードネットワークのつながりはいつから弱くなるのか。
島根大学では軽度認知障害の人も調べてみました。
脳の画像解析でも健康な人との違いが捉えられないほどです。
こうした軽度認知障害の人健康な高齢者また認知症が進行した人それぞれで比較しました。
その結果がこちら。
右が健康な高齢者左がアルツハイマー病の人の値です。
では軽度認知障害ではどうか。
脳の萎縮が捉えられる前軽度認知障害でもアルツハイマー病に近い特徴を示していたのです。
データ的にも一部は出てますので…。
このデフォルトモードネットワークとアルツハイマー病はメカニズム的にはどう関係しているんですか?そのメカニズムそこまではちょっとまだよく分からないんですが…どういう事なんですか?去年出た研究ですけれども我々まばたきをする。
今まばたきしました。
まばたきした直後に一瞬そのデフォルトモードネットワークが現れると。
そう考えるとデフォルトモードネットワークほかの領域に比べてずっと長く活動している訳ですね。
そういう事だったんですね。
へえ〜。
更にデフォルトモードネットワークはこのような病気との関連も指摘されているんです。
お〜。
うつ病や自閉症もですか。
へえ〜これらの病気ではデフォルトモードネットワークはどういう状態になっちゃってるんですか?
(宮内)例えばうつ病の人。
先ほどからデフォルトモードネットワーク…。
安静時にデフォルトモードネットワークが出現して何かタスクをしてる時にはそれは下がるという説明をしたんですけれども。
どうもうつ病の人は何かあるタスクをしてる時もこのデフォルトモードネットワークの活動があまり下がらないとかですね。
あるいは統合失調症の人は今度は逆にデフォルトモードネットワークのある領域とある領域の結び付きが健康な人よりももっと強くなり過ぎてしまってる。
そういった各疾患に応じたデフォルトモードネットワークの特徴というのが報告されてきています。
今ほとんど全ての神経性心疾患でこのデフォルトモードネットワークは健康な人と比べてどう変わっているか研究があります。
そうなんですね。
これはレイクル教授がデフォルトモードネットワークの論文出して10年余りですよね。
何か研究がすごい爆発的に進んでるような印象がありますけど。
今世界中で数千人規模でデータベースが作られてあるいは疾患別にこういう疾患の人はこういう特徴があります…そういうデーターベースが非常に整備されてきたんですね。
この数年大体一日1本論文が出てます。
へえ〜!デフォルトモードネットワークっていうのはかつては切り捨てられていたそうですけども実は宝の山だったって事ですかね?そうですね。
これからもっと盛んになると思います。
宮内さんどうもありがとうございました。
ありがとうございます。
それでは「サイエンスZERO」。
次回もお楽しみに。
2014/06/28(土) 12:30〜13:00
NHKEテレ1大阪
サイエンスZERO「“ぼんやり”に潜む謎の脳活動」[字][再]

ボンヤリしている時こそ脳は重要な働きをしていた?新たに発見された無意識に働く脳内ネットワークが、いま大注目!「認知症」や「うつ病」にも関わる謎の脳活動に迫る。

詳細情報
番組内容
最新の脳科学で「ぼんやりと過ごす」ことの重要性が浮かび上がってきた。脳の消費エネルギーのうち、意識的な活動に費やされるのはごくわずか。大半は意識とは無関係に働いていたのだ。ぼんやりとしているときには脳内にあるネットワークが生まれていて、「自己認識」「記憶」「情報の統合」など重要な機能を担っているらしい。さらに、このネットワークは「認知症」や「うつ病」などさまざまな病気との関連もわかってきた。
出演者
【ゲスト】情報通信研究機構 総括主任研究員…宮内哲,【司会】南沢奈央,竹内薫,【キャスター】江崎史恵,【語り】中山準之助

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
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