知り合いのウェブデザイナーさんから、いわゆるフォントをアレンジして使うことが著作権の侵害にあたらないかという相談を受けたことがあります。また、デザインしたロゴタイプの著作権が保護されるのかという相談も受けたこともあります。
文字のなかにはデザイン性の高いものもあり、これを創作するための労力などを考えると法的保護をする必要性もありますが、一方で、強い法的保護を与えすぎると情報伝達手段である文字の利用を制限してしまうことともなりかねません。
今回は、デザイン性の高い書体について著作権法との関係についての記事です。
まずは字体と書体の区別を意識する必要があります。
「字体」は、それぞれの文字が他の文字と区別される特徴的な形。
「書体」は、①字体を基礎に一貫して形成された、文字を表現する様式・特徴・傾向。
②文字の書き表し方。書きぶり。書風。
(新村出編「広辞苑(第6版)」より)
例えば、「字体」は「あ」や「い」など、文字そのものの特徴的な形です。
一方で、「書体」は「明朝体」や「ゴシック体」などのフォント(タイプフェイス)や、書家の書いた文字、下記のようなロゴタイプなどの表現方法です。
(OKKO株式会社のロゴタイプ)
「字体」については、情報伝達のための記号であってそもそも「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作物)と言えず、仮に著作物と言えたとしても、全てのひとの文化的財産であって著作権法による法的保護の対象とすべきではありません。
一方、「書体」については、これをデザインする過程で創作性や思想性が加わっている場合もあり、著作物として著作権法による保護を受ける余地がありそうです。
具体的に検討対象となるのは、①書家の書、②ロゴタイプ、③フォント(タイプフェイス)などです。
ただし、「書体」は「字体」と切り離せないものであり、「字体」という基本的な形が決まっているため「書体」間の差異も小さいことから、「書体」をことごとく著作物として保護してしまうと、日常的な情報伝達手段である文字の利用にあたって権利関係が大変煩雑となり混乱してしまいます。
著作権法では、法的保護の対象となる「著作物」を、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)としており、「美術の著作物」(同法10条1項4号)が例示としてあげられています。
「書体」のうち、①書家の書については、伝統的に美術鑑賞の対象となっており、情報伝達手段として文字が使用される場面ではありません。また、筆遣い、筆勢、墨の濃淡やにじみ等の「字体」の枠を超えた創作的表現が多様であり、「美術の著作物」として認められることに問題はないと言ってよいでしょう(後掲大阪地裁平成11年9月21日判決)。
一方で、②ロゴタイプや③フォント(タイプフェイス)については、確かに、デザイン性はありますが、あくまで広告等の情報伝達手段として文字が使用される場面であり、その表現方法も「字体」の枠を大きく超える場面ではありません。
このような「書体」を無制限に保護してしまうと、書籍等において「書体」の使用が大変窮屈になるだけでなく、既存の印刷用書体を改良して新たな書体を創り出すことも不便になり、かえって著作権法の「文化の発展に寄与」という目的(著作権法1条)に反することになります。
そこで、②ロゴタイプや③フォント(タイプフェイス)については、原則として著作物としての法的保護はされず、「美術の著作物」に準じるような独創性・美的特性を備える場合にのみ著作物として法的保護を受けるというのが、現在の判例と通説的な学説の見解です(後掲東京高裁平成8年1月25日判決、最高裁平成12年9月7日判決)。
判例の状況を概観すると、情報伝達手段という文字の機能を果たす程度を考慮して、独創性・美的創作性があれば著作物として保護する立場をとっています。
以下では「書体」と著作権に関連する主な判例のポイントを紹介します。
【書家の書:大阪地裁平成11年9月21日判決】
-書体が著作物となる条件について-
「文字を素材として造形表現物が、美術の著作物として認められるためには、当該表現物が、知的、文化的精神活動の所産として、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性(純粋美術としての性質)を持ったものであり、かつ、その表現物に著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を害しないものに限る」
-文字の著作物が認められない理由について-
「文字字体は、情報伝達手段として、また、言語の著作物を創作する手段として、万人の共有財産とされるべきものである。そして、文字は当該文字固有の字体によって識別されるのであるから、多少の創作的な装飾が加えられた字体であっても、社会的に情報伝達手段として用いられている需要のある字体について、特定人に対し独占排他的な著作権を認めることは、その反面でその範囲について他人の使用を排除してしまう結果になる。そのような事態は、・・・著作権法の目的に反する」。
-「書」についての著作物性について-
「書家による書に限らず、『書』と評価できるような創作的な表現のものは、美術の著作物に当たると解される」「書は、そのまま情報伝達手段として利用すべき社会的な需要が少なく、これに独占排他的な著作権を認めても・・・・・・弊害を生じることはない」。
【ロゴタイプ:東京高裁平成8年1月25日判決】
-書体が著作物となる条件について-
「文字は万人共有の文化的財産ともいうべきものであり、また、本来的には情報伝達という実用的機能を有するものであるから、文字の字体を基礎として含むデザイン書体の表現形態に著作権としての保護を与えるべき創作性を認めることは、一般的には困難である」「デザイン書体に著作物性を認め得る場合があるとしても、それは、当該書体のデザイン的要素が『美術』の著作物と同視し得るような美的創作性を感得できる場合に限られる」
【フォント(タイプフェイス):最高裁平成12年9月7日判決】
-フォントが著作物となる条件について-
「印刷用書体が・・・・・・著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならない」
-印刷用書体を著作物と認めることの弊害について-
印刷用書体について無制限に著作物性を認めると、「印刷用書体を用いた小説、論文等の印刷物を出版するためには印刷用書体の著作者の氏名の表示及び著作権者の許諾が必要となり、これを複製する際にも著作権者の許諾が必要となり、既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなるなどのおそれ」がある。「また、印刷用書体は、文字の有する情報伝達機能を発揮する必要があるために、必然的にその形態には一定の制約を受けるものであるところ、これが一般的に著作物として保護されるものとすると、著作権の成立に審査及び登録を要せず、著作権の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下においては、わずかな差異を有する無数の印刷用書体について著作権が成立することとなり、権利関係が複雑となり、混乱を招くことが予想される」。
以上のように、判例の立場は、文字の情報伝達手段としての利用可能性に配慮しつつ、独創性・美術的創作性が高い場合には著作物として保護する立場をとっていますが、基準としては独創性・美術的創作性という基準があいまいな点など課題もあります。
例えば、最高裁平成12年9月7日判決では、比較的シンプルなフォントの著作物性が問題となりましたが、現在では様々なフォントデザインが存在します。これらの独創性・創作性について裁判所が適切に判断できるのでしょうか。従来類似するデザインが広く普及していたかということが判断の主要素になるような気がします。
フォント(タイプフェイス)について、上記で見てきたように判例上、フォント自体に著作物性が認められることは原則としてありませんが、フォントプログラムについて「プログラムの著作物」(著作権法10条1項9号)として著作権が成立する点に注意する必要があります。
実際に、フォントプログラムの海賊版を違法に複製して使用していた会社に対する損害賠償と使用差し止めが請求された裁判では、フォントプログラムについての著作権侵害が認められた判例があります(大阪地裁平成16年5月13日判決)。
上記判例に照らすと、フォントを真似るだけではなく、フォントプログラムそのものを複製する等する行為は著作権侵害となるので注意してください。
著作権のほか、①ロゴタイプやフォントを使用するに当たっては契約で商業使用が許されているか、②類似のロゴタイプやフォントを創作するにあたっては不正競争防止法の商品等表示の混同行為・模倣行為にあたらないかに注意する必要があります。
-①契約との関係-
フォント等を提供している会社との使用許諾契約によりフォントを使用している場合、使用許諾契約で許されている範囲を超えてフォントを使用することが契約違反になり、契約解除や損害賠償請求を受ける場合があります。
-②不正競争防止法との関係-
他人の書体と同一又は類似の書体を販売する場合、他人の書体が「需要者の間に広く認識されている」ものであれば、その書体を販売する行為等について「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」(不正競争防止法2条1項1号)として不正競争防止法による製造・販売差し止めの仮処分等を受ける可能性があります。
※東京高裁平成5年12月24日決定では、有体物ではないフォント書体が不正競争防止法上の「商品」にあたるかが争点となりました。
東京高裁は「無体物であっても、その経済的な価値が社会的に承認され、独立して取引の対象とされている場合」には無体物であっても「商品」にあたると判断して、「書体メーカーによって開発された特定の書体」について「商品」と認めました。
本記事は、2014年07月22日公開時点での情報です。個々の状況によっては、結果や数値が異なる場合があります。特別な事情がある場合には、専門家にご相談ください。
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