2014年8月2日03時00分
■関電の裏面史、内藤千百里・元副社長の独白
《死者171人。世紀の難工事となった富山県の黒部川第四発電所(1963年完成)の発電量は原発1基の半分に満たない。関西電力元会長の芦原義重が抱く原発推進への強い思いを側近の内藤千百里は感じていた。そのために必要なのが政治献金だったという》
芦原は電力需要がどんどん増える中、安定した電源として原子力を増やそうと考えた。電力業者はふんだんに電源を持ちたいが、水力は黒四ダムで限界が見えた。火力も石油危機で不安定さがわかった。
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