るろうに剣心の 飛天御剣流奥義「天翔龍閃」を斬る!【歴史マンガウソホントVol.9】

臥突にしとけば怒られなかったのに(岡本亮聖・絵)
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幕末に「人斬り」と恐れられた剣客、「緋村剣心(ひむらけんしん)」―。刃と峰を逆にした斬れない刀「逆刃刀(さかばとう)」を手に、明治の世にはびこる悪と戦う彼の姿を描いた「るろうに剣心」は、時代劇マンガとしては異例ともいえる人気を誇り、近年には実写映画化もされたことでブームが再燃したのではないでしょうか。

女性かと見紛うような中世的な顔立ちに短身痩躯という華奢な外見ながら、豪快無比な乱世の古流剣術、「飛天御剣流(ひてんみつるぎりゅう)」の技の数々を繰り出すヒロイックな彼の姿は多くのファンを生んでいます。

本作は時代考証を云々するというよりは純粋にフィクションとしての剣戟や個性的なキャラクターの活躍を楽しむことに醍醐味があると思いますが、ここでは登場する剣術の「技」について、実在する武術との比較を中心に考証を加えてみたいと思います。(*この記事の筆者は現役剣士)

剣心の得意技、「抜刀術(ばっとうじゅつ)」とは?

主人公である剣心の幕末時代の異名である「抜刀斎(ばっとうさい)」。その名は彼が得意とする「抜刀術(ばっとうじゅつ)」に由来することが作中でも語られています。

刀を鞘に納めたままの状態から抜刀と同時に高速の斬撃を繰り出すというものであり、現代にも受け継がれている実在の武術でもあります。

世に言う「居合(いあい)」と同質のものとも考えられますが、「居合」とは平常時に急襲を受けた場合に瞬時に迎撃するための技法群であるという解釈、立って戦うことを表す「立合(たちあい)」に対する座った状態での戦闘法を意味するという解釈、「抜刀術」と「居合術」は厳密には異なるものであるとする解釈など、さまざまな捉え方が存在しています。しかしながら流派によっては「抜刀術」と書いて「いあい」と読ませるものも存在すること(関口流)などや、剣心の扱う抜刀術がすべて「後の先(ごのせん)」をとる迎撃の技であることを踏まえ、ここでは「抜刀術」と「居合術」を区分せず、作品にならって

以下「抜刀術」で統一したいと思います。

臥突にしとけば怒られなかったのに(岡本亮聖・絵)

臥突にしとけば怒られなかったのに(岡本亮聖・絵)

 奥義「天翔龍閃」とは?

剣心の駆使する飛天御剣流の奥義、「天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)」とは、神速を超えた超神速の抜刀術であるとされ、「凄まじく速い抜き付けの一刀」というシンプルなものでもあります。奥義伝授の際には、人体九箇所の攻撃部位に同時に斬撃を加える「九頭龍閃(くずりゅうせん)」という回避不可能な技を破る唯一の手段として、師の生命と引き換えに会得するという厳しいものと位置付けられています。

相手の技の起こりを捉え、一刀のもとに雌雄を決するというこの技はまさに抜刀術の真髄を体現した究極の剣であるともいえるでしょう。

単なる抜き付け、という基本的な技を極限まで高めたものが奥義である、ということは実際の武術でもよくあることとされており、その点についてはリアリティを感じさせるものでもありますね。

 

 「天翔龍閃」3つのポイント

さて、剣心の奥義がどういったものか分かったところで、この技のポイントを考えてみましょう。作中では「超神速」の抜刀を可能とする体捌きの極意として、通常とは逆の「左足による踏み込み」を行うとあります。

また、奥義伝授の際以外にも逆刃刀が抜刀術にとっては不利であることが言及されており、刀の刃の付き方が抜刀の速度と関係のあることが示唆されています。

さらに奥義を会得した際にはだらりと両手を下げた自然体の姿勢で臨んだのに対し、天翔龍閃を含めた抜刀術の技を発動する時には大きく左腰を捻って、刀の柄が真横を向くほどの体勢である「抜刀術の構え」をとることが描かれています。

特徴的な上記3ポイントが奥義の要として考えられますが、ここで実在する武術のセオリーと比較して、技の信憑性について考察してみましょう。

 

 実はよくある「左足による踏み込み」

作中では抜刀の際に左足を出すと、己の刀で自身の足を傷つけるリスクがあるため通常は行わない、という旨の解説がなされています。確かに、逆袈裟に斬り上げる形の天翔龍閃はいかにも自分の左足まで斬ってしまいそうですね。しかし、実際には左足で踏み込む抜刀の技というのは常道として遣われているのです。

最も普遍的なもののひとつは、「左方向に回転する技」ではないでしょうか。突如、左側から敵が襲ってきた場合、または左向きに回転することが最短距離で敵を迎撃できる場合など、自然な身体の遣い方として左足で踏み込むことになります。

また、正面の敵に対する場合でもその後の流れから左半身の姿勢をとる場合などはやはり左足で踏み込むことがあります。

問題とされている自身の左足を傷つけるリスクについては、こと抜刀の技に関しては現実には非常に低いといえるでしょう。何故なら鞘から刃が飛び出す瞬間、その軌道が左足の位置する真下に向かうことはまず考えられないからです。切先は攻撃部位に真っ直ぐ向かっていくかのような軌跡を描くため、かえって左足は安全であるともいえるでしょう。

ただし、これが抜刀ではなく通常の袈裟斬りなどであれば話は別です。自身の右上方から左斜め下に向かって斬り下ろす基本の袈裟斬りにおいては、左足を出していると刀の勢いが余って自分の足を斬ってしまうことがあるため、試し斬りの稽古の際には十分な注意が喚起されます。実際にそのような事故も発生しており、その点では「左足による踏み込み」のリスクも考えることができるでしょう。

もちろん、技によっては左足を斬らないような工夫もなされ、熟練者は刀のコントロールによってそのリスクを抑えることも可能なため、剣心ほどの達人であればなおのことかとも思われますね。

 どうして「逆刃刀」は抜刀に不利?

剣心を象徴する武器である「逆刃刀」。二度と人を斬らないと誓った彼の生きざまを体現した刀でもあります。ですがしばしば得意の抜刀術にはその刀では不利であることを指摘される場面がでてきます。何故、逆刃の刀では抜刀にデメリットがあるのでしょうか?

抜刀術は俗に「近間の弓鉄砲」などと呼ばれるように、まるで飛び道具のように刀が「発射」されるかのような印象を与えます。それは刀を鞘の中で滑走させるように加速させて一気に斬りつけるという技の特性に由来するものであり、刀そのものを弾とすれば鞘はさしずめ発射台やカタパルトの役割を果たしているといえるでしょうか。

通常の刀であれば、普通は峰の側が鞘の内部に当たってそこを滑走していくことになりますが、逆刃刀では刃によって削れてしまうためセオリーとは異なる方法で抜刀していることが考えられます。また、鞘の口である「鯉口」付近を包みこむように握るため、刀が鞘から抜ける「鞘離れ」の瞬間に逆刃で自身の親指を斬ってしまう危険性のあることが予想されます。

これらの問題をクリアしつつ本来の威力と速さを保たなければならない、という点から逆刃刀では抜刀術に不利だという理論が成り立ちます。もし実際に逆刃で居合や抜刀を行うとしたら、非常に危険であるということがいえるでしょう。

 「抜刀術の構え」はありえない!?

剣心が奥の手の抜刀術を発動しようとする時、上記のように大きく刀を左側に寄せたような独特の構えをとる描写がなされています。みるからに全身のバネを利用して、回転するように強力な太刀筋を繰り出す体勢に思えますね。

しかし、剣心の抜刀術について最大の疑問がここにあります。抜刀が生み出す速さと強さは、実はあの体勢から実現することは困難と考えられるためです。

それには抜刀術や居合術が片手で抜き打つ技であるにも関わらず、速さと強さを両立しているメカニズムに大きく関連しているためです。

文字通り、「刀を抜く」技術を極限まで高め、攻撃と防御を同時に行うことに成功したのが抜刀術であるといえますが、刀を抜くためには上半身と下半身の連動を含めた協調動作、手の内の繊細なコントロール、攻撃部位に向けて鞘内で刀身を加速させていくなどの複雑な挙動に加え、忘れてはならない動作があるのです。

それは「鞘引き(さやびき)」と呼ばれ、文字通り鞘離れの瞬間に鞘を素早く引くことで刀に最後の加速をかけ、最高速度に到達させるための重要な技術でもあります。

速く「刀を鞘から抜く」ことに目が奪われがちではありますが、現代でも指導者によっては「刀を鞘から抜くのではなく、鞘を刀から抜く」という言葉でそのコツを示すこともあります。したがって、あらかじめ目いっぱい鞘を身体に寄せているため、「鞘引き」をすることが不可能な剣心の「抜刀術の構え」は抜刀や居合のセオリーからは考えにくい、ということがいえるでしょう。

実際にやってみるとよくわかることですが、上記の抜刀術の構えをとって左足で踏み込んで抜刀すると非常に窮屈で、身体のバネすら十全には使えない体勢であることが理解できます。逆刃刀という抜刀にとって危険な刀であればなおのことであり、「天翔龍閃」は極めて実現困難な技であるといえるのではないでしょうか。

 それでも、「達人」は存在する

しかしながら、おいそれとは体得できないからこその「奥義」でもあるといえるでしょう。おそらく通常のセオリーや常識を超えた「術理」が存在するのでしょう。超人的な技の数々はもちろんフィクションならではの痛快さをもっていますが、現代にもにわかには信じられないような凄まじい技を体現する本物の「達人」が確かに存在しています。

したがって、剣心の「天翔龍閃」のような技ももしかしたら…ひっそりと実在しているのかもしれません。

帯刀コロク・記

 

 

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