蚊取り線香:「日本の夏」の必需品 開発までの道のり

毎日新聞 2014年08月01日 10時43分(最終更新 08月01日 13時00分)

大正時代の渦巻き型の蚊取り線香
大正時代の渦巻き型の蚊取り線香
蚊取り線香の歴史を語る上山久史専務=大阪市西区で、望月亮一撮影
蚊取り線香の歴史を語る上山久史専務=大阪市西区で、望月亮一撮影

 当初の細い棒状の蚊取り線香は長さ約20センチで、3本ほどに同時に火をつけて使用していたが、約40分で燃え尽きた。だが、一番悩まされるのは、寝ている間に来る蚊だ。英一郎氏は、睡眠中ずっと燃え続ける蚊取り線香の開発に取りかかった。

 ◇絶妙のコンビ

 渦巻きのアイデアは1895年、英一郎氏の妻ゆきさんが思いついた。本社には今も、渦巻き型の試作木型が残る。木型では労力がかかり、大量生産は難しい。工夫を重ね、2本一緒に巻くダブルコイル型にたどり着いた。太いため十分な薬効成分を出しながらゆっくり燃え、60センチの長さで約6時間も持った。2本が組み合わさっているため、搬送時の折れや輸送コストの低減も実現した。渦巻き型の発売は1902年。現在の蚊取り線香の原形ができあがった。

 英一郎氏は1943年に死去した。上山専務は、父母らから思い出を聞いて育ったという。「孫から見ると『おじいちゃんはぷりぷりして怖い。おばあちゃんは優しい』との印象だったようです。2人のコンビが絶妙で、蚊取り線香が生まれたのでしょう」と話す。

 ◇昭和初期、80カ国に

 蚊取り線香は世界にも広がった。本社には、英語やポルトガル語、ロシア語などで書かれた昭和初期の海外向けポスターが残る。当時、約80カ国に輸出していたという。

 ところで、金鳥の蚊取り線香は、手で巻いたころは右巻きだったが、機械で打ち抜く今は左巻きという。「他社製品は右巻きが多かったので、オリジナリティーを出すため左巻きにした」(上山専務)。蚊取り線香を目にするたび、確認せずにいられなくなった。【根本毅】

 ◇あのころ 1890年

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