まどかの章 17 ★☆☆ 奴隷市場(裏通り)
暑いのじゃー。ジメジメするのじゃー。臭いのじゃー。汚いのじゃー。人がいっぱいなのじゃー。窮屈なのじゃー。うるさいのじゃー。杏子は余を無視して冷たいのじゃー。
なんだよ。さっきから不満ばかり。
計画では余は今頃、キンキンに冷えた高島屋の中でそちと一緒に買い物を楽しんで、お昼にはレストランでお子様ランチを食べる予定であったのに…。
お前が奴隷市場の視察に行くって言ったんだろ、お前が。
昨夜あれだけそちに説教されたら、行くと言う他ないではないか。夜遅くまでクドクドと…。そもそも何故、余が余の奴隷に頭ごなしに説教されなければならんのだ? 人間関係として逆であろう? 気付いておるか、そちはいま余をお前呼ばわりしておるのであるぞ。昨夜はあんたであったのにな。最初の頃などはご主人様と呼ばれておった気がするぞ。段々と酷くなっておるのじゃ。明日にはオイコラと余を表す主語すら無くなりそうで怖いわ。
うぜぇ…。
そちは余の性奴である自覚が足りぬ。もっと余を立ててだな…。あっ、余のチンチンのことをいっておるのではないぞ。ふははははっ。
…あのさ。ご主人様と言って欲しかったらオレにそう言われるような立ち居振る舞いをしろよ。人にあれこれ言う前に自分の方が先ず変われっての。
また説教されてしまったのだ…。なんなのじゃ、その立ち居振る舞いとは。どうやったらよいのか分からぬわ。いったい余にどうせよと…。んっ! おおっ!? ふはははっ。向こうの金ピカな店で素晴らしい物が売っておるのだ。そちは少しここで待っておれ、ちょっと買いに行ってくるのじゃ。ふはははっ。バタバタ…。
やれやれ、どうしようもないな…。ポケットから観光ガイドブックを取り出してペラペラ…。えっと、ここが治安度Cの裏道具屋筋か…。違法薬物、医療器具…。ライフル、携帯ミサイル、各種魔道具…。金にプラチナ、ラブドール、コスプレ衣装…。改造ビーキャスカードにマジコン…。なんだよ、奴隷とは関係ない道具ばかりじゃねーか。ここは関係ないな…。ガイドブックをペラペラ…。えーと…この通りを北に通り抜けると…あぁ、いよいよ治安度D、低級奴隷を売買しているゴミの市…。魑魅魍魎の如き悪党が蠢く魔窟と化しているから観光客は決して近づくな、か…。十分気を引き締めないと…。
バタバタ…。ふはははっ。買って来たのじゃ。ふはははっ。
ハァ…。緊張感のない奴だな。…じゃ、行くぞ。
ちょっと待つのだ。これを受け取るのじゃ。紙袋をゴソゴソで箱を取り出して、ニコニコ。
なんだよ…これ。
あそこの宝飾店で買った杏子へのプレゼントなのだ。そうじゃ、余がそちに付けて進ぜよう。ちょっと目を閉じておるのだ。プレゼントの包装をビリビリ、箱をゴソゴソ。
……オレ達は遊びに来てるんじゃないぞ? それにオレが言った立ち居振る舞いってのはプレゼントで懐柔するとか、そういうことじゃなくてだな…。
杏子に似合うと思ったのじゃ…。ショボン…。
全くしょうがねーな。目を瞑り。これでいいか?(////
うむっ。箱をゴソゴソ。ジャラジャラ…。杏子の首にガチャン。
……なんだよ、コレ。ジャラジャラ…。
銀のチェーンなのじゃ。余の手からそちの赤の首輪へとチェーンのリードがいま繋がったのじゃ。
……。
杏子。余は反省した。冷静になって考えてみればそちの言った通りなのだ。余は主としての立ち居振る舞いが今まで出来ていなかった。余は間違っていたのじゃ。しかしもうこれで完璧なのだ。どこからどう見てもそちのご主人様なのじゃ。ふはははっ。チェーンをグイグイで杏子の首を斜め上に引っ張り引っ張り。ふはははっ。チェーンをグイグイ。グイグイ。
……。
ふはははっ。杏子、よつんばいの体勢になって儚げに目をウルウルとさせるのだ。ク~ンク~ンとかキャンキャンと吠えてくれたら最高じゃ。余は身震いする程にゾクゾクするぞ。ふはははっ。そうだ、服も脱いでくれい。皆の視線に晒されてそちが恥ずかしがっておる姿がみたいのじゃ。そして不安げに余を見詰めるのじゃ。ふはははっ。余はそちを守ってやるぞと目で語り、そちは余への信頼と安心の想いで心が満たされ、余の足にピッタリと寄り添うのだ。ふはははっ。いやいや、もうそこまで行くなら、あれもやって欲しいのう。ほれそこに電柱があるであろう? 片足を上げて…。
やらねーよ。やると思うか? チェーンをブチッ。
なっ!? そちと余の心を繋ぐ信頼のチェーンがっ!
腹にパンチ。ガスッ。
ゲフォ…。ゲホゲホ…。ううっ、こ、こやつ殴りよった、殴りよったぞ…。主である余を殴りおった…。通行人のみんな聞いてくれ。見おった? 見おったよな? あやつは余に暴力を振るったのじゃ。傷害事件である。警察を呼んで欲しいのじゃ。コークスクリューパンチであった。内臓が破裂しておるやもしれぬ。救急車も頼むのじゃ。…ううっ、な、なぜ、みんな無視して通り過ぎるのじゃ。
ウゼェ…。コイツ、マジ、ウゼェ…。
杏子はツンデレが過ぎるのだ…。服の裾をペラリと捲り殴られて赤くなった自分のお腹を撫で撫で。
なんだよソレ。オレはいつもこんなだ。愛想悪くて悪かったな。王子のお腹を心配そうに、チラリ。
……胸をモミモミしてやったときのそちは凄く可愛いかったぞ?
う、うるさい! そんなこと今思い出してる場合かっ(////
よいではないか。折角、そちと二人で見知らぬ街並みを歩くのだ。チェーンが駄目なら手ぐらいは繋いでくれぬか?
デートじゃないんだ。あと少しで低級奴隷達が売られているゴミの市…。気持ちを引き締めてないと酷い目にあうぞ。ちょっとは真面目になってくれ。
ほう。やっと到着するのか…。足が棒になってしまうところであったわ。杏子。余はあと何歩、歩けばよいのじゃ。
何歩って…。ガイドブックを取り出してペラペラ…。地図を見ると、うーん。あと200メートルくらいかな。
……なにっ?
なんだよ。後ほんの少しだろ、早く行くぞ。レッツゴーだ。
いや待て。そうではなく、なんなのじゃ、そのガイドブックは。そちはこの奴隷市場を熟知しておるのではないのか?
ハァ? なんでさ。オレはマギカの出だぜ? そりゃ、王家との戦いに敗れて奴隷になってからはこの街に連れて来られたけどさ、スレーブドームの中しか知らねぇーよ。
で、では昨夜のそちの話はなんだったのだ。そちは子供の頃、下水から追い出されて捕まって、奴隷市場へ奴隷として連れて行かれたのでは?
違うよ。オレの場合はここじゃなくて、マギカの施設に引き取られることになったんだ。検査でオレのからだに魔法因子が突然変異で現れたとかなんとか言われてさ。
奴隷商に捕まった連中がエロスに連れて行かれた話は?
後で聞いた話さ。オレ以外で生き残った他の子供達はエロスの奴隷市場って所に送られたらしいって。
らしい、だと? 奴隷市場の露天で売られている低級奴隷は山賊や海賊に無理やり拉致されて来た可哀想な人ばかりだと言うから、余はわざわざこうしてこんな所まで視察に来たのではないか。そちがスレーブドームの中しか知らぬのなら、何故分かるのだ。口からでまかせだったのか?
あれはスレーブドームで競りに掛けられてた子から聞いた話だよ。
その子は実際に見たのか?
いや…どうだったかな…誰かから聞いた話だったかも…。
ハァ…。そちの言っておることはどれも根拠のない曖昧な噂話ではないか。昨夜も言ったが、奴隷の待遇改善と法整備については既に有能な部下に指示を出しておるのだぞ? それでもだ。拉致された子が売られておるなどという余の知らぬ新事実の対処に緊急性があると思えばこそ、余はわざわざこうして出向いて…。ハァ…。もうよい。帰るのじゃ。クルッ。スタスタ…。そちは今日一日モミモミの刑じゃからな。覚悟するのじゃぞ?
待てよ…。待ってくれ! もし噂が本当ならどうすんだよ…。お前は王子だろ。奴隷達を救える力を持ってんだ。…オレはなんの理由もなく不当に虐げられてる人達を助けられるものなら助けたいんだ。
そちは自分の子供の頃の境遇を、その居もしない噂の中でしかおらぬ奴隷の子に重ねておるだけじゃ。物事を悪く考え過ぎなのだ。そちの悲惨な体験は平民を人と思わぬマギカだったから起きたのだ。余の国では平民も人である。そのような不法はまかり通らぬ。起きぬ。噂は間違いじゃ。
ふざけんな! 噂が本当か間違ってるか、実際に見てみなきゃ分からないだろ! 間違っていたら、もみもみでも何でも好きにしていいから…鎖だって我慢するから、だから…だから頼むよ…。
実際に見てみなければ分からぬ、か…。蓮華も似たようなことを言うておった、今のそちと同じく悲しげな顔を余に向けてな…。しかし、あいつはともかく、そちは余の性奴じゃ。もっと利己的で打算的な大人の思考を持って欲しいものだぞ。赤の他人の為に必死になった挙句、自分が犠牲になるようなことまで口走るなど…。そんなことでは困るのだ。そのように美しく澄んだ目でジッと見つめられると余は本当に困ってしまうのだ。…余はそちを好きになってはならぬのだからな。
ごめん…なさい…。ご主人さま…(////
……まぁ、よい。ここまで来たのだ。行ってみるか。
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