キリノの章 28 ☆☆☆ 国道一号線(黒の砂丘)
あれだけ林立していた塔が一つも残っていません…。いえ、塔どころか、何も残っていません。これが王都の映像とはにわかには信じられません……。黒い世界が現れました…。まるで石炭のぼた山のような…。黒い砂丘が延々と…。何でしょうこの光景は。異世界のような…。地獄のような…。
くくくっ。核の炎に焼かれて塔が崩れ、瓦礫となり、小石となり、砂となり、最後には消し炭となって、このように広大な黒い砂の海が出来上がってしまいました。太陽が爆煙で隠れ、お昼前だというのに日暮れのような薄暗らさでございます。……おや、空から雪のように死の灰がチラチラと降って来ましたよ。くくくっ。なにやら、さきほどのアニメ映画の続きを観ているようでございます。くくくっ。あの核の猛攻を火の七分間とでも名付けましょうか。
いえ核攻撃は三十分以上連続しましたので、残念ながらそのネーミングには無理があるかと思いますが、それにしても、ここまでやる必要があったのでしょうか…。
くくくっ。結果から言えば、キリノさまはご健在であられますので、いま一歩足りなかったなと。
ご健在?
くくくっ。ほら、あそこに…。
な、な、な、なっ!? なんとーっ!? キリノさま、ガリガリ君を食べながらダルそうに歩いてらっしゃる!? ど、どこのコンビニでパク…いえ、お買い求めになられたのでしょうかっ!? い、いえ、そっ、そうではなく、どうして核攻撃を受けて平気でいらっしゃるのでしょうかっ!?
くくくっ。キリノさまは攻撃を受けておられません。如何に魔法使いであったとしても、あのような猛攻をまともに受けては無事では済みません。さっき足りないと言ったのは核の威力ではなく、この作戦の指揮を執った者の魔法使いへの認識と、それを踏まえての覚悟でございます。……しかし、まぁ、それも仕方のないこと。魔力を持たぬ者に魔法使いを本当の意味で理解することなど出来ませぬからな…。三次元に住むものが四次元の世界を理解するが如しです。理解したような気になっているだけにございます。
魔法使いの理解についてはともかく、キリノさまが攻撃を受けていないとはどういうことなのでしょうか? わたし確かにキリノさまが戦車の大爆発に巻き込まれるのをこの目で…。
くくくっ。国道1号線沿いの塔群の中には高島屋がございます。ご存知ですか?
はぁ…。それはもう有名ですから…。500年も前から店を開いている老舗百貨店の高島屋の本店で、エロス最大の売り場面積を誇る巨大な商業塔です。屋上は昼はお子様向けの遊園地ですが夜はビアホールになっています。実はわたし、昨夜ひとりで飲みに行って来たところなんです…。先日命を落とした若林はそのビアホールで出る、から揚げが大好物で…。まぁ、普通のから揚げなのですが…。あの反乱事件のあった前日もわたしと一緒に…。お前はメタボだからと食べるのを止めさせたのですが…。ハァ…。あれが最後なら、もっと気の済むまで、口が油まみれになって手がベタベタになるまで、食わせてやりたかった…。そう彼を偲んでしんみりと、枝豆をつまみに生ビールを飲んでいたら、わたしはっ…。わたしはぁ…。もうぅ…。
くくくっ。今日のことを思い出して下さいませ。
あっ、確か…道路に面したショーウィンドウに今年の秋物の服が飾られていて、それをキリノさまが少し足を止められて見ておられましたね…。
くくくっ。はい、それでございます。戦車に接触する寸前、自分とマネキンの位置をテレポートで入れ替えられたのでございます。マネキンのプラスチックボディーを魔法で熱してグニャグニャと柔らかくして、遠隔操作で動かし、あたかも自分の分身のように…。キリノさまは城を出るときに蓮華めとキャッキャと話をしておりました。あやつに変わり身の術を教えて貰ったのでございましょう。
ちょ、ちょっと待って下さい、サキエル卿。からだはマネキンで良いとして、白のドレスはどうされたのですか? マネキンのキリノさまはドレスを着ていましたよ。いま歩いておられるキリノさまも同じものを着ておられます。偶然キリノさまと同じようなドレスを着たマネキンが高島屋のショーウィンドウにディスプレーされていたというのですか?
くくくっ。マネキンが着ていたのは本物のドレスでございます。テレポートでキリノさまは自分の服をマネキンに…。
で、では、いまキリノさまが着ておられるのはなんなのですか?
くくくっ。キリノさまは何も着ていません。下着姿です。
……いえ、いえいえ、サキエル卿。よーくご覧下さい。あのようにキリノさまは白のドレスを…。あっ、あれっ? よ、よく見れば、何やらキラキラとドレスが光っていますね…。キリノさまのドレス、あのように派手…だったでしょうか…。
くくくっ。微小の冷却魔法を大量発生させてその白い光の集まりを服に見立てているだけでございます。くくくっ。涼しげでございますが、どこであのような魔法を覚えたのでしょうか…。くくくっ。
キリノさまが実際に着ておられるのは下着だけ…。
くくくっ。その通りにございます。
あのドレスは魔法…。
くくくっ。その通りにございます。
つまり魔法が切れれば…。
くくくっ。ご想像の通りにございます。
なるほど、よーくわかりました。この後の展開がとても楽しみ……ごほごほっ、いえ心配になって来ましたが、しかしそうなりますとキリノさまは戦車がトラップだとあらかじめ分かっておられたことになりますね。もしかして核攻撃があるとまで看破されておられたのですか?
くくくっ。魔法使いへの認識が足りないと言ったのはまさにその事です。魔力を持つということは人とは全く別の種に生まれ変わるのも同義です。そのような超人に対し、人間相手と同じように戦ってはいけません。強力な魔力を持つキリノさまには、ある程度の未来やその場の状況が直感で見通せてしまうのです。
魔力を持つと予知能力のようなものが生まれると?
くくくっ。その通りにございます。ですので魔力の度合いにも依りますが、魔法使いに対して罠を張るのであれば、罠であると見破られても有効性が残る罠であらねばならぬのでございます。キリノさまが戦車の中に人がいると思ってバリアを緩めるであろうなどと、そのような不確かで甘い考えの罠で、魔力を持たぬ者が持つ者を破る偉業を成すなど、到底出来ぬのでございます。
なるほど…。ちなみにどういう罠であれば有効であったのでしょう?
くくくっ。予知能力があるということを頭に入れて、それを逆手に取って相手の行動を制限するような罠。例えば、あらかじめキリノさまのご家族を拉致して戦車の中に拘束するのはどうでございましょう。魔道具で戦車に結界を張ってテレポートで救出が出来ぬようにすれば、キリノさまは危険を犯しても救出の為に戦車へ接触しようとするでしょうし、救出しなくとも家族が目の前で死ねば、キリノさまは冷静な判断能力や精神集中を失い、魔力が上手く引き出せなくなるでしょう。そのような状況に追い込めれば核など使わずとも通常兵器で楽に勝てるのではないでしょうか。
しかし、そ、それは…。失礼ながら、あまり褒められた作戦ではありませんね…。卑劣といいますか…。
くくくっ。絶望的な能力格差は自分の力で埋める他ありません。その力をどこから持ってくるか…。正々堂々、騎士道精神で戦うのは魔法使い同士だけで…。んっ?
どうされました?
くくくっ。あの砂丘の上。くくくっ。来ました、来ました。キリノさまを唯一脅かすことが出来るであろう対抗馬が…。
おおっと、騎士です!! 騎士団です!! 黒、赤、黒の旗。エロス王国近衛魔法騎士団が突如現れました!! キリノさまから200mくらいの距離でしょうか。いつの間にかキリノさまの周りをぐるりと取り囲んでおります。数は50といったところでしょうか。いや、もっといますでしょうか。皆、馬を止めて、ただじっとキリノさまを見詰めています…。あっ…。キリノさまが地面に膝をつき苦しげな表情を…。わわわっ…。ドレスがお腹の辺りで引き千切られたかのようにエッチに透けて、肌が露出しています。オヘソが見えています。これはいったい…。
くくくっ。魔法攻撃は既に始まっております。中距離魔法の定番、光の矢でございます。魔法エネルギーを鋭く尖らせて相手を射抜きますので、魔法バリアが多少強力であっても貫通してきます。とはいえまだキリノさまのバリアの方が数段上にございますので、貫通しても魔法エネルギーの殆どは無効化され、キリノさまが受けるダメージは軽微なものでしかありませんが…。精神集中が少しでも切れてしまうとバリアが崩れますので、一気に畳み込まれるやもしれませんね…。
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