キリノの章 15 ☆☆☆ 武道館・ゼブン中等学校
威風堂々、蓮華さまが長弓を持って武道館のステージ中央に仁王立ち! その頭上、武道館を覆うドームがゆっくりと開いていきます! ここより3km東、国立競技場グラウンドに20m間隔で横一列に並んだ10の的を、蓮華さまはこの場より魔法を使わず順に射抜いていかれるのです! 尚、魔法干渉を防止する為、会場内外での魔法使用は一切禁止です。遥か上空で魔力観測衛星ひまわりが監視をしております。魔法を感知するとアラームが鳴り、魔法使用者は罰せられますのでお気を付け下さい。
クククッ。今回わたくし不正者を断罪する任を受けております。もし観客の誰かが魔法を使おうとすれば魔法発動前にわたくしが処刑致しますのでアラームが鳴り響く事はないでしょう。代わりに愚者の悲鳴は鳴り響くでしょうが。
そ、そうでした。サキエル卿がここにおられるのはゲスト解説者としてではなく、演武の見届け人として不正者を断罪する為に来ておられます。くれぐれも魔法の使用はお控え下さい。
クククッ。もう少し前に警告するべきだったかもしれません。よいしょと。ドサッ。ドサッ。
……サキエル卿の後ろに現れた生ゴミ袋の中身も気になりますが、この会場の大観衆やTVをご覧の皆様が気になるのは、やはり蓮華さまの演武がなぜ弓なのか、そのもうひとつの理由についてでしょう。既に噂でご存知の方も多いと思いますが、なんとこの演武、王子のハーレム候補さまを決定する抽選会も兼ねているのです!! 10の的はそれぞれルーレットになっていてクルクルと数字が回転しています。蓮華さまの矢がそれぞれのルーレットに当てた数字を順に10個繋ぎ合わせて出来た市民番号の方がハーレム候補さまとなられるのです!!
クククッ。これまでハーレム候補の選考は身分・出自に関係なく平等に行われ、数々のシンデレラストーリーを生み出して参りました。特に感動的なものは、童話や絵本となって幼女に読まれ、漫画やアニメやコバルト文庫となって少女に読まれ、朝の連続TV小説やハーレクイーン小説となって熟女に読まれ、次第にハーレムはエロス国の女性の憧れの対象となっていったのでございます。しかしこの国の女子の数に比べ、王子の御身はひとつしかございません。実際には王子の目に触れることもなく、残念ながらチャンスが生まれなかった方々は沢山おられるのです。この機会不平等に王子は胸を痛まれましてな。で、今回、蓮華の剣聖の演武を兼ねて、全ての未婚の女性に機会どころか完全に平等なチャンスを与えようと、ルーレット選考方式を試験的に実施することにしたのでございます。
なるほど、確かにこのように、宝くじの抽選のように決めると平等ではありますが、しかしハーレム候補さまの選考基準が未婚女性の縛りしかないのは、つまりその…。
クククッ。えぇ、0才児の女の赤子であろうが、100才の老婆であろうが、射抜かれた数字が示す方が未婚女性であれば、誰であろうが王子のハーレム候補になるということでございます。もっとも、ハーレム候補は本人の同意なしに成立しませんので、0才児の赤子が意思表示を出来る筈もなく、残念ながら後で無効になるでしょうが。
完全に運任せでは王子ご自身の意思は全く反映されないことになります。王子はそれでよろしいのでしょうか?
クククッ。それは大丈夫でございます。王子は分け隔てなく女性を愛すると。すべての女性がいとおしいなどと、まるで何かを悟ったような達観したことを最近口走るようになりましてな、どんな方でも王子のご寵愛を受けることが出来ると思いますよ。
とても10才の少年の言葉とは思えません…。
クククッ。庶民に生まれていれば繁華街でホストでもやって大成していたかも知れませんねぇ…。
ゴホゴホッ…。え、えーっ。王子のハーレム候補さまとなるのは、この国の女子なら誰もが一度は抱く夢なのです!! 平民でも貴族でも女性なら誰にでも平等にチャンスがあるのです!! さて、メルルさまに続いて二人目のハーレム候補さまに選ばれる女性は誰なのか、全ては蓮華さまの矢の行方次第!! そろそろ射撃時間です。蓮華さまに注目しましょう!!
クククッ。なかなか動きませんな。
はい。動きません。全くピクリとも動きません。左手に弓を持ったまま微動だにしません。蓮華さま目を閉じております。凄い…集中力です…。魔法は出ていないのに…なんなんでしょうこの突き刺さるようなオーラといいますか、気迫といいますか…。さっきまで騒がしかった場内がシーンと静まり返ってしまいました…。
クククッ。外したら大恥ですから、あの娘もいつになく本気を出しておるのでしょう。しかし的が3km先で全く見えぬ上に魔法が使えぬとあっては、的の位置はGPSの方位座標で確認する他ない筈ですが、あの娘、足元のモニターを全く見ておりませぬ。勘でやる気なのでしょうかねぇ…。
勘ですか…。それで当たれば確かに人は超えています…。しかし、そもそも魔法なしで矢が3km先まで飛ぶのか、そこから疑問なのですが…。
クククッ。蓮華が手にしているのはコルト社製の最新式の軍用重長弓、超々距離狙撃用1500mmヘビースコーピオンです。魔法抜きでの有効射程距離は2800m。最大到達距離は4500m。重さは320kg。チタン合金フレームに新素材の微細ケプラー繊維で編み込まれた超反発・超張力の弦が張られています。追い風ですので、3000mなら余裕でしょう。
到達距離以前に魔法なしで320kgを軽々と持ち上げてることに驚かされるのですが…。
クククッ。あれは本来、魔法による補助があることを前提にして設計された長弓なのです。今回のように魔法なしでも使えなくありませんが、そのような場合は手に持って使うようには出来ておりません。あの者の腕力が異常なのでしょう。
まさに剣聖。超人です…。想像を絶する能力です。わたし、根拠はありませんが、蓮華さまが矢を確実に的に当てるに違いないと思えてきました…。
クククッ。いや、当てるでしょう。剣聖ならこれくらい魔法を使わず当てて当然でございます。しかし先程も申した通りあの者の頭は相当パーでございますから、おそらく……。クククッ。あぁ、やはり、やると思いました。
えっ? それは…。あっ! 蓮華さまが動きました!! 10本の矢をムンズと握って弦に引っ掛け、ギリギリと力強く極限まで引き絞り、セット!! 美しい…。ピンッと真っ直ぐに伸ばしていた背筋がやや弓形となり、弦を思い切り引いて、からだは全く微動だにしません。いやぁ…見事です。綺麗な射撃姿勢です。素晴らしい…って、いや、ちょっと待って下さい…。どうして10本全部の矢を一度にセットなんでしょう?
クククッ。馬鹿ですから一度に全ての矢を射る気なのでしょう。
な、なんとここで蓮華さま!! アドリブで難度を上げて来ました!! 大丈夫なんでしょうか…。あっ! あぁっ!! い、いま矢を射られました!! 10本全ての矢が一度に発射され、全てが中空へ吸い込まれて行きます…。カメラを3km先の競技場へ切り替えましょう。競技場の観客席には昼から行われるサッカーの試合を待っていた観客、2万人がいます。さて彼等は歴史的瞬間を目撃することになるのでしょうか、どうしょうか。矢は全ての的に当たるのでしょうかっ!!
クククッ。間違ってもサッカーファンは射殺さないで欲しいですねぇ…。これで全て的に当たれば、歴代の剣聖と比べて中の上といったところでしょうか…。
ストン! ストン! あぁ……。ストン! ストン! ストン! ストン! ストン! 凄い…。的に次々と…矢が当たって行きます。ストン! ストン! 最後の的も……。ストン! 見事に……。はぁ…。信じられません。狙ったように、いや勿論、狙ったのでしょうが…。どうやって見えぬ的をこんなに正確に…。凄いです!! 蓮華さま万歳!! 剣聖万歳!! エロス万歳!!
クククッ。いやいや、お待ちなさい。まだですよ。これはハーレム候補を決める演武でございますから、射抜かれた的のルーレットの番号が指し示す人物が未婚女性でなければもう一度やり直しでございます。クククッ。早く番号を確認して住民番号から、氏名、性別、未婚既婚の区分を検索して発表して下さいな。
そ、そうでした! す、すみません。蓮華さまがあまりに見事に的を射らたことに心を奪われ、もっとも重要なことを忘れていました…。さて、矢に射られたルーレットの番号は……。2、4、6、3、6、7、9、3、1、1です。ハーレム候補さまの住民番号は2463679311、検索出ました。高山キリノ、女性、未婚、セクト地方ゼブン在住、13才です。ほぉ、これは年齢的に王子のお相手としてピッタリの女の子ですね。このような神懸り的な演武によって、神のご加護があったのかもしれません…。キリノさまおめでとうございます、TVを観てらっしゃいますでしょうか、貴女さまが王子のハーレム候補さまに決定しましたよ!! あっ、いまデータバンクからキリノさまの写真が転送されて来ましたので公開します。全国の皆様!! この方がハーレム候補さまになられましたキリノさまです。いやぁ、綺麗な金髪とエメラルドグリーンの瞳がとても印象的ですね。利発そうな可愛い女の子…
……キリノ起きて…。
……んんっ…。
……ねぇ、キリノ…。
……んっ…ふうあぁっ…もう終わったの? ちょっとだけ眠れたみたい…気分がスッキリしたよ……。ん? うぅっ……。アヤセ…。アヤセ…。みんなどうしてわたしの方を見てるんだろ…。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。