「自分よりも深い闇が、光よりも希望になるときがある」そう語るのは昨年「第26回三島由紀夫賞」を受賞し、いま最も注目をあつめる小説家のひとりである村田沙耶香さん。家族・学校を舞台に濃密で閉塞的な人間関係を描いてきた村田さんの小説から、底知れぬ「孤独」を感じ取ったという障害者文化論の研究者・荒井裕樹さん。これまでの村田作品に描かれてきた「かけがえのない存在」であることの孤独とは。話題の最新刊『殺人出産』(講談社)に描かれた正気と狂気の臨界点とは。果たして「小説だけが救える闇」というものがありえるのか、お二人に語り合ってもらいました。(構成/金子昂)
登場人物から言葉が生まれる
荒井 今日はお忙しいところ、お時間を作っていただいてありがとうございます。どうしても一度、村田さんにお話をお聞きしたいと思っていました。まずは、その事情から説明させてください。
ぼくは大学院の学生だった頃から、病気や障害を持つ人たちの住む医療施設や福祉施設に通っていました。文学部の国文学科に在籍していたので、もちろん文学の勉強をしていたのですが、そうした施設に足を運んでいるうちに、だんだんと文学作品が読めなくなってしまったんです。
例えばハンセン病療養所に行くと、昔の患者さんが書いた小説や詩がたくさん残っているのですが、ぼくにとってはどれもV・E・フランクルの『夜と霧』くらい重くて衝撃的なものでした。もちろんそれはフィクションなんですけど、完全なフィクションというわけでもない。ハンセン病患者に対する差別や偏見は壮絶なものでしたし、療養所のなかでも患者への悲惨な虐待などがあったようです。そういった圧倒的な現実に裏打ちされた文学作品に打ちのめされた、というのでしょうか。いわゆる「フィクションのためのフィクション」が読めなくなってしまったんです。フィクションを読むことの意義が見出せなくなってしまった、という感じでしょうか。特に教科書に載っていたり、図書館に置かれていたりする文豪たちの作品は、ほとんど読めなくなってしまいました。
もちろん、大学で日本文学を講義していましたから、仕事として小説は読んでいました。でも内発的な動機としてはほとんど読めない、という時間を5~6年くらい経験しました。
その後、東日本大震災の後くらいに、急に「小説を読もう!」と思ったんです。どうしてそんな気持ちになったのか、うまく説明できないのですが、とにかく同じ社会の中で、同じくらいの時間を生きている、同世代の人たちが何を考えているのかが気になったんです。それで手当たり次第小説を読んでいるうちに、村田さんに辿り着きました。なぜぼくが村田さんの小説に引き込まれたのかについては、また後でお話するとして、まずは村田さんの普段の創作についてお聞かせください。
小説家さんのなかには作品を書かれる際に、「ストーリーから入る」の方と「言葉から入る」の方と、いらっしゃるようですね。かっちりと全体のストーリーを構成してから執筆されるタイプと、ある言葉から物語が膨らんでいくタイプと。村田さんは、どちらでしょうか?
村田 ストーリーはかっちり決めないです。でも、先に言葉があることもあまりありません。というのは、まずは主人公やその周囲の設定を決めるんです。そして、登場人物が強い思いを持ったとき、登場人物から言葉が生まれてくる。そんなイメージです。
荒井 作品を書きはじめるときには、結末がどうなるのかは決まっていないんですね。
村田 全然決めていないです。いつもわからないで書いています。
荒井 大まかな設定のようなものは決められるのでしょうか?
村田 最初は主人公の似顔絵を描きます。
荒井 「似顔絵」というのは、「内面」のメタファーというわけではなくて、本当に「顔」を描いているんですか?
村田 はい、本当に顔を描いています。あと髪型とか、着ている服、身長体重、誕生日、住んでいる所の構造、間取り、そういったものを細かく決めるのが最初です。でも表に出すために細かい設定を決めているわけではなくて、そうした設定がないと、どういう人間が、どういう空間に住んでいるのかイメージが湧き上がってこないんですね。設定が決まって、シーンが生まれるんです。
荒井 『しろいろの街の、その骨の体温の』(朝日新聞出版社、2012年。第26回三島由紀夫賞受賞)はご自身が育った街がモデルになっているんですよね。いつも具体的なモデルを想定されるんですか?
村田 そうですね。主人公が住んでいるところが自然の多いところなのか、それとも都会なのか。それだけで、たとえ風景描写がなくても、主人公の言葉も流れてくる空気の密度も違ってくるので、必ず決めます。
荒井 住んでいる家の間取りまでと聞いて驚きました。村田さんの作品を読んでいると、疲れた母親が二階の部屋で寝ているシーンがあったりして、それがとても印象的でしたけれど、そういう見えない設定にまで力を入れていらっしゃるのですね。
村田 そうですね。会社勤めの友達とかを取材しているんですけど、行ったことがある部屋でないとイメージできないので、モデルにできる部屋は限られていて。もしかしたら、まったく違う物語の主人公が同じ間取りの部屋に住んでいるかもしれません。間取りも小説にはあまり書いてはいないんですけど、頭の中では間取りが決まっていないと、言葉は生まれてこないです。
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